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87-信じて、決めること

「……なぜだ」

「なぜ、ですか?」


 シュルツの目の前、軍服の男性が首を傾げる。


「……それは隊長が俺たちを見捨てたからです」



 茫然自失だったシュルツは、後ずさる足の音で自分を取り戻す。これは影龍の“異能”だ。

 こんなことはありえない。こんな状況は、起きえない。なぜなら……。


「俺たちを、殺したんです。あなたが」

「……」


 一歩、詰め寄る“影龍”。シュルツは一歩退いた。

 間合いの主導権が、シュルツにない。そんなことにさえ、彼は気付けなかった。


「……なぜ、そいつの顔を知っている。どうやって調べた」

「どういう意味です? 俺は他の誰かじゃない」

「やめろ」


 ワイヤーを打ち振り、強いて睨みつけながら、シュルツは血液不足でよどむ思考を回す。

 “姿を変える異能”か。ならば、どこから“情報”を得た? ヘルマン・シュルツがどこの部隊に居たか、探るのはそれなりの情報網を必要とするハズ。


「……あの時の作戦。懐かしいですね……リンドンの要人救出作戦だった」

「……」

「覚えていますか? アイケも、メーリッツも、クレーメルも……みんな、アンタについて行けば平気だと思ってた。アンタを信じてたんだ」


 シュルツの無表情が、固くなる。

 対するドイツ軍服の男は、笑みを深めた。


「羨ましいですよ、隊長。昇進したんですよね? 俺たちを殺して」

「……ヴァイデル……すまない」

「今さら謝っても、俺たちみんな……」

「お前は、そんなことを言わない。だから今から、お前の姿をしたこの化け物を討つ」


 影龍は跳躍! その足元にワイヤーが叩きつけられ、クレーターのように吹き飛んだ!

 ただのひと振りで、この威力。シュルツの目が凄絶な憤怒に光る。


 それでも、“ヴァイデル”は笑っていた。


「なぜです!? 恨んでいないとでも? アンタは生き残ったんだ。たった、ひとりで!」

「そうだ。俺が全員殺した。お前も泣いていた」

「なら……」

「今のお前は“笑っている”。薄気味の悪い怪物が、動揺させるつもりなら浅はかすぎたな」


 伸び切ったワイヤーを潜り抜け、“影龍”が近付く! そこへナイフを振り下ろすシュルツ!!


 だが、その手が止まった。影龍のフードから覗く顔が、またしても変わっていたからだ。

 妙齢の女性の顔。ちょうど、シュルツと同じくらいの年齢の……。



「クレーメル」



 かすれた声でシュルツが呟く。その胸に、青龍刀が突き立っていた。

 “影龍”はそれを捻り込みながら、鼻を鳴らす。


「当然、調査済みだ。お前と“ニコ・クレーメル”が恋仲だったこともな」

「……」

「手こずらされたが、これで……?」


 刀を引き抜こうとし、影龍は眉をひそめる。

 抜けない。腕が掴まれている。


 シュルツは、口から黒い血をこぼしながら笑った。


「……フン。墓場まで持っていくつもりの恥だったが、バレていたか。上官と部下の恋沙汰など、懲罰対象もいいところだ」

「離せ。何をするつもりだ」

「決まっているだろう。貴様がその姿で、俺の赤っ恥を吹聴して回っては敵わん……ここで、殺す」


 影龍が、青龍刀を捻る! シュルツの胸の傷がグリと開かれ、さらに吐血!

 それでも、彼は影龍の手を離さなかった。千匹のハチが飛び回るような振動音が、影龍の体を這い上る……!!


「炎玲や他の連中に見られていないのが幸いだ。全く……何を言われるか、分かったものじゃない」

「や……やめろ! 隊長、また殺すのか!? 俺たちのことを!?」

「……」


 影龍の顔が次々、溶けては切り替わってゆく。シュルツにとっては、どれも馴染み深い顔だ。

 アイケ。メーリッツ。クレーメル。ヴァイデル。“リンドン大災害”、救出作戦チーム。


「……悪夢で、何度も繰り返した瞬間だ。それをもう一度、重ねるだけだ……」

「やめてくれ隊長! 助けて!!」

「すまん……お前たちのことを、救ってやれなかった……」


 ヴァイデルに、“フォールン化”の兆候があった。

 知っていて、見逃した。よく知るチームメイトなら、大丈夫だと。他の全員、納得していた。




 その力の暴走は、まさに人智を超えた厄災で。


 シュルツは、仲間の遺体を抱えて泣く、ヴァイデルを見つけて……



「だが、二度と繰り返しはしない」



 決意の光が、目に宿る。影龍は絶叫し、空いている青龍刀を振り上げた。

 その頭を、シュルツが鷲掴みにする。



 瞬間、影龍は全身から力を失って倒れた。

 “超振動”。すべてのパワーを、影龍の脳へと注ぎ込んだのだ。


 無事で終わるハズが、なかった。


「か……ぎゃ、あ、あがああああ!?」


 すこし遅れて、目や鼻から血液をあふれさせながらのたうち回る影龍。その変身が解け、禿頭の女暗殺者に戻ってゆく。

 力を使い果たして膝をつくシュルツの、5指がくずれ落ちる。ぶざまな相打ち未満だ。


 クラップロイドは“燎神”と対面し、炎玲は変異体と戦うのに忙しい。


「…………ふ……なんとか、墓場まで……持って行けそうだな……」


 影龍は、殺しきれていない。すこしの時間があれば、必ず復帰するだろう。それが“イカロス”というものだ。

 それでも、今はこの安堵に身を任せよう。奴らの前では、格好つけたままで居られたのだから。シュルツはそう考えながら、重たい瞼を閉じた。





 シュルツと別れた直後! 炎玲はすこし高い位置によじのぼっていた。


 そこから、白鳥と直政のどちらを先に助けるべきかを観察しようとしたのだ。だが……。



「……ど、どっち……だ」



 困惑の声が、炎玲の口から漏れる。


 どちらも、同じくらい追い詰められている。白鳥の体には傷がどんどん増えていくし、直政はなんども爆風に捉われる。



 そもそも、戦っている相手がどちらも強い。



 カマキリ変異体と、甲虫変異体。



 カマキリはそのカマを使い、半プラズマ化した斬撃で、地下空間を溶かし斬る。

 甲虫はその拳を覆う殻から、なんども爆発を繰り返しながら足場を粉砕する。



 炎玲は、にがい唾を飲み込んだ。これはどちらかを助けるなら、どちらかを見捨てる局面だ。



 頼れる人間など周りにいない。シュルツはフードの暗殺者と戦っているし、クラップロイドは燎神の相手で忙しい。

 震える腕でナイフを持ち上げ、深呼吸。少女は目を閉じる。




 どちらを捨てるか。“紅龍堂”なら、どう考えるか……。




 ふと、炎玲は止まった。確かに“紅龍堂”なら、誰かを切り捨てて誰かを助けようとするかもしれない。



 でも。もっと“馬鹿”の価値観に、最近触れてこなかったか……?


(((人って、そこに居るだけで、信じられないほど価値があるんだ)))

(((無理ほど、やる価値がある)))


「……」


 荒い息が、覚悟の重さで落ち着いてゆく。


 


 そうだ。たとえそれが嘘でも。


 きっと、それを信じて、動くことが始まりだから。



「さくら姉ッ!! 直政ッ!!」

「!!」

「炎玲!?」



 叫ぶ炎玲! 直政と白鳥が見上げる!

 少女は高所から2人の間へと飛び降りると、ナイフをかかげた!


「お願い、信じて! 2人とも、こっちに!」

「! ……当然!」

「ああもう! 吾輩じゃどっちにしろどうにもならん!」


 駆ける白鳥! 這うように向かう直政!

 それぞれの背後から、カマを振りかざすカマキリと、拳を構えた甲虫が迫る!!



 その中心で、炎玲は極度に集中してゆく。

 右手に、ザワリと羽毛が生える。変化が腕を駆けあがり、顔の半ばまで真紅のソレが侵食。


 変異箇所から、空中に金の粉があふれる。それらが、カマキリと甲虫の顔にまとわりつく……!!



「ンンぐぐ……!!!」



 額に血管が浮かぶほど集中して、炎玲はそれを待つ。

 白鳥が、スライディング! 直政が跳躍!! 互いに入れ替わり、甲虫とカマキリが交差!!



「今よ!」

「グガァッ!!!」



 その合図で獣のような呼気を吐き、炎玲が拳を握りしめる!!

 炎が腕からあふれ、粉塵が着火! 小爆発が変異体たちの視界をうばう!


「!!」

「……!!」



 やみくもに振るわれたカマが、当てずっぽうに突き出された拳が、変異体同士の顔に直撃!

 2体はブルドーザーのような勢いを止め、よろよろと後ずさりし、同時にあおむけに倒れた。



 息も荒く立ち上がる直政が、2体の頭をチラ見して肩をすくめた。


「ぜえ、はあ……なむさん。助かった……」

「ありがとう。でも、平気? ……その腕は」

「へ……平気。へへ」


 羽毛に包まれた自分の腕をあげ、ピースする炎玲。

 白鳥が微笑む。直政は微妙な顔だ。


「フォールン化が進んでいるじゃないか! シュルツには見られるなよ」

「なんだよ! まずはアタシを崇めて労うところからだろ」

「待って。そのシュルツと、クラップロイドは……?」



 白鳥の言葉に呼応するように、地下空間の中央で炎の手がたちのぼる。

 おのずと視線が集まる先。“その光景”を見て、3人は言葉を失った。


 そこにあったのは、赤と青のスラスター炎が混ざり、紫の竜巻のようになった火柱だったからだ。




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