59-後の祭り
(((クラリス・コーポレーションは人類の未来をつくります。あらゆる進化を手助けし、より良い明日を選びます。それが——)))
(((僕の発明も、因果なものでね。人を助けることもあれば、殺すこともある)))
(((私はもう、逃げないから)))
(((……う゛ん。友達)))
(((テメェをぶっ殺して、白鳥を取り戻して、安藤の野郎もぶちのめして……)))
(((唯一の誤算があるとすれば、お主ら……)))
(((……クハ。ハ、ハハ……見られてたぜ。“クァーラ様”に、よぉ……。こんな、狂信者の命を助けるなんざ……お前、俺らより、よっぽど……)))
《……では、アワナミ市の今日の天気です。竹内さーん?》
ふと、目が覚める。
朝の日差しがさしこむリビングのソファで、寝ていたらしい。
あまりにも平和な目覚め。ぼうっとしていると、夢の内容が蘇ってくる。
ああ、何か妙な奴に寄生されて。変身できるようになって、犯罪組織と戦って……変な夢を見た。
きっと、篠原の家で見た映画が悪かったんだ。次からは寝覚めがよくなるような、ネイチャードキュメンタリーを観るようにしよう……
そんなことを考え、起き上がろうとする。すると、包帯まみれの体が見えた。
体に触れようとする指も、腕も、肩も。湿布やら、ガーゼやら。
「……あぁ。あー……夢が良かったかも……」
(おはようございますご主人様。現在時刻、07:24。実に4時間の睡眠です)
「そうか……そんなんだっけ……」
痛む全身が、少しずつ感覚を取り戻す。
それと同時に、記憶も戻ってくる。
そうだ……トミフシさんに散々お説教をもらって報道ヘリから降りた後、縛り上げたヴェニーノを鉄巻さん達に手渡した。
ガソリンを補給し、なぜか追ってこなくなった自衛隊達からそそくさと隠れて……。
「ど、堂本が起きた!」
……そう。家に着いて篠原の顔を見た瞬間、安心して気絶したんだった。
キッチンから顔を覗かせ、その蒼白な顔を心配の色に染める篠原。
ぱたぱたと駆けてくる。その手には湯気を上げるマグカップ。
「篠原……、おはよう」
「……!!」
とりあえず朝の挨拶をすると、タックルのように抱きつかれた。
普通に痛かったのでギブアップのタップをしたが、聞き入れてはもらえなかった。
◆
「……そうか。終わったんだな」
「う、うん……」
篠原から、顛末を聞き終えて……ようやく俺は、大きな息を吐いた。
ナハシュ・シンジカート。その構成員の大部分は、逮捕された。
アワナミ市の闇へ消えた人数も、それなりに居るそうだ。“裂け目”が広がりかけた混乱に乗じたらしい。
特に警戒対象だった“クズハ”“サンシューター”“ディアブロ”は、足取りすら掴めていない。捜索は行われているが、市内に居る可能性は低いだろう。
「……鉄巻さんたちは? 白鳥も、無茶させたけど……」
「なんか、捕まりは、した……けど、あの、タンカーでの戦いが報道、されてて。“クラップロイド”の戦いが、国益を守るためのものになったとか、なんとかで……不問に、なりそうって」
「……はぁ、国益?」
「そ、そう。あの“怪獣”が沿岸部の建物とか溶かしてて……めちゃ危険だったのが伝わって、それを倒したクラップロイドは逆に、みたいな」
《……特殊事件対策室の大局を見据えた英雄的判断! そしてそれを支えた1人の少女。素晴らしい時代です。アワナミの未来は明るいですよ》
ちょうどその話をしているらしい。テレビが盛り上がっていた。
なんと、白鳥の顔まで出ている。“アワナミ高校 生徒会長”。立派な肩書き付き。アイツは一躍、時の人だな。
《クラップロイドはね、やはり政府の雇った存在でしょうね。今は隠してるみたいですが》
《地元ヤクザの鉄砲玉という話もあるようですが、その説も大変興味深い》
《ですが、公安が用いる手信号の特徴があったとか?》
《ええ。それがこちらの映像なんですが……》
「……俺、どーなるんだろ」
「わ、わかんない……」
なんかもう、事態が手を離れてる感がすごい。渦中にいるはずなのに、みんなに勝手なことを言われている。
「はあ……ともかく、しばらく変身はしたくないな……」
「あ、当たり前だし! 絶対安静!」
「分かってるよ……そろそろ篠原も家に帰ったらどうだ? 親が心配してるだろうし」
「う……で、でも、堂本が……」
「着替え、ないだろ。匂うぞ」
「ガーン!?」
おもしれー女。
篠原はトボトボと玄関から出ていく。またな、と手を振ってそれを見送り……
「変身」
《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》
俺は、玄関の鍵を閉めた。
いる。
2階に、誰か居る。
ぎしりと、階段を登る。チリが舞う、ねばつく空気。薄暗い2階は、長らく替えていない蛍光灯の、チリチリした光しか照らすものがない。
登り切ると、何もない廊下が目に入る。色褪せた木目と、左右の部屋のドア。
埃の積もったドアノブに手をかけ……息を止めて、一気に押しひらく!
そこには、物置があった。なんら変わった様子のない、カビ臭いだけの部屋。ダンボールや季節外れの家電、古臭いポスター……。
「ばん、と撃たれればどうするつもりじゃ?」
『……』
背部アーマーに、感触。指で、触れられている。
その声。聞き覚えのある、笑い混じりの声色。
『……クズハ』
「クラップロイド。堂本 貴と呼んだ方が良いかの?」
『何の用だ』
やれるか。……いや、無理だ。
この体では、相手にすらならない。振り向くことすら、命懸け……。
「ヴェニーノをよくぞ倒したものじゃ。褒めてやろうと思うてな」
『……“タンカー”の座標のおかげでな』
「おお、わらわへの感謝も忘れておらなんだか。感心、感心」
『一応、アンタのところのリーダーを倒したことになるんだけど?』
まったく意図が読めない。あえて挑発してみても、返ってくるのはくすくす笑いだ。
「わらわの、リーダーときたか。くっくっ……お主はわらわの所属を知らなんだな」
『……シンジカートだろ?』
「言ったはずじゃ、クラップロイド。所属など曖昧なものと」
『……????』
たしかに、言われた。コーポレーションの敗北の時に見逃されて……。
……コイツをシンジカートの幹部だとすると、おかしな点が山ほどある。だが、それが何を意味するのかサッパリだ。
『……何者なんだ? アンタは』
「CROW。聞いたことは?」
『ないけど』
(Covert Resistance and Operations Wardens。通称“クロウ”。裏社会でまことしやかに囁かれるスパイ組織の名称です。メンバーがそれぞれ千もの顔を持つとされ、組織の全貌を知るものは組織内にすら居ないとか……)
なに? スパイ? どういうこと?
「言うなれば、潜入調査よ。ナハシュ・シンジカートは目に余る危険さであった」
『……潜入調査? シンジカートに?』
「特に“ヴェニーノ・フエゴ”は、組織の急先鋒。やつの率いる遠征部隊は、こたびの輸出でアワナミに根を下ろそうとしておったのじゃ……よう止めたの」
『止めさせたんだろ。アンタが、俺に』
「物の見方次第というやつじゃ」
汗が一筋。
殺気が感じられない。コイツは俺に、何を求めている?
『……それで?』
「それで。わらわは、お主に貸しがあると考えた」
『貸し?』
「コーポレーションで一度命を立て替えてやった。ナミノヒ祭では汚泥まで被って情報を渡した。これを貸しと呼ばず何と呼ぶ?」
なんか嫌な話の流れになってきたぞ。
命を助けてもらったのは本当だけど、そもそもコイツが胡散臭すぎるんだよ……ナハシュより怖いんだけど。
「安心せい。今すぐにあれをせよ、これをせよという話にはせん」
『じゃ何の話なんだ?』
「わらわものう、お主をクロウへ引き入れようと思ったのじゃが……それは逆に、お主の強みを奪う」
『……』
なんか知らない間にスパイになりかけてたみたいだ。
いや俺、心理戦とか無理だから……すぐバレるから……。
「この後、様々な組織がお主を狙うじゃろう。政府も、犯罪組織も、影の秩序を担う者も……殺そうとする者も、引き込もうとする者も」
『……』
「アドバイスをくれてやる。すべて、拒め」
面白がってません??
怪訝なオーラが感じられたのだろう、クズハは笑った。
「くく……考えてみよ。お主がどこかに所属したとして、その煩しさ! 今回ここまで好き放題に動いてようやく解決できたものを、いちいちお伺いを立ててゆくつもりか?」
『いやまぁ、それはそうかも……』
「あらゆる組織は、手駒を管理したがるものよ。当然お主もくびきを免れん……ならば、跳ね除けるしかあるまい? あるいはその力、他人に委ねて生きるのは“楽”かもしれんがの」
そう言われれば、確かに人に言われて動くのは向いてない気もする。
だがコイツの言葉。俺をいいように操ろうとしているように思えてならない……。
『……で? 俺がアドバイスを無視したら?』
「なんとも思わぬ。わらわはお主の“まことの名”までお見通しゆえ、クラップロイドを使おうと思えば無理やりにできる……」
『アンタを、敵だと判断したら?』
「力の差も分からぬなら、そこまでの男よ」
静寂。耳鳴りがするほどの無音。
『……お前って本当良い性格してるよ』
「ククク……せいぜい、生き延びることじゃ。厄介な世界に足を踏み入れたことを、後悔しながらのぅ……」
バシャリと、背後から水音。
振り向けば、水面のように揺らぐ影が、静かに落ち着きを取り戻してゆく。
クズハは消えていた。薄暗い廊下には、埃が舞うばかり。
『……リハビリがてら、2階も掃除するか』
溜め息混じりの言葉に、クスリと笑いの音が返った。