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7-あらわになる不穏

 揺れるトラック。荷台のコンテナに差し込む薄明かりが、数人の影を映し出す。

 全員が武器を手に持ち、装備を市街地で目立たない色に塗りつぶしている。軍隊然としているが、銃器はすべて違法なアタッチメントだらけだ。


「作戦を確認する」

「「「はい、ボス」」」


 その影のうちひとつ。特に巨大なものが、声を発した。途端に空気が張り詰める。


「“合図”があるまで、ここで待機。なかった場合は、撤退する」

「「「はい」」」

「つつがなく進行した場合は、素早く地階を制圧。セキュリティターミナルを掌握したのち、“装備”“人質”の奪取に向かう。いずれの段階においても、常に引き際を弁えろ」

「「「はい、ボス」」」


 それだけ共有すると、その巨漢は口を閉ざした。山脈じみたその肉体は、トラックの揺れをいささかも反映しない。

 やがてコンテナの覗き窓から、曇天を貫くようなビルが見え始めた。クラリス・コーポレーション、本社。


 巨漢は口の端を上げる。銃のセーフティを指の腹で撫でるその姿は、獲物を前にしたケモノじみていた。




「おお、いいね。その反応すごく若い!」

「は、はは」


 やっちまった。ちょっと見て、誰にも気付かれずに合流すりゃいいやと思ってたのに。

 よりによって企業側の、しかも研究者に見つかってしまった。


 目の前で、島善研究員は照れたように鼻を掻く。


「ふふ、君は見学の子だね? こんな胡散臭いコーナーまで見せるなんて、上の方針はどうなってるんだかね」

「あぁ〜……いや俺は、別に……そう胡散臭いとも思わなかったっすけどね」

「そう? 自分で言うのもなんだけど、ヒドくないかな、この映像。見返すたび自分のセンスに頭痛がしてくるよ」

「分かりやすくて、はい……良い感じだと」


 うおおおやべえ! なんとか切り抜けないと、俺が1人でウロチョロしてるって知られたら学校の評判が!!


「おや? しかし、ガイドのお姉さんはどこだい?」


 はい終わり。解散解散。おしまいだよ。

 逆に冷静になって何の言い訳もしないモードに入っていると、島善さんはクスリと笑った。


「なるほど、ちょっとフライングしちゃったのかな。楽しいと周りが見えなくなるの、分かるなぁ」

「ごめんなさい。なんでもいたしますので通報だけはどうか……」


 なりふり構う余裕などない! 俺は即座に土下座の準備姿勢に入る。プライドなど犬も食わないぞ!!

 島善さんはそんな俺の肩を優しく押し留め、にこやかに続けた。


「やめてやめて。通報なんてしないし、学校にも言わないって。嬉しかったよ、君が研究を見てくれて」

「……」


 あまりにも話が出来すぎているんじゃないか……と疑心暗鬼に陥っていると、次いで彼は困ったように笑う。


「そんなに怖がらなくたって…….わかったよ。それならこの後、僕にちょっと付き合ってくれ。それが“罰”ってことで、どう?」

「……それでいいなら」

「うん。よし、決まりだ! 僕は島善 三郎……って、もう知ってるか」

「堂本 貴です」


 どういう流れだ……どうなっちまうんだ。暗雲立ち込める俺の胸中。

 目の前の研究者は、ただ笑っている。気まずい沈黙だ……。


「……あの、付き合うって?」

「ああ! えっと、そうだな。イカロスの研究成果を、フレッシュな君の視点から見てもらうとか、良くない?」


 考えてなかったんかい。

 ああこれはテレビの向こうにいた研究者だわ……と納得しつつも、俺は頷いた。選択の余地ないもん……。



「え! じゃあここに出てくるチンパンジーって人より賢いんですか!?」

「正確には、平均的小学生の学力よりは上とされているね」


 前言撤回。めちゃくちゃ面白いぞこの研究。

 人間を超えた人間、“イカロス”の研究はどれも興味深いものばかりだった。外付けデバイスで能力の底上げを図るなんて、ロマンがある。


「これはモデルV3だから、計画段階で頓挫したプロトタイプだね。こういうの、うちはよく飾ってるんだよな」

「はぁ〜……」


 ガラスケースの向こうには、無数の導線と金属の塊じみたヘッドギアが置かれている。

 他にも沢山ある。マネキンに着せられた外骨格のようなスーツに、分厚いメガネじみた機械。山のようだ。


「これ全部?」

「そう、研究の成果さ。それでぜーんぶ、失敗作!」


 あっけらかんと笑う島善研究員。なんて神経の太い男だろうか。

 俺はガラスの内側に視線を戻す。燦然と輝く失敗作たちは、まだ息をしているように思えた。


「一応、段階を踏んだクリアを目指してはいるんだけどね。上はそれじゃ納得してくれなくって」

「ニューロプラスティック・ブースター……こんな技術まで使ってる。まるで脳外科っすね」

「そうなんだよ。使用者への負担が凄まじくって」

「ネオ・プロメテウス……特定の遺伝子のオンオフ!? すごすぎる!」

「よく読めるねキミ! これ、僕でも頭痛めながら書いた説明だけど!」


 楽しそうな島善さんを見て、ハッと思い出す。そうだ、これ罰だった……あんまり楽しんじゃダメじゃん。

 しばらく笑っていた彼は、やがて目を細め、自分の発明品に目をやった。


「失敗は失敗。分かってるんだけどね……時々ここに来て、失敗作から勇気を貰うんだよ」

「勇気を?」

「ふふ。自分の失敗なんて振り返りたくもない、そんな人も多いんだけどね」


 ケースの中に鎮座する記録や機械には、ひとつひとつに解説がついている。

 それらに、島善さんは愛おしそうな視線を向ける。まるで発明と語らっているようだ。


「人の努力は基本的に、失敗の積み重ねさ。目も当てられない大失敗をすることもあるし、誰からも手を差し伸べられないこともある。特に研究員はね」

「……」

「だから、失敗からこそ価値を見出すんだ。何千何万の失敗は、僕の勇気の源さ。次こそは、ってね」


 島善さんは笑ったまま。いやみのない人だな、と思った。そして、強い人だ、とも。

 ほんのり憧れてしまっている自分に気づき、咳払いする。


「まあ、俺は……その失敗すら高度すぎて、あんまり」

「ふふ。キミは僕の失敗作に目を輝かせてくれた。嬉しかったし、この子達も喜んでると思うよ」

「……人の努力っすからね」


 そりゃ、バカにする人間の方が少ないだろう。……少なくあってほしい。

 なんだか猛烈に照れくさくなって顔を逸らす。耳まで熱い。


「それに、こうして形になったものを、俺は失敗とは思いません。人に勇気を与えられるものが、失敗であるはずがないですよ」

「……そうか。キミは、優しいね」

「い、いや別に優しいっていうか……」


 なんで島善さんがそんなに嬉しそうなのかは分からないが、やめてほしい。

 俺は別に優しくない。こうして埃をかぶっている発明品も、嫌いじゃないだけだ。パッとしない自分と重ねてんだろうな。


 島善さんは、そんな俺の照れ隠しを最後まで聞いてくれた。そして、また笑って、口を開いた。


「堂本くん。もし良かったらだけど……大学を卒業したら、」




 バツン。



 辺りが、真っ暗になった。ずっと響いていた微かな機械音が止まり、急速に熱が奪われる。



 だがそれは一瞬だ。すぐに電気が復旧し、視界が取り戻された。

 困惑顔の島善さんと、ガラスに映る間抜け面の俺。停電か?


「えっ……と? ははは、誰かがドライヤーと洗濯機を一緒に動かそうとしたのかな?」

「……今のって」

「うーん。よくあるって言って安心させてあげたいけど、初めてかな。ごめん堂本くん、ちょっと内線かけてくるね」


 慌ただしく歩き去ってゆく島善さん。その後ろ姿を見ながら、また俺は既視感に囚われる。

 そうだ。俺は、この状況を知っている……気がする。イカロス。暗闇。白衣。


 ふらりと、立ち眩みのように足元がぐらつく。ガラスに手をつき、カーペットを凝視して違和感に耐える。

 脳の奥から、こんこんと湧き出す不快感。口を開けば嘔吐しかねない。


 深呼吸しようとして、しゃくり上げるようになる。つっかえながら、ようやく一呼吸。二呼吸。


 三呼吸目に、また慌てた足音が戻ってきた。島善さんだ。咄嗟に背筋を正し、心配をさせない顔を作る。

 ……だが、無理をして表情を作っているのは向こうも同じようだ。彼の顔は焦燥が隠しようもない。


「ごめん、堂本くん。なにやら社内の制御システムに影響があったみたいで……キミもすぐに見学会に戻った方がいいかもしれない」

「制御システムに?」

「うん。エレベーターとか、監視カメラとか。ともかく機械系全般のやつだよ……合流するとなると、階段になる」

「か、かいだ……いえ、大丈夫っす。行きます」

「ごめんね。リブートのシステムも何かあったみたいで」


 どのフロアに居るのかは分からないが、すぐに向かわないと。俺が居ないのがガイドさんにバレれば厄介だ。

 島善さんはうかない顔だ。彼はパンフレットのようなものを見ている。


「えーと……これ、見学会の予定表なんだけど。今は多分、災害救助フロアだから……30階を見てるかな」


 30階、オーケー楽勝だ! 楽勝のハズ。……嫌な予感は止まらないが。


「ありがとうございました。行きます」

「うん。気をつけるんだよ」


 島善さんと別れ、俺は1人薄暗い階段を駆け上りはじめた。


 一段飛ばしでのぼる中、ずっと上の階から、弾けるような音が聞こえた。

 それが30階からでないことを祈りながら、俺は運ぶ足を早めた。


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