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83-小さな暴力

「それじゃあ、アンタらがこの子を助けてくれたんだね」

「助けたっつーか……」

「うん! 今はコイツらの所にいるんだ」


 一通りの事情を説明すると、弁当屋のオバチャンはニッコリ笑ってくれた。

 弁当屋の屋台にて。簡易の座席に座って、俺と、炎玲、篠原は並んでいた。


「ありがとうねぇ、炎玲を助けてくれて。アタシはヤン、しがない弁当屋さ。これ、奢りだから。たーんと食べな」

「い、いいの!? オバチャンの唐揚げ、こんなに……」

「いいんだよ、いいんだよぉ。アンタ、死んだって聞かされてて……アタシャ、もう涙が出て……」

「へへ、おおげさだよ。なあ、オバチャンの唐揚げ、すげー美味いんだ! 食べようよ!」

「お、おぉ……小腹が減る時間にかたじけない……」


 照れくさそうな炎玲が、弁当箱を俺たちの前にスライドさせる。

 篠原は、匂いを嗅いだだけでもう涎ダラダラ。目を輝かせて割り箸を持つ。


 ゲンコツ大の唐揚げが、ゴロゴロ見える。荒地の岩みたいだ……。


「すみません。その、あなたは炎玲の……」

「ああ、アタシャ……飯をね。“紅龍堂”に言われて、この子たちにご飯を届けてたんだ」

「ご飯を」

「そうさ。でも、月イチじゃ持つわけないからねぇ。廃棄弁当を、ときたまコッソリね」

「はふっ、はふっ……“見込みナシ”の子、みんなにやってるんだよ。リトルチャイナだけじゃなくて、ヒカリバシの方まで……廃棄じゃないのにくれたりするから、赤字ばっかりだって、んぐ」


 事情通の顔をした炎玲が、横から口出ししてくる。食うか喋るかどっちかにしてください……。


「それは……すごいっすね。善行も極まってるっつーか」

「よしなよ。アンタたちだって、目の前に飢えてる子供がいたら、同じことをしてるだろ? みんな同じさ」

「……」


 それを、自分の身を削ってまでやってるのが凄いんだけどね。

 ひとつとって、口に運ぶ。静かに水に手を伸ばし、がぶ飲み。


 辛えよ!!!! 口の中に火放り込んだかと思ったよ!!!! 悶えないように、全身に力をこめて耐える。

 俺を見た篠原が、ゆっくりと箸を休ませた。かしこい。


「さ、最近は、子供、どうですか。少なくなってたり……」

「……減ってるよ。“キメラセラム”だったかい? アレの実験に連れ出されて、どんどん帰ってこない子が増えてる。帰ってきても、ひどい傷で歩けなくなってたり、ご飯も噛めないくらい……」

「……そ、それってやっぱり……」

「“見込みナシ”。アイツらがそう呼んでる子たちさ」


 篠原が勇気を出した質問に、ヤンさんは悲しそうな顔で返答をよこす。

 キメラセラム。やはり、炎玲以外にも投薬実験が行われているのだ。


 だが、なぜ炎玲は特に後遺症もない……?


「酷いもんだよ。子供なんだ、アンタたちは」

「わぷ! や、やめろよ。子供じゃないよ、紅龍堂のために死ぬ覚悟はできてるんだ!」

「一丁前なクチきくんじゃないよ。アタシの唐揚げ弁当、ひとりで全部食えるようになってから言いな」


 乱暴に炎玲の頭を撫で、オバチャンは屋台の奥をなにやらガサゴソ漁りはじめる。

 そのまま、会話が続く。


「少し前まではね……紅龍堂も、こうじゃなかったんだ。みんなもっと、おおらかで。互助のための組織、って感じさ」

「変わったんすか?」

「やっぱり、“生贄”の問題が出てからかねぇ。……アンタを責めてるんじゃないんだから、イチイチしょげるんじゃないよ!」

「わ、わかってるよ!」


 いまだに屋台の奥を漁りながらも、鋭い指摘が飛ぶ。まさにしょげかけていた炎玲は、慌てて唐揚げ攻略を再開した。


「“燎神様”がお怒りだーって、紅龍堂がみーんな浮き足立っちまってさ。まあ、アタシも“夢”を見たから、焦りは分かるけど……」

「夢?」

「お告げってのかね? あるんだよ、“燎神様”が見せてくださるんだ。荒れ狂う炎の中から、大きな瞳が睨んでくるのさ……アンタも見ただろう? 炎玲」

「うん。2週間くらい前に」

「アタシも久々に見て、ブルっと来たよ。なんせ、前のが10年くらい昔だからね」


 そんな恐ろしい夢、一生で一度たりとも見たくないんですけど。

 少しして、彼女はようやくガサゴソ探るのをやめ、なにやら封筒のようなものを取り出し、差し出してきた。


「これ、少ないけど……」

「は? なんすかこれ」

「アンタら、炎玲を助けてくれたんだろう。お礼だよ」

「要らないっすよ! なんすか!?」


 札束が入ってるじゃねーかよ! 火傷した思いで、受け取りかけたそれをつっ返す。

 彼女は驚いた顔だ。いや驚いたのはこっちですけど!?


「やめてください! 金のためにやったわけじゃないっすよ。あなただって、目の前に死にそうな子供がいたら助けたでしょ?」

「そ、そうかい? でもアンタらには、紅龍堂のことで迷惑をかけちまった……」

「好きでやってるんすよ」

「そ、そうそう……お金の、ためじゃなく……」


 篠原と2人で必死に力説しても、あんまり納得はしてない雰囲気だ。

 そこへ、炎玲が声をかけた。


「オバチャン。ほんとに、いいんだとおもう……コイツら、ヘンでさ。ずーっとヘンだから……多分」

「……そうなのかい?」

「うん。……ヘンだけど、そうなんだ」

「そう、か。……アンタ、良い人たちに見つけてもらったんだね」


「シケたクッセェ店に、珍しく客が来てんじゃねえ、かッ!!」


 ガァン!! ベンチが揺れ、乗ってた尻が横に動く。

 はえぇ? と思う暇もなく、ガシッと肩が組まれた。見下ろすほどの背丈のソレは、子供だ。


 1人、ではない。2人、3人、4人……屋台を取り囲むように、数名の子どもたちが立っている。


 そのうちの、1人。俺の肩に手を回す子供が、勝手に割り箸を取り、唐揚げ弁当に突き刺した。


「相変わらず豪勢なもん出してんなぁ! 羽振いいって感じじゃねえか!?」

「しゅ、シュウ……もうそんな時期かい?」

「忘れてたワケじゃねえだろ? 上納金だよ。紅龍堂に出すもん出しな」


 紅龍堂!?!? この子供が、紅龍堂のミカジメ徴収してんの!?!? 俺の半分くらいしかないよ、背丈!?

 ヤンさんはしどろもどろだ。明らかに顔色が悪い。


「ちょ、ちょっと待っとくれよ。アタシャ、もうちょっと先だと思ってて……用意できてないんだ」

「そうかよ。なら、勝手に漁るぜ。おいテメェら、屋台ぜんぶひっくり返して探せや」

「ま……」

「まず、第一に。離せ」


 炎玲が何か言おうとする。


 その前に、俺が我慢できなかった。肩に乗った腕を掴み、力を込める。


 子供は驚いたような表情だ。その顔を、侮蔑の色に染め直す。


「へっ、岛国人が。オンナの前でナメられたくなくて必死に……」

「第二に。その割り箸を抜け」

「なんだと?」


 握った腕に、力を込める。込める……。


 指が筋肉を圧し、骨に届く。軽い痛みが走ったのか、その瞳が揺れた。


「なにしてやがる、離せ……!」

「割り箸を抜け。俺の肩から手を離せ」

「クソッ!!」


 ガッ!! 弁当を撒き散らしながら、シュウと呼ばれた子供が立ち上がる。

 地面にボタボタと落ちる唐揚げ。ソレを見て、腹の中が冷えてゆく。


「ま、待っとくれ!! こ、これ、貯めてある分は全部ここにあるから!! これ取って、帰りなよ!!」


 そこへ、オバチャンが必死に割って入った。さっき俺たちが突っ返した封筒を、震えながら手渡す。

 シュウは俺を睨みながら、その封筒を開く。そして、さらに激昂した。


「足りねえぞオイ!! テメェ、紅龍堂ナメてやがんのか!!」

「そ、そう言われても……それが全部だよ!! こ、今月の生活費も全部入ってるんだ」

「腐れババァが! いっつも善人ヅラしやがって、そんなに金が足りねえなら“お得意”の廃棄弁当で金でも取れや!!」

「そ、そんな……」


 真っ白な紙のような顔色のオバチャン。

 紅龍堂。地域を守る、コミュニティ。これも仕方ないのか?



 そう思って炎玲を見ると、歯を食いしばって俯いていた。……そうか。お前もキツイか。

 そっと、その手を取る。上がった顔に、頷いた。


「テメェみてえなクズが、いつまでも紅龍堂の足を引っ張りやがる! 幹部の慈悲にすがって、いつまでもッ!!」

「ら、来週、いや、明日には必ず用意するから……必ず……!」

「第三に!! ……人のことを、クズ呼ばわりするんじゃない」


 俺も、立った。


 シュウの目が、俺を見る。周囲の子供たちも。

 篠原も立ち上がっていた。いやお前もやるんかい……。


「や、ヤンさんに、謝って。唐揚げ弁当を、弁償すべき」

「……なんだテメェらは。东洋狗が、ナマイキなこと言ってんじゃねえぞ」

「逃げるなら今のうちだよ〜? ふふ、カワイソ」

「岛国人、いっかい殺してみたかったんだよな」


 ぞろぞろと、俺たちを取り囲む子供たち。そのポケットから、それぞれ武器が覗く。紅龍堂の教育は行き届いていますね!!


「泣いて土下座しろや! そしたら見逃して……」

「安心しろよ。もう、俺に見逃すつもりはない。……コイツにもな」


 並ぶ俺たちに、もうひとり。懐から小ぶりなナイフを取り出し、構えるのは……炎玲だ。


「や……やめろ。オバチャンのこと、虐めるな!」

「なんだテメェ……いやテメェ、イェンリンか!? ぷっ、何やってんだお前! こんな东洋狗なんかとつるんでよぉ!」

「関係ないだろっ!!」

「あー! セラムで死ぬのが怖くなって、逃げたんだろ? なら納得だわ……生贄にもなれねえ腰抜け!! そいつらとお似合いだ!!」


 一瞬で、シュウが踏み込んでいる。カンフー技術の応用……! しかも標的は俺ではなく、炎玲!!


 ナイフが伸びる! 炎玲の胸をめがけたその一撃は、弾かれた。他ならぬ、炎玲自身の振るうナイフで。

 シュルツ仕込みのCQC。炎玲は距離をとって、また構えた。


「い、生贄になれなくても、アタシは弱いわけじゃないぞ!」

「……チッ。調子に乗りやがって……おいテメェら! ボコボコにしてやれ!」


 シュウの号令で、子供たちが動き出した。ナイフや、棒を構えた彼ら……胸の悪くなるような光景だ。

 まず殴りかかってきた1人を、武器ごと捻り上げて地面に叩きつける。ソレを結束バンドで拘束する篠原。準備いいねアナタ……。


 2人目、3人目。彼らの腕を極め、屋台の椅子に押さえつける。背後の4人目の、膝を蹴ってマヒさせる。


 2人を振り上げ、マヒした対象へ放る。積み重なって倒れる彼らは、すでに戦意喪失気味だ。

 本当に、ただの子供。イカロスやフォールンではない。……紅龍堂、根の深い問題だ。



 目をやると、炎玲も勝っている。シュウの首にナイフを突きつけたあと、突き飛ばして地面に転がしていた。


「もうわかっただろ! オバチャンは金をぜんぶ渡したんだ! それを取って、消えろよ!!」

「チッ……!?」

 

 怒りのままに立ち上がるシュウ。その瞳には、すでに理性の色はない。

 彼は周囲、往来の人々に見られていることに気づくと、唾を飛ばしながら吠えた。


「何見てやがる! 見せ物じゃねえぞ!!」

「そうだ。恥を晒す前に帰れよ、シュウくん」

「ナメやがってテメェ!!」


 シュウは懐から、何か取り出した。それは……注射器! 脳内でパラサイトが騒ぎ始める!!


(“キメラセラム”反応アリ! ご注意下さいご主人様!)

「……シュウくん、ほんとに帰って頭を冷やしたほうがいいと思うよ」

「紅龍堂のために命かけられねえやつなんて、1人もいねえんだよ!! テメェ以外はな、炎玲!!」


 針が、首筋に突き立つ! まずい、ここで戦えば周囲の人々の被害は……!!


 ふと、舞い上がる金粉が景色に混じった。見覚えのある光景だった。

 これは確か、粉末油脂。鳥類の……。


「っ」


 篠原を抱えて、その空間に背を向ける。直後、内臓が震える爆発が発生した。

 おそるおそる振り向くと、首に注射器を突き立てたまま、白目をむいて倒れるシュウが見える。その全身から上がる、煙……。


 そして、もう1人。パニックの群衆を背景に、片腕が赤い羽毛で覆われた少女が立っていた。指の先に生えるのは、鋭い爪だ。

 炎玲。顔もなかば羽で埋もれながら、荒い息を繰り返している。右目は完全に鳥類のものだ……。


「おい……平気か」

「ど、どうしよう。アタシ、どうなったの……何しちゃったんだ?」

「逃げるぞ。みんなとは家で合流する。動けるか」

「う、うん。でも……」


 半人半鳥の姿で、炎玲はヤンさんを振り向く。

 彼女は腰を抜かしてしまい、言葉も出ない様子だ。炎玲を見て、口をパクパクさせている。


「オバチャン……ごめんなさい」

「迷惑かけてスミマセン、すぐ消えます。篠原、人の少ないルート検索頼む」

「が、合点承知。は、早く行こ」


 そうして、俺たちは駆け出した。あらゆる問題や疑問を残したリトルチャイナから、逃げ出すように。

 


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