76-難しい話し合い
「ダメだ!」
「ダメじゃない! 俺の家っす」
「ダメよ!」
「ダメじゃないって! 俺の家だから」
「ぜ、ぜったいダメ!」
「俺の家だろ! なんだその……なにそれ」
直政。白鳥。超巨大リュックを背負う篠原。
それぞれが、俺を見て反対意見をぶつけてくる。
あの後、何度も遠回りを繰り返してなんとか帰着。疲労感を背負いながら治療の準備をしていると、ふと白鳥がこんなことを言い出した。
(ねえ、堂本くん。言いにくいんだけど……その女の子と、軍服の人。どうするの?)
(目ェ覚めるまでうちで休ませるよ)
どうも、うかつな発言だったらしい。それを聞いた途端、3人が食ってかかってきた。
「いいか! “それ”は子供に見えても、紅龍堂の構成員だ! 見ただろう、竜のタトゥーを!」
「いやそりゃ、見ましたけど……」
「しかも“キメラセラム”の実験体! 半分は“フォールン”みたいなものだ! 危険極まりない!」
「いやぁ……まあ俺らも化け物みたいなモンじゃ……」
今にも少女が飛び起きて、頭から食われると言わんばかりの剣幕。直政は本気だった。
が、白鳥と篠原の意見は違うようだ。
「いい? 堂本くん。その軍人は、私たちが助けようとした変異体のホームレスを躊躇なく抹殺するような人間なのよ」
「し、しかも、クラップロイドのことも、殺そうとしてた!」
「そうよ。それでも助ける? 筋が通らないわ」
「いや筋っていうか……この火傷マジでヤバそうだし……せめて俺がやった分くらいは……」
2人とも、不正がバレた政治家を見るような目。そこまで責められないといけないことなのかコレは?
とりあえず布団に少女と軍服を寝かせると、3人の声のボリュームがアップする。
「ありえん! いいか貴! “フォールン”の危険さをアンタは軽視してる!」
「堂本くん! その優しさは好っ……尊敬してるけど、あなたが自分の命を軽視するところだけは嫌いよ!!」
「や、やめよう堂本! つ、詰みセーブダメ、ゼッタイ!」
なんなの……。1人ずつ話すしかないのか?
「いいか、まず直政さん!」
「なんだ! アンタもようやく片す気に……」
「キメラセラムが興奮剤入りだったって、そう仮定したのはアンタだろ。なのに、目覚めてもないコイツの“危険さ”を一方的に断定して切り捨てるのは、おかしいんじゃないか?」
「む……むむ……」
額に汗を浮かべ、微妙な表情で黙り込む直政。
同時並行で、少女の額に濡れタオルを乗せる。体温がなかなか下がらないのだ。
「次にお前ら2人!」
「……なにかしら」
「うぅ……」
「……俺を殺そうとしてきた組織なんて、別にコイツが初めてじゃないだろ。トクタイだって、話せばわかる人たちだった。その可能性をハナから捨ててかかるのこそ、筋が通らないんじゃないか?」
しゅーんと肩を落とす篠原。まだ何か言いたそうな白鳥。
消毒液を軍人に塗りながら、俺は肩をすくめた。
「……俺は、信じることを“命の軽視”とは思ってないよ。ただまぁ、用心は確かに必要だよな」
「……甘いわね。あなたは、いつも」
「悪かったよ、いつも負担かける……」
「……」
まだまだ納得していない白鳥に、消毒液を手渡す。彼女も火傷していたはずなのに、痛がるそぶりも見せずに人の心配ばっかりだ。
これ以上は、言葉ではどうしようもない。俺の信じるものと白鳥の信じるものが違うのだ。
溜め息と共に、寝ている2人の掛け布団を引き上げようとする。
次の瞬間、俺の喉が掴まれていた。そしてキドニーに、鋭い切先の感覚。
目をギラつかせる軍人と、荒い息の少女。2人が起きて、俺の首を締め上げ、ガラス片のナイフを突きつけていた。
「ここはどこだ。吐け」
「だ、誰だッ、お前ら!」
「……ゴメンナサイ、皆さんが正しかったです……」
◆
「「助けられた(だと)?」」
異口同音。リビングの椅子に座って、2人は訝しむような口ぶりだ。
なんとか宥めすかして、話を聞いてもらうようにそれぞれが尽力して、ようやくこの形になった。
特にシュルツは、直政の言葉をよく聞き。少女は、白鳥の言うことを素直に受け入れていた。
俺がコイツらを助けたいって言ったのに、俺以外が頑張り通しなのは情けない限りである……。
「では、俺を助けたコイツは何者だ?」
「クラップロイドだ。“ゲート”でも話題になっていただろう。ホラあの、“ナハシュ”の……」
「……クラップロイドだと? この男が……」
ジロリと俺を睨んでくるシュルツ。座る椅子から、不穏な振動音が響きはじめる。彼の異能、超振動だ……!
思わず変身しようとしていると、直政が割って入った。
「まあまあ待て! シュルツ、それは急ぎすぎじゃないかね」
「何がだ」
「アンタを助けたんだぞ。“ゲート”に利するかもしれんのだ」
「……一度、歯向かっておきながら、か?」
シュルツの眉間に、皺が重なる。その手が、空気を揺らがせながら持ち上がる……!
「たったの一度ですべてを決めるのか!? “ゲート”はいつからそこまで狭量になった!?」
「……」
「いいか! 命の恩人に対して、殺すことが組織の方針というなら、吾輩は追放されて万歳だ。だが、“フォールン”でもない人間を……冷血すぎる。“殺し屋組織”と揶揄される、そのままになってしまうぞ」
「……良かろう」
その振動が、止まる。虫の羽音のようなそれらが、静まり返った。
甚だ不本意という風に、鼻から長い息を吐き出し尽くすシュルツ。そのまま目を瞑ってしまった。
「ま、待てよ! どういうこと? アタシは助けてほしいなんて頼んでないぞ!」
が、落着しかけた空気に異議を唱えるものがあった。
ブカブカのシャツを着た少女だ。ガラス片のナイフを握ったまま、不安そうに辺りを見回している。
「ほ、“紅龍堂”は? “キメラセラム”は!? “天”はどうなったんだよ!!」
「あーいや……色々あって」
「色々!?」
チラリと白鳥を見ても、肩をすくめるばかり。冷たい。
篠原も、あまり援護はしてくれそうにない。デカいリュックを漁っているのだ。何やってんの……。
「どうやって助けたんだよ!」
「どうやってって……そりゃ、白鳥が撫でたり呼んだりして、なんとか……」
「そ、そうじゃないよ! “セラム”で死ぬはずだったのに、どうやって?」
「セラムで?」
「セラムだと?」
セラムで死ぬって何? と思っていると、他の場所からも声が上がった。
シュルツだ。再び不穏な振動音を響かせながら、今度は椅子から立ち上がる。遥か上からの視線が、少女に降り注ぐ。
「……成程。何の特異性も見当たらない子供だと思っていたが、“キメラセラム”の被験体だったか」
「な、なんだよッ! 怖くないぞお前なんて!!」
「セラム使用者はもはや“フォールン”。殺害する他なし」
《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》
白熱するシュルツと少女の間に、クラップロイドに変身して割り入る。
一瞬だけ、場が静まり返る。ナイフを構えた少女と、千匹の蜂が飛ぶような振動音のシュルツ。まるで猛獣同士だ。
『……それが“ゲート”の方針かよ。“フォールン”は全員殺害するって?』
「そうだ。“人の世を人の世のままに”。それが我々だ」
「ふん、なにが人の世だ。どうせお前らだって、落ちていった人間のことなんて気にもかけないくせに!! 正義ヅラすんなよな!!」
「ゲートこそ正義。貴様らの死こそ正義」
シュルツの火傷まみれの腕から、唸るような振動音。テーブルに置いたカップにヒビが入る。おそらくは、ワンタッチで人間など殺せる出力なのだろう。
直政は黙っている。助け舟の気配もない。俺のことは助けたいが、少女はそうでもないというのか。
その上で、しかし俺たちは睨み合っていた。
「……どけクラップロイド」
『……悪いけど、せっかく助けた命をここで殺させるつもりはない』
「ゲートに楯突くか」
『必要なら』
無言。シュルツも、俺も。唾を飲むのすら躊躇われる瞬間が、続く。
その時、篠原が声を上げた。リュック漁りがストップしている。
「……“フォールン”って、なに?」
「……」
「そ、その定義が、曖昧。拡大解釈、できたら……それこそ、殺し屋集団じゃん」
シュルツは意外そうに篠原を見つめる。そしてしぶしぶ、頷いた。
「“フォールン”。地球に住む、人間以外の知的生命体の総称だ」
「そ、それは、しってる」
「“裂け目”の向こうにいる存在の、ひとしずくがこぼれおちて生まれた命。ゆえに落とし子」
“裂け目”。ぞわりと、背筋に寒気が走る。
思い出すのは、ナハシュ・シンジカートとの死闘。アワナミ上空の、巨大な存在……。
「それらは、自分たちが“神”と崇める存在のために動く。“裂け目”を開いて、接触する」
『……覚えがあるな』
「そして、そのような接触は、ほぼ例外なく甚大な被害を引き起こす。ヴェニーノ・フエゴのようにな」
『見てたのかよ。なんで助けに来なかったんだ?』
「……」
無言のシュルツが、直政を見る。見られた中年親父が慌て出した。
「いや! いやいやいや、助けには行った! 行ったんだが、まあ……タイミングがな?」
「これで理解できたか。なぜその少女が殺されなければならないか」
「できない。ぜんぜん納得できなかった」
シュルツの言葉に、食ってかかるのは篠原だ。もはや俺を置いて、2人が喋っている。
「こ、これは“キメラセラム”の一時的な変化。ど、どうして、それが“フォールン”に結びつくの?」
「“紅龍堂”は構成員の“フォールン化”を狙っている。戦力増強のためにな」
「……それで、吾輩も張り込んでいたのだ」
「奴らの狙いは“永続的なフォールン”を作り出すこと。もし成功したのならば、この娘を生かしておくわけにはいかない」
ぐ、と少女を睨みつけるシュルツ。怯み、震える手でナイフを構える少女。
が、そこへ(ようやく!!)白鳥が割って入った。なぜかほっとするのは俺の方。
「……なら、“疑わしきは罰せず”。この子の血液でもなんでも、調べてからでも遅くはないわ」
「……その間に、本性を剥き出したコイツに貴様らが殺されんとも限らん」
「たとえ99%のフォールンがそんなことをしても、残り1%に賭けるのよ。……そこの人は」
白鳥がチラリとこちらに視線を送ってくる。言外にバカって言ってません?
シュルツは俺と、少女と、白鳥と、篠原を順ぐりに見る。その視線が2周して、彼はようやく振動をおさめた。
「……俺は責任をよそにやるつもりはない。貴様らが死ねば、俺“たち”の失態だ」
「なに!? 吾輩も!?」
「お前もだクラップロイド。忘れるな。いずれ選択の時が来る」
どさ、と椅子に座り直すシュルツ。
それでようやく、少女も震えながら呼吸を再開した。息を詰めていたのだ。
俺も変身を解く。戦ってもないのに、どんな激戦より疲れた。
「……で? “セラム”で死ぬってのは?」
「あ……だ、だって、みんな言ってた。“キメラセラム”は後遺症も残るし、そうなったらどっちみち殺処分だからって……」
「お前も紅龍堂の構成員だろ? そんな扱いなのかよ」
「…………し、しかたないだろ」
少女から情報を引き出そうとすれば、まあ最悪な話が出るわ出るわ。
酷すぎない? 命を軽く見てるのは俺じゃないだろ、コレ。
「そもそも死んだっていい構成員しか使ってないし、ホームレスだっていくらでも湧いてくるクズだ! 紅龍堂は悪くない!」
「……落ち着けよ。別に紅龍堂が悪者なんて言ってないだろ」
「なんだよ!? なんで皆そんな目で見るんだ!? アタシは……アタシだって、紅龍堂のために……皆に英雄って認めてもらえるはずで……うぅ〜っ……!」
もう、パニックだ。元々いっぱいいっぱいだった少女は、浅い呼吸を回しながら、必死にガラスナイフを皆へと向ける。
さすがに直政も同情的な顔つきになっている。白鳥も沈痛な面持ちだし、シュルツはドリブルがうまい。鉄面皮野郎がよ……。
その時、篠原がリュックから何か引っこ抜いた。バサバサと散らばるのは、カラフルなグミやポテトチップだ。
「あ、あった。泊まり用の、菓子……」
「は? 泊まり用?」
「へへ。か、監視する……クラップロイドの、安全を守りまーす」
「……マジ?」
「みんな、お腹減ってピリピリしてるだろうし。ご、ご飯の後、しっかり話そ」
そんなバカな……と言おうとすると、遠雷みたいな音が鳴り響いた。
いや、年相応で可愛らしいけどそんなに腹減ってたか? と思って振り返ると、少女じゃなくてシュルツだった。
「その案に賛同する」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……じ、じゃあ吾輩、ピザの出前でも取ろうかな」
やけに空々しい直政の声が、静けさに残った。




