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75-勘違いを解きながら

 真っ赤に輝く鳥は、羽ばたき、動き出した!!


 俺たち……ではない。部屋の奥へめがけてだ!!


『どこ向かってんだ?』

「! まずいわ」

《へ、部屋の奥にもうひとつ出入り口がある、みたいな……! わ、私たちから逃げるつもり!》

『マジで!?』


 あんなのが外に出れば一大事だ! ヒカリバシはただでさえ観光名所、夜中だって往来の絶えない地区!!

 グズグズする暇なく駆け出す! 出入り口はひとつじゃないんかい! 最悪だ! 


「えーともかく、なんだ! もう一個の方の出入り口は使えるということか!」

「そうだけど、これじゃ……」

「いいや構わん! ホームレスの皆さん! さっさと来た道を戻って脱出しろ! ……巻きぞえで焼き人間になりたいなら話は別だが」

《だ、脱出路は非常灯で照らすから! みんな逃げて!》


「い、いいのか……」

「俺らには関係ねえ、行こう!」

「で、でも命の恩人が……俺たち、クラップロイドを誤解してた……」

『だまって行けって!! それがイッチバン助かるから! ……白鳥、篠原! 誘導任せるぞ!!』

「わかったわ!!」

《ま、任せて!》


 ホームレスたちと白鳥たちに向けて叫べば、ようやく彼らも俺たちとは正反対の方向に動き出す!

 直政も俺も、すでに全力疾走だ。部屋を横切り、廊下に飛び出し、かすかに見える鳥の背を追う!


「存外広いな! タバコをやめて正解だった」

『速い……! 出入り口があったとして、追いつけるか怪しいラインっすよ!』

「“足が速い異能”はないからな! ともかくイカロスとして、疾駆疾走全速力! ……その背負った“シュルツ”は置いていっていいんじゃないか!?」

『置いてけるわけないっしょ!! 赤チンぶっかけないと死にますよコイツ!』

「ああなんとも……!」


 ぶっ飛ばすF1並の速度で、曲がり角に肩を叩きつけながらカーブ! 先では、またも爆発が闇を裂く! 地鳴りのような音と、廊下を吹き抜ける風!


『くそ、見境ねえ……! なんだって地上なんか目指すんだ』

「あくまで仮説の一つだが! 我々を怖がっている、プラス……興奮剤でも入ってたんじゃないか? キメラセラムに!」

『興奮剤!?』

「でなければ、ホームレスの変異体が襲ってきた説明がつかん! 積極的に敵対するような連中か!?」

『マトモな判断ができないってことっすか』

「そして怖がれば……子供は明るい場所を目指すものさ」


 赤熱する鉄扉を突き破り、逃げてゆく鳥型変異体。

 それを追って飛び込めば、そこは何かの部屋だった。



 そんな場合ではないのに、呆気に取られかける。

 壁一面に描かれた、翼もつ人間のロゴ。一流の研究施設のような、並び立つ量子コンピュータ。


 そして、独房にしか見えない部屋の数々。どの部屋も、内側に凹みやヒビ、真っ黒なシミが覗く……。



(((仕方があるまい。“これ”も破棄しておきたまえ)))

(((失敗作……)))

(((やはり、融合などムチャです。いたずらに命を消費するだけ……)))


「……! ……イド! クラップロイド!!」


 その声で、ハッと意識が引き戻される。

 数十メートル先で、心配そうな直政が振り返っていた。


「立ち止まる暇はないクラップロイド! ヒカリバシの安全如何は吾輩たちにかかっとるんだぞ!」

『す、すみません! 行きます!!』


 ダッシュ再開! その隣で、直政が何か言いたそうに俺を見て、諦め、視線を前に戻すのを感じる。


 変異体! 再び泣き叫ぶような声をあげ、鉄扉を爆破! 飛翔してゆく!

 この軌道。胸の中に、無視できないざわめきが起こる。


『……直政さん、今度は俺が仮説、いいっすか』

「なんだ」

『もしっすよ。もし、出入り口は……二つじゃないとしたら?』

「……ああそれは、まずいな!!」


 加速! 周囲の景色が溶けてゆくほどのスピードで、俺たちは鳥を追う!

 変異体はすでにトップスピードだ! そのまま翼をたたみ、体に巻きつけ、小さな穴を潜るように廊下から出てゆく!



 俺たちも“そこ”へと飛び込む! そして、予感が確信に変わる瞬間を見た。



 巨大なドームじみた空間。豆粒のように見える昇降機には、ホームレス達と、白鳥、ドローンの姿。

 やはり! 出入り口は二つなかったのだ!! 部屋からそこに繋がる道が、二つだったというだけの話……!!



 真紅の鳥は吼える! 昇降機めがけて、飛ぶ!!


『マズイ』

「最悪だ!」


 

 息をため、スパート! 一歩ごとに地面が砕けるのを感じながら駆け抜ける!


 転がる構成員たちの死体。シュルツが暴れたであろう痕跡。それらを避け、跳躍!



 飛行する変異体には、わずかに届かない距離だ! 昇降機など、もってのほか……!


『直政さんッ!』

「任せろ! 行けッ!!」


 隣の直政にシュルツを投げ渡し、空いたワイヤーを振るう! 鳥の変異体に、絡みつく!

 その瞳! 興奮しきった、瞳孔の広がる瞳が俺を一瞥! さらに羽ばたき、昇降機を目指す!



 なんと、俺ごと引き上げられてゆく! アーマー装着時の重量は分からないが、それでもこのパワー……!


『落ち着け! 落ち着け落ち着け落ち着け……!! なあお前も! そんなに羽ばたいてもいいことないって!』

「……!!」

『ああ落ち着け俺ぇ、下なんか見るなよ絶対……!!』


 チラ見した地面は遥か彼方! 一度ビルやヘリから飛んだことはあるが、それでも怖いものは怖いのだ!!

 震える腕でワイヤーを手繰り寄せ、少しずつ近づく! 変異体は狂ったように羽ばたき、とうとう昇降機に追いつく……!!


 その背に、俺も追いつく! 羽交い締めにして、昇降機の中に転がる!!

 ホームレスたちが距離を取ろうとする! 白鳥が彼らを遠ざけようと必死に抑えているのが見える……!


「クラップロイド!! また鱗粉が!」

『ああクソ! 最悪ッ!!』


 暴れ狂う鳥の変異体。その全身から、金色の粉塵があたり一面にまき散らされる。

 密着した変異体の、体温が上がってゆくのを感じる。一般的なそれから、どんどん加熱されてゆく……!!


《く、く、クラップロイド! まずい、また爆発が……!》

「待ってクラップロイド! 力づくじゃ無理よ、ますます金粉が広がる!」

『に、にしたってこれ、クソ! 暴れる、コイツ……!!』

「……!!」


 その言葉で、白鳥は覚悟を決めたようだった。

 何を思ったのか、駆け寄ってくる。そして止める暇もあればこそ、変異体の体を撫ではじめた。


『なにしてる!? なにやってる!?』

「黙って! みんな静かに! ……落ち着かせるの、怖がってる」

『ああマジで言ってる……? この土壇場で……!?』

「小さい子供のお世話なら、あなたよりずっと得意なの……力も、緩めて」


 緩めた途端、変異体のクチバシが白鳥の腕を捉えた。

 肉が穿たれ、ポタポタと血が漏れる。一瞬だけ顔をしかめた彼女は、しかしすぐに穏やかな表情になった。


「大丈夫よ……誰もあなたを害さない。だから落ち着いて……」

《……体表の温度が上昇してる……! ま、まずい……!》

『白鳥!』

「お願い。信じて。2人とも」


 その目。覚悟が決まった瞳だ。粉塵が舞う中で、ドローンと、白鳥と、俺は視線を交わす。

 そうして俺も覚悟を決めた。こうなったコイツはてこでも動かない。やり抜くしか。


『桃花園の誓いってか』

《わ、私の身にもなってほしい……》

「……大丈夫……あなたは大丈夫。ほら、苦しくない……」


 撫でる手が、真っ赤になっている。火傷寸前なのだ。

 それでも白鳥の表情は動かない。その精神力……凪いだ海のような落ち着きぶりだ。


 恐れていたホームレスたちも、落ち着きなく飛び回っていたドローンも、俺も。その所作に、少しずつ精神的な安定を取り戻してゆく。


 それは、変異体も例外ではなかった。



 暴れる力が、弱まってゆく。恐怖に見開かれた目が、少しずつ、穏やかに閉じゆく。


『……』

「……」

《……》


 やがて、俺は変異体から離れた。


 俺たちの中央には、ぐったりとした赤い鳥が横たわっているのみ。もはや、抵抗の気配はない。



 地上へ上がってゆく昇降機。徐々に近づく夜の冷気。

 時が経つにつれ、変化があった。



 変異体。徐々に、その全身の羽毛が散ってゆく。あるいは人間の体に、飲まれる。


 俺が掴んでいた翼は、細い腕に。白鳥が必死に撫でていたそこは、背中に。

 服もない、裸体の少女がうつ伏せで現れていた。


 苦しげなその顔は、しとどに汗で濡れていた。体力を使い果たしたのが、ひと目でわかる。

 そして、厄介なものも見える。



 首筋に彫られた、“紅い龍”のイレズミ。


「な、なあ、ソイツ……」

「子供だけど、もしかしてよぉ……?!」

「く、クラップロイド、どうすんだいアンタ」


 ざわめくホームレスたち。誰からともなく、俺たち3人の視線が交わされる。なにか、面倒なことが起こっていやしないか、と。



 ガ、ドン。昇降機が造船所に到着。遠方の空にサイレン音を聞き、俺たちは正気を取り戻す。


『……とにかく、アンタらは警察に保護してもらえ。俺たちは……どうも。そうはいかないか』

「あ、あぁ。重ね重ね、アンタらには返しきれねえほどの恩を……」

『恩に感じて、変な隠し立てをするなよ。警察に聞かれたら、ちゃんと俺たちのことを答えろ』

「い、いいのか? またクラップロイドの不利なように解釈されるかも……」

『だからってアンタらに庇ってもらわなくていいんだよ。分かったな』


 白鳥も頷いている。それを見て、ようやくホームレスたちは安堵したように、口々に謝意を述べる。


 だが、俺たちはまったく安心できなかった。むしろ、新たな不安を抱え込んだ気分だ。


「……どうしましょう」

『しょうがない。このチビも担いで行くよ』

《か、監視カメラ、ないルート選ぶ!》

『頼んだ。……下のオッサン共も引き上げないと』


 オイル切れが近い全身を奮い立たせ、俺は(願わくば)今日最後の仕事に取り掛かった。



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