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82-和解と

「ありえないぞ!!」


 とりあえず可能性のひとつとして、“蓮華財団が黒幕ではないか”と伝えたところ。

 炎玲は真っ向から否定。白鳥ですら懐疑的な顔だ。俺の味方は篠原だけ。


「カレンさんを庇うわけではないけど、あまりにも手口が……大胆すぎないかしら。なぜ決行の日に、彼女自身が様子を見に来たの?」

「それは……分からない。なんかの最終確認とか……?」

「分からないのは、ありえないことを前提にして考えてるからだよ! カレン様はそんなことしない!」


 この話、ウケが悪すぎるだろ。


「とりあえず、可能性のひとつってだけだって。ちょい、他の公園行ってる直政たちに電話かけるから……」

「フン! どーせやっかんでるんだろ。クラップロイドが世間で受け入れられてないからって、カレン様に八つ当たりすんなよな!」

「はいはい。悪かったよ」


 それわりと効くからやめてね。

 スマホを耳に押し当てる。ワンコールで直政の声が答えた。


《もしもし、直政だ。なにか進展があったか?》

「直政さん? 一応、西公園での聞き込みは終わった。……色々ときな臭い感じだよ」

《そうか。吾輩たちも、まあ……仮説はそこそこ出ているが。どうも、蓮華財団は無関係ではないかもしれんな》

「……その話、コッチじゃあんまり沸かないから。次は“リトルチャイナ”で合流ね」

《承知した》


 


「“カレン”だ」


 合流した途端、単刀直入なシュルツ。直政も横で頷いている。

 リトルチャイナ、入り口の門。その根元で、俺たちは合流していた。


 平日にも関わらず、賑わいは相当なものだ。人々の流れは途切れる様子を見せない。


「恐らくは、当日に顔を見せたのも“選別”のため。生贄として適す者を、その目で見つけるためだ」

「……というのが、シュルツの仮説だが。アンタらはどうだね」

「……。こっちは、カレンがわざわざ“誘拐当日”にそんなことをするのはリスクが高くないかって話になってるよ」


 喋りながら、思い出す。“キメラセラム”の地下実験場にも、似たような奴がいた。


「……“なんで居たんだ”繋がりでさ。覚えてるか? 地下の、フード男」


(((“天”! 不手際だぞ! こんなことが同盟の場で……)))


「ああ、覚えているぞ。吾輩たちが介入したら、脱兎の如く逃げ出したアイツか」

「もし“紅龍堂”がムダ大好きで、カレンも超がつくおバカさんだったら。イチイチ現場に特別ゲストを呼んでるのも頷ける」

「頷けるって、アンタなぁ……吾輩が風邪引いた時に見る夢みたいな支離滅裂さだぞ」


 はい。


「ありえないって言ってんじゃん! 紅龍堂はやるかもしれないけど……カレン様だけはそんなこと、やるわけない!」

「……」

「いい加減にしろよ、もう! オマエらだってムリヤリな推理ばっかりしてるの、分かってるくせに!」

「分かったよ! 怒らなくていいだろ。もうしない、この話は」


 ぷんぷん頭から湯気を発する炎玲。白鳥の上着の裾を掴んで、俺たちを睨んでいる。

 肩をすくめると、思いっきりベロを出された。く、クソガキ……!


 その頭をひと撫でして、白鳥が溜息を吐いた。


「いまは憶測より、情報が欲しいわ。……聞き込みが最優先よ」

「……了解」


 まだ機嫌が悪い炎玲を傍目に、俺たちは聞き込みを開始する。

 信じてる何かを疑われただけで、人ってこうなっちゃうんだなぁ……。




「紅龍堂? そりゃーもう、守り神さ。あの人たちのお陰で、俺らはなんとかやっていけてるしね」

「紅龍堂のおかげでぇ???」

「そうだよ。ありがたい話さ。嫌な客からも守ってくれるし、販路拡大の工面も」


 思わず二度聞きしてしまうその言葉。目の前の店主は、何度聞き返しても同じことを言いそうだ。

 “リトルチャイナ”の聞き込み中。空振りが何度か続いて、ようやく出てきた証言はコレだった。


「ちゃ、チャイニーズマフィアっすよね? 紅龍堂って」

「ん〜、というよりは……“コミュニティ”みたいなもんだ。マフィアみたいな一面もあるだろうけど、俺らみたいな庶民にとっちゃ、地域の共同体って側面が強いさ」

「共同体……」


 なんだそれ。だって、他人を傷つけてるんだぞ、紅龍堂は。ミカジメ、誘拐、実験。マトモじゃない。

 ……それが、共同体。俺たちは、“リトルチャイナ”と戦っているのか? こんな住民たちとも……?



 ただ、同時に。納得のいく話でもあった。


 蓮美 カレン。誰かを庇護しながら、誰かを傷付ける。それはきっと、矛盾しないんだ。


(((自分たちの道が伸びる先を、考えていない)))


 しおりさんの警句が、脳裏をかすめる。

 だから、俺たちは生半可な覚悟で踏み込んではいけなかったのか。相手を追うほどに、自分の首だって締まっていく……。


「もういいかい? 客が待っててよ」

「す、すみません。お時間ありがとうございました」

「いいってことよ。じゃな」


 窓が閉まり、店主が奥へ消える。

 それを見送りながら、俺はぼんやりと自覚した。


 ……そりゃ、炎玲だって怒る。俺がやってきたのは、“彼女の世界”の、一方的な否定でしかない。

 上からアレしろコレしろと、彼女の視座に立てていない。俺は、俺の信じるものしか見ていなかったんだから。


「……」


 チラと、白鳥の方を見る。まだ聞き込み中の彼女に、チョコチョコついて回る炎玲。

 その目がバッチリ合って、慌てたように逸らされた。


「謝ってやれ」


 ふと、後ろから声。シュルツだ。

 彼は特に関心もなさそうなそぶりで、何やらメモをとっている。


「なん……なに?」

「謝ってやれ。お前が折れんと、話が進まんぞ」

「……ずいぶんアイツに肩入れするようになったな」

「今はお前に肩入れしているつもりだ」


 その視線を上げるシュルツ。出会った時のような、冷徹そのものの眼光はない。

 代わりに、久方ぶりに家に帰って、家庭内で不和があるような男の目になっていた。


「戦場で致命的になる。コミュニケーションのズレは」

「そればっかだな」

「お前なら飲める。だから話している」

「……はぁ。ダメだったら慰めてくれよ」

「考えておいてやる」


 その声に押し出されるように、白鳥に近づいてゆく。

 向こうも、気付いた。白鳥に隠れるように、警戒してこちらを睨んでくる。


「その……」

「あら、堂本くん。なにかしら」

「その、悪いんだけど。炎玲。ちょい、話せないか」

「な、なんだよ。アタシには話なんてないけど」


 ますます白鳥の服にしがみつく炎玲。

 白鳥のほうは、苦笑して息を吐く。そして、少女の背を押した。


「……付き合ってあげて。少しでいいから」

「うぅ…………わかっ……た」

「すまん。ありがとな」


 2人で歩き出す。適当なベンチに座ると、炎玲も警戒しながら、距離を空けて腰掛けた。

 会話の糸口が掴めない。近くの自販機を指差す。


「……なんか飲むか」

「いらない」

「だよね」

「なんだよ。オマエと話すことなんてひとつもないぞ」


 ムッとした顔のまま、向こうを向いてしまう炎玲。強敵だ。


「その……俺は、まあ。あんまり頭が良くなくて」

「知ってるよ。バカだもん」

「くっ、ガk……ですよね?」


 危ねえ。“出る”ところだったぜ。


「自分の知ってる世界を、全部だと思ってたんだ。炎玲にも、炎玲の生きてきた世界があるのに」

「……当たり前じゃん」

「当たり前だけど、たぶん俺はずっと気付けなかった。こうして、お前と会って……色々、聞いてみるまで」

「……」


 沈黙。向こうを向いた炎玲の表情は、うかがうことができない。

 俺が悪かった。大人げなかったよ。


「“紅龍堂”が悪者みたいな話し方も、たぶんずっと嫌だったよな? 俺たちは、たったの一側面しか知らないのに……分かったみたいに」

「……そう、だよ……すっげえ、ムカついてた……」

「カレンさんのことも、そうだよな。事情があるかもしれないし、ホームレスだって、カレンさんのことをずっと煩わせて。お前が怒るのも当然だよ」

「……」


 ……せめてこっちを見てほしいけど、仕方ない。言うべきことを言い切るしか。


「だから、悪かった。炎玲……ごめんなさい。俺は、お前の立場に立ててなかったです」

「……」

「……」

「……」


 長い沈黙。行き交う人々。見えない炎玲の顔。


「……アタシも」

「……」

「アタシも……ホームレスのこと、クズって言ってごめんなさい……」

「……!」


 ぽろ、と涙が落ちた。炎玲は向こうを見ながら、泣いていた。


「……オマエに言われて、はじめて気付いた。人には、それぞれ事情があるって……」

「……」

「そうじゃないって、思い込もうとしてた。アタシとアイツらは違うって思いたかった……でも、同じだよ……同じだった……」


 帽子を脱いで、渡す。炎玲はその中に顔を突っ込んで泣き始めた。


「アタシは役立たずだから……誰かの役に立ちたくて、ずっと……だから、人より上に居ないと、行かないとって……そうしないと、みんなに……」

「もういい、もういいんだ炎玲……もういい……」

「うぅ……ひぐっ……」


 その小さな背をさする。暖かく、震えて、あまりにも脆く感じるその背中を。

 往来の人々の奇異の視線にさらされながら、俺たちはしばらくそうしていた。



「……ごめん」

「いや、俺こそ」

「へへ。ベチョベチョ」


 真っ赤な目の炎玲が、帽子から顔を離す。

 言う通り、その帽子の中はグチャドロだ。もう被らないよ俺は。


「……アタシ。結構前から、生贄には不適だったんだ」

「“燎神”の?」

「うん。代々、10歳になると“緋凰”に変身できるって言われてて……へへ。ぜんぜんなれなくてさ。それまですごい持ち上げられて、“生贄様、荷物をお持ちします”とか、“生贄様、お召し物が”とか言われてたのに、それでどっかーん!」

「……」


 おどけたように話す炎玲。その目の赤さは、まだ痛々しい。

 こうすることでしか、吐き出せない痛みなのだろう。


「ご飯も、寝床も、ぜーんぶ取り上げられてさ。囲んできてた子供だって、みーんなどっか行っちゃった」

「……そうか」

「それで……“見込みナシ”の場所に放り込まれたら、周りの連中はアタシを恨んでる奴らばっかり。“今まで、生まれだけでデケェ顔しやがって”って、そんな……そんなのなんだ」


 声が、震える。炎玲の、まだ幼い、未熟な高さの残る声が。


「でも……紅龍堂は家で、カレン様は親だよ……紅龍堂が無かったら、アタシなんてそもそも生きてないし……カレン様は、ずっと優しくしてくれてたんだ……」

「……」

「……アタシ……アタシ、なんで生きてるんだろうな……誰の役にも立てないのにさ……」


 覚えが、あった。


 誰かの期待を裏切って、死ぬ思いでドン底の味を覚える。

 だから、俺は。


 だから。



「……お前は、お前なだけで価値があるんだ」

「……なに、それ」

「俺の中で、イッチバンかっこいいヒーローのセリフ。すげえだろ? こんなこと言うの、どれだけ勇気がいるか分かんねえよ」

「……」

 

 きょとんとした炎玲の顔。まるで、知らない言語の、知らない分野の単語を聞いたような表情。


「……俺は、そう言われた日からずっと信じてる。人って、そこに居るだけで、信じられないほど価値があるんだって」

「……なんだよそれ。そんなわけないじゃん……」

「お前も、俺に世界をくれたよ。こうして出会って、話して……お前の世界を、見せてくれた」

「……」


 そうだ。


 あの日、篠原おまえがそうして俺を救ってくれたように。


「信じられないなら、何回でも伝えてやるよ。お前には、お前だけの価値がある。生贄も、キメラセラムも、関係ない価値が」

「……なんだよ、それ。クサすぎるぞ」

「……ですよね」

「へへ……そうだよ」


 また、ポロポロと涙が溢れる。鼻水も。ジュルジュルと、真っ赤になった鼻を啜る炎玲。


「バカみたいじゃん……みんな、価値があるって……」

「だよなぁ……」

「……いい、なぁ……」

「……だよなぁ」


 リトルチャイナの喧騒を前に、俺たちは静まり返る。

 AI屋台が、冷やし中華を売っている。自販機の陽気な音声、楽しげな観光客……。


「……アタシにも、あるのかな。価値」

「ある。絶対だ」

「オマエも、そう思う?」

「……当たり前だろ」


(((この子に、紅龍堂のイレズミがなかったら……)))


 一瞬、“それ”を思い出す。言葉に詰まりかける。

 それでも、この弱々しい子供の前で、俺は微笑みの仮面をつけた。


「へへ。……そっか」


 ぐじゅぐじゅの顔で、笑みを作る炎玲。

 すぐに、その笑みは何か思いついた悪ガキのものになった。そして、俺の服を(俺の服を!!)掴んで、チーンっと鼻をかむ。


「うわ! 何すんだコラ!!」

「じゅーっ! じゅるっ! へへ、バーーカ! 油断してたからだよっ!」

「きったね! カピカピになるんだからなコレ!」

「ざまーみろ! へへ」


 そのまま、ぎゅーっと抱きついてくる炎玲。その頭にグリグリ拳を当てながら、俺もようやく立ち上がった。炎玲を抱えたまま。


「はい罰ね。この小っ恥ずかしいカッコで連れ歩いてやる」

「うわー! やめろって!!」

「ダメだ! 次の聞き込みはこの状態」

「ヘンタイ! バカ! だれかー!」


「も、もしかして、炎玲ちゃんかい?」


 ギャーギャー騒いでると、通りの向こうから声。

 花柄エプロンで、屋台を引いたおばさんだ。目を見開いて、俺と、しがみつく炎玲を見ている。


 炎玲も振り返る。そして、大きく目をみはって、飛び降りた。


「おばちゃん!!」

「ああ、炎玲ちゃん! アンタ無事だったんだね!!」

「おばちゃん! 会えると思ってなかった……!」


 互いに駆け寄って、抱きしめ合うふたり。

 置いてけぼりの俺は、ぽんと背を叩かれる。他で聞き込み中だと思っていた篠原だった。


「……子供の巣立ちは、寂しいもの」

「いや、子供いねえよ俺」

「な、慰めてあげよう……私が……ほ、ほら、私も抱っこ」

「でけーよ子供が……」

「い、炎玲だけずるい!」

「でけーよ子供が!」


 感動の再会っぽいふたりを前に、俺は篠原と微妙な会話をするほかなかった。




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