67-幕間:とあるバーにて(2)
「それは非常に、センシティブな話題ですね」
クイ、とメガネをあげる犬飼さん。
「なにがセンシティブだ。お前らが勝手に敵視してるだけだろうが」
気に入らなそうにグラスをあおる鉄巻さん。
「勝手? 勝手はトクタイの専売特許だと記憶していたが」
「流石。娘のために暴走した男は言うことが違うな」
「……」
1発でシナシナになる白鳥さん。
「タカはどう思う? クラップロイドは正義の味方なのかな?」
氷をカラカラとグラスで回しながら、楽しげなミコトさん。
「……いや、どー……なんすかねぇ」
曖昧な答えをするしかない俺。
いま鏡を見れば、たぶん顔色の悪いバイトが映るのだろう。
一番楽だと思っていたバーのバイトは、いまや世界一帰りたい職場になっていた。
「あの、もっと楽しい話題にしません? ホラ、皆さんの趣味の……話とか……」
「趣味は超人の撲滅計画を立てることです」
「趣味? ……娘の……私の娘が……クラップロイドのことばかり話す……!」
「犯罪者をボコボコにする妄想をする」
「最近はクラップロイドの記事を集めたりすることかなー」
テメェらよぉ!! ほんとにさぁ!! いい大人が、誰か1人くらいバードウォッチングとか言ってみろよ!?
「は! 超人の撲滅計画だとさ。だからA-SADなんて作ってアワナミに帰ってきたってことか?」
「A-SADはあくまで、以前からの既定路線でしかありません。政府に恭順しない超人は、放置された爆弾と同じだ」
「えーさっど?」
聞き慣れない単語を、思わず聞き返す。
鉄巻さんが面倒そうにグラスを揺らし、答えた。
「Anti-Superhuman Affairs Division。超常犯罪対策部門だよ、新聞読んでないのか」
「いや、スミマセン……」
「気をつけたほうがいいぞ。うっかりイカロスなんぞになったら、公安から直々に! 石頭のバカがダース単位で届くって寸法だ」
「……もし従わない場合は、そうなるでしょうね」
怖すぎない? せめて否定してよ、犬飼さん。
「バイトの堂本くんには関わりのないことです。そう怯えずとも良いでしょう」
「どうだか! 最近じゃ、“キメラセラム”も出回ってる。誰が超人で誰が凡人か、お前に分かるってか?」
「鉄巻さん。それはまだ調査中の案件でしょう」
「どうせ隠し通せん。明日の朝にはニュースだ」
「なーに? キメラセラムって」
ミコトさんが食いついた。ツマミのポテトがもてあそばれ、クルクルと回転している。
鉄巻さんが目線を送ると、犬飼さんが肩をすくめた。
「……“キメラセラム”。ナハシュ・シンジカートが残した麻薬密売ルートから、新たに出回りつつある薬物です」
「麻薬じゃない。もっと悪い」
「……使用者の肉体に、ある種の……動物への変化を引き起こします。たとえば、魚のエラが生じたり。ライオンの牙が生えたり」
「で、一時的に身体能力は跳ね上がる。それこそ、イカロス並だ」
「へえ。でも、ぜんぶ一時的で済むなら夢みたいな薬じゃないっすか?」
何も考えずにポロっと口に出すと、今度は白鳥さんが顔をしかめた。
「いいか、堂本くん。そんな夢のような薬があるわけないだろう」
「え、そうなんすか」
「今まで摘発した連中は、全員が深刻な後遺症を負っている。とある因子が悪さをするんだ……たとえばライオンの男は、顎の筋肉がズタズタで、一生かたいものを食えない。魚の男は、陸で溺れて酸素吸入機付きに……」
「おぉぅ……」
「猿の能力を取り込んだやつは、骨格が歪んだまま……コイツの話はまあいい。とにかく薬物には手を出さないことだ。夢のように思えてもな……」
怖え……警察の皆さんは日夜アワナミの闇と戦って、大変だな。
まあクラップロイドから話題が逸れてよかったよかった。このまま平和に不穏な話を続けてくれ。
「こわーい。クラップロイドが助けてくれるかな」
ミコトさん? だまらっしゃい?
その話題おもんないなーという雰囲気を醸し出そうとするも、彼女はどこ吹く風。身を乗り出して3人に向かい合う。
「ねえ、警察の人はさ。やっぱりクラップロイドのことが嫌いなの?」
「当たり前です。好きな警察などいません」
「お前の思想を全員に押し付けるな。トクタイは……まあ、そう嫌ってはないが、目立ちたがりのアホという認識ではある」
「……」
即答の犬飼さん。
こちらをチラ見して、肩をすくめる鉄巻さん。
シナッシナの白鳥さん。元気出して……。
「大体、あのスタンスがいただけないのです。自衛隊とも協力せず、スタンドプレーでナハシュを止めようなどと。結果的にうまくいったのは奇跡だ」
「そう……だな。そうだよな……」
シナッシナからわずかに生気を取り戻す白鳥さん。そうだ頑張れ……! 命よ芽吹け……!
「ハ! 最初から排除目的で動いていたのに、か? 後からA-SADを送り込んで話し合いの場を設けようなど、私がヤツでも納得するか。クソ喰らえだ」
「そう……だな……そうだよな……」
またもシナッシナになる白鳥さん。やめてあげてよ……白鳥さんの元気のためならいくらでも話し合いに応じるよ……。
「それを言うのなら、あなた方トクタイも最初は排除目的だったはず。クラップロイドがどのような思考を持つのかは知りませんが、遅すぎるということはないはずだ」
「そう……だな。そうだよな……!」
白鳥さん、もうお酒飲まないほうがいいよ。感情が制御できてないよ。
「ならクラップロイドを前に言ってみたらどうだ? “ごめんなさい、我々は一度あなたに自衛隊を差し向けました。シンジカートも危うく取り逃がすところだったけど、許してください”ってな」
「……」
もう俺、さっきから白鳥さんの顔しか見てないよ。絶望感がひしひしと伝わってくる。
「この話もう……」
「じゃ、もし彼が警察の敵になったら?」
白鳥さんと俺の胃のためにも、話題を変えるべきだ。
そう思って声を出すと、見事に被さってきたミコトさん。さっきからこの人は本当に……!
「敵にって、なんすか」
「あり得ない話じゃないでしょ? トクタイにだって排除されかけて、自衛隊にも攻撃されて、ウンザリしてたら全部どうでも良くなっちゃわない?」
「……そんな思考の人、います?」
「居るよ。信じられない? 貴はまだ高校生だからかな」
こんなに破滅的な話をしているのに、ミコトさんは楽しげだ。
「自分は正義のために動いてたのにーって、ムカついちゃうよ。それが1番分かってもらいたい人に分かってもらえなかった時は、ね」
「……」
「たとえば、テレビでもよくやってるけど。“正義の味方か、混乱の拡大か?” なんて見出し、クラップロイドはどう思って見てるんだろうね? こんなにアワナミに良くしてやってるのにって、思ったりしないって言い切れる?」
「……それは、……」
「くだらん!」
カン、とグラスを置いたのは鉄巻さんだ。
彼女は議論に値しないとでも言うように、上を向いて体を反らす。
「ヤツはそんなタマじゃない。好きでやってることを、自分でも理解してる変人だ」
「……ふーん。詳しいんだ」
「もしそんな取るに足らんことで悩んでいたら、私がぶん殴ってやる。それで終わりだ」
て、鉄巻さん……。あまりにも胸を打たれるその言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。
犬飼さんは、メガネを押し上げた。
「完全に同意とはいきませんが。A-SADはそのために設立された組織です。もし彼が完全に敵対したところで、それは想定内でしかない」
「倒せるの?」
「クラップロイドの弱点はいくつか、すでにリストアップしてあります」
いやこっわ。絶対敵に回したくないわ……。
少しの静寂の後、白鳥さんがぽつりと呟いた。
「……私は、謝ろうと思う」
「……」
「クラップロイドが、警察を恨むとして……その発端は、私だ。話を聞こうともせず、強硬な姿勢を取り続けた私の責任。だから、謝って……彼の気が済むまで、私を好きにしてもらえればいい」
「……そう」
つまらなそうなミコトさんは、最後に俺を見た。
いや一介のバイトがなんか言えないでしょ……。
「……まあ、クラップロイドにも、問題はありますよね。最初から正体を明かして、公権力と協力する道を選んでないんだし」
「そう思う?」
「自分の手の中にない力を信用できないのは、皆同じでしょう」
そうだ。こんな話、結局そこに集約する。
信じられるか、信じられないか。いま、クラップロイドは真ん中を行ったり来たりということだ。
「彼が怪物ならまだいいですけど、人間ならもっと厄介。だから、犬飼さんの意見も、鉄巻さんの意見も、どっちも分かります」
「……」
「人間の価値観で流されるのは、人間ですから。……だから、これは、きっと。彼が正体を隠す限り、永遠について回る話題でしょうね」
そこまで言って言葉を切ると、静かになった。
鉄巻さんも、犬飼さんも、ミコトさんも。ようやく黙って、何か考えている。
白鳥さんは、ふと笑った。寂しげな笑みだった。
「ずいぶん大人びたことを言うんだな。堂本くん」
「……いえ」
「娘にも、似たようなことを言われたよ。誰かを心から信じたことなどないから、簡単に人を追い詰められるんだ、とね」
「……」
とっくに空になったグラスの底に、疲れ切った父親の顔が映る。
「……結局、私も。娘にこそ、信じてもらいたかっただけなのだろうな……。自分が、アワナミのために動いている、と」
「……分かってもらえますよ。さくらさんにも」
「ふふ……優しいな、キミは」
「ちょーっといいかぁ?」
その時、不意に空気が凍った。




