虹色の暗殺者
夜のビル群が濡れたアスファルトに滲み、街の輪郭が曖昧になっている。
しとしとと降り続ける雨の音に、ひときわ高く響くヒールの足音が混ざった。
黒崎玲奈。
虹色のレオタードに包まれたしなやかな肢体は、雨に濡れて光を纏っていた。
「……ずいぶんと派手な格好だこと。殺し屋のくせに」
声をかけたのは、黒いスーツに身を包んだ女暗殺者。肩には軽装式ライフル、足にはホルスター付きのナイフ。
その姿は、玲奈とは対照的だった。機能美の中に冷徹が宿る。
「あなたもね。私を殺せば、裏社会で名前が売れる。……でも、それだけじゃ足りない」
玲奈の声は、あくまで静かだった。
しかし、その瞳には光を宿していた。深い闇と、踊りのような死がそこにあった。
女暗殺者は言葉を返す代わりに、引き金を引いた。
バンッ!
銃声。だが、玲奈の姿はすでにそこにはなかった。
雨粒が跳ね、足音もなく、彼女は横に転がりながらバク転し、柱の影へと滑り込む。
「動きが読めない……!」
その瞬間、玲奈の手から放たれたのは――ボール。
鮮やかなメタリックピンクの球体が、予想外の角度で転がり、女の視界を奪った。
「視線は誘導に使う。新体操の基本よ」
雨で濡れた床を滑るように、玲奈は側転で距離を詰める。虹色のリボンが螺旋状に舞い、街灯の光を受けて光彩を放った。
「なっ……!」
螺旋のリズムに惑わされた一瞬の隙。
玲奈のクラブが、敵の手から銃を叩き落とした。
「チャンスは、たった一回」
それは舞台での演技と同じ。
命を賭けた演目の、最後のポーズ。
玲奈のリボンが素早く天井の梁に巻きつけられる。
スナップの利いた手首が一閃。リボンの端が女暗殺者の首元に絡みついた。
「っぐ……っ!」
「キュピッ!」
絞まる音が響いた。
冷たい夜風と雨の中、その音だけが、まるで拍子のように繰り返された。
「……キュピッ……キュピッ……」
玲奈の目は細まり、瞳に恍惚とした光が浮かぶ。
「この音、好きなの。死と美の境界を踏むような……奏でるような感覚」
吊り上げられる女暗殺者の体が、梁に揺れる。
そして次の瞬間――彼女の動きは、止まった。
……雨が強くなる。
屋上にぽつりと立つ玲奈。濡れた髪が頬に張りつき、虹色のリボンが滴を垂らしながら揺れる。
誰も見ていない。
だけど、確かにそこには舞台があった。
命を賭けた舞が、幕を閉じた。
玲奈はひとつ息を吐いて、背を向ける。
足元に残るのは、雨と、静寂。
彼女はまだ踊り続ける。死と、美と、伝説の狭間で。
黒崎玲奈 沢城みゆき
女暗殺者 ゆかな
のイメージで