70-戦いの狼煙
「……これが?」
「これが!」
「これが」
半信半疑の俺。
誇らしげな篠原。
素直に感心している白鳥。
篠原 ナコの部屋で、俺たちは“発明品”とあいまみえていた。
それは、どう見てもワイヤレスイヤホンの片割れにしか見えない。
「こ、これ。とにかく、つけてみて!」
「わかったよ……どれどれ」
押されるがまま、そのイヤホンを耳に挿す。
すると、かすかなホワイトノイズが走っているのが聞こえた。なんだこれは……。
「で、で。これ、側面に触れながら、なにか検索したい言葉を言ってみて」
「検索したい言葉?」
「ち、チューンナップしたAIが言葉を選別してくれる! “強盗”とか、“殺人”とか」
「物騒すぎない?」
キラキラ笑顔でとんでもない言葉を吐く篠原。コイツ、ある方面に対してはとんでもなく鈍感だよな……。
仕方ないので、なにか考える。……そうだな。
「えー……“引ったくり”」
《ザザザ……》
「そ、そんな引っかかりにくいワード……」
《ザザザ……ったくり犯はユキカゼ区を南西方面に逃走中。確保に向かいます》
するとあら不思議、イヤホンが無線をキャッチ。
しかもユキカゼ区なら、このタワマンの近くじゃないか。
篠原の部屋の窓を開けると、確かにサイレンが鳴っていた。南西へ向かうパトカーも見える。
「……マジじゃん」
「で、でしょ!? これ、警察無線だけじゃないから!」
「すごいわね、篠原さん」
なんとコイツ、マルチな通信傍受のインカムを作ってしまったのだ。
「いやこれ、犯罪……」
「さすが篠原さんね。これで重大事件にも急行できて、未然に防げる確率が上がるわ」
「いや、これ犯罪……」
「へへ。く、クラップロイドの評判、うなぎのぼり……!」
「これその、犯罪……」
「……優しいのね。ええ、私も、堂本くんの評価が正しくされていない現状を憂いているわ」
犯罪者だよ。正しく評価して犯罪者だよコレは。
「さっそく使ってみましょう。堂本くん、なにか解決したい事件は?」
「すみません、これって法に抵触しませんでしたっけ?」
「しなかった気がするわ」
シレっと言ってのける白鳥。こ、コイツ……。
篠原もキラキラお目目。いやまぁ、俺もこれまで相当なグレーゾーンで動いてきたけどさぁ……。
「……マジで重大な犯罪の時だけだからな、使うの」
「じゃあ……今は?」
「そうだな……“ホームレス”」
“消失事件”。警察に通報しても解決されない、というのは、つまり通報はあるということだ。
それをキャッチできれば、もしかしたら。
皆が黙り込んだ。傍受イヤホンから、ホワイトノイズが断続的に溢れる。しばらくやっても、返ってくるのは沈黙だった。
ダメか、と肩をすくめる。篠原も白鳥も、それで察したようだ。
「……ま、まあ、あくまでテストだし。そ、それに、傍受禁止帯の、ギリギリで掠め取る感じだから……」
「いや、凄い発明だよ。使いこなすのは大変そうだけど」
「うぅ……気遣った意見……」
気まずそうにパソコンを立ち上げ、カタカタとタイピングする篠原。どうやら“消失事件”について、自力で調べようとしているようだ。
俺も手伝おうと、SNSを開く。検索してもいないのに主張してくるトレンドは、“クラップロイド”。ホームレスなんて、わざわざ探す人の方が少ない。
クラップロイドが警官を殺したという内容の動画がアップされ、すぐ消去されたようだ。すぐ消去……まったく人心掌握に長けたやり口である。
拙い加工でも、口伝なら伝わらない。俺が訴訟を起こさないことに感謝してくれ、誰かさんは。
えーと、ホームレス。ホームレス……。
“公園からホームレスがいなくなってスッキリ! 誰に感謝したらいいのかな?笑”
“『消失事件』、通報しても取り合ってもらえなかった。事件を選ぶ警察の怠慢‼️ ホームレスに人権を‼️”コレは何故か消去済みで、拡散もできない。
“通るたびに臭かったホームレスの集落、1人もいなくなっててビックリです・:*+.\(( °ω° ))/.:+ もしかして…… #クラップロイド #銀の怪物”
“「今日はどこで寝よう」って悩んでたら、ちょっと立ち寄ってみて。食事、お風呂、服、ちょっとした話し相手もいます。しばらく、うちでゆっくりしていきませんか?
あたたかホーム(公益財団法人 蓮華財団) 電話:080-××××-××××”
“クラップロイド、今度はホームレスを大量殺人!? 詳細はこちらのURLから”
みんなちょっとは蓮華財団さんを見習ってほしい。
「こ、これ!」
「なんかあったか?」
篠原が指さす画面では、薄暗いイメージの掲示板が表示されている。
ディープウェブのような場所らしい。見慣れないURLの形式に、やけに分かりにくい作りのサイト。
「これは……中国語かしら」
「こ、このサイト、怪しい。治験で、できるだけ“犬”を集めてほしいって」
「……たしかに怪しいな。10万を、即日現金支払いって……」
闇バイト、というやつか。中国語でも募集されているとは、アワナミの闇は幅広い。
居並ぶテンプレじみた文言。“楽です”“短時間”“高収入”……たしかに目が眩む人も居そうだ。
しかし、この隠語。
「この、“犬”って?」
「わ……わかんない……なんか、サクラみたいなレス以外消去されまくってる……」
「……コレは、指示だわ。“治験”のために、何か……生き物を集めさせようとしてる」
白鳥は無表情のまま、恐ろしい考察を口に上らせる。
それは、つまり。
「……誘拐、かも」
「……ホームレスを?」
「もう少し調べましょう。これ、誰が応募してるの?」
「えっと……えっと……わかんない、ID凍結でレスが追えなくなってて……あ、そうだ」
言うなり、カタカタと打鍵しはじめる篠原。すぐに何かグラフのようなものが現れる。
「や、やっぱり! この募集のあとから、“消失事件”関連のつぶやきが増えてる!」
「中国語でホームレスって、なんて呼ぶの? 傍受イヤホンで検索にかけるべきだわ」
「り、りうらんはん。もっとヒドイのは、りうらんごうって呼ぶのもある」
一気に、空気が冷え込む。俺たちは顔を見合わせ、恐ろしい真実の一端をのぞくための結束を確認し合った。
おそるおそるイヤホンに触れ、その言葉を発する。
「……“リウランハン”、“リウランゴウ”」
途端に、ホワイトノイズは消えた。代わりに、たくさんの人間が一斉に喋り出すような騒音が、情報の津波となって押し寄せる。
多すぎる! 咄嗟にイヤホンを抑え、集中して聞き分けようとする。
《……流浪汉,目标已确认……》
《收容按照计划进行。流浪狗……》
《希望能找到血清的适应者》
《……‘门’仍未出现……》
《光桥东边的旧船坞,集合。所有流浪汉,被检体,收集完毕……》
すみません、よく分かりません。(Siri)
(まーここでね、超天才AIのパラサイトちゃんが大活躍ですよ! えーなになに……なんかまあ色々言ってますけど、ヒカリバシの東にある旧造船所に今すぐ集まれという話らしいですね)
「おぉ……すげえ」
脳内AIのリアルタイム翻訳に、素で感心の声が漏れる。
視界に浮かび上がってくる、ドヤ顔のアスキーアート。謙虚さとは無縁だな。
《光桥东边的旧船坞,集合。所有流浪汉,被检体,收集完毕……》
(ヒカリバシの東にある造船所に今すぐ集まれという話らしいですね)
「あれ? 再放送?」
何回も言うじゃん……そんなに集まり悪いの? 紅龍堂みんな“行けたら行くわ”なのかな。
ふと、情報の洪水が止まっていることに気付いた。ホワイトノイズですら、静まり返っている。
通信が途絶えたのか? さっきまで、あんなに盛んに……
《……ウランゴウ? それか“リウランハン”がキーワードか。雑だぞ。傍受してるのが丸分かりだ。逆探知スレスレだったぞ、ユキカゼ区の某どの》
「……!!」
《まあ、オープンチャンネルと疑うほどの、連中の管理体制にも問題はあるが》
半笑いの、声。背筋を這い上る冷気に、全身が固まる。
《紅龍堂の敵対組織か。警察ならここまで杜撰な盗聴はしない……黒潮会か、シュトルムか、まさか“元同業”か。それなら、アドバイスして進ぜよう》
「……」
これは、一方通行。電話ではない。
つまり、あちらに情報は漏れていない……はず。だが、この声色はブラフでもない。
この声の主は、何者だ。何か言いたげな白鳥と篠原を、目で制する。
《これが聞こえているのなら、ヒカリバシ東の造船所跡に急げ。少し前から、ひっきりなしに車が出入りしている……紅龍堂は動き出したぞ》
ホンロンタン。アワナミに根を張るチャイニーズマフィアだ。
なら、この声は? どの組織の人間だ? 中国語訛りもない、ごく自然な日本語だが……。
《ホームレスも集められてる。数時間もすれば、新聞の一面を飾る大事件が発生だ。もしアンタらが大量虐殺を止めたくないなら、話は別だがね》
「……」
《……ん? 今、吾輩は“ホームレス”と言ってしまってなかったか?》
ん?
《お、おやおや? 今また言ってしまったような……こ、これでは他の連中の網にもかかったやもしれんな……》
「えぇ……」
《と、ともかく待っている。アンタらの正義に燃える心、吾輩は期待しているぞ! この男1匹を助けると思ってここはひとつ!》
おい途中まで雰囲気出てたのに、三島由紀夫人格みたいなのが出てきて台無しになったって……。
ワガハイて。クッパ大王かコイツ。
「堂本くん、大丈夫かしら?」
「ヒカリバシ東。造船所が怪しいらしい……んだけど、なんか色々絡んできそうだ」
「……た、たぶん、釣り情報じゃない。市内のカメラ、ヒカリバシに行く車……増えてる……」
「成程、分かったわ」
それを受けて爆速でスマホに何か入力していた白鳥は、顔を上げて肩をすくめた。
「一応、匿名の通報窓口で届けたけど……」
「き、期待は、しない方がいいかも」
「……まあ、SNSの反応を信じるならそうだな」
どうするべきか。お互いに顔を見合わせ、3人で声ならぬ声を交わす。
余計な事件に首を突っ込めば、それだけクラップロイドは疎まれる。見知らぬ勢力に利用されていないとも限らない。
だが、はたして見過ごすのが正解なのか?
「……孤立無援には慣れてるしな」
「あら、私も行くわよ?」
「わ、私も! ドローン、飛ばす! もう暗いから、暗視できる機体で!」
結局いつものトリオだ。
全く怯んでいなさそうな白鳥に、フンフンと鼻を鳴らす篠原。一番不安なのが俺なのはおかしいだろ。
「ヒカリバシ東の旧造船所? あの辺ってたしか、第二市政計画で絡んでなかったか?」
「通気塔がある、らしいけど。地下都市なんて眉唾で、あまり詳しくないわ」
「つ、つまり……造船所の下に、巨大地下空間が……」
「月刊ムーに寄稿しようかな、俺」
時刻、午後5時過ぎ。果たしてどこまでもつれこむか……。
俺は傍受イヤホンを外し、机の上に置いた。
「今度は紅龍堂か。それだけで済めばいいけどな」
「……」
「……」
「ごめん、そうだねくらい言って欲しかったかも」
どうせもう望み薄なのは分かってんだからさ。
こうして俺はまた、犯罪組織たちと事を構える覚悟を決める。
開けた窓から、暗くなる曇り空が見えていた。




