82-和解と
「ありえないぞ!!」
とりあえず可能性のひとつとして、“蓮華財団が黒幕ではないか”と伝えたところ。
炎玲は真っ向から否定。白鳥ですら懐疑的な顔だ。俺の味方は篠原だけ。
「カレンさんを庇うわけではないけど、あまりにも手口が……大胆すぎないかしら。なぜ決行の日に、彼女自身が様子を見に来たの?」
「それは……分からない。なんかの最終確認とか……?」
「分からないのは、ありえないことを前提にして考えてるからだよ! カレン様はそんなことしない!」
この話、ウケが悪すぎるだろ。
「とりあえず、可能性のひとつってだけだって。ちょい、他の公園行ってる直政たちに電話かけるから……」
「フン! どーせやっかんでるんだろ。クラップロイドが世間で受け入れられてないからって、カレン様に八つ当たりすんなよな!」
「はいはい。悪かったよ」
それわりと効くからやめてね。
スマホを耳に押し当てる。ワンコールで直政の声が答えた。
《もしもし、直政だ。なにか進展があったか?》
「直政さん? 一応、西公園での聞き込みは終わった。……色々ときな臭い感じだよ」
《そうか。吾輩たちも、まあ……仮説はそこそこ出ているが。どうも、蓮華財団は無関係ではないかもしれんな》
「……その話、コッチじゃあんまり沸かないから。次は“リトルチャイナ”で合流ね」
《承知した》
◆
「“カレン”だ」
合流した途端、単刀直入なシュルツ。直政も横で頷いている。
リトルチャイナ、入り口の門。その根元で、俺たちは合流していた。
平日にも関わらず、賑わいは相当なものだ。人々の流れは途切れる様子を見せない。
「恐らくは、当日に顔を見せたのも“選別”のため。生贄として適す者を、その目で見つけるためだ」
「……というのが、シュルツの仮説だが。アンタらはどうだね」
「……。こっちは、カレンがわざわざ“誘拐当日”にそんなことをするのはリスクが高くないかって話になってるよ」
喋りながら、思い出す。“キメラセラム”の地下実験場にも、似たような奴がいた。
「……“なんで居たんだ”繋がりでさ。覚えてるか? 地下の、フード男」
(((“天”! 不手際だぞ! こんなことが同盟の場で……)))
「ああ、覚えているぞ。吾輩たちが介入したら、脱兎の如く逃げ出したアイツか」
「もし“紅龍堂”がムダ大好きで、カレンも超がつくおバカさんだったら。イチイチ現場に特別ゲストを呼んでるのも頷ける」
「頷けるって、アンタなぁ……吾輩が風邪引いた時に見る夢みたいな支離滅裂さだぞ」
はい。
「ありえないって言ってんじゃん! 紅龍堂はやるかもしれないけど……カレン様だけはそんなこと、やるわけない!」
「……」
「いい加減にしろよ、もう! オマエらだってムリヤリな推理ばっかりしてるの、分かってるくせに!」
「分かったよ! 怒らなくていいだろ。もうしない、この話は」
ぷんぷん頭から湯気を発する炎玲。白鳥の上着の裾を掴んで、俺たちを睨んでいる。
肩をすくめると、思いっきりベロを出された。く、クソガキ……!
その頭をひと撫でして、白鳥が溜息を吐いた。
「いまは憶測より、情報が欲しいわ。……聞き込みが最優先よ」
「……了解」
まだ機嫌が悪い炎玲を傍目に、俺たちは聞き込みを開始する。
信じてる何かを疑われただけで、人ってこうなっちゃうんだなぁ……。
◆
「紅龍堂? そりゃーもう、守り神さ。あの人たちのお陰で、俺らはなんとかやっていけてるしね」
「紅龍堂のおかげでぇ???」
「そうだよ。ありがたい話さ。嫌な客からも守ってくれるし、販路拡大の工面も」
思わず二度聞きしてしまうその言葉。目の前の店主は、何度聞き返しても同じことを言いそうだ。
“リトルチャイナ”の聞き込み中。空振りが何度か続いて、ようやく出てきた証言はコレだった。
「ちゃ、チャイニーズマフィアっすよね? 紅龍堂って」
「ん〜、というよりは……“コミュニティ”みたいなもんだ。マフィアみたいな一面もあるだろうけど、俺らみたいな庶民にとっちゃ、地域の共同体って側面が強いさ」
「共同体……」
なんだそれ。だって、他人を傷つけてるんだぞ、紅龍堂は。ミカジメ、誘拐、実験。マトモじゃない。
……それが、共同体。俺たちは、“リトルチャイナ”と戦っているのか? こんな住民たちとも……?
ただ、同時に。納得のいく話でもあった。
蓮美 カレン。誰かを庇護しながら、誰かを傷付ける。それはきっと、矛盾しないんだ。
(((自分たちの道が伸びる先を、考えていない)))
しおりさんの警句が、脳裏をかすめる。
だから、俺たちは生半可な覚悟で踏み込んではいけなかったのか。相手を追うほどに、自分の首だって締まっていく……。
「もういいかい? 客が待っててよ」
「す、すみません。お時間ありがとうございました」
「いいってことよ。じゃな」
窓が閉まり、店主が奥へ消える。
それを見送りながら、俺はぼんやりと自覚した。
……そりゃ、炎玲だって怒る。俺がやってきたのは、“彼女の世界”の、一方的な否定でしかない。
上からアレしろコレしろと、彼女の視座に立てていない。俺は、俺の信じるものしか見ていなかったんだから。
「……」
チラと、白鳥の方を見る。まだ聞き込み中の彼女に、チョコチョコついて回る炎玲。
その目がバッチリ合って、慌てたように逸らされた。
「謝ってやれ」
ふと、後ろから声。シュルツだ。
彼は特に関心もなさそうなそぶりで、何やらメモをとっている。
「なん……なに?」
「謝ってやれ。お前が折れんと、話が進まんぞ」
「……ずいぶんアイツに肩入れするようになったな」
「今はお前に肩入れしているつもりだ」
その視線を上げるシュルツ。出会った時のような、冷徹そのものの眼光はない。
代わりに、久方ぶりに家に帰って、家庭内で不和があるような男の目になっていた。
「戦場で致命的になる。コミュニケーションのズレは」
「そればっかだな」
「お前なら飲める。だから話している」
「……はぁ。ダメだったら慰めてくれよ」
「考えておいてやる」
その声に押し出されるように、白鳥に近づいてゆく。
向こうも、気付いた。白鳥に隠れるように、警戒してこちらを睨んでくる。
「その……」
「あら、堂本くん。なにかしら」
「その、悪いんだけど。炎玲。ちょい、話せないか」
「な、なんだよ。アタシには話なんてないけど」
ますます白鳥の服にしがみつく炎玲。
白鳥のほうは、苦笑して息を吐く。そして、少女の背を押した。
「……付き合ってあげて。少しでいいから」
「うぅ…………わかっ……た」
「すまん。ありがとな」
2人で歩き出す。適当なベンチに座ると、炎玲も警戒しながら、距離を空けて腰掛けた。
会話の糸口が掴めない。近くの自販機を指差す。
「……なんか飲むか」
「いらない」
「だよね」
「なんだよ。オマエと話すことなんてひとつもないぞ」
ムッとした顔のまま、向こうを向いてしまう炎玲。強敵だ。
「その……俺は、まあ。あんまり頭が良くなくて」
「知ってるよ。バカだもん」
「くっ、ガk……ですよね?」
危ねえ。“出る”ところだったぜ。
「自分の知ってる世界を、全部だと思ってたんだ。炎玲にも、炎玲の生きてきた世界があるのに」
「……当たり前じゃん」
「当たり前だけど、たぶん俺はずっと気付けなかった。こうして、お前と会って……色々、聞いてみるまで」
「……」
沈黙。向こうを向いた炎玲の表情は、うかがうことができない。
俺が悪かった。大人げなかったよ。
「“紅龍堂”が悪者みたいな話し方も、たぶんずっと嫌だったよな? 俺たちは、たったの一側面しか知らないのに……分かったみたいに」
「……そう、だよ……すっげえ、ムカついてた……」
「カレンさんのことも、そうだよな。事情があるかもしれないし、ホームレスだって、カレンさんのことをずっと煩わせて。お前が怒るのも当然だよ」
「……」
……せめてこっちを見てほしいけど、仕方ない。言うべきことを言い切るしか。
「だから、悪かった。炎玲……ごめんなさい。俺は、お前の立場に立ててなかったです」
「……」
「……」
「……」
長い沈黙。行き交う人々。見えない炎玲の顔。
「……アタシも」
「……」
「アタシも……ホームレスのこと、クズって言ってごめんなさい……」
「……!」
ぽろ、と涙が落ちた。炎玲は向こうを見ながら、泣いていた。
「……オマエに言われて、はじめて気付いた。人には、それぞれ事情があるって……」
「……」
「そうじゃないって、思い込もうとしてた。アタシとアイツらは違うって思いたかった……でも、同じだよ……同じだった……」
帽子を脱いで、渡す。炎玲はその中に顔を突っ込んで泣き始めた。
「アタシは役立たずだから……誰かの役に立ちたくて、ずっと……だから、人より上に居ないと、行かないとって……そうしないと、みんなに……」
「もういい、もういいんだ炎玲……もういい……」
「うぅ……ひぐっ……」
その小さな背をさする。暖かく、震えて、あまりにも脆く感じるその背中を。
往来の人々の奇異の視線にさらされながら、俺たちはしばらくそうしていた。
◆
「……ごめん」
「いや、俺こそ」
「へへ。ベチョベチョ」
真っ赤な目の炎玲が、帽子から顔を離す。
言う通り、その帽子の中はグチャドロだ。もう被らないよ俺は。
「……アタシ。結構前から、生贄には不適だったんだ」
「“燎神”の?」
「うん。代々、10歳になると“緋凰”に変身できるって言われてて……へへ。ぜんぜんなれなくてさ。それまですごい持ち上げられて、“生贄様、荷物をお持ちします”とか、“生贄様、お召し物が”とか言われてたのに、それでどっかーん!」
「……」
おどけたように話す炎玲。その目の赤さは、まだ痛々しい。
こうすることでしか、吐き出せない痛みなのだろう。
「ご飯も、寝床も、ぜーんぶ取り上げられてさ。囲んできてた子供だって、みーんなどっか行っちゃった」
「……そうか」
「それで……“見込みナシ”の場所に放り込まれたら、周りの連中はアタシを恨んでる奴らばっかり。“今まで、生まれだけでデケェ顔しやがって”って、そんな……そんなのなんだ」
声が、震える。炎玲の、まだ幼い、未熟な高さの残る声が。
「でも……紅龍堂は家で、カレン様は親だよ……紅龍堂が無かったら、アタシなんてそもそも生きてないし……カレン様は、ずっと優しくしてくれてたんだ……」
「……」
「……アタシ……アタシ、なんで生きてるんだろうな……誰の役にも立てないのにさ……」
覚えが、あった。
誰かの期待を裏切って、死ぬ思いでドン底の味を覚える。
だから、俺は。
だから。
「……お前は、お前なだけで価値があるんだ」
「……なに、それ」
「俺の中で、イッチバンかっこいいヒーローのセリフ。すげえだろ? こんなこと言うの、どれだけ勇気がいるか分かんねえよ」
「……」
きょとんとした炎玲の顔。まるで、知らない言語の、知らない分野の単語を聞いたような表情。
「……俺は、そう言われた日からずっと信じてる。人って、そこに居るだけで、信じられないほど価値があるんだって」
「……なんだよそれ。そんなわけないじゃん……」
「お前も、俺に世界をくれたよ。こうして出会って、話して……お前の世界を、見せてくれた」
「……」
そうだ。
あの日、篠原がそうして俺を救ってくれたように。
「信じられないなら、何回でも伝えてやるよ。お前には、お前だけの価値がある。生贄も、キメラセラムも、関係ない価値が」
「……なんだよ、それ。クサすぎるぞ」
「……ですよね」
「へへ……そうだよ」
また、ポロポロと涙が溢れる。鼻水も。ジュルジュルと、真っ赤になった鼻を啜る炎玲。
「バカみたいじゃん……みんな、価値があるって……」
「だよなぁ……」
「……いい、なぁ……」
「……だよなぁ」
リトルチャイナの喧騒を前に、俺たちは静まり返る。
AI屋台が、冷やし中華を売っている。自販機の陽気な音声、楽しげな観光客……。
「……アタシにも、あるのかな。価値」
「ある。絶対だ」
「オマエも、そう思う?」
「……当たり前だろ」
(((この子に、紅龍堂のイレズミがなかったら……)))
一瞬、“それ”を思い出す。言葉に詰まりかける。
それでも、この弱々しい子供の前で、俺は微笑みの仮面をつけた。
「へへ。……そっか」
ぐじゅぐじゅの顔で、笑みを作る炎玲。
すぐに、その笑みは何か思いついた悪ガキのものになった。そして、俺の服を(俺の服を!!)掴んで、チーンっと鼻をかむ。
「うわ! 何すんだコラ!!」
「じゅーっ! じゅるっ! へへ、バーーカ! 油断してたからだよっ!」
「きったね! カピカピになるんだからなコレ!」
「ざまーみろ! へへ」
そのまま、ぎゅーっと抱きついてくる炎玲。その頭にグリグリ拳を当てながら、俺もようやく立ち上がった。炎玲を抱えたまま。
「はい罰ね。この小っ恥ずかしいカッコで連れ歩いてやる」
「うわー! やめろって!!」
「ダメだ! 次の聞き込みはこの状態」
「ヘンタイ! バカ! だれかー!」
「も、もしかして、炎玲ちゃんかい?」
ギャーギャー騒いでると、通りの向こうから声。
花柄エプロンで、屋台を引いたおばさんだ。目を見開いて、俺と、しがみつく炎玲を見ている。
炎玲も振り返る。そして、大きく目をみはって、飛び降りた。
「おばちゃん!!」
「ああ、炎玲ちゃん! アンタ無事だったんだね!!」
「おばちゃん! 会えると思ってなかった……!」
互いに駆け寄って、抱きしめ合うふたり。
置いてけぼりの俺は、ぽんと背を叩かれる。他で聞き込み中だと思っていた篠原だった。
「……子供の巣立ちは、寂しいもの」
「いや、子供いねえよ俺」
「な、慰めてあげよう……私が……ほ、ほら、私も抱っこ」
「でけーよ子供が……」
「い、炎玲だけずるい!」
「でけーよ子供が!」
感動の再会っぽいふたりを前に、俺は篠原と微妙な会話をするほかなかった。




