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84-見え透いた罠

「なんだったんだよ、今の!」

「分かんねーよ! 俺が聞きたいって!」

「おち、おち、落ち着いて……」


 パニック気味の炎玲。パニックがうつりそうな俺。俺たちをなだめようと必死な篠原。


 なんとか帰宅しても、俺たちは精神的に昂ったままだった。


 今は、炎玲の“羽毛”が消えている。身体的特徴はすべて、人間のものだ。

 だからこそ、さっきの変身現象がより恐ろしいのだが。


「い、意識したのか? つまりその、変身しようと、自分で?」

「わ、分かんないよ! ただ……なんとかキメラセラムを使われるのを止めなきゃって、ソレで頭がいっぱいで。気付いたら」

「篠原、まだ血液検査の結果って出てないんだっけ!?」

「で、出てない……ウチでこっそりやってるから、時間かかる……」


 炎玲の血液。誰かに任せるわけにもいかないから、篠原が保管して分析している。

 その結果が出ていれば、こんなに慌てずに済んだんだが……。


「怪我は?」

「へ?」

「怪我は!? 爆発を間近で受けてる! 誤魔化すなよ」

「し、してない! 平気だよ、ホラ……」


 差し出された腕や首元をシゲシゲと眺める。……たしかに傷はない。

 そこまで確認して初めて、炎玲が怯えていることに気づいた。俺を見る目が揺れている。


「……よかった、傷がなくて。大声出して悪かったな」

「う、ううん……」

「篠原、みんなが帰るまでどれくらいかかりそうか分かるか?」

「……」

「……篠原?」


 篠原は、ラップトップを眺めて固まっていた。その息も、凍りついたように停止している。

 数秒して、彼女は再起動した。そしてスクリーンを向けてくる。


「ど、堂本。これ見て」

「なんだ? 何見つけたんだよ」

「これ……動画」


 篠原が再生ボタンを押すと、見覚えのある風景が流れはじめる。

 それは……“俺”が、“子供たち”を、次々制圧していく動画だ。


「……は?」

「さ、さっきの……撮られてた、かも」

「撮られてたって、誰に……」


 見たこともないアカウント名。“これ、クラスメイトかもww”と書かれたつぶやき。

 動画内の“俺”は、無抵抗な“子供たち”を、次々に攻撃してゆく。巧妙なのは、子供の武装や、“キメラセラム”の注射器が映らないように編集してあること……。


「……炎玲は?」

「え?」

「炎玲の変身は? 映されてるのか? 篠原は?」

「えっ、と……た、たぶん、どっちも映ってない。大丈夫」


 何度もスクロールバーを前後させ、篠原が頷く。

 ソレを聞いて、俺もようやくホッとできた。変身バレ回避。異常事態なのは知らせず、あくまで俺だけ異常者にしたいらしい。


「な、なにホッとしてんだよ! こんなの流されて、おかしいだろ!」

「なに? おかしい?」

「お、オマエ、悪者みたいじゃんか! こんなのヘンだよ! 戦おうよ!!」

「いやいいよ……当面の危機は回避できてるし。それより、シュルツには秘密にしとけよ。フォールン扱いで、殺意が再燃するかもしれないんだ」


 俺がその事実に言及すると、炎玲の顔が曇った。

 そう。ゲートが“変身”の事実なんて知れば、どう判断するかなんて目に見えてる。


「だ、騙すの?」

「……仕方ない。白鳥と直政には知らせていいけど、シュルツだけはダメだ」

「うぅ……」

「調査のためだ! お前のためでもあるんだから、少しくらい我慢してくれ」


 嫌そうな炎玲。……まあ、ナイフ鍛錬やらで仲を深めている手前、誠実に付き合いたいのは分かるけど。

 だからってコレは話が別だ。別すぎる。


「いいか、俺がやりすぎたってことにしろ。それで、紅龍堂にバレかけて逃げ出した」

「……分かった」

「篠原、連絡ついたか。アイツらどうしてる?」

「き、既読にならない……どうしてるんだろ」


 チラチラとスマホを見る篠原。その仕草に、嫌な予感を覚える。


「……白鳥のスマホの位置情報は?」

「さ、最後のシグナルは……リトルチャイナの、“紅蓮廟”……?」

「紅蓮廟……」


 郊外の廃寺院だ。超マイナー観光スポット。

 なぜそんなところに? ……嫌な予想は膨らみ続ける。


「……クソ、出てくる」

「ま、待ってよ! アタシも行く!」

「ダメだ! お前はここに居て、篠原のサポート!」

「なんでだよ! 足手まといにはならないから!! ……お願い、クラップロイド!!」


 出発の準備が、止まる。炎玲の目と、篠原の緊張した面持ちを振り向く。

 まだ幼く見える少女は、泣きそうなほど焦っていた。……白鳥。シュルツ。コイツと仲のいい奴らばかり、安否不明。


「……ナイフは」

「も、持ってる!」

「シュルツの前で変身したら一巻の終わりだ。分かってるな」

「分かってる!!」


「ま、待って! ほんとに、大丈夫なの」


 玄関で並び立つ俺たちに、不安げな篠原が叫ぶ。俺だって大丈夫なんて思ってないよ。


「しょうがねえ。ここでダメなら、どうせダメだ。せいぜい暴れるよ」

「っ……つ、通報時間は?」

「“紅蓮廟”の手前までは連絡をとる。途絶えて15分で市警に届けてくれ。……行くぞ炎玲」

「うん!」


 玄関から飛び出し、再びリトルチャイナをめがける。……白鳥、直政、そしてシュルツ。メンタル、策、フィジカルの最高戦力だ。不安などない。そのハズなのに……。


 空が、曇りはじめていた。






 ……堂本たちが異変を察知する、その少し前。


 シュルツ、白鳥、直政は、聞き込みの成果を分け合うために、中華飯店へと集合していた。


「吾輩の聞き込みによると、どうやら“生贄”は何度か捧げられているらしいな」

「私も聞いたわ。10年ほど前にも、1度あったって」

「“燎神”とやらは怒っているそうだ。このままでは人類を焼き尽くすとかなんとか……まあ、カルト集団が言ってるだけで、信頼性はあまり無いがね」


 カラカラとウーロン茶の氷をかき混ぜ、直政が笑う。

 白鳥は渋い顔だ。口元に手をやって、考え込んでいる。


「……引っかかるわ。“燎神”の怒りに、法則性が見出せない」

「それは、神のみぞ知るというヤツじゃないのかね? 奇妙だが、その奇妙さこそ神性だ」

「いい? 私の聞き込みでは、“燎神”はすごく人類に親身になってくれるって話だった。あらゆる“炎”を、生活のために分けてくれたのが彼だったって」

「お、おお。詳しく聞いたな」


 ひとつひとつ情報を区切るように、白鳥は言葉を並べてゆく。


「それがどうして、“人類を焼き尽くす”という話になるの? 飛躍しすぎてるわ」

「……神なんてそんなものじゃないか? シュルツ、アンタはどう思う」

「……少なくとも、あの子供……炎玲が生贄候補だったというのは、嘘ではなかった」


 メモ帳をめくりながら、シュルツはむっつりと言葉を押し出す。

 その瞳は、何かを押し殺すように、メモ帳の文字だけを見つめている。


「子供を生贄に欲する神など、ロクなものではない。力があれば、俺は“燎神”も殺していた」

「……」

「……」


 彼は本気だった。本気の怒りが滲む声だ。

 ソレを聞いて……むしろ、白鳥は表情を緩めた。


「……炎玲と堂本くんの仲直り、後押ししてくれて感謝してる」

「面倒だからだ。いつまでも、ガキ同士で吠え合っているのを聞きたくはない」

「炎玲は、恩に感じてるみたいよ」

「迷惑な話だな」


 特に否定も肯定もせず、軍人は肩をすくめる。その目の前の杏仁豆腐をすくって、口に運ぶ。

 ひとしきり終えて、彼はハンカチで口を拭いた。


「……“キメラセラム”は、必ず供給源がある。あの子供も、本質的には被害者だ……生贄。組織。それらに板挟みにされた者」

「そう、だな」

「まずは供給源を断つ。セラム変異体を片付けるのはソレからだ……“来たぞ”」


 店の裏に、中型トラックが停まった。白鳥と直政が怪訝な顔をするのを、シュルツは構いもしない。


「俺が甘味目当てでこの店を選んだと思うなら、それは間違いだ。何人か絞り上げたら、“セラム”の移動を吐いた」

「正直、前者を少し疑ってたけど」

「見ろ。アレだ」


 キッチンの中。冷蔵庫から、小さな箱が取り出される。

 店員に運ばれ、それはあっという間にトラックに積まれてしまった。


「まさか。“キメラセラム”を、こんな普通の料理屋の冷蔵庫で保管してるの?」

「俺の調べではそうだ。……つけるぞ。幹部にたどり着けるかもしれん」

「ま、待ってくれ。吾輩、まだ食べ終えてなくて……いや行く、行くから!」



 郊外。トラックを追いかけてきた3人は、廃寺院に到着。物陰に身を隠していた。

 シュルツと直政が頷きあう。透明な“空気のカーテン”に飲まれるように、直政が薄らいだ。“意識の穴に潜る異能”だ。


 シュルツの目にはその存在が映っているが、トラックから荷の積み下ろしを行う構成員は気づくそぶりすらない。

 そのまま、直政は屋根へと跳躍。高い位置からの監視を開始した。


 シュルツはチラリと後ろを振り向く。トラックの追走で、軽く上がった息を整える白鳥を。


「……平気か」

「ええ。いい運動」

「フン。大した女だ」


 イカロスの彼でさえ、時おり全力で走ったというのに。白鳥はまったく平時のような顔色で汗をぬぐう。


「……“紅蓮廟”ね。今は廃寺扱いで、市の管理記録からも削除されてる」

「実験にも都合がいい、ということか」

「観光客も、ここには来ないでしょうから」


 その時、堂内の石畳がズレた。

 そこから、フードを被った“何者か”の顔が覗く。地下があるのだ。


「……“キメラセラム”は」

「“影龍”様。すべて揃っております」

「よし。運び込め」


《……と、以上のように言っていたようだな》


 より近くで聞いていた直政から、補足の通信が入る。はたしてその通りに、箱を持った構成員は“地下”へ降りてゆく。

 シュルツはしばらく黙っていたが、やがてハンドサインを出した。


 それを受け、直政が屋根から飛び降りる。石畳の下へと、先行してゆく。

 シュルツは白鳥を振り向いたが、もはや何も言わない。頷くだけで、地下へ。



 白鳥も降下を開始。地下は、薄暗くはあるが、暗闇ではない。

 照明がいくつか、並んでいるのだ。バッテリー式の機材で、足元の心配はない。


 ……足元の心配は。


「……これは、なんなの」

「あまり真正面から捉えようとするな」


 動揺の声を漏らす白鳥。

 壁一面に広がるのは、炎の彫刻。その燃え盛る芯のひとつひとつから、睨むような目が覗いてくる。


 地下へ降りる通路の両脇が、ずっとこの模様で埋め尽くされていた。


「……このデザインもそうだけど、このロウソクもヘンだわ」

「……」


 降りながら、シュルツがチラと視線をやる。

 たしかに、壁際に設置された燭台は奇妙だった。真新しいロウソクが立っているのに、使われた形跡がない。


「……“神”には奇妙なこだわりを持つ者もいる。これもそうだろう」

「……」

「……見えたぞ」


 降りきった先にあったのは、すり鉢状の空間だった。

 天井に見える小さな通気孔と、中央に向けて降りる傾斜床。周囲の壁には、びっしりと名前が書かれている。


 階段の陰に隠れた2人は、ぼそぼそと聞こえてくる声に耳を傾ける。



「……では、これで全員か」

「はい影龍様。“薪”の運び込みも、完了しております」


 白鳥が、そっと顔を出す。投光器が照らすすり鉢状の底面には、真っ黒な袋が、いくつも並べて置かれていた。

 どれも、それなりの大きさだ。まるで……人がひとり、入れそうなほどの。


「“キメラセラム”の注入も完了しております。今すぐにでも始められます」

「良かろう。では……お前は用済みだ」

「え?」


 その袋たちの、すぐそばで。

 フードを被った女性が、運び込みを終えた運転手の、喉を切り裂いた。



「っ」


 鮮血が辺りに散り、あっけなく倒れる体。あやうく声を漏らしかけた白鳥は、気付く。

 フードが、こちらを見ている。


「……1匹ではなかったか。処理するネズミは」

「“影龍フェイ・ユアン”。紅龍堂お抱えの暗殺者。……幹部級」


 コツ! 革靴を鳴らし、シュルツがすでに歩み出ている。

 すり鉢の底へ降りながら、彼はジャラリと鋼鉄ワイヤーを取り出した。


 その瞳に燃える殺意。ゲートの本領だ。


「聞いている。いくつかの不確定要素でも、無視できないもののひとつ。“ゲートの介入”」

「ならば、俺の登場は想定内か」

「撒き餌にかかったな。お前たちはここで全員、死ぬことになる」


 むくり。黒い袋が、起き上がる。

 内側から、メラメラと炎が立ち上る。現れるのは、カマキリ、ムカデ、甲虫、トカゲ……どれも、一目で一筋縄ではいかないとわかる変異体たちだ。


「前回の低品質な連中とは違う。コイツらが見せるのは、キメラセラムの本当の力」

「下らん薬でいきがるクズどもめ。“戦闘”ではなく、これは“処理”だ」


 シュルツがワイヤーを張る。直後、変異体たちが一斉に襲いかかった!!




 

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