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69-なんでもない日の帰路

「……と、いうことで! 今日はここまで、お疲れ様でした! まだまだ暑いから、気をつけておうちに帰ってね〜!」


 パン、と手を叩く生駒先生。

 それに合わせて、皆が一斉に騒がしくなる。


 アワナミ高校、放課後。ガヤガヤと騒がしくなるそこで、俺は鞄に荷物をまとめだした。


「なあ見た!? 昨日の“クラップロイド特集”!」

「見た! ヤバくね? 掲示板で言われてたけど、自衛隊と戦ってたって」

「てか、なんかマフィアの手先だったんしょ? 犯罪者じゃん、あんなの捕まえられないとか警察無能すぎね?」


(はーーー??? マフィアの手先ぃ??? ちょ、アイツらの頭殴って記憶飛ばしません? 新しい記憶で洗脳しましょうよ!)

「やめてね」


 俺の脳内で過激な発言をつつしまないのは、“パラサイト”。とある事件をきっかけに、体内に寄生してきた“自称”高性能AIの機械である。

 ロボット三原則など知ったことではないと言うように、コイツは少し離れた席の会話に気炎を吐いている。


(大体! あれだけ頑張った映像がテレビに流れたはずなのに、どうしてまた犯罪者側の扱いに!)

「しょうがないって……表立って“俺はこの所属です”なんて宣言したことないし」

(宣言なんぞしなくてもあの映像を見たらねぇ!!! 1発で正義の味方だとねェ!!!)

「もう分かった、分かったから落ち着いてくださいアナタ……」


 なんで人間がAIを宥めちょる? 


 “俺”。堂本 貴。シンジカートとの戦いで、銀の怪物に変身できるようになった。

 変身時の名前は“クラップロイド”。まるで都市伝説のように、人々がその名を呼び始めて久しい。


 “クラップロイド”に対する市民の皆さんからの視線は微妙。“化け物”呼ばわりも多いし、少し前なんて引ったくりを捕まえたら通報された。

 正体を隠して活動している以上、しょうがないこと。割り切っていくしかないのだ。


 誰だって、信じたいものを信じられる世の中。誰かの行動から何を見出すかなんて、人それぞれだ。


「うちのオヤジはクラップロイドメチャクチャ好きなんだよ! ワイドショーに出たらチャンネルそこで固定よ? 勝手に変えたらブチギレんの!」

「兄貴はクラップロイド、クソ扱いだわー。なんかの芸能人が犯罪者っつってたべ? お前どうよ?」

「正直、悪党だと思うよ? でもさぁ、あんな歪みを生んだ社会がさァ……」


(ファックユー! 世間ファックユー!!)

「はい……」

(ご唱和ください!)

「嫌に決まってんだろ」


 本来ならここで、嫌な気分のひとつにでもなるのだろう。

 だが、正直そうでもない。なぜなら……。


「「「きゃー! 白鳥さ〜〜〜ん!!」」」


 ……過度に神格化されて、気の毒な奴が身近にいるから。


 人の群れ、群れ、群れ! 大渋滞を起こしている廊下では、我らが生徒会長、“白鳥 さくら”が、困ったような笑顔を振りまいている。


「白鳥様〜! こっち見て!!」

「し、白鳥さん! 可愛い! これで正義感も強いなんて……俺、同じ学校に入れてよかった……!!」

「白鳥さん、こっち向いて笑ってください!」


「……皆さん、少し退いていただけますか。その、そっちに行きたくて」


「「「きゃ〜〜〜!!!」」」


 アレだもん。人気者も度が過ぎると大変だね。

 と、人混みを掻き分け、窒息寸前の赤い顔で現れた少女がいた。


 セミショートの髪をぶるぶる振るい、その深い茶色の瞳で左右を見回す。そして俺を見つけ、パァッと笑顔になった。


「ど、堂本! いた!」

「お疲れ、篠原。……またコレだな」

「う、うん……またコレ」


 篠原 ナコ。イジメが原因で、少し前まで引きこもっていた元不登校女子。

 シンジカートとの戦い、いじめっ子との対峙を経て、ここ最近は順調に連続登校記録を伸ばしている。


「どうする? 今日は一緒に帰れないんじゃないか、白鳥」

「き、キツそう……」

「……マジで、クラップロイド関連で顔を出したのが運の尽きだな」


 “自衛隊からクラップロイドを庇った”。その話が尾ひれ付きで広まりまくった挙句、今じゃ彼女は学内外問わず支持を集めまくっていた。

 “あんな悪党にも情けをかけるなんて”とか、“白鳥さんは全部わかってて、敢えてクラップロイドにシンジカートを潰させた”とか。聞いてても全然意味分かんない言説が大量だ。聖書の登場人物か?


 ジーザスもビックリな白鳥のみわざに思いを馳せていると、軽く机が揺れた。

 誰かが、机上に腰掛けてきていた。軽薄そうな顔つきの、男子生徒。


「よぉ、堂本。もう帰るのかよ」

「……緋村」


 緋村真一。着崩した制服が、よく似合う男だ。

 わずかに体を硬くする篠原の気配を感じて、俺をため息を吐いた。


「篠原さんも、久しぶり。登校してんの初めて見たわ」

「……こん、にちは」

「おもしれ、メチャ引かれてんじゃん。そんなに苦手? 俺のこと」


 当たり前だろ。鮫島のいじめグループにも居たくせによ。

 いじめの主犯格である鮫島 ハヤトが居なくなってから、こういうのが多い。ロクに謝りもせず、俺たちに普通の距離感で接してくる。


 “罪は所属グループのもの”とでも言いたいのだろうか。一生分かり合えそうにない。


「何か用事だったか?」

「普通の話だろ? そういや、見てくれよ。昨日、“クラップロイドは白鳥さんが操ってた”ってブログ出したんだけどさ、爆バズ。他にもさぁ、“アワナミの地下都市で政府の極秘研究”とか、こんなのマジで信じてるやついるらしくて」

「はぁ……」


 スマホを見せてくる緋村。たしかにその閲覧数はとんでもないことになっている。

 だが、それに感動するより、篠原が心配だった。呼吸が、浅くなり始めているのだ。


「すげえすげえ。今度教えてくれ、ブログの運用術。あー篠原、もう時間ヤバいな。帰るか」

「まあ、待てよ。篠原さんも、いいよな?」


 カバンを担いで立ち上がると、立ち塞がるように緋村が移動する。

 その有無を言わさぬ態度に、篠原は俯いてしまう。かなりムカムカ来ていると、緋村は笑った。


「なあ、鮫島のことだけどさ。お前らが2人で追い出したってホントなのかよ?」

「……」



 教室内が、静かになった。

 実際に静まり返ったわけじゃない。それでも、喧騒が抑えられ、全員の聴覚がこちらに向いたのが分かる。椅子の軋む音や、咳払いがやけに大きい。



 鮫島 ハヤト。教室内に生まれた、王座の空白。誰もが真実を知りたくてたまらない。


「……何の話か分からない」

「いやさぁ、感謝してんだって! 鮫島のことはみんな、ホラ、嫌ってたから。だよな?」

「……」


 辺りを見回して、わざとらしく問いかける緋村。ますます、耳目が集まってゆく。

 熱心に頷くやつも、聞いてないフリのやつも、帰ろうとしていたやつも。


 白鳥の“カリスマ”とはまた違う、“扇動”の才能。コイツには、それがある。


「あいつ、白鳥さんのことも狙ってたらしくてさ。正直キモかったんだよな〜、イチイチ俺らに“さくらは俺の女だから”って言いふらしてんの」


 下卑た笑いが、クラスに広がる。失笑、苦笑、忍び笑い。

 その中心で、緋村も笑っている。嫌な笑顔だ。


「分不相応ってヤツ? 堂本くんもそう思うよな?」

「思わない」


 やべ、と思った瞬間には、すでに言葉が口から出ていた。

 緋村の笑顔が、凍る。クラスに広まっていた、温かな“見下し共有”の空気が、縮こまる。


「……思わない?」

「思わない。たしかに言動はキモいけど、なんで不相応なんて話になる? もっと低みに生きろってことか?」

「は、はっ! そういうんじゃなくてさぁ、あの態度が見合ってないってコトだろ?」

「お前は見合った振る舞いをしてるってことか?」


 コイツが喋るたび、篠原の肩が震える。同時に俺の胸の内も、ザワザワと真っ黒に染まってゆく。

 下らない。鮫島を通して、白鳥と仲のいい俺たちを攻撃したいのが見え透いてる。



 緋村の瞳に、攻撃的な色が宿った。


「……はっ! 冗談も楽しめねえなんてな。だからお前ら2人とも……」

「だから俺たち2人とも、なんだ?」

「……」

「……」


 コイツの言いたいことなんて分かってる。

 “だから俺たち2人とも、いじめられてた”。


 結局はコレだ。反省なんてカケラもしてない。鮫島の腰巾着だった頃から、緋村は1ミリも変わっちゃいない。

 コイツは新しい寄生先を探していただけだ。俺が拒絶の意思を示して、ようやく篠原の息が回りだす。


「な、なーんてな、こんなの冗談で……」

「帰るぞ篠原」

「お、おい、待っ……」



 相手にするだけ馬鹿らしい。篠原の手を掴み、俺はクラスを後にする。

 冷たい手を握ったまま、背に突き刺さる視線の多さを感じていた。






「冷たいんじゃないかしら、あなた達!」


 2人で下校ルートを歩いていると、プリプリした白鳥が小走りで駆けてきた。

 取り巻きを撒いてきたらしい。疲れ切った怒りの滲む表情だ。


「ご、ゴメン……」

「……ゴメン。色々あって」

「なに……どうしたの?」

「……ま、色々。悪かったよ、置いてって」

「もう! せっかく色々聞いてもらおうと思ってたのに」


 ふくれっ面の白鳥。普段のストレスがすごすぎて若干精神年齢が下がってるな。

 苦笑しながら、3人で歩みをそろえて帰り始める。



 放課後はいつも、この3人で行動していた。

 生徒会がある日は、図書室で篠原と勉強して待つし。篠原の補習がある日は、白鳥と空手の研究をして時間を潰す。


 そんな風にして、俺たちはまとまっていた。


「信じられる? 私の一挙手一投足をとりあげて、“あの動きにはこんな意味があって〜”って! ああもう、知らない慈善団体の広報の話も勝手に決められそうだし!」

「はは! 色々求められすぎだろ」

「ふ、ふひひ……有名人」

「“消失事件”も、私がなんとかしてくれるって! ふざけてるわ。警察に言いなさいよ!」

 

 白鳥は怒り心頭。求められる像を演じなきゃいけないというのは、全く疲れる話である。

 そのエネルギーに触れて、ようやく俺たちの空気は弛緩した。俺たち、3人揃ってようやくエンジンがかかるのだ。


 篠原も、調子が戻っている。緋村のことなんて、忘れてしまう方がいいのだ。


「しょ、消失事件……す、すごい、社会現象、みたいだよな」

「正直言って、アレも俺のせいにされてるのは納得いかないぞ」

「全く! ……ごほん、そうね。誰がやってるのかも、その目的も分からないから」



 通り過ぎる公園の、電柱に貼られたポスター。

 “衛生管理強化のため、公園内での長時間の滞在・物品の放置はご遠慮ください”

 “公園内での寝泊まり・私物の放置は条例により禁止されています”

 “蓮華財団では、生活にお困りの方へ向けて、定期的な炊き出しと生活相談会を——”


 ……誰かが居た気配のある、ダンボールハウスが雑木林の奥に見える。だが、今はもぬけの殻。



 

 人が、アワナミから消えるようになった。



 消えても、誰も気付かない人が。


 消えても、一部の人間は喜ぶ相手が。




「行政は関与を否定してたのよね?」

「ニュースで一瞬やってたよ。強制退去みたいなのはさせてないって、それだけ」

「だ、だから、クラップロイドが疑われてる。行政のできないことをやってる、みたいな」


 野良猫が、寂しそうにベンチの周囲をうろつく。ボロボロの靴が、履き主を失って転がっていた。


「よく言うよな。じゃ、俺はホームレスの人たちをどこに隠してるってんだよ……」

「……でも、夜中に誰かが喧嘩するような声を聞いた人もいるらしいわ。何かあったのは確実なんじゃないかしら」

「……こ、怖い……けど、警察は、動かないし……」

「……ホームレスだから、ってことだろ?」


 普通に怖すぎると思う。ホームレスだって大人が多いんだから、その人たちが気付かれず消えるなんて異常事態だ。


 変な事件に発展しないでほしいが、そう願うのもフラグじみている。頼む……どこかでホームレスパーティーを開いてるとかであってくれ。


 暗い雰囲気を吹き飛ばすように、パンと手が叩かれた。篠原だ。


「あ、そ、そうだ! 実は、ちょっとした発明があって」

「発明?」

「何かしら?」

「へへ。い、今から家、来れる?」


 何か思い出したような、実に楽しげな笑顔だ。

 白鳥と俺が頷くと、彼女は無邪気に頷き返した。


「い、行こう! み、見せたら、一番分かりやすいから」

「なんだよ、楽しみだな」

「ええ、そうね。篠原さんがそんなにワクワクしてるなんて」

「へへ……び、ビックリさせる」


 タタタ、と駆け出す篠原。つられていく俺たちは、完全に浮かれていた。




 だから、誰も気づかなかった。


 空になったダンボールハウスの中に、ハエが飛び回っていたことにも。


 そこを覆うブルーシートに、べっとりと赤黒い手形が残っていたことにも。





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