63-幕間:乞巧節
「な、夏祭り。もっかい、楽しみたい」
放課後になって早々、俺の机にきた篠原がそう宣言した。
ナハシュ・シンジカートとの死闘から、実に一週間。ちょくちょく起こる小さなトラブル……引ったくりや、食い逃げ対応……以外は、とても平和に思える日々が続いていた。
学校に行って、帰る。元々頭が良かった篠原は、ものの数日で授業に追いつき、追い越した。小テストじゃ、毎回白鳥と同じく満点連発。
そんな日々で疲れてないかと心配していたが、俺の前で鼻息を荒くする篠原はバイタリティに溢れている。
「夏祭り?」
「うん。……ナミノヒ祭、楽しめなかった、から」
ナミノヒ祭。シンジカートの野望を食い止めるため、会場で戦ったことは記憶に新しい。
まあ確かに楽しむ余裕はなかったけど、気にするタチだと思ってなかった。
「……な、なんか、案。ない?」
「ノープランなの……?」
「うん……」
「放課後になったら一緒に堂本くんに会おうと言っていたのに、飛び出していくんだもの」
その背後から、呆れ声。
白鳥 さくらだ。歩いてきて、腕組みをする。
「だ、だって……早く会いたくて……」
「落ち着いてちょうだい。別に堂本くんが逃げるわけでもないのに」
まあ以前なら逃げるように教室から消えていただろうけどね。
教室内の空席を見る。鮫島 ハヤトの席は、あの連休以来、ずっと埋まらないまま。……捕まったのだろうが、先生からの発表はない。
「夏祭りつっても……ナミノヒ祭が1番大きいし、それしか知らなかったんだけど」
「ええ。私もそう思って調べてみたのだけど……」
「きゃー! 白鳥さん!」
「白鳥センパーイ! ファンです!」
「白鳥さんだ! 本物!」
スピーカーでもつけたかな? という音量で、教室の外から声。
ウンザリ顔が一瞬漏れた白鳥が、すぐに硬い笑顔で向き直るのは……なんか、缶バッヂやら団扇を持った生徒集団だ。
彼らが手に持つグッズにはすべて白鳥がプリントしてある。一目で何なのか分かるな……。
「こんにちは。皆さん、応援してくださるのはありがたいけど……」
「えっありがたいって!」
「し、白鳥様がこっちをみてくれた!」
「もうアタシ死んでもいい……」
「声を抑えて、通行の邪魔にならないようにね? ここは皆の学校なのだから」
「やだ……注意するお姿お美しい……」
「し、白鳥様に注意してもらえたッ!」
「もうアタシ死んでもいい……」
い、いかれてやがる。
そうなのだ。この間の“シンジカート事変”以来、クラップロイドを庇った白鳥の株はうなぎ登り。
その話は爆発的に広まり、元々評価の高かった校内ではファンクラブまで作られる始末。先生も生徒も、カリスマに酔いしれている。
尤も、本人はこれっぽっちも嬉しくなさそうだが。
「……場所を変えましょう。堂本くんの家、いい?」
「いいよ……お前も大変だよな」
「お、オフ……同情ポインツ……」
「……本当に、……いえ、やめときましょう、ここで話すのは……」
◆
「ああもうっ!! 本ッ当に下らないったら!!!」
「ど、どうどう……」
俺の家に着いた途端、もはや隠す気もない白鳥の怒声が響く。
なんとか宥めようとする篠原は、ひと睨みされて引き下がった。だいぶイライラしているようだ……発散させるが吉。
「見たでしょう、あの……あの、主体性のカケラも感じられない連中! 流行りと見れば見境なく飛びついて、みっともない!!」
「まあ……帰り道まで尾行されるとは思ってなかったよな……」
なんと、ファンクラブのうち数名は白鳥が学校を出たあとも追跡してきていた。
俺の“イカロス”としての感覚を活用し、なんとか撒いたが……追われていた事実そのものが、白鳥の逆鱗に触れていた。
「“次の戦いで助けになりたい”なんて! 一度でもそんなこと頼んだかしら!? 大体あのふざけた団扇とか缶バッヂとかはなんなの!?」
「おち、おち、落ち着いて……」
「なんか一躍、大スターみたいだよな」
「何ですって?」
「何でもございません……」
茶化そうとした瞬間に、犯罪者からも受けたことのないような殺意を浴びせられて黙らされた。
白鳥はイライラ。篠原はオドオド。俺はシクシク。お祭りの話なんじゃないの……? 楽しいお話なんじゃ……。
「ほ、ほら、これ! 今やってるお祭り!」
「……」
ティラノサウルスのような所作で篠原に振り向く生徒会長。こんな仕草でもファンクラブの連中は美化しそうだな……。
「こ、この、キッコーセツ? っていうの、よさそう」
「キッコーセツ?」
(乞巧節。中国のお祭りですね。七夕と言い換えたら分かりやすいかもしれません)
体内のAI“パラサイト”が補足説明を行う。
篠原が見せてくるスマホには、アワナミ市の“リトルチャイナ”が、提灯や短冊、紙細工で一杯になっているのが映っていた。
ずらりと並ぶ灯籠に、風に揺れるカラフルな糸。目にも楽しい催しだ。
「今もやってんの?」
「う、うん。これ、半月くらいやる、らしい」
「いいね。じゃ、直近で空いてる日を探して……」
「……」
まだ微妙に感情の名残がある白鳥。
俺が肩をすくめると、彼女はようやくため息を吐いた。
「……私も行きたい」
「き、決まり!」
「だな」
こうして、俺たちはリトルチャイナ巡りの計画を立てることとなった。
◆
「こ、このお店、評価高い」
「あんま鵜呑みに……おぉ、ホントに高い」
「あなた達はすぐにネットの……高い」
「ご、ゴマ団子もある!」
「ゴマ団子も……堂本くんが良ければ、ここでいいと思うけど」
「はいはい、メシはここね」
◆
「ナイトマーケットがメインみたいね。串焼きとか、点心がすごいって」
「んじゃ、さっきのレストランで食い過ぎたらダメだな」
「こ、これも、見たい。編み物大会、みたいな」
「良いわね。……というか、これが乞巧節のメインみたいよ?」
「編み物? やったことないな……」
「上達を願うお祭りだもの、うってつけね」
◆
「……ミカも来たいって」
「良いじゃん。呼べば?」
「ふひ……ミカちゃん、カワイイヨネ」
「てか、白鳥の父さんは大丈夫なのか? 色々心配するんじゃ……」
「あの人なら……大丈夫。最近は、そこまでうるさいわけじゃないから」
「じゃ、じゃあ4人で予約する……」
◆
そして、当日。
駅前で集合ということで、待たせるのも悪いし俺は早めに出ていた。
まだリトルチャイナからは離れているのに、人の流れがそこを中心にしているのがわかるほどごった返している。
カップルや小集団、笑い声。大混雑だ。
「これじゃ探せないぞ……」
(ご主人様、あれ、あれ)
「ん?」
人混みに目を流されていると、パラサイトが視界に矢印を表示した。
すると、そこには。……人垣の中から、細い腕が突き出ているのが見える。
「……いや、何やってんの」
ぐい、と腕を引っ張る。おおきなカブの如くに掘り出されたのは、篠原だった。圧死寸前の赤い顔をしている。
「ぷはっ……! し、死ぬかと思った……」
「大丈夫かよ」
「ど、堂本みつけたから、近寄ろうとしたらこれ……へへ。ありがと」
「どういたしまして。ってか、その格好……」
篠原は気合の入った服装だ。パステルカラーのチャイナドレスが、短めの丈でヒラヒラしている。
スリットから覗く脚の先には、バレエシューズ。細腕にかかった巾着バッグ。
彼女は二ヒヒと笑い、くるりと回った。そして無邪気に尋ねてくる。
「ど、どう?」
「メチャクチャ無理してないか?」
「し、してる……」
「……似合ってるよ。無理の甲斐あって、可愛い」
「へへ」
嬉しそうに表情を緩める篠原。すっかり引きこもる以前のチャレンジ精神を取り戻しているな……。
ふと、脚に衝撃。見下ろすと、小さなパンダが抱きついていた。
いや、パンダフードを被った小さな女の子だ。こちらを見上げて、満面の笑み。
「おにーちゃんおねーちゃん、みっけ!」
「ミカちゃん?」
「お、オフ……ミカ氏、カワイイ……」
「ぱんださん! お姉ちゃんが買ってくれたの!」
「白鳥が? その白鳥はどこに……」
などと、聞くまでもなかった。
人の波が割れ、待っていた相手が現れたからだ。
真紅のワンピース。ノースリーブのそれは、シースルーの羽織ものの下で、刺繍が薄く煌めく。
ストラップ付きのサンダルで軽やかな足取り。龍を模したであろう髪飾りは、彼女の切り揃えられた髪を美しく頭上で纏めている。
白鳥 さくら。また随分と気合の入った格好の彼女は、歩くだけで周囲の人々が道を譲っていた。
「ごめんなさい。待たせた?」
「いや、今来たところ」
「う、うん。す、すごい……オシャレ!」
「ありがとう。篠原さんも、可愛い」
「へ……へへっ」
すでに楽しそうな2人。これはもう目的がほぼ達成されてるぜ……。
人差し指で鼻の下を擦っていると、くいくいと腕が引かれた。ミカちゃんだ。
「おにーちゃん、お姉ちゃんのこと褒めてあげて」
「褒める?」
「お姉ちゃんねー、いっつもよりながーく時間かけて準備してたよ?」
「うん? うん、だろうな。こんだけオシャレしたらそうなりそう」
「すっごーーく! 長かったよ?」
「うん……?」
(君死に給へ)
なんなの……。パラサイトは俺の視界に中指を表示し続けてくる。
白鳥は少し赤くなって目を逸らすし、篠原はこちらをジト目で睨んでいる。なんか俺が悪い流れだコレは。
(はい褒める! このリストにオシャレ頑張ったポイントを羅列しますんで!)
「えー……っと、すごいな。似合ってる、この……何? ドレス、ピッタリだ」
「え、えぇ。そうかしら……」
「つっかけもホラ、綺麗だし。爪もなんか、キラキラしてるし。全体的に、ピカピカって感じで」
(ワードチョイスが最悪。なんですかツッカケて。ピカピカって感じって)
脳内でボロクソに貶されている。
白鳥は堪えきれずに噴き出し、笑いだした。篠原も苦笑している。
「ふ、ふふ、ふ……ありがとう。細かいところまで見てくれて」
「ど、堂本にしては……頑張った感」
「何だよマジで……俺ももうちょいオシャレしてくれば良かった」
祭りに到着してもないのに、体力を半分も削られた気持ちだ。
憮然としていると、手が引かれた。ミカちゃんが、俺たち3人の手を引っ張っている。
「さーさーいきましょー! キッコーセツに!」
「み、ミカ!? 危ないから……」
「ウゴゴ、幼女の力に抗えない……」
「わかったわかった行くからちょっと待って……」
こうして俺たちは、ミニパンダに引きずられるまま、提灯や灯籠の幻想的な光の群れへと歩いていった。




