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73-死神の足音

 震えるのは、銀の腕と肉の腕。両者の手首が、徐々に上がる。

 銀の怪物が不足を誤魔化すべく打ち込んだ一撃は、“天”に捉えられる! そちらの腕も、拮抗に持ち込まれる!!



 歯を剥き出した笑みが、ヘルメットの眼前! パワーが拮抗……いや、銀の怪物が押し負けかけている! 装甲車も吹っ飛ばすパワーが!!


(イカロス反応有り! ご注意下さい、ご主人様!!)

「略胜一筹……! クラップロイド! 馬鹿力ではあるが、想定内だなァ……!」

『そう……かい! ……ぐぐぐ……お前ほんと……俺のインプラントの代金払えよ……!!』

(“李 凌天”。紅龍堂における実働部隊のリーダー。実質的な司令官でありながら、本人が超武闘派です)


 堂本 貴の食いしばった歯が、軋む。“天”の全身、筋肉が一段、膨らむ!

 途端、クラップロイドは押し込まれる! 膝をついたタイルに、亀裂!! 



「按部就班! ネズミ一匹に誤魔化されるな! コイツは俺が食い尽くす……」

『へっ……ね、ネズミ一匹と、鷹を括ったお前の誤算だぜ!!』


 舌なめずりをする“天”。それは油断だ!!

 怪物が叫んだ瞬間、天の背後、中空に直政が現れた。ジャンプからの、回転蹴りの構えだ。


 “意識の穴に潜る異能”。2対1なら、最強だ。天の目玉が動いた。

 半端になった角度の首へ、怪物の頭突き! 直政の蹴りが、後頭部へ直撃!



 3人揃って互い違いに弾かれ、周囲の構成員たちに動揺が広がる。

 そこへ新手! 鉄扉を蹴破り、制服の女子高生とドローンが飛び込んできた!


「篠原さん! 手筈通りに!」

《りょ、了解!》


 白鳥と篠原! 短いやり取りののち、強烈なブザー音が鳴り響きはじめた。

 同時に降り注ぐ、シャワーのような冷水。スプリンクラー!


 今の今まで、眠るように拘束具に囚われていた人々が……顔に水を受け、徐々に覚醒してゆく。


「な……なんだ、ここ」

「なんで俺たち……?」

「ひ、ひいっ!? クラップロイド!?」


 様々なリアクションが上がる。紅龍堂構成員たちは、動揺から立ち直りきれない。


 そんな中でも、“天”は楽しげに笑った。ロングコートを脱ぎ捨て、その上半身を晒す!

 筋骨隆々の肉体に、彫り込まれた“赤竜”のタトゥー! その口から吐き出された黄金の炎が、背に、腹に、狂おしく踊る!


「欢天喜地! 点心が、2皿か!」

「“天”! 不手際だぞ! こんなことが同盟の場で……」

「興が冷める。さっさと失せろ」

「チィっ……!」


 わめくフード男が、一喝されて部屋の奥へと逃げてゆく。

 一瞬だけ真顔になった“天”は、すぐに笑顔を取り戻した。クラップロイド、直政と向かい合うその構えは、“洪家拳”のもの……! 武術!


「よくぞ来た。つまらん見張りの仕事など、うんざりしていたからな……お前たちには、感謝してもしきれん」

「バトルジャンキーめ。なるほど、無線でのやり取りを甘めのガードにしていたわけだ……アンタの撒き餌に引っかかったってところかね?」

『犯罪者にはマトモな奴っていないんすか……?』

「……火星で地球人を探そうとするようなものじゃないか?」



 天が距離を詰める! スキップじみた足取りの狭間にも、怒涛の連撃が襲う! カンフー!!

 クラップロイドのガードが容易く押し破られ、ふらつく! カバーの直政に、遊ぶ右手の裏拳が直撃! 3人の戦いが、加熱しつつある……!


 


 その間にも、次々に打ち倒される防護服たち! 空手を構えた白鳥が押し通る!!


「急いで、篠原さん! 拘束具から民間人の解放を!」

《や、やってる! コレ……認証システムが厳重で……! ど、どうやってここを運用してたの、コイツら……!》

「くっ……」


 また防護服を殴りたおし、白鳥は一瞬だけ状況把握に止まる。

 さらわれた人間は、8割が覚醒。だが、拘束具のせいで逃げ出すことができない。


 更に、数名の構成員が武器を取り出している。銃、ナイフ、スタンガン……彼らは皆、白鳥を睨んでいる。

 


 白鳥のこめかみを冷たい汗が伝う、その時。大きな揺れが、空間を直撃した。


「!?」

「怎么了!?」

「地震了吗!?」


 明滅する蛍光灯。長い揺れで、そこかしこがギシギシと鳴る。

 遠くで崩落音。ドローンから、焦ったような声。


《じ、地震じゃない……! これ……》

「これは、なんなの」

《わからない……けど、そ、そうだっ!!》



 数度のタイピング音。直後、バツンと音を立てて電灯が消えた。

 コンピュータ制御されていた拘束椅子も、機能を失って火花を散らす。そして、人々を解放しはじめた!


「! 頭がいいわね」

《へへ……で、でもここからが大事! め、メチャクチャ暗い中を、皆誘導して……え?》



 暗闇の中、篠原の声が困惑に染まってゆく。そのドローンが、後ろを向く。

 つられてそちらを見る白鳥は、言葉を失った。




 揺れのおさまる室内は、全き闇ではなかった。赤く熱持ち、ボンヤリと暗所に浮かび上がる存在があったのだ。

 その肩から、ゆらめく熱気が立ち上る。彫られた炎の刺青が、陽炎で本物じみて。



 復帰した非常灯が照らすのは、“天”。カンフーの構えで、全身から尋常ならざる熱を放つ。溶けたタイルへ、靴が僅かに沈み込む……。


「立刻撤退。早めに逃げておけ。セラムは“投与済み”の連中だけで十分なデータが取れる」

「快点!」

「快逃! 会被卷进去的!」


 その言葉を待っていたかのように、防護服の構成員たちが一斉に出口へと駆け出す。暗闇の中、彼らは必死に逃げていってしまった。

 

『1人たりとも一緒に戦いますって言わなかったな……』

「残念だが、クラップロイド。それはヤツの人望の欠如を意味しているわけではなさそうだ」

「クク。俺が本気で戦うと、少しなァ。気を使うのも面倒だ」


 その足元で、焦げ付く匂いが広まってゆく。接地点が赤熱し、その範囲が広がりつつあるのだ。

 クラップロイドが拳を持ち上げる。そのバイザーから漏れる青白い光が、暗闇に残る。



 それらを視界に、解放された人々が、困惑と恐怖に怯んでいる。


「な、なんだよアイツらは」

「どこなんだここ! な、なあ、アンタ知らないか?」

「お願いです、元の場所に返してください……帰らせて……」


「皆さん落ち着いて! 私の話を聞いてください! ここは危険です!」


 白鳥の、声! 混乱を押し潰し、ブッタ切る力強いカリスマだ! それだけで、絶望に飲まれかけていた彼らは顔を上げる!


「私について来てください! 脱出路は確認してあります……」

「ま、待ってくれ! トモさんが起きねえんだ! う、うなされてるみてえで……」


 ホームレスのうち1人が、悲鳴のような声を上げる。

 部屋の奥、椅子に寝たままの数名が、玉のような汗を浮かべて呻いていた。その全身から、骨の軋むような音が響く。



 白鳥が駆け寄ろうとした。次の瞬間、ドローンから絶叫。


《離れて!》

「え?」


 介抱しようとしていたホームレスは、直後、己の腕が発火したことに気付いた。

 違う。彼が、炎の塊を抱き起こそうとしているのだ。だから、燃え移った……?



「ひ、ひいいい!?」


 全身に炎が回るホームレスが、床に倒れる。眠っていた“彼ら”が、起き上がる。

 炎の塊は、したたるように床を燃やす。徐々にあらわになる、その全身。



 奇妙な光沢を帯びた“ヌメリ”。次々に皮膚から分泌され、燃えて、流れてゆく。

 指の間の水掻きが、大きな膜に変わっていた。鼻が奇妙に膨らみ、横伸びした瞳孔がきらめきを映す。



 カエルだ。人間とカエルの混合種としか思えない、怪物たち。それが、拘束椅子から立ち上がる。キメラセラムである。

 その瞳に、正気の色はない。笑いとも苦悶ともつかない表情しか……。


「皆さん、下がって!!!」


 叫ぶ白鳥へ、彼らは人外の跳躍力で襲いかかる! 1人目を、ハイキックで打ち落とす! 2人目、3人目で、しかし打撃をもらって吹き飛ぶ!


 燃え移る炎! スプリンクラーが再始動するも、油のような分泌液のせいで消火しきれない。

 白鳥はすぐさま燃える制服を脱ぎ捨て、血の唾を吐き捨てると、なお集中を深めて跳ね起きる!!


 打ち落とされた1人も、炎まじりの唾を咳き込み、起き上がる……!



『直政さん! コッチはいい、アイツらを助けてくれ!』

「本気か!?」

『電子レンジ野郎くらい、俺ひとりでなんとかするよ!』


 クラップロイドの呼びかけに一瞬迷った彼は、すぐに白鳥の加勢へ向かった。

 天は笑う。スプリンクラーを受けて、ジュウジュウと鳴る腕で構える。


「いいのか? 1人で俺を倒せると?」

『当然。点心は俺も大好きだからな。独り占めだ』

「アッハッハッハ!! 気に入ったぞクラップロイド!!」


 アドレナリンの隠せぬ声色! 天は踏み込む!

 クラップロイドは防御姿勢のまま、前に出る! 被弾覚悟のタックルで、2人は超至近戦にもつれこむ!



 銀のアーマーすら赤熱するほどの熱量! それでもクラップロイドは……堂本 貴は怯まなかった。歯を食いしばり、腕を掴み、壁に叩きつける!

 天は笑い続ける! 口から漏れる血をそのままに、灼熱の拳でヘルメットへ3連撃! つづけざまにチェーンパンチ! ガトリングじみた連打!!


(警告! 警告! TBI、熱傷、不可逆の細胞死の恐れアリ! 推奨:逃亡!)

『い……痛くも痒くもねぇけど、もしかしてエステでもしてくれてる!?』

「安心しろ、もうじきウォームアップも終わる! もっと楽しもうじゃないか!!」

『こ、この野郎、俺もあったまってきたぜ!』


 漏れ出すバイザー光が、青く輝く! 天の目が、真っ赤に燃える!

 燃える槍のような貫手! ヘルメットを掠める一撃が、頬を焦がす! 堂本 貴は恐怖に目を見開く! 見開きながら……うかつには、動かなかった。


 彼は絶望などしていなかった。彼は囮として残ったのではなかった。

 彼はただ、打ち倒そうとしていた。その過集中寸前の脳内で、堰を切ったようにドーパミンが溢れる! 瞳孔が、開く!!



 “ゾーン”。フロー状態とも呼ばれるそれは、ミハイ氏によって発見されてからというもの、あらゆるスポーツや芸術活動などにおいて“ハイパフォーマンス発揮”のための必須状態とされてきた。


 イカロス。人間の限界を超える存在。今、熱で朦朧としている堂本は、肉体の危機を乗り越えようと脳が極限指令を発する。皮肉にもピンチがチャンスとして回ってきた形だ。



 戻される腕を掴み、再度の力比べ! 天が笑い、踏ん張ろうとして……ズルリと、足を滑らせた。

 タイルが、溶けている。理解する暇もあればこそ、背中から床に叩きつけられる!


 吐血した“天”へ、クラップロイドがトドメを振りかぶった!!!





 その時!!!




 空間が、凄まじい揺れに襲われた。




「!!」

『!!?』

「これは」

《なに!?》

「……まさか!?」



 全員が止まる。天も、クラップロイドも、白鳥も、ドローンも、直政も。

 ホームレスたちも、キメラセラムの変異体たちも。



 全員が、出入り口の鉄扉を見つめていた。




 収まらない揺れ。コツ、コツと、コンクリートを革靴が踏みしめる音。

 千匹の蜂が飛び回るような、不快な振動音。白鳥と篠原は気付いた。造船所の外にいた、“アイツ”だ。



 キイ、と鉄扉が開く。銃を握った構成員の死体を引きずり、“その存在”は現れた。


 真っ黒なブーツ。軍服。肩に縫われた“門”の刺繍。

 その冷徹な瞳で、室内を見渡す。彼はひとしきり観察すると、ひとり、頷いた。



「……“キメラセラム”による実験確認。全員、抹殺対象だ」


 

 じゃらり、鋼鉄ワイヤーがその腰から外される。

 次の瞬間、白鳥の眼前にいた“カエル変異体”の1人が、血のシミになっていた。


「な……」

『!!』


 手元にワイヤーを引き戻す“門の男”。そこへ、銀の閃光が襲いかかる。

 散る火花。弾かれるクラップロイド。表情ひとつ動かさず、防御を解く男。


『テメェ……何者だよ』

「……来たか、“ゲート”」

「……」


 着地し、怒りを燃やす銀の怪物。

 全身から熱波を放ちながら、嬉しげに立ち上がる“天”。

 ワイヤーを引き伸ばす“門の男”。


 3人の間に、質量すら感じられるほどの敵意と殺意が満ちる。



 カエル変異体が動き出す! “門の男”の指が跳ねた瞬間に、クラップロイドと“天”も床を蹴った!



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