四 還る場所
「私たちは星のかけらでできている。宇宙は私たちの中にある」
カール・セーガン
私たちが暮らす地球は、恒星である太陽の周りを公転する惑星の一つです。太陽とその周りを回る惑星の集まりを、太陽系と呼びます。そして、太陽系は1000億個以上の恒星が集まる天の川銀河(銀河系)の一部です。宇宙には、これ以外にも無数の銀河が存在しています。この広大な宇宙という視点から見れば、地球や太陽系はほんの一部分に過ぎません。
人間の体は、主に水分で構成されており、タンパク質や脂質などが含まれています。部位別に見ると、皮膚、筋肉、骨、臓器、血液などに分類され、それらは無数の細胞のから成り立っています。元素レベルで見ると、酸素、炭素、水素、窒素が主な構成成分であり、カルシウムやリンといったミネラルも含まれています。そして、これらの元素は原子やさらに小さな粒子で構成されています。
では、人間の本質は粒子なのでしょうか?宇宙のすべての物質は、生命の有無に関係なく、共通のごく小さな粒子でできています。人間が粒子でできていることを考えれば、私たちは宇宙の一部であり、宇宙の万物と本質的には同じということになります。細胞が人間の一部であるように、人間は宇宙の一部なのです。
宇宙が誕生する前は、完全な「無」ではなく、「量子真空」と呼ばれる状態であったと考えられています。そこでは、空間自体が「真空エネルギー」と呼ばれるエネルギーを持ち、プラスとマイナスのエネルギーが均衡を保ちながら活動していました。この微小なエネルギーの変動は「量子揺らぎ」と呼ばれ、常に発生していたとされています。量子とは、物質現象を構成する最小単位のことです。量子真空では、小さな粒子とその反対の性質を持つ粒子が、一瞬生まれては消えるという現象が絶えず起こっています。これは、量子真空がエネルギーを持つために生じる現象です。
宇宙の誕生については完全には解明されていませんが、有力な仮説によれば、あるとき量子揺らぎによって真空中のエネルギーに不均衡が生じ、その結果、真空エネルギーが蓄積された極小の宇宙が誕生したと考えられています。
この顕微鏡でも見えないほど小さな宇宙は、「相転移」と呼ばれるエネルギー状態の劇的な変化を経て、一瞬で急激に膨張しました。この膨張は「インフレーション」と呼ばれ、この過程で蓄積されていた真空エネルギーが解放され、宇宙は超高温・超高密度の火の玉のような状態になりました。そして、この中で光や多くの素粒子が生みだ出されました。素粒子とは、物質を構成する最小単位のことです。約138億年前、火の玉のような宇宙が急激に膨張した現象を「ビッグバン」といいます。
ビッグバンの後、宇宙は膨張を続けながら徐々に冷えていき、その過程で素粒子が集まって陽子や中性子が誕生しました。さらに、それらが結びついて原子核が形成され、宇宙に飛び交っていた電子と結合することで原子が生まれました。そして現在も、宇宙は膨張を続けていると考えられています。
宇宙に存在する人類は、宇宙の一部であると言えます。もし宇宙が「無」から誕生したのだとすれば、人間も「無」から誕生したと言えるかもしれません。宇宙が誕生したのは約138億年前のことであり、その壮大な歴史から見れば、人間の一生はほんの一瞬に過ぎません。宇宙の視点から捉えたならば、人間の一生は、水面に浮かんだ泡がすぐに弾けて水と空気に戻るような、儚い存在と言えるでしょう。
泡が弾けても水そのものの量が変わらないように、人間が死んでも宇宙全体のエネルギー量は変わりません。人間は泡のようにこの世界に生まれ、死を迎えると再び宇宙のエネルギーへと還っていきます。つまり、人間は無から生まれ、死によって無に還ると言えるのです。無に実体はありませんが、そこにはエネルギーの流れが存在しています。宇宙という広大な視点から見ると、人間の一生とは、エネルギーが揺らいだことにより、一時的に形を持っただけの存在なのかもしれません。
人間は無から生まれたにもかかわらず、無を恐れます。それは人間の本能によるもので仕方のないことですが、死を過剰に恐れることは、精神に悪影響を与えます。死の恐怖は、不安や怒りなどに形を変えて、苦しみを生むのです。
人間は永遠に生きることはできず、必ず死を迎えるため、生と死は切り離せません。だからこそ、死を過剰に恐れて苦しむよりも、生きている間は生を楽しむことが大切です。「無」とは、人類にとって生まれ故郷であり、還る場所でもあるのです。