61-第1章エピローグ:変わってゆく全てのために
「次はCQC! 1分で準備!」
「「「了解!」」」
訓練室に、号令がこだまする。
特殊事件対策室。警備部長である“白鳥 正一郎”の失敗を受け、彼らの組織改革の必要性は見直されることとなった。
特に今回の、“ヴェニーノ”を逮捕できたという事実。彼の危険度が再評価されるにつれ、肩身の狭かった鉄巻たちは立場を取り戻していくこととなる。彼女はすでにリーダーへの復帰が決まっていた。
「鉄巻隊長。ずいぶんと精が出ますね」
「……犬飼」
汗を拭っていた鉄巻は、声をかけてきた相手を見て露骨に顔をしかめた。
メガネ越しの冷たい目。こけた頬に、病的な顔色。公安の内部調査員、犬飼 衛。
彼は荷物をまとめ、ロッカー室から出てきたところだった。
「都落ちから一転、昇進か? 公安は変わり身の早いことだな」
「そう邪険にしないでください。私はまだここに残りますよ」
「……どういう意味だ?」
「市警に新たな部署が作成されるのですよ。今回の怪物共の大暴れを危険視して、ね」
クイ、とメガネを上げる犬飼。
怪物共。そこに微かな侮蔑のニュアンスを感じ取り、鉄巻は眉根を寄せる。
「じきにアワナミから、政府に恭順しない“人もどき”は消え去ります。……あなたも、随分と“クラップロイド”と仲がよろしいようだ。彼に忠告なさっては?」
「“我々に従え、さもなくばヒョロヒョロのメガネ男が捕まえにくる”って? 望み薄だな」
「……」
鉄巻の言葉に、犬飼はノーリアクション。その冷たい目で、鉄巻を見つめるのみ。
だが、やがて彼はゆっくりと口を開いた。
「アワナミは必ず、超人が一掃され平和になります。私がそうさせる」
「……そうか。まあ、平和という目的は同じらしい」
「残念です、鉄巻隊長。私の平和とあなたの平和は違う」
スタンバトンで格闘する隊員を尻目に、鉄巻は犬飼を見る。その澱んだ瞳を。
「現場でお会いすることもあるでしょう。そうなったとき、撃ち合わずに済むことを願います」
「……」
「それでは」
足音もなく去ってゆく犬飼。
鉄巻は鼻から長いため息を吐くと、首を振って訓練場へ向き直った。
「ヌルいぞ!! 打ち合い100本追加!!」
「「「はい!!」」」
◆
「キミの処分について、だがね。白鳥くん」
「……はい」
革の椅子を鳴かせながら、その男性はでっぷり太ったお腹を揺らして立ち上がる。
市警本部長を前にして、白鳥 正一郎は神妙な顔だった。ジタバタする段階ではないのだ。
「ま、そう硬くならずともよろしい。ただね、色々と、ね。明確に処分するような行動もない“けれども”、という話になっていてね」
「いかなる処分も覚悟しております」
「ウン。キミね、警備部長として……今回の暴走、ね。責任を取らなきゃならない、分かるよね」
「はい」
何度か頷き、本部長はその肥えた顎をさする。
「いったん、キミには辞表を出してもらいたいんだよね。で、こっちで“いやいやそれはやり過ぎだ”と、拒否する形にするから」
「……」
「で、キミを新たなポストにつける。どうかな? 娘さんの手前、これでキミの責任感や働き口も確保してやれると思うんだけどね」
「そこまでの配慮に感謝いたします。ですが、私は警察に残れる器とは思っておりません」
白鳥の、覚悟の言葉。
聞いていたはずの本部長はしかし、自分の爪を見つめている。どこか適当な態度だ。
「んー、そういうのも良いけどね。ハッキリ言うと、いまキミを失うのは結構、痛いんだよね」
「……と、仰りますと?」
「公安から、内部調査員クン、来てたよね。私も受け入れたし、キミのトクタイ嫌いも理解できるけど……」
そこで、太った本部長は顔を上げた。鋭い眼光で、白鳥を見る。
「……なんかね。市警、けっこう、干渉されてるんだよね」
「……」
「うちに干渉するっていうんだから、大きなところだよ。コーポレーションも口出しが多いし、最近は……より国の“中枢”に近いところからも。これじゃ、私の席も近いうちに取られちゃうかもね」
「……それは」
「今回の“シンジカート事変”もそうだけどね。そういう時、少しでもフラットに物事を見られる人間が残っていてほしい。キミはうってつけだ」
白鳥は言葉を探し、飲み込みを繰り返す。あまりにも大きな荷の話が、突如転がり込んだのだ。
本部長は口元だけで笑った。
「今回、キミの暴走も、いい転機になったと言えるね。都合のいいポストに収まってもらえるんだから」
「まさか、これが分かっていて私を……自由にさせていたのですか?」
「ノーコメント。だけど、キミも分かるはずだ。警察が“傀儡”になることの危険さが。……もう一度尋ねよう。私はキミに去ってほしくない。どうだね?」
「……」
白鳥は拳を握りしめる。
市警。コーポレーション。“中枢”。彼はもはや、犯罪者だけを相手にすれば良いのではないのだ。
「……わかりました」
「分かってくれたかね」
「ただし。私はあなたの“席”を護衛する手駒になるのではない。私はあくまで、市民を守る市警を、そのまま生かすために残るのです」
「……ふふ。いいね、白鳥クン。私の見る目も衰えておらん」
言うや否や、白鳥はすぐに懐から辞表を取り出した。
若干目を見開く本部長。彼の目の前の机に、その封筒が置かれた。
「いっつも辞表を持ち歩いてるのかね。キミ。昭和のドラマじゃあるまいに」
「いつでも進退を決める覚悟でしたので」
「……やっぱりキミね。この親にして、あの娘さんありだね」




