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52-追う者

《ガンシップ1、クラップロイドを捕捉。投降勧告を実施》

《アレス部隊、包囲進行中。包囲網の完成まで2分》


「すでに指定の位置の検問は作成済み。クラップロイドが突破できる確率は極めて低い」

「……現時点では、そう判断できますな」


 司令官と話しながら、白鳥 正一郎は口数が少ない。

 作戦指揮所。テント内にて、彼らは無線からの情報をもとに、現在の敵味方の配置を知る。市街地のレイアウトに光るのは、クラップロイドの現在地。

 オペレーターたちがヘッドセット越しに指示を出し続け、モニターにはドローンの赤外線カメラ映像が繋がる。


 クラップロイドは、ナミノヒ祭会場にいる。それを包囲する地上部隊と戦闘ヘリ、ドローンの群れ。詰みに近い。

 だが近いだけだ。クラップロイドを尋常な相手と同列に考えるのは愚かしいこと。トクタイはそれで一度、彼を逃がした。


「浮かない顔ですが、何か気掛かりでも?」 

「……まさか」


 市警と自衛隊の共同戦線。地理や作戦ルートの考案は市警だ。まずはクラップロイドを排除し、そののち、逃げ出したクズハを追う。

 排除。つい先日の“娘”との喧嘩を、正一郎は思い出す。


(((クラップロイドは私たちの味方よ! 何度も守ってくれた、何度も、彼の命まで賭けて!!)))

(((いい加減にしろ、さくら!! 奴が何者であろうと、市警以外にアワナミの秩序を左右できる存在があってはいけないんだ!!)))


 さくらの、あの目。信じられないような、傷ついたような目。泣きそうな顔で、喉を震わせて、彼女は静かに言った。


(((……結局、お父さんはそうなのね。なんでも自分で管理できないと気が済まない。人を信じたことなんて、今までの人生に一度でもあるの?)))

(((……!)))

(((もう、いい。好きにして。私はもう、帰らないから)))

(((さくら! 待ちなさい!!)))


 追えたなら、追っていた。だがその時、正一郎はコーポレーションでの戦いが尾を引き、入院していたのだ。

 そして今日、無理を押して指揮所に来ている。対クラップロイド作戦を必ず成功させるため。……皮肉なものだ。家族のために無理ができず、敵のためなら無理を通せる。


《こちらガンシップ1。クラップロイド、応答なし》

《アレス部隊突入準備。ガンシップ1、威嚇射撃を許可する》

《ガンシップ1、了解。威嚇射撃を開始》


 今更、迷っていることなど許されなかった。

 作戦はすでに動き出したのだ。対クラップロイド、その脅威をアワナミから排除するために!!



 戦闘ヘリがわずかに高度を上げる。

 その腹部の30mmチェーンガンの銃口が、こちらを捉えた!!


『やべっ』

(はいこっちこっち! このルートですよ!)

『了解ッ』


 強烈な風圧の中、俺は即座に逃走を開始! 背後から、アスファルトを弾丸が抉る音が追ってくる!!

 パラサイトが視界に示すルートを辿れば、いつの間に居たのか、低く唸るエンジン音と共に高機動装甲車が数台、並走してきている! 


(あぁ、最初から歩兵部隊を出す気がなかったのはこのためですね。機動力の差がすでに報告されてたようです)

『対策済みかよ! これキッツいな……!』

(あー撃たれますよ! ホラ頭下げて!)


 銃座に乗った隊員と、目が合う。その機関銃が、火を噴いた!!



 首をすくめたその頭上を、恐怖の風切り音が通り過ぎる。

 代わりに受けた駐車場の車が爆散。冷や汗が一筋、垂れる。


『いま頭狙ってきてたよね』

(まあそんなもんじゃないですか?)

『もっと優しい感じにしてくれないの!?』

(いや今までが甘かったっていうか……)


 駆け抜ける足元で、何度も繰り返し衝撃が弾ける。

 あっという間に、駐車場がガラ屑の山になった。その惨状を後に、走り続ける!


 さらに数台、合流! 夜のアワナミをヘッドライトで照らし、ドリフト気味に車列に加わる!


 そして、陣形変化! 即座にV字になり、左右の進路を塞ぐような射撃を繰り返す!

 両脇から掬い上げるような風! アーマー越しでも命の危機を感じるほど!


『あああ! トラウマになるコレ!!』

(誘導されてますよコレ! 多分先に……あー居るぅ……)


 突如、進行方向から刺すような光。

 思わず目を細めると、それが見えた。待ち構える戦闘ヘリに、装甲車の群れ。検問だ!!


『おいマジ!?』

(飛び越えます? ヘリはそれ待ちですけど)

『……いいや行くねッ!!』



 脚に力を込め、跳躍! 待っていたと言わんばかりに戦闘ヘリの側面ドアが開き、バズーカじみたものを構えた隊員が現れた。

 そして、発射! 網が広がり、スパークを散らす! 電磁ネット!


『ッ、』


 ここまでのやり取りで手にしていたアスファルト片を、網へ投げつける! 更にビル壁を蹴り、ようやく回避!

 検問の背後へ着地し、ロケットダッシュ! すみやかに左右に分かれる装甲車の群れから、高機動車が飛び出してくる!!


『しつっけえ……!』

(市警と協力しているのであれば、アワナミ市内に逃げ場はありません。どこかの段階で迎え撃つ判断をなさった方が賢明かと)

『いや無理無理無理』


 逃亡再開! 今度は誘導されまいと気合を込め、渡された座標へと駆ける!

 またもV字陣形! 今度は戦闘ヘリのオマケつきだ! サーチライトが照らす俺の影は、追ってくる兵器に比べてあまりにも小さい。


『ああもう! 俺ってこんな無謀なことしようとしてたんだっけ!?』

(燃えますね!)

『定型文みたいな返答しやがって……!』


 射撃をすり抜け、脇道へと入ろうとする。だが!!


 その先の雑居ビルの一階から轟音と爆炎が溢れ、建物が傾いた!


『はっ!? 嘘ォ!?』

(なんとまぁ!?)


 見えざる巨人に倒される積み木のごとく、それは呆気なく道路を塞ぐ! これでは逃走ルートの変更もクソもない!

 失いかけた速度を取り戻すため、再度加速! 彼らは本気だ! 本気で俺を殺す気!


『そこまで悪いことした!? ……した気がしてきた』

(まあ落ち着いて。いったん人生をまとめる575を考えておいた方がいいかもしれませんね)

『ねえ! 俺より先に諦めるのやめてよ!』


 これではタンカーの座標に近づけてすらいない! むしろ遠ざかっている……このままでは、まずい!

 そして、第二の検問! その物量! 一つ目とは、比べ物にならない! 道路の向こうまで、装甲車で見えないほど!


 歩兵部隊もいくつか見える。2機目のヘリも、ライトを消して隠れているが、待ち構えているのが見えた。


 これを飛び越える? 無理だ。もはや策はない。だが……。


(! ご主人様、不味いです! パワーダウン来ます!)

『は!?』

(電磁パルスがザザザザザザザ……)


 突如、体から力が抜けた。走っていた足が空振り、倒れた体がアスファルトを滑って火花を散らす。

 顔を上げる。歩兵部隊が箱のようなものから鍵を抜くのが見えた。


 まさか、アレが。効果を及ぼしたのか。このタイミング。この、最悪のタイミングで。

 オイル切れを起こしたように重い手足。震えが走り、動悸がおさまらない。



 カッ! 2機のヘリ、そして地上部隊から、サーチライトが照射される。

 高機動車が停車し、その機関銃が向けられる。遠くのビルからは、スコープで覗かれる光も見える。


『……っ、……』


 アスファルトに手をつく。あがこうとする。

 ゆっくりと、包囲の輪が狭まってくる……。




《デルタ1、接近開始》

《ガンシップ1、ガンシップ2。射撃態勢を継続せよ》


「警戒を怠るな」


 司令官の声がテント内の空気を引き締める。

 大モニターに映る、よろめいて立ち上がるクラップロイド。その周囲を、絶望的な物量が囲い込んでいる。


 終わりだ。誰が見ても。クラップロイドは死に、秩序は取り戻される。

 警視長である正一郎はそう思い込もうとする。娘の泣きそうな目がよぎる……。


「……司令官、良いですか」

「……」


 無力化はできた。確保に切り替えても良いのではないか……そう感じ、声をかける。

 返事がない。司令官は、大モニターを見つめている。


 正一郎も見上げ、声を失った。そこに映っている光景……!!





 まだだ。まだ俺はやれる。暗示のように脳内で繰り返し、ギシギシ鳴る関節に力を込める。


 そうして、気付いた。包囲網の縮小が……止まった?


 サーチライト光が、遮られていた。立ち塞がる少女の髪が、風になびく。


 白鳥 さくら。眩しげに目を細めながら、立っていたのは彼女だった。


「……遅くなってごめんなさい」

『……なに、やって……?』


 現実離れした光景に、間の抜けた声が出る。

 だが、それだけでは終わらなかった。



 バイクの群れが装甲車の間を縫うように走り、次々近くに停車。ヘルメットを被る彼らは、軍隊然とした動きで整列し、俺の前に壁を作った。


 困惑する検問の勢力。歩兵達が、銃口をさまよわせる。そんな彼らの前に、歩み出た者がいる。



 その警官は、胸に息を吸い溜め、叫んだ!



「トクタイの心得、その1!!」

「「「仲間の命が懸かる時! 自分の命も差し出すべし!!」」」


 彼らは一斉に、鉄板、壊した車のドア、どこからか剥がし取ったであろうコンクリート塊を、盾のように構える!!

 トクタイ! だが彼らは……市警で拘束されていたのでは!?


「クラップロイド! 無様な姿だな!」

「新人。やはり我々の助けがいるようですね」

「目立ちたがりが、留置所のテレビにバッチリ映ってやがったぜ」

「無駄口を叩くなッ! せっかく脱走したのに、即座に片付けられるぞ! 相手は自衛隊だ!」


《やめろ! 絶対に撃つな! 射撃中止ッ! 私の娘に銃を向けるんじゃない!!》


 無線機から漏れるほどの絶叫が、歩兵部隊から聞こえてくる。

 指揮系統が混乱しているのだ。ヘリも、機動車も、次の動きを決めかねるが如く揺れる。



 その隙をつき、リーダーの鉄巻さんが筒を放った。閃光と、煙が噴出!!

 怯んだ者など、数えるほどもいない! それでも彼らは勇敢に、盾ごと突っ込んだ!


 銃と盾が交錯し、スクラムじみて抑え込む集団の力が拮抗! こめかみに血管を浮かべ、鉄巻さんが叫ぶ!


「行けクラップロイド! 長くは持たん!」

『で……でも、鉄巻さん!』

「黙れッ! おセンチな心配など聞きたくもない! 行ってシンジカートを止めろ! お前がやるんだ!」

『……!』


 それでも、迷いがある。彼らがここに残れば、それは……無事に終わるはずもない。

 だが、そこに白鳥が割り込んだ。


「クラップロイド。お願い。行って」

『……白鳥』

「大丈夫。私が残れば、少しは足止めできる。……本当に危ないラインは見極めるから」

『……』


 覚悟を決めたその横顔。ラインの見極めも何もない。この場はすでに危険だ。……危険を承知で、残ると言っているのだ。

 彼女は寂しげな笑顔を浮かべた。


「ごめんなさい。本当に危ないのは、あなたなのに」

『……ありがとう、白鳥。行ってくる』

「ええ。“また明日”」


 その言葉を、背に。

 ほんの少しこじ開けられた包囲網に、突っ込む!


 一歩を踏み出すごとに、力が戻ってくる! 歩兵部隊を引き倒し、装甲車を弾き飛ばし、裏路地へと突っ込んでゆく!

 最後にチラと振り向く。ビルの合間で狭く切り取られた世界で、トクタイと白鳥の背中が見えた。





 追おうとする部隊を、トクタイのメンバーが阻む。包囲網がバイク部隊に包囲され、裏路地への入り口は数人に守られる。


 守りの戦はやりやすい。そんなことを言っていたのは誰だったか。盾じみたガラクタを構えて、鉄巻は思わず苦笑した。

 トクタイも、笑っている。誰1人、絶望してはいない!


「普段は俺らが公権力なのによォ」

「まったく手のかかる後輩を持つと大変です」

「トクタイ! 防御陣形! ネズミ1匹、アイツに辿り着かせるなッ!!」

「「「了解!!」」」


「市民が……彼らは標的ではありません。指示をお願いします」

「クラップロイドがEMPの範囲から外れてしまう」

「追跡部隊行動不能! クソ、撃てば死なせるぞ!」

 

 混乱極まる戦場。麻痺した司令部。


 彼らの間で、白鳥は静かに目を瞑った。


(堂本くん……お願い。ナハシュを止めて)



 それら全てを見下ろしながら、裂け目が不気味な闇を湛えている……。



「警視長! 落ち着くんだ!」

「やめろ! 娘だ! 許さないぞ……撃つな、絶対に撃つなッ!!」


 オペレーターのヘッドセットを引き剥がし、半狂乱の白鳥 正一郎が叫ぶ。

 彼は羽交い締めにされ、しばらくもがいていた。だが、やがてその四肢から力が失せる。


「やめろ、市民だ……市民を撃つのは、市警の方針に反する! 作戦の中止を!」

「警視長。私情の入った指示は受け入れられん」

「この作戦に対人用の武装はほとんど準備されていない! 過剰火力になる! 一度退却させるべきだッ!!」

「……」


 司令官は黙り込む。その言葉は確かに一理ある……今はただでさえ、アワナミ市上空の“裂け目”への対応でマスコミがピリついている時期。

 そこへ、ナミノヒ祭から続け様の犠牲者を出せばどうなるか……。


「……責任、責任なら私が全て取る。だから少し待ってくれ! ほんの少しでいい、何が起きているのか、もう一度把握するための時間を……!」

「……」


 司令官は答えを返さない。じっと市内のレイアウトを、そして“追跡不能”と書かれたクラップロイドの光点をみつめる。標的の動きは、少し前に更新できなくなった。


 司令官は肩をすくめる。


「……ドローンでの捜索は続けます。見つけるまで好きにすればよろしい」

「……!」


 正一郎はテントから飛び出し、駆けてゆく。

 司令官は苦笑して、乱れたテント内の設備を整え直した。


「総員に通達。彼らをそこに釘付けにせよ。これ以上のイレギュラーは許さん」


 そうして、モニターを見……眉根を寄せた。


 ドローンが一瞬、動きの中で上を見上げた。闇を見通す赤外線カメラで、“裂け目”が映される。


 その裂け目の、中。ドロドロとした“何か”が、アワナミ市を見たのだ。


 縦長の瞳孔が、嘲るように。


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