57-“クァーラ様”
「な……なによ、アレ……」
「ありゃ……か、怪獣ですよ、怪獣……」
タンカー超えの大蛇が現れ、報道ヘリのクルー達は言葉を失っていた。
上空にホバリングしているとはいえ、このヘリも安全とは言い切れないスケール感。彼らは震え始めていた。
《……しもし、もしもし!! き、聞こえてる!? もしもし!》
「へ? えっ、なに?」
「え? なんすか?」
《聞こえてたら、へ、返事して! お願い!》
その声が聞こえた所を見れば……クラップロイドが残していった、壊れかけのドローンがあった。
それは火花を散らしながら、必死な声を鳴らし続ける。
「だ、だれ? アンタ」
《お、お願い! クラップロイドを助けなきゃ! こ、このままじゃ、危ない!》
「た、助けるったって、アンタ……どうしろっての!? あんなの怪獣よ! 逆立ちしたって勝ち目なんてないわよ!!」
《ほ、放送して! 生放送! なんか、ジャミング電波が消えてる! それで私も通信できたの!!》
「……放、送……」
確かに、怪獣はタンカーをメチャクチャに破壊しながら現れた。その過程で、何かのジャミング装置が破壊されていたとしてもおかしくはない。
だが、それでも。ここに残って放送することが、どんな危険を伴うか……。
「……やるわよ」
「や、やるって!? ほ、本気っすか!? 死にますよ俺ら!?」
「黙ンなさい!! 今アタシらは負けたのよ、そこのドローンに! ジャーナリズム精神で負けたの!! 上等じゃない!! 怪獣だろうがバケモンだろうが、撮って電波に乗せてやるわよ!」
「と、トミフシさん……」
「10秒で交渉終わらせる! アンタはカメラだけ構えてなさい!!」
「……ワシ、忘れられてないかのぉ……」
やれやれと首を振り、ヘリパイロットがレバーを倒す。機体が傾き、怪物を写すのに最適な角度へと接近してゆく……!
◆
「「「シュルルル……うるさい羽虫だぜ……」」」
不明瞭な人語で、大蛇となったヴェニーノが笑う。
報道ヘリと比すれば、確かにそのサイズ差は羽虫のように感じられるだろう。それほどの、巨大さ。
クラップロイドは極度に緊張しながら、次の手を延々と考え続ける。……絶望的な思考だ。
「「「あぁ……お前の“恐怖”を感じる。“絶望”も……俺の中の“御神体”が、喜んでるぜ……」」」
『……はぁーっ! くそ! デケェだけの蛇にビビってられるかっての!!』
飛び蹴り! ヴェニーノの体に直撃!!
クラップロイドは空中で弾かれた。鱗と肉に阻まれ、打撃の威力が全く浸透していない。
逆に尾を一振りされただけで、彼は吹き飛び、貨物クレーンを薙ぎ倒しながら甲板に叩きつけられた。
「「「シュルルル……あぁ、悪いなァ。くすぐったくてよ……」」」
『ご、ボッ、ガハッ……』
ヘルメットから血をボタボタと溢れさせながら、クラップロイドが起きあがろうともがく。
その苦悶の様子を見て、大蛇は笑った。
「「「毒も効いてるな? フラフラだ。悪いことは言わねえ、倒れてな……俺が一飲みにすりゃ、苦しみもねえ」」」
『お、……お断り、だぜ……』
「「「そうかい。じゃ、コレだな」」」
ドオ!! タンカーが、激しく揺れる! 甲板に、尾が叩きつけられる!
一度ではない! 二度、三度、四度!! 巻き起こる風だけで、コンテナが吹き飛んでゆく!
やがて、ヴェニーノが尾を持ち上げる。そこに潰れた虫じみてはりつくクラップロイドが見えた。
「「「シュルルル……無様だなァ。俺は神の器だぞ? テメェが勝てる見込みなんぞ、1ミリたりともねぇ……」」」
その挑発にも、もはや言葉すら発することができないクラップロイド。
アーマーの至る所から血を垂らしながら、震える中指を立てる。
ヴェニーノは目を細めた。そしてトドメのための一撃を振りかぶる。
そこへ、サーチライトが照射された!
「「「あぁ?」」」
「ご覧ください! クラップロイドが戦っていましたが、限界でしょうか、動いている様子はありません! そして今、怪獣がトドメを刺そうとしています!」
「ちょ、ホントやばいっすよトミフシさん! 殺されますって!」
「ナハシュ・シンジカートの残虐非道、ここに極まっております! 市警は何をしているのでしょうか!? 市内に駐留する自衛隊は!? 指を咥えて見ているのが彼らの仕事なのでしょうか!?」
煩わしそうに、尾を振ろうとするヴェニーノ。
その一瞬の隙。尻尾を掴んで回転するクラップロイドが、空中ブランコから飛び移るように、その巨大な目玉へと突きを繰り出した!
海がさざめくような咆哮!! ヘリが弾かれ遠ざかり、タンカー手すりの鋼鉄ワイヤー断線!! クラップロイドは血まみれの腕を引き抜き、甲板に着地する!!
「「「テメェ……クラップロイド!! 神聖な、この肉体を……!!」」」
『ごほっ、ペッ……悪い悪い。くすぐったかったかよ?』
ヴェニーノの体の中心が輝き、潰れた片目が再生の兆しを見せる! しかし、受けた屈辱まで癒えはしない! その怒りが、世界を震わせる……!
「「「遊んでやろうと思ったが、ヤメだ。テメェはグズグズに溶かして、海の中に放り込んでやる……!!」」」
その口から、これまでよりも数段まがまがしい色の瘴気が溢れ……
爆発!! 大蛇の肉体の表面で、繰り返し!!
「「「な゛っ……なん、だ」」」
それはミサイルだ。戦闘ヘリのミサイルである!
つい先ほどまでクラップロイドを追い回していた、自衛隊の戦闘ヘリだ!
それだけではない! 海の上を滑るように、複数のボートが近付いている。
それらから、一斉に、サーチライトが照らされた! ヴェニーノめがけて!!
《“ヴェニーノ・フエゴ”と確認! 対象に告ぐ! 即時投降せよ!!》
「「「投降……この俺が、投降だと!? ここまでの力を手に入れて……“クァーラ様”も、器として選んでくださったのにかァ!?」」」
めき、メキメキメキメキメキメキ!! その大蛇の背に、コブが生まれる!
否! コブではない! それは鱗を突き破り、水平線を覆うが如き巨大な翼を展開させた!!
「「「羽虫が何匹たかろうが、前菜にもなりゃしねえ……全員殺して、終わらせてやらァ!!」」」
ゴウ!!!! 瘴気を含んだ羽ばたきが、彼らを溶かしてゆく!! ボートが溶解し、戦闘ヘリが火花を散らし、旧コンビナート沿岸部の建物がどろどろと溶け落ちてゆく!!
神々しい輝きが、ヴェニーノの体の中央で増してゆく! 上空の裂け目から覗く瞳が喜悦に細まり、ますます存在感を確たるものに変え……!!
◆
「……!」
後ろ手に手錠をかけられながら、鉄巻はその絶望的な景色を見つめる。
遠く海上で、山脈のような大蛇が吠え猛るのを。その瘴気が、アワナミを蝕み、溶かしてゆくのを。
同じく拘束されながら、それでも白鳥は目を瞑った。
身を凍らせるような絶望の中で、それでも。
それでも、1人の親友を想う。
「……堂本くん……お願い……!」
◆
「!!」
堂本の家で遠隔ハッキングを維持していた篠原も、家の外に飛び出す。
そして、見る。海上のボートが次々に炎に飲まれ、こうこうと夜空を照らすその様を。
戦闘ヘリが海面に墜落し、もはや無敵の怪物を止めるものなどいないかに思われた。
それでも。
それでも、彼女は祈った。
あんなものを前にしても諦めず、戦っている親友のために。
「お願い……帰ってきて、堂本……!!」
◆
「「「ハハハハハ!! あぁ、良い気分だ!! 感じる……しみったれた街が死んでいくのをなァ!!」」」
ヴェニーノの哄笑。辺り一面の悲鳴。絶望の眺めが、炎に飲まれてゆく。
恐るべき光景だった。放送されるこの光景に誰もが絶望し、“裂け目”はいよいよ広がろうとしていた。
だからこそ、堂本 貴は動けた。
軋む腕を、重い足を、約束と誓いで奮い立たせて。
残してきた全てを、無駄にしないために。
ヴェニーノが外に目をやったタイミング。喜びに浸り切った、この機を逃さず。
《ス・ス・ス・スタンドアップ! スーペリアモード!!》
その音を聞き、ヴェニーノは己の癒えゆく視界側に目を向ける。
大蛇の肉体の上に、ダオロスマイトの弾丸を押し当てたクラップロイドが。拳を、引いていた。
その肘から、青い炎が噴き出す。
撃ち出された拳が、弾丸に直撃。大蛇の肉体を貫通し、ヴェニーノの体内、今なお輝く“御神体”を、穿った。
絶叫が、轟いた。
身をくねらせ、怒りに口を開け、ヴェニーノは吠え続けた。裂け目を見上げ、言葉にならない言い訳を並べようとする。
その目の前に、青く燃え盛る怪物が現れた。
『ここまでだ。ヴェニーノ・フエゴ』
本能的に畏れたヴェニーノの、その顎を、クラップロイドのアッパーが打ち抜いた。




