96-家族の対面
「来るわよ!」
『了解ッ!!』
警告を発する白鳥へ、フクロウ変異体が飛び掛かる!!
その時彼女はわずかに、違和感をおぼえた。
フクロウ変異体、御影。彼女の動きが、ほんのコンマ秒ほど、遅いのだ。
何故、と思考する暇もない。天へさかのぼる銀の閃光じみて、クラップロイドのアッパー!
フクロウ変異体は吹っ飛び、体育館の天井に背をぶつけて落ちてくる!!
『まず1人!』
「油断しないで! 再生能力が異常なの」
『え、マジ』
グチュグチュと再生音を鳴らし、即座に起き上がるフクロウ変異体。
……起き上がったその顔に、一瞬だけ“表情”が映った。白鳥の違和感が加速する。
『クソ! 脚の骨一本くらいは……』
「……クラップロイド! 解決、できるかも」
『マジで言ってます?』
「解けたわ。解けたッ! みんな、助けられる!!」
さっきまでと打って変わって、喜びの声を上げる白鳥。
クラップロイドは困惑して、正気を疑うように何度も彼女をチラ見する。
「もう!! “代謝”よ! “キメラセラム”と“興奮剤”が、この異常な再生速度を支える“代謝”で解毒されてる!」
『……代謝!! そういうことか!』
「大正解だったのよ! “全員死なない程度に殴る”!」
『方針に変更ナシ! やる気湧いてきたぜ!!』
場違いな声色で、ますます盛り上がりはじめる2人。
それを聞いていた犬飼も、苦り切った表情で無線を持ち上げる。
「……A-SAD。聞いていたでしょう。致命部位を避け、再生を促しつつ攻撃なさい。……クラップロイドと、協力しつつ」
カビが生えたパンを吐き戻す時のような口の形で、少しの付け加え。
「はっ、聞いてたかよ。どーすんだよ副長サン」
「こちらも、“方針に変更ナシ”。当然、“フォールンは皆殺し”である」
「だろうな」
一方の、ゲート。ブリッツは懐から取り出したモバイルバッテリーにストローを刺して吸っていたが、やがてそれを放り捨てた。
眼帯の男も、キリキリと懐中時計のネジを巻き終え、もう一度戦場へ乗り出す。
レーザーを継続照射されていた“天”! 彼は苛立ちと共に、溜めた熱での反撃を開始しようとしていた。
その時、彼の頭上で弾ける“なにか”。降り注ぐ粉末が、急速に熱を奪ってゆく。
「エントロピーボム、効果あり」
「投擲を継続」
A-SAD。腰から取り外す手のひら大の球体を、いくつも“天”の付近へ投げつける。
冷却ガスと塩化ナトリウムだ。あっという間に人間レベルの体温まで下がり、“天”は不満げに呻く。
「だりぃ。全員まとめて灰にすりゃラクだな」
ブリッツは中空に浮かんだまま腕を交差。その前方に、巨大な電撃の球が形成されはじめた。
体育館内の電灯が明滅し、A-SADの通信網がノイズ混じりになる。球体が育つたび、周囲の金属が青白いスパークで共鳴する……!!
その時、ブリッツの脇腹に拳大の“何か”がめり込んだ。
吹き飛んで床に落ち、顔をしかめる彼女は、“それ”をつまみ上げる。……ゴム弾だ。
「命中確認。効果が認められます」
「……」
工業用の絶縁体装備で身を包んだA-SADが、ブリッツの包囲を開始。
頭上で弾け消える電撃球。ブリッツはフーセンガムを吐き捨て、立ち上がる。
『クソ、マジで頼れるからなぁ』
「黙って仕事をしなさい。ダラダラしていれば、背中から撃ちますよ」
『はい』
小声でつぶやくクラップロイドへ、犬飼の冷たい言葉が飛ぶ。
クラップロイドは集中しなおす。フクロウ変異体は睨み合ったまま、微動だにしない。
『再生か。1番回復しにくい筋肉ってどこだっけ』
「脊柱起立筋か、ハムストリングス。太ももの裏よ」
『……この人にセクハラで訴えられたらあとよろしく』
「安心して。お母さんが助けてくれるわ」
『あなたのお母様は検事だろ』
フクロウ、跳躍! 空中から尾羽を降らす! 空気摩擦で発火し、炎の雨だ!
「投げてッ!」
『了解!』
クラップロイドは白鳥を抱え、フクロウめがけて投げ放つ!
火の矢をくぐって接近した彼女へ、御影はかぎ爪を剥き出して迎え打とうとする!
だが……!
「ぐ……!」
「!!」
その動きが、鈍る。瞳に、理性の光が一瞬だけよぎる。
その隙をつき、白鳥のスピンキックがその足に命中! ムチのような音が鳴り響く!
落ちてきたフクロウ変異体を、空中でクラップロイドがキャッチ! 脚をかかえ、腰を掴み、ボディスラムじみた姿勢で床に叩きつける!
衝、撃!! 並べてあったパイプ椅子が浮かび上がり、フローリングに穴が開く!!
噴き上がる塵煙の中、グチュグチュと再生音が鳴る。だが、その速度は先ほどより格段に遅い。
煙が晴れれば、そこにいたのは、元の優しげな顔つきの御影だった。目を閉じて、ぐったりと気絶している。
『できた! 1人戻ったぞ!!』
「やったわね!! 次に行きましょう!」
「……チッ」
歓声を上げる2人を見て、陰気に舌打ちする犬飼。イライラとメガネを押し上げる。
「イチイチ喜ぶ手順はスキップなさい。A-SADが協力してやっているんだ」
『……犬飼さんって打ち上げとか来ないタイプだろ』
「次に余計なことを言うと、あなたを超人狩りの最優先候補に挙げます」
「フン」
ゴキャ。首を捻り折られた変異体が、床に伸びる。
そのそばで、眼帯の男がクラップロイドを睨みつけていた。
「“フォールン”すら助命する男。厄介だ」
「……」
「見逃せば、後々の厄介になろう。……やはり、ここで殺さねばな」
「ま、待ってください。それは約束が違う! クラップロイドは殺さない、吾輩が対処するという話だったはず!」
反射的に能力を解除し、副長の前に出る直政。
それを見て首を傾げ、眼帯の男はジャラリと懐中時計の鎖を伸ばす。
「……“ゲートに戻る”、それがどういう意味を持つのか分からない訳ではないだろう」
「し、しかし、それは……」
「先ほどからずっと貴様を見ていたが、どれだけ待ってもやらぬ。ならば私が、迷いの源たるクラップロイドを……」
銃声! 即座に副長が手をかざせば、向かってきていた“銃弾”が、宙吊りで固まった。
目を細めたそこへ、体育館の壁を突き破って巨大な影が突っ込んでくる!! パトカー!!
「!!」
ガードの姿勢をとる眼帯の男は、強烈な衝撃で吹き飛ばされる!
戦場の全員が注目する中、ドアを蹴って降りてくるのは2人の警官だ。ARじみた銃を構えて、臨戦態勢。
「鉄巻よぉ、誰か轢いたぜ」
「知らん! ぼんやり突っ立ってるマヌケが悪いんだ」
その2人を見て、クラップロイドのバイザー光が溢れ、一段高い声になった!
『鉄巻さん!! 鬼原さん!!』
「クラップロイド! お前、まだこんなことやってるのか」
「久しぶりじゃねぇの! 絵葉書ひとつ寄越さねえんだからなァ」
トクタイ隊長と副隊長! すなわち、この後には。
装甲車が数台、体育館のすぐそばに停車! そこからゾロゾロと、盾とスタンバトン、銃を装備した部隊が展開する!
特殊事件対策室、全隊である! A-SADすらも包囲しながら、彼らは戦場全てを囲うように動く!
「動け動け! 1人も逃がすな!」
「変異体には“電撃弾”を使え! 電磁ネット用意!!」
「スタングレネード!!」
「……余計なことを」
「あれが上司になる奴もいる。嫌な気分だろ? 公安なんてならなくて良かったよ、私は」
なぜかバシバシとクラップロイドの肩を叩きながら、鉄巻はイキイキと犬飼の悪口を言い放つ。
『いやでも、さっきまで協力してくれてたんす』
「は? 協力? 超人大嫌いなアイツが? ……誰と?」
『俺と……』
「あくまで救助の効率を重視したまで。……妙な誤解はしないように」
支離滅裂な夢をみたような表情で、鉄巻は犬飼へ視線をやる。
ウンザリ顔の犬飼が肩をすくめ、拳銃を取り出した。
「……ともあれ。これでこの場も、収拾がつきそうですね」
「ムリするなインテリメガネ。体調悪いんだろ? クラップロイドと協力なんて」
「そろそろ貴女を撃ちたくなってきましたよ」
犬飼、鉄巻。指揮官が並び、戦場に臨む。
変異体たちが、次々に電撃弾を撃ち込まれ、ネットで絡め取られて無力化されゆく。
「さくら!!」
ホッと息を吐こうとしていた白鳥は、自分の名を呼ぶ声を聞いて振り向いた。
そこには、白鳥 正一郎が立っている。彼女の父親だ。
「お父さん!」
「あああ、怪我してるじゃないか! そ、その脇腹はどうした!? 頬は!? 誰にやられたんだ、お父さんに教えなさ……」
「それどころじゃないの、見れば分かるでしょ!」
「む、娘の怪我どころじゃない事態などあるか!」
駆け寄る白鳥に、喜ぶやら心配やらでワタワタと迎える父親。彼は銃を抜いて、安全装置を外した。
「まったく……! だから事件に首を突っ込むのをやめなさいと何度も言っているのに! 車に隠れていなさい!」
「待って! 私もまだやれる!!」
「なにぃ!? お父さんの話を聞いてなかったのか、さくら!! 大人に任せておくんだ、こういうのは!」
「私だって大人よ!!」
『……まあ色々あるっぽいけど、形勢逆転だな』
喧騒を傍に、クラップロイドが十全な気合いを込め直す。
この混乱は、すでにおさまったも同然。あとはゆっくり、“ゲート”と“紅龍堂”に対処すればいい……。
その時、彼は空中に舞う金粉に気付いた。
銀の全身を覆うような、その粉塵の動き。堂本は、一拍、見惚れて気付く。
“炎玲”。
直後、それが爆発した。
『ぐっ……!?』
全身に衝撃を食らい、クラップロイドは体育館の壁を突き破って転がる。
煙を上げながら起きあがる彼の前に、ひとりの少女が現れた。
着古されたジャケット。すりきれたサイズ違いの靴。見慣れないネックレスに、片手に構えた小さなナイフ。
そして何より、真っ赤な髪から覗く、首筋の“赤竜のタトゥー”。
「よ。クラップロイド」
『……お前』
堂本の目の前に立ち塞がったのは、“紅龍堂”所属の少女。
疲れ切ったような笑顔の、炎玲だった。




