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72-地下で蠢くもの

「……これが……」

「おぉ……」


 つい数分前に知り合ったオッサンと、降下する昇降機で並んで口を開ける。


 地下空洞は、想像よりも遥かに大きかった。せいぜいトンネルくらいだろうと思っていたそこは、野球ドームのようなサイズ感。

 そこに、ポツポツと電灯が見えている。コンクリートでカバーされた壁面が、遠く見える。



 地下都市計画。これが、伝説の正体なのか。


「……連中、忙しそうだな」

「なんか、すげえ気が立ってる感じ」

「ウム……客でも迎える予定があるのか、ないのか……」


 眼下でうごく構成員たちは、せわしなく行き交っている。頻繁に銃の確認をしたり、怒鳴り声が響いたり。


 やがて、昇降機が静かに着地した。そろりと歩み出ると、彼らの熱気の中に踏み入ることになる。


 かなり広い空間にも関わらず、この賑わい。誰も俺たちを見咎めない。

 まだ地下空間には先がある。本命はここではないのか。


「……どうする。キメラセラムの在処を探すか」

「たぶん、台車の行く先っす。ホームレスを乗せてたっぽいんで、追いましょう」

「名案だ」


 目を走らせ、追えそうな台車を見つける。

 そして、さりげなく追跡を開始。……さりげない追跡なのに、直政がわざとらしい口笛を吹いている。やめてね。


「直政さん! それホント、逆に怪しいんで」

「ぬ? なぜだ。吾輩はただ、ぶらっと歩いているだけで……」

「こんなところでぶらついてる防護服が怪しくないわけないでしょ! 粛々と進むんすよ! てかよく防護服の中で口笛なんて吹けるな……!」

「そっか……いや吾輩緊張しちゃって……」


 いやそこまで落ち込むなよ……やりづらいオッサンだな。


「緊張は俺もしてますって。大丈夫っすよ。なんか知らんけど、他の連中も緊張はしてるみたいだし……」


「等等!」

「谁?」


 なんて言ってると、早速その緊張した連中に捕まってしまった。大きな扉を守るような立ち位置。

 他の構成員より一段大きな、アサルトライフルのような銃を持った2人だ。どうやら、検問のようなところに来たらしい。やべえ、話しすぎて気付かなかった……! 緊張しすぎだろ俺ェ!!


「前面是实验场,懂不懂?」

「“天”叫你来的?」


 はは、ナイストゥーミーチューガイズ。


 さっぱりわかんないっす。直政を見ると、バッチリ目が合った。彼も困惑している。


(ご主人様、中国語使ったことないですよね。喋ったらどっちにしろバレますよ)


 脳内パラサイトのツッコミ。ですよねと言わざるを得ない。


「まずったな。吾輩の能力を使って、やってしまうか」

「待ってください、今なんとか案を……」


 直政の防護服の内側で、手が動くのが見える。

 だがそれを抑え、俺は必死になって頭を回す。血を見ずに乗り切れるなら、それに越したことはない……だが……。


「貴。長引けば長引くほど怪しまれる。目的はセラムの確保だろう」

「いやそうっすけど、だからって殺すのは……」

「在那儿嘀嘀咕咕个什么劲?」

「看起来很可疑,把衣服脱下来!」


 2人でぶつぶつ言ってると、とうとう苛立った検問構成員は銃口を向けてきた。

 これはいよいよ手荒な真似をしないとダメかと覚悟した、その時。



 バツン、と明かりが消えた。



「怎么回事!?」

「谁把灯关了!?」

「これは」

「機器トラブルか? なんにせよ僥倖だ」


 暗闇の中で響く中国語。思いがけず、降って湧いた幸運だ。

 その間に、俺たちは守られていた鉄扉を開き、するりと侵入してしまった。



 細長い通路に出て、ようやく息を吐く。互いに背を叩いて、指を立てる。


「マジで、幸運っすね……」

「は、はは。吾輩も信じられん。だが、まあ、なんとかなるもんだな……」

「なんだったんすかね、今の。ブレーカーが落ちたとか?」

「それはそれで、マフィアらしい杜撰さではあるがね。ま、いよいよここからが本番ということで……」



 また、バツンと電気が落ちる。


 数秒して暗闇が晴れた時、俺たちは顔を見合わせていた。



「……幸運、なんすかね?」

「さ、さあ……?」

「普通、あんなタイミングで停電なんて起きます?」

「やめてくれ! 吾輩はそういう、幽霊話にめっぽう弱いのだ!」

「幽霊の話じゃないっすよコレ!」


 しっかりしてくれオッサン! 誰が敵陣のど真ん中で怖い話を始めるんだ!!

 だが、直政はまだ震えていた。本気で怖がっていそうだ。


「し、知らんのか貴……アワナミの地下都市にまつわる伝説を」

「は? 伝説?」

「その昔、たくさんの人間がここを建設中に事故で死んだのだ……死体すら見つからないほどの大事故でな」

「はぁ……」


 “都市伝説”の“地下都市”の“伝説”って、もう伝え説かれすぎて伝言ゲームみたいになってるだろ。なんでもアリか。


「夜な夜な怨嗟の声が地下から漏れ出るから、行政も建設をストップしたというのは皆知ってる!」

「いや俺知らなかったんすけど……」

「……アンタ以外は皆知ってる!」

「マジかよ」


 今度白鳥に聞いてみるか。たぶん鼻で笑われるな。


 バツン! 3度目の暗闇。


 直後、俺たちが入ってきた扉から、軋むような音がした。

 弾けるように拳を構え、そちらを向く。慌てた様子の直政も、俺の背後に隠れ気味に構えた。


「ほほほ、ほら来たぞ! 霊のお出ましだ!」

「んなスピリチュアルなもんならいいけど! クソ、長々話しすぎた……!」


 湧いた生唾を飲み、徐々に開く鉄扉を睨む。

 何がくる。いや、何が来ても見つかれば終わりだ。なら、ここで倒す他ないのか。



 ぎ、ぎぎ、ぎ。ゆっくりと開き、“その影”が侵入してくる。

 明滅しながら復旧した電灯が、照らしたのは……。


「……白鳥?」

「堂本くん!?」

《ど、堂本! よかった合流できた!》


 現れたのは、カッターシャツの白鳥に、ふよふよ浮いたドローンの篠原だ。

 なぜここに、という疑問が湧く一方で……得心もいった。


「あー! 篠原だ。直政さん、篠原っすよ、停電」

「シノハラァ? し、知り合いか。あまりハラハラさせんでくれ」

「ええ。コイツがハッキングで助けてくれたんです。だよな?」

《た、助けた? ……えっと、たぶん。た、タイミングが被ったりしたのかも》

「停電を繰り返して侵入したのよ。2度も同じ手を使ったから、流石にヒヤヒヤしたけど……」



 ん? 2度だっけ? まあいいや、全員無事だし。



「で、そちらの方は?」

「鳥居 直政さん。傍受インカムで情報をくれた人だ」

「お嬢様方、どうも」

「……そう。信用できるの?」


 つねに直球勝負だよね。白鳥さん。


「はっはっは。これは、幽霊より怖いお嬢さんだな。安心しろとはとても言えんが、キメラセラムを止めたい志は同じだ」

「……そう」

「それより、なんでここに」


 まだ訝しげな白鳥に、なんとか話題を逸らそうと声をかける。

 すると、彼女はハッとしたように焦り出した。


「堂本くん。なにか、来てるのよ」

《そ、そう。造船所に、近づいてる……い、急がないと、危なそうだった》

「なにか……危なそう?」


 イマイチ要領を得ないのに、2人の緊迫感は異様だった。つまり、それほど恐ろしいものが近づいているのだ。

 直政は腕を組み、話に聞き入っていたが……やがて、声を上げる。


「……アンタら、なにか振動音を聞いたか?」

「振動音?」

《……は、ハチが、飛んでるみたいな音は聞いた》

「ああ。全く最悪だ……貴、急ぐぞ。お嬢さん方も、“ヤツ”と鉢合わせする前に仕事を終えたいなら手伝ってくれ」


 なにか知っている風の直政が、ツカツカと廊下の奥へ歩き出す。

 その動きは、先ほどまでと違い、焦燥感が見てとれるほどだ。


 白鳥たちと顔を見合わせ、俺も動き始める。コンクリートの四角い廊下を、必死に進む。


「直政さん、ヤツって」

「……まあ、前の職場でな。色々あるが、ともかく……アンタの方針とは真正面から衝突しそうなヤツさ」

「俺の方針と?」

「実際にその時が来れば話す。今はそれより、セラムの確保だ」


 にわかに雲行きが怪しくなってきた。白鳥じゃないけど、直政の正体が気になってきたぞ。


「……堂本くん。彼は、大丈夫なの」

「……少なくとも、紅龍堂と敵対してるのは本当っぽい」

《て、敵の敵は……味方?》

「多分な……」


 それきり、無言で進む。廊下の左右には、扉も見当たらない。たまに、翼の生えた人間のようなロゴが見えるだけだ。


「……で、このロゴはなんなんだ」

《さ、さっきから検索にかけてるけど……い、一致しない。どの結果にも》

「紅龍堂が使ってるマークなのかしら。いえ、それにしては……」


  

 そう、それにしては古い。建物と同じくらい古びている。

 つまり、建設と同時期くらいにこのロゴが描かれたように思えるのだ。


「……一致する結果はないんだろ?」

《け、建設会社のものじゃないし……そもそも、どこかの団体がここを使うことなんてなかったはず……》

「……」


 よく見れば、翼の付け根には痛々しい縫合痕がある。天を見上げる雄々しい顔とあいまって、歪な印象だ。


 

「……どう思う」

「変よ。いくつも描いてあるところも含めて、気持ち悪いわ」

《す、少なくとも……一度は、放棄されてる。ロゴに、煤の成分がすごくて……火災かな……》


 ひっきりなしの分析を終えるドローン篠原。

 こんな地下で火災か。そりゃ幽霊も出るよな……納得しかけた、その時。



 パラパラと、廊下の天井から土片が落下してきた。


「!!」

「! まずい、“やつ”が動き出すぞ! 3人とも急げ!」


 内臓まで震えるほどの、断続的な振動。それは数秒で止まったが、直政の顔色は真っ青だ。


「さっきから“やつ”ってなんなんすか!」

「貴! できれば関わらずに終わった方がいい物事というものもある! ともかく走れ、セラムを見つけるぞ!」

「あーもう! 2人とも行けるか」

「だ……大丈夫よ。少しふらついたけど」

《へ、平気! マッピングするから、急ごう!》


 意味深なことばかり言い残し、即座に駆け出す直政。

 白鳥と篠原は気丈なものだ。ほんの少し勇気づけられながら、俺も足に喝を入れて走り出した。



 伸びる廊下の両脇で、無機質なロゴがいつまでも見守っていた。





「……この揺れは」

「大したことはない。ネズミが数匹紛れ込んだところで、な」


 天井から埃や小石が落ちるのを、フードを目深に被った男が不安げに見上げる。

 が、鷹揚な声がそれを遮った。紅色のロングコートを羽織った男だ。


 鍛え上げられた肉体を、半ばだけ覆うコート。金色の刺繍と皮膚を彩るタトゥーが、複雑な炎の如き様相。


「……大した自信だな。“天”としての名は伊達ではないということかね」

「心平气和。俺たちにとって戦時は平時だ。違うか」

「野良犬根性は理解できん」

「クク。まあいい」


 フードの男が首を振れば、“天”は笑う。そして、指をスナップした。


「急げ。お客人は苛立っている」

「「「知道了!!」」」


 彼らの周囲では、たくさんのホームレスや、ボロに身を包んだ子供たちが、椅子の形の拘束具に乗せられてゆく。

 部屋は凄惨な有り様だった。壁に散った“なにか”のシミや、えぐられた床のコンクリートがそのまま。


 それでも、彼らは平然と作業を進めている。次々に、台車が搬入される……。


 それらを見るともなく見ながら、“天”は懐からシリンジを取り出し、チカチカする蛍光灯にかざした。不穏に濁る液体が、気泡を孕む。


「“キメラセラム”。素晴らしい薬品だ。そうは思わないか」

「……発明という意味なら、凡人には一生辿り着けん境地だな」

「“リャオシェン”のご機嫌取りもラクではないが……ようやく、生贄探しにこぎつけられる」

「下らん信仰に興味はない。……この場をセッティングしたのは貴様らだろう。ダラダラと世間話ばかりせず、さっさと済ませたまえ」

「下らん? ……欲速则不达。お役人は短気で良くない」


 フードの男が苛立ちに言葉を荒げる。“天”はただ肩をすくめ、準備を進める配下に視線を戻す。


 厳重な防護服に身を包んだ連中が、おのおの注射器を手に、拘束台の隣につくところだ。


「以古为鉴。今日という日は、記念すべき日になる。過去と現在が交差し、ふたつの組織が手を取り合う」

「「「……」」」

「どうかお忘れなきよう。これで我々は共犯だ」

「……」


 念押しするように、フードの男を振り向く“天”。返答はないが、かすかに頷いたようだった。

 満足げな“天”が、大きく息を吸って視線を戻し……。



「ではキメラセラムを……待て」




 一瞬で、その場に緊張感が満ちた。



 “天”の視線が、一点を見つめる。部屋の隅の、防護服へと。

 部屋中の構成員たちの目が集まる。フードの男が退路へ身を寄せる。物音ひとつない静けさ。



「……半路杀出个程咬金。中国の古事成語だ」

「……」


 話しながら、“天”が歩き出す。防護服の群れが、道を空ける。

 その道の先で、見つめられたままの防護服着用者は、微動だにしない。


「程咬金という豪傑がいた。どこにでも出てきて、想定外をもたらす……故に、後世まで語られることになった」

「……」

「可笑しいだろう。本人はそんなつもりで暴れてなどいなかっただろうに」


 とうとう、防護服と“天”が、寸前で向かい合った。

 “天”は、笑っていた。高揚の笑みだった。


「お前。注射器を持ってないな。何者だ」

「……!」


 動こうとする防護服。その胸部に、“天”の掌底が突き立つ!!

 威力が貫通し、防護服の背中が裂ける! 同時に目も眩むような旋風が巻き起こった!


《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》


 瞬く間に防護服が破れ、銀色のアーマーに身を包んだ怪物が現れる!!

 “それ”は掌底を掴んだまま、拳を構えた!!


「クラップロイド! 会えて光栄だッ!!」

『なんでバレんだよクソ……!!』


 獰猛に黒ずむ“天”の笑み! ヤケクソ気味なクラップロイドのぼやき!!


 一瞬後に、彼らは動き出した!!



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