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8-あらわになる不穏(2)



 停電の、少し前。


 白鳥 さくらは、集団の中から1人減ったことに目ざとく気付き、チラチラと視線を走らせていた。


(堂本くん……どこに行ったの)

「でさぁお姉さん、ここってなんだっけ?」

「(さっき説明したじゃん私! ……したよね?)……ここは災害救助フロアです」


 先ほどから白鳥の隣にしつこく居座り、厚顔無恥な質問を繰り返しているのは鮫島だ。

 あまりにも、悪目立ちしすぎている。他の生徒も萎縮して、碌に質問できない有様だ。ガイドも笑顔だが、小声に不満が漏れている。


「鮫島くん。大事な質問以外は……」

「あとさぁ、こんな高そうな発明なんだから金はかかってるっしょ? 見回りとかってどうしてんの?」

「……高性能のセキュリティシステムがありますので、特にはしていません。あまりガラスに手を触れないでください(こんな失礼な態度、おかしくない……?)」


 ガンガンとガラスを叩く鮫島を見て、思わずといった風にガイド役からため息が漏れる。

 白鳥は深く息を吸うと、鮫島に向き直った。


「鮫島くん、いい加減にして。貴方の振る舞いはさっきから目に余るわ」

「んだよ、ノリ悪りいなさくら。俺だって堂本とおんなじ、興味津々なだけだろ。なあお姉さん、このキショい虫みたいなのも発明品?」

「……」


 一瞬だけ怒鳴りつけそうになる白鳥は、その一瞬で自制する。ここで自分が声を荒げるようなことがあれば、失態は学校に影響を与える。そうなれば、後輩たちに迷惑がかかるだろう。

 ガイドのお姉さんは、一応作った笑顔で対応する。疲れた目だ。


「(キショい虫って……はあ。)こちらは『ライフギア』シリーズ、最古の試作機です。虫の足のように見える部分は心臓マッサージやメスの役割を果たし、サソリの尾のような部分は……」

「へー。あー分かったわ。これもナノファイバーなんたらってやつだろ?」

「……いえ、こちらは宿主の抗原模倣とニューロインターフェースにとどまります。この2つは、のちの『ライフギア』において、義肢の接続を……」

「ちっ、なんだよ。もういいわ」


 説明を途中で遮り、鮫島は不貞腐れたように目をそらした。

 その時点で白鳥は限界をむかえた。怒らない事こそ、道理に反する。


「鮫島くん。学校の代表としてここに立っているという自覚ができないのであれば、今すぐに帰ってちょうだい」

「は? だからさっきから見せてやってんだろ。学校の1番強え、エリートとしてのあるべき姿をよ」

「……本当にそう思っているの?」

「当たり前だろ。なんで俺がこんな使いっ走りのババアにへりくだってやらなきゃならねぇんだよ」


 ガイド役をチラと見ながら、なんの躊躇いもなく言い放つ。

 白鳥はもはや言葉もない。怒りが彼女の喉につっかえ、喋ることすらままならないのだ。


「俺らは違うんだよ白鳥。こんな底辺とか、堂本なんかとも違うエリートだ。社会のトップに立つ俺らが、遠慮なんてする必要もねぇだろ」

「………………」


 白鳥は声を発する前に、大きく深呼吸した。でなければ、彼女は即座に気合声を発して空手を繰り出していただろう。

 そして、それでも嗜める言葉を出そうとし……気付いた。



 鮫島の胸ポケットから覗くスマホ。録画中の光が、一瞬だけ点滅したのだ。

 いつから? なんのために? 一転して困惑する白鳥が、何か言おうとして……。




 バツン。




 光が、消えた。ガラスケースも、発明品も、生徒たちもすべて見えなくなる。


 動揺が広がる前に、その暗闇は去った。やわらかな電灯が戻り、前と変わらない光景があらわれる。


「今のは」

「(あわわ……じゃなくって!)申し訳ありません、いまセキュリティ部門に確認をしているのですが……返答がなくて」

「生徒を並ばせます。避難が必要であれば、指示をお願いします」

「は、はい。もちろんです」


 小声で慌てるガイドを手早く落ち着かせると、白鳥は生徒たちをまとめるべく向き直る。


「何があったか分かるまで、2列でまとまります。常にガイドの方の目の届く範囲にいること」

「ビビり上がってんじゃねえか、さくら。安心しろって、俺が守ってやるからよ」

「貴方もはやく、並んで」


 白鳥はもはや鮫島を相手にもせず、粛々と集団を操りはじめる。

 鮫島はニヤついている。状況が分かっていないのか、分かっていても自分を大きく見せたいのか。


 整列させた生徒を前に、白鳥は思考を整理しようとする。恐らくは、ただの手違い。先ほどの停電は何の意味もない、人為的なミスだ。

 背筋を這い上る予感を前に、彼女はそう思い込もうとする。




 直後。




 ポーン、と音が鳴った。



 エレベーターホールからだ。全員が反射的にそちらを見る中、開くドアから、ヌルリと銃口が現れた。



 ピシュン。あまりにも軽い音の後、ガイド役のこめかみから液体が撒き散らされた。

 血液だ。糸の切れた人形じみて、ガイドは自分の血溜まりの中に倒れ伏す。



「え?」


 事態が飲み込まれるより先に、エレベーターから影のように降りてくる存在があった。

 それは複数の男性たちだ。全員が顔に灰色のペイントを塗り、アサルトライフルのような銃器を構えている。


 彼らは素早く散開し、生徒たちを取り囲んだ。銃口は、その生徒たちに向いている。

 理解より、恐怖が早かった。黙り込む全員の前で、エレベーターから、更に足音。



 ドシリ、ドシリ。遠方の山崩れが、徐々に迫り来るような音。ブーツに踏まれた床が軋む。

 そして、巨体。彼の隣に立てば、鮫島すら子供のように見えるだろう。ミリタリースタイルから垣間見える全身の筋肉は、鋼の如き質感を帯びる。


 禿頭のその男は、射殺すような眼光で生徒たちを見渡した。そして、口を開いた。


「怯えるな」


 静けさが満ちる。白鳥も、鮫島も、他の生徒も。うかつな動きを、制限されている。銃口によって。


「そして、動くな。妙な動きを起こせば、『そう』なる」


 彼が顎で示すのは、先ほどまでガイド役だった人間の死体だ。目を見開き、半端な笑顔で果てている。


 誰かが啜り泣いた瞬間、ディアブロが頭上で手を回した。

 直後、啜り泣いた女子の膝が撃ち抜かれた。倒れ込む彼女を、白鳥が抱え込む。


 苦痛の声を堪えるその生徒を抱いたまま、白鳥は巨漢を睨みつける。視線を受けた悪魔は低く笑った。


「二度は言わん。物分かりの悪い人間から死ぬと思え」

「……!!」


 歯を食いしばる白鳥。

 震えながら俯く生徒たち。

 銃を構え直す傭兵部隊。

 腕を組んで睥睨する巨漢。




 それらを見ながら、堂本 貴は物陰で混乱していた。


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