表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/68

62-第1章エピローグ:変わってしまったもの

「……」


“アワナミ市におけるナハシュ・シンジカートの行動記録”。


 彼が読んでいたファイルには、そう書かれていた。その分厚いファイルが、閉じられる。

 眼帯で覆われた片目。不機嫌そうな目元が、更に細まる。


「……“門”がいっとき、完全に開きかけた。私が能力を集中させて閉じたが……何か申し開きはあるか」

「お……お許しを、副長。吾輩は、吾輩は本気で止めようとしていたのだ!」

「“やろうとした”という言葉ならば、誰でも言える。結果を出せぬなら貴様はセクター長失格。アワナミからは消えてもらう」

「だ、だが、シンジカートの倉庫だって襲った! 奴らの動きだって掴んでた! あと一歩だったのだ! もう一度チャンスを、」


 パチン。必死の言い訳の声が、指のスナップで止められる。

 眼帯男は椅子に座ったまま、その冷たい凝視を緩めない。


「“あと一歩”。グズの好む言葉だ。言い訳を考える前に一歩を踏み込めぬ者の、な」

「……ッ」

「失せろ。二度も失敗した貴様に、最早セクターのポストはない。どこへなりと消えて、つまらぬ一生を送れ」

「この……」


 一瞬、膨れ上がる殺気。

 だが、眼帯の男が少し首を傾げると、その雰囲気はすぐに霧散した。


 耳鳴りが満たす静寂。恐怖に震える呼吸が、小さく空間を揺らす。


 やがて歯軋りの音が響き、足音が去ってゆく。眼帯の男はすでに、椅子に背を預け、懐中時計を眺めていた。


「……お疲れ様でした、副長」

「疲れてなどおらぬ。……だが、不可解に思うことはある」

「何でしょうか」


 “彼”の隣に、音もなく立っていた女性。メガネを押し上げ、バインダーから顔を上げる。

 眼帯の男はしばらく無言。そして、懐中時計を閉じた。


「ヴェニーノ・フエゴは“祝福”を受け、タンカーを破壊するほど暴れたとある」

「確認済みです。現地のテレビ局にも映像が流れていました」

「ならば何故、アワナミは壊滅していない? この“近さ”での祝福など、人の身に神性をもたらすに十分すぎる……だが、この程度で済んでいる。なぜだ?」

「“クラップロイド”です」


 彼女の発した言葉に、眼帯男は眉根を寄せた。


「それは?」

「シンジカートの事件に、少し前から関与が確認されている存在です。それがヴェニーノを止め、そして“代償”から彼を救ったと」

「……救った?」

「そう記録されています」


 肩をすくめる女性が、スクリーンへリモコンを向ける。

 すると、タンカーの上、大蛇に立ち向かう銀の怪物が映った。血まみれで、見苦しく、あがきつづける様が。


 眼帯男は険しい顔だ。映像を見上げ、じっと考え込んでいる。


「……調査させろ。フォールン、イカロス、過去の“儀式”への関与も徹底的にな」

「分かりました。リーダーに報告は?」

「あの方は忙しい。すべての報告は、私で止めろ」

「分かりました。そのように手配します」


 お辞儀し、歩き去ってゆく女性。

 眼帯の男は、懐中時計をもてあそびながら映像を見つめている。その口が、小さくつぶやく。


「……クラップロイド……」


 その眼前で、懐中時計の動きに合わせるように、ひとりでにファイルが捲れ始める……。




「でぃ、“ディアブロ”が来たぞ!」

「半端者の傭兵がッ、何の用……ぐぎゃっ」


 ゴギリ。首をおかしな方向に折り曲げられ、力無く倒れる体。

 それを踏み越え、巨躯が歩む。数名の部下を連れ、廃アパートの奥へと。


「クリア」

「ボス、シンジカートの他幹部は見当たりません。恐らくは今日の“襲撃”を察知して……」

「構わん。このまま進む。殺しすぎるなよ」

「「「はい、ボス」」」


 抵抗するシンジカート構成員のみを殺害しつつ、彼らは進んでゆく。

 そして、とうとう廃アパートの奥、巨大な洞窟じみた空間へと到達した。水が天井から滴るそこには、数多くの構成員と、木箱に隠された物資。


 緊張が走る表情で、彼らは互いに視線を交わす。突然の乱入者に対して、アクションを選べないのだ。

 “ディアブロ”。ヴェニーノに雇われた味方のはず。アワナミで何があったのか、末端は知らされていない。


 そんな彼らに構わず、ディアブロは悠然と歩いてゆく。洞窟の最も奥にある、翼持つ蛇の彫刻へと。


 そこで振り向き、洞窟全体の構成員を見渡す。ディアブロの周囲を守るように、彼の部下が銃を構えた。


「……ヴェニーノは失敗した。お前達の中に、知っていた者は?」

「「「……」」」


 ろうと響く声。誰も返事ができない。

 構成員たちは忙しく視線を交わし、事態を把握しようとしている。


「居なかったようだな。では、クズハ、サンシューター、俺が、最後にはやつを見限ったという話は?」

「……なんだと?」

「テメェら、傭兵のくせしてヴェニーノ様を見捨てたのか! 恥を知れ!!」

「ノコノコ出てきやがって、ぶっ殺すぞ!!」


 火中で弾ける木のごとくに、彼らが吠え叫び始める。

 中には銃を構えようとする者もいる。先んじて射撃しようとする部下を抑え、ディアブロはニヤリと笑った。


「……では、貴様らは見捨てられたということは?」

「……は?」

「何言ってやがる! ふざけんな!」

「クソ傭兵! くたばりやがれ!!」


 すでに怒り心頭の構成員が、射撃! ディアブロの胸部に当たった弾丸は、潰れて落ちた。


「な……」

「“知らなかった”、ようだな」


 彫刻の隣から降り、射撃した構成員に近づくディアブロ。

 フルオート射撃が、繰り返しマズルフラッシュを焚く。その銃口を掴み、敢えて自分に向けさせたまま、ディアブロは憐れむような目で構成員を見た。



 かち、かちかち。弾切れの音。上がる硝煙。ディアブロは手を離す。


「……ここを守っていた幹部は、今日に限ってここから離れていた。なぜかわかるか」

「……そ……それは……」

「俺たちが来ることを知っていたからだ。シンジカートを乗っ取りに来る、とな」

「……」


 静かな声色にも関わらず、もはや誰も口を挟めなかった。

 ディアブロの眼差しは、憐れむものから、炎じみた怒りを孕むそれへと変化している。


「貴様らはそれで良いのか? ここで俺たちに殺される使い走りのままで良いのか?」

「だ……だけど、従わないと……“クァーラ様”が」

「幹部連中は体よく信仰を使っていたようだな。だが見ろ、“クァーラ様”とやらに頼っていたヴェニーノ達はどうなった?」

「……」


 互いに顔を見合わせる構成員達。彼らの中に、疑念が生まれ始めている。

 ディアブロは畳み掛ける。声を張り上げる!


「所詮、“神”などというものは恐るるに足りん! 良いか。俺が見せてやる。手本をな!!」


 有翼の蛇の彫刻へ歩み寄ると、ディアブロは拳を叩き込む!

 粉砕されたそれは、木片を辺りに散らした。息を呑む構成員たちに、ディアブロは振り返る!


「なぜ“クァーラ”は顕現し、俺に罰を与えない? 答えは一つ。シンジカートの幹部どもは、クァーラという嘘をつかって貴様らを使いたかったのだ」

「……!!」

「神? クァーラ様? 信仰!? 笑わせる。恐れと贄ばかり求める神が、貴様らに何をもたらした!」

「……そうだ」

「世界を支配するのは“力”!! 天上に居座るとされるような、存在すら曖昧な“神様”とやらではない!!」

「……そうだ……! その通りだ!!」


 気付けば叫ぶ構成員もいる。

 その熱を感じながら、ディアブロは己の足元にあった彫刻の破片を踏み潰した!


「シンジカートは、俺たちのものとなる! 引っ込んで震えている、腰抜けの幹部どもにこの組織を任せておけるものか!!」

「そうだ!!」

「殺せ!! 奴らを殺せッ!!」

「準備をしろ!! ナハシュ・シンジカートを、乗っ取る準備を!! ……今日からこのディアブロが、クァーラに代わって! 貴様らのボスだ!!」


 熱狂。洞窟を震わす、ディアブロへの忠誠の叫び。

 


 ナハシュ・シンジカートが、一週間足らずで新体制に変わる、その始まりの出来事であった。




「……成程。これが、“プロトタイプ”か」


「はい。間違いありません。この出力と、銀色の見た目……貴方様にそっくりです」


「確かに、私によく似ている。……そうか。私以外にも、“融合”の成功例は居たのだな」


「いかがいたしましょう? すでにスパイは1人、向かわせてありますが」


「……構わない。“ジャガー部隊”の時と同じように、定期的に性能テストを仕掛けるのみにしろ。それよりも、“ネオ・プロメテウス”は回収できたのか?」


「は。沈没したタンカーから、コア部分の引き上げに成功しております」


「……島善博士(アレ)は使える男だったが、勝手が多かった。遺産には役立ってもらうこととしよう」


「御心のままに」




「……ふふ。クラップロイド……か」









 ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。

 もしまた機会があれば、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ