54-垂らされた餌
「いやツイてなかったっすね、トミフシさん。まさかナミノヒ祭の映像に規制が掛けられるなんて……市警の装備なんてみんな知ってるでしょうに」
「呑気なこと言ってんじゃないわよ! スクープが消えたんだから、どうにかしないと……!」
「そうは言ったって、自衛隊の作戦映像も映すなって言われてるし……」
旧コンビナート上空、報道ヘリの中。トミフシと呼ばれた女性リポーターは、血眼になって辺りを見回している。
そして、目をつけた。アワナミの上空、“裂け目”だ。
「……あそこに近寄りましょう」
「えぇ? 近寄るったって、何十回も映しましたよ……」
「バカ! ただ近寄るんじゃなくて、規制空域を越えるのよ!」
「えぇ!? だってトミフシさん、あそこ近寄りすぎたヘリが消えたのは知ってるっすよねぇ!?」
「ワシ、またムチャをさせられるんか!? 絶対イヤじゃからな!」
パイロットも難色を示し、もはや喧々諤々。スクープを奪われたトミフシの目に、まともな色はない。
「アンタら何のためにAWBに就職したのよ! そんな覚悟なら帰ンなさい! 私が操縦して1人で行くわよッ!」
「いや待ってくださいよ……」
直後。
轟音。ヘリの中すらビリビリと震えるような音が、地上から伝わった。
「へ……?」
「なっ……んなんすかね」
「お、おぉぉ。機体が揺れたぞい」
3人ともが、旧コンビナートを見る。
その廃墟群の中、ひとつから、2人の怪物が落ちてゆく……!
◆
空中。
敵の上から強力な攻撃を繰り出せる空間でありながら、回避の取れない空間でもある。
言うなれば、戦闘中の跳躍という選択肢はハイリスク・ハイリターン。易々と使える手ではない。
落下しながら、サンシューターは信じがたい速度でエクリプスをリロード! そのバレルに、ダオロスマイトを仕込む!
絶体絶命ではあったが、チャンスでもあった。自分めがけて落ちてくるクラップロイドは、空中で身動きが取れない!
「はやまったなァ! まったく若造はこれだから!」
リロード、完了! 怪物の心臓に銃口を向け、射撃!!
ド ウ ン!! サンシューター、更に落下が加速!! クラップロイドは跳ね上がる!!
「くっ、」
フックロープ射出! ギリギリで致命的な落下ダメージを逃れ、サンシューターは地面で受け身を取る。
クラップロイドはドシャリと墜落。そしてもがき、起き上がる!!
「なんと! しぶといやつめ!」
『くそ、マジで痛えんだけど!』
さしもの怪物もアーマー貫通は初体験だったのか、自分の胸から血が出るのを見て動揺している。
サンシューターは瞬時に事態を把握。なるほど、空中で当ててしまったことで“威力が逃げた”。地上ならば、奴が半端に踏ん張って心臓を潰していただろうに。
「その強運! 見習おうにも見習えんな」
『今の何発も持ってないよな……!?』
「安心しろ。1発で十分すぎる」
その胸部には、まだ弾丸が突き立っている。つまり、アレを押し込めば良いということ!
クラップロイドも気付く! そして、リロードさせまいと距離を詰めてくる!!
その拳を、肘で受ける! サンシューターは顔をしかめ、懐からピンを抜いた手榴弾を放った!!
『!!!』
反射的に距離を取るクラップロイドは、気付く。偽物だ!!
遅い。サンシューターはリロードを終えたエクリプスを向けている。
『解除ッ!』
クラップロイドは片手で顔を覆いながら叫ぶ! そのスーツが消え、サンシューターのテラヘルツ視界から存在が消え去る!
「ちぃっ!?」
「変身ッ!!」
《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》
舌打ちと共に特殊フィルターをむしりとるサンシューター! その目の前で、クラップロイドが拳を引いている!!
腹部に直撃!! サンシューターは吐血! 地面を跳ね転がり、壁に背を打ち付ける!
「ぐ、ぬ、ぐぅっ……」
『降参しろ、サンシューター! ここまでだ!!』
「おのれ、おのれ、おのれ……おのれェッ!!」
もはや憤怒は隠しようもない! 太陽の撃墜者と呼ばれる男マーク・オルドリッチは、吠えながら立ち上がる!!
「おのれクラップロイドォォ!! 図に、乗るなァッ!!!」
サンシューターは射撃!! 向かってくるクラップロイドめがけ!!
足元に飛んできたその一撃を、クラップロイドは跳躍して回避! 空中、トドメの一撃を振りかぶる!!
その瞬間に、サンシューターは極上の笑顔を浮かべた。
焼ける手も構わず、溶け落ちるエクリプスのバレルを掴む。そして強引にバレルリロード。わずかコンマ秒もかからぬ早業。ずっと隠してきた、奥の手のリロード方法。
空中。回避のできない空間。クラップロイドは自らそこに身投げした。
「さらばだ我が獲物よ。それなりに、歯応えはあったぞ」
そして、胸部、突き立ったダオロスマイトの弾丸へと狙いをつけ……トリガーを、引いた。
不意に、クラップロイドがもう一段跳ねた。
その足元に、青と赤で派手に塗られたドローンが見えた。
ショックウェーブと共に放たれた弾丸は、ドローンを撃墜。
月明かりを受け、銀の怪物がトドメを繰り出している。
「……なんと」
『あばよサンシューター。しぶとい奴だったぜ』
飛び、蹴り!! 風をブチ抜く弾丸のごときその一撃!!
サンシューターは半ば呆然としていた。呆然としたまま、その“結果”を身に食らう!! 胸に! 叩き込まれる!!
「ぐ、があああぁァッ……!?」
その壮絶な絶叫! 痛みではない、屈辱のあげさせる悲鳴だ! 彼は血を吐き散らしながら、壁を突き破り、地面を抉って転がる!!
クラップロイドは着地! そして油断なく構える!
サンシューターは胸を抑え、ひゅうひゅうと息をしている。もはや継戦能力などカケラも残っていないことが一目で分かる。
報道ヘリが、高度を下げてきている。そのプロペラ音でさえ、2人の間には割り込めない。
やがて、狙撃手が笑う。
「げほっ、げっほ……み、見事。クラップロイド……俺の、負けだ」
『……市警を呼ぶ。アンタはここまでだ』
「……ここ、までか……くっ、くっ。清々しい、気分すらしてくるな……ここまで、完璧に、倒されてしまうと……」
マーク・オルドリッチは、アワナミの夜空を見上げた。きらめく星々を。
「……最後にひとつ、教えてくれはしないか」
『……なんだよ』
「……俺たちの、“倉庫”……物資が、破壊されていた。アレは……貴殿らか?」
『……違うけど』
その瞬間、それまでのダメージが嘘のようにサンシューターは跳ね起きた。
そして後方に回転着地し、無線機を取り出して叫ぶ!
「ディアブロ!! やはり“ゲート”が動いている!」
『は!?』
「クラップロイド!! いやはや実に見事! 貴殿のごとき獲物と出会えた俺の、類い稀なる幸運よな!!」
叫ぶサンシューターは、機敏に装備を背負う。撤退の準備!
その様子を見たクラップロイドが、何かに気付く!
『“ブラッドフォグ”か! 痛覚を遮断して……』
「しかしまあ、命燃やす勝負というものは俺の領分ではないゆえに。また会おうじゃないか、今度は……殺すがね」
『待てッ!!』
「待てと言われて待つ悪党がいるか! ハッハッハ!!」
跳躍するサンシューターへ、クラップロイドが追撃に飛び掛かる! だが!
バシュン! フックロープを射出し、サンシューターは更に引き上げられてゆく! 報道ヘリのスキッドへと!
勢いあまってヘリに激突しながら、それでも悪党は笑っていた。戦略的勝利の笑みだ。
ロープを切り離すと、また別の場所へ射出。あっという間に夜の闇へと消えていった。
「うおぉ……今の見ました、トミフシさん!?」
「み、見たわ、見た! 撮影できたんでしょうね!」
「バッチリっすよ! さ、本社に帰りましょう……」
ヘリ内部では、今しがたの光景を信じられないクルー達が叫び合っている。
その時、機体が揺れた。
「へ?」
「なんす……か、ね……ええぇ?」
『アンタらちょっと、悪いんだけどさ……!!』
スキッドにしがみつき、ヘリのドアを叩く存在。クラップロイドだ! 胸部から血を滴らせ、壊れた青赤ドローンを抱えながら、しんどそうに声をかける。
「や、やめて! 食べても美味しくないわよ!」
「や、ヤローッ! トミフシさんは俺が守る!!」
『この先に、ゲホッ、スクープがあるって言ったら、ちょっと付き合ってくれたりしない?』
「「……スクープ?」」
異口同音。それで、2人ともピタリと止まった。
クラップロイドは頷き、夜の海を見た。その先を。
『追って欲しい船があるんだけど』




