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50-祭りの幕開け

「はい寄ってって寄ってってー! 射的が1回100円! 5発撃てて100円!」

「金魚すくい! 10匹すくったら餌もつくよ!」

「りんご飴ー! そこ行くお嬢さん、りんご飴はどうだい!」


 熱い夏の夜。沿岸部で行われる祭りは、なお熱気を帯びていた。

 『ナミノヒ祭』。かつて荒れる海に困り果てた先祖が、海神を鎮めるために始めたお祭りは、今は形骸化して、人々の娯楽のための集いと化している。


 海面を照らす祭りの灯りは、夜の海の暗さをなお引き立てた。

 上空に見える“裂け目”から目を逸らすかの如く、人々は祭りを楽しむ。笑い声が、話し声が、非日常を掻き消そうとする。


「こちらリポーターのトミフシです! 恒例の“ナミノヒ祭”はご覧の通り、凄まじい熱気に包まれています……! 私も、気をつけてないとカメラと引き剥がされそうで……ちょっとアンタ、気をつけなさいよ!」

「トミフシさん、カメラ回ってるんで!」


 テレビカメラが近くに居ることに気付き、俺はそっとその場を離れた。

 人が、多い。“裂け目”への不安もあってか、人々は安心を求めるようにこの場に集っている。


 それでも、不穏は見え隠れしている。ときおり道路を巡回している迷彩柄のジープに、祭りの至る場所には市警らしき大人が立っている。


《こちら白鳥。まだ何も起きてないけど……2人はどう?》

「こちら堂本。同じだな、なんにもない」

《こ、こちら篠原。そろそろ、お祭りの出し物が始まる……かも。人が多くなるから、警戒した方が……》

「了解。俺が行くよ」


 スマホを通話にしたまま、仮設ステージの方へ向かう。

 すでに相当数の市民が、興奮に囁き合いながら舞台を見ている。出てきた地元芸人に、まばらな拍手が起こった。


「……繋ぎだとしても、盛り上がらないな」

《しょ、しょうがない……本命は“ありげいたー”の本物ライブだし……》

《ちょっと、ステージを楽しまないで。警戒。シンジカートで見覚えのある顔はいないの?》

「そう言われても」

(現在、顔認証システム稼働中。ヒットなし)


 パラサイトが俺の視界に網をかけているようだが、めぼしい発見はない。そもそも人が多すぎる……たとえ知り合いでも見つける自信はない。


《幹部級は? 早く見つけられれば、それだけ早く“祭り”を抜けられる》

「……」


 ディアブロは、あの体格じゃ目立ちすぎる。サンシューターなら、恐らく狙撃位置からここに来ることはない。

 なら、考えられるのはヴェニーノかクズハ。そして、事前情報を鵜呑みにするなら……。


「……クズハは見えない。身を隠してるんだろう」

《……本当に、事態が発生するまで待たないといけないのね……》

《い、いっそ、堂本が変身して、目立ちまくれば……向こうから来たり……》

「その場合は、たぶん向こうが引いて、俺だけ自衛隊と市警に追い回されるな……」


 嘘をつかれたとして、俺たちをここに縛りつける意味はなんだ?

 そもそも何の情報もない俺たちを、騙すメリットすらないハズ……。



「よう来たのう」



 疑心暗鬼が、切り裂かれた。

 背中に、何かが当たる。背後から、聞き覚えのある声。



 ナハシュ・シンジカート幹部。クズハの声。


 振り向けない。動けない。じっとりとした汗が、体を濡らす。



「わらわもある種、賭けたわ。お主らが来るか、来ないか……まあ、別の手もあったがの」

「……」

《……堂本くん? どうしたの?》

「“情報”は?」


 冷静を装い、見えないクズハに声をかける。

 人々はステージを見上げている。俺たちのやり取りになんて、誰も気付かない。


 芸人のパンチライン。どっと沸く客席。はけてゆく2人に、今度は万雷の拍手。



「“タンカー”は、まだ出発しておらん。しかし急がねば、間に合わなくなるじゃろう」

「……なら、早く情報を寄越せ。船はどこにある?」

「さぁて……お主を送り込んで無駄死にされたとあらば、わらわもイタズラに混乱を広めただけとなる……」

「……何が、目的なんだ?」


 改めて、問う。

 クズハ。ナハシュ・シンジカート、幹部。


 俺たちに情報を渡し、儀式を阻止させようとする。なぜだ?


 クズハは笑った。おかしくて仕方がなさそうに。


「目的じゃと? ではわらわも問おう。なぜお主はナハシュを追う?」

「……止める。奴らを止めて、アワナミを守る」

「大それたものよな。ひよっこ1人が、都市を守るか……。理想とは甘美なもの。そして現実とは、苦いものじゃ」

《ど、堂本! ステージ……周り、見て!》


 切羽詰まったような篠原の声。

 顔を上げると、数名の市警が倒れているのが見えた。その周りに、ナハシュの構成員らしき影。

 まだ、人々に気付きが伝播していない。しかし、パニックが発生するのも、時間の問題と言えた。


 咄嗟に後ろを見る。そこには俺の影しかない。最初から、誰も居なかったかのように。


《堂本くん、危険よ。この人混みじゃ避難ができない》

《す、ステージのシステム、ハッキングする! 少しでも時間稼ぎするから、堂本! お願い!》

「っ……分かった! 変身!!」


《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》


 軽快なミュージック。見上げる人々。


 その頭上を飛び越す一瞬。ステージのカメラが俺を捉え、スクリーンに銀の怪物が映される。


(キタキタキタ! 上がってキタァ!!)


 パラサイトが歓声をあげ、敵を視界に色付けした! 見えるだけでも、数十!


『シンジカート……!』


 犯罪者たちが俺に気付き、銃口を持ち上げる!

 直後に、ステージからスチームが噴出! 周辺一帯を巻き込み、霧がかる!


 手前の1人の顔を踏み台に、次の1人へ飛び蹴り! 骨を砕く手応えに、2人は同時に崩れ落ちた!

 跳ね返って着地し、構える。犯罪者の群れは、銃を構え、レーザーサイトを点灯。チラチラと霧中を走る光の線。



 沈黙があった。客席も、犯罪者たちも。


 霧の中で、俺は、自分に視線が集中していることに気づく。


「おい、アレって……」

「プラザの時も居たっていう……?」

「あいつら、銃を持ってないか?」

「もしかしてクラップロイド? あれが……」

「なにが始まってるの?」


『……』


 息を吸い込み、敵を見据える。

 このまま押し切る。そう決意した瞬間、視界に何か表示された。同時にパラサイトの警告音。


(危ない! 背後です!)

『!!!』


 振り向いた視界一杯に、薄笑いを浮かべる狐面の女の顔が映る。

 その掌底が、脇腹に吸い付く。瞬間、信じられぬほどの力で弾かれた!!


『オッゴ……!?』


 白む視界、飛ぶ感覚。

 次に目覚めれば、俺はステージ上に転がっていた。へし折れた骨組み、火花を散らすスピーカー。だいぶ吹っ飛ばされたらしい。


(はぁ〜!? 今の掌底だけで戦車砲くらい威力があったらしいですよ! 馬鹿力女!)

『どっ……道理で……』


 呼吸を取り戻そうともがき、必死に床を押して立ち上がる。

 観客は、静かなパニック。誰かが悲鳴をあげた瞬間、その動きが激しくなった。銃声が響き、屋台が倒れて燃え上がる。


 今はまだ、銃に倒れた人は見えない。霧の中で銃口からは隠れているが、逆に動きが制限されているようだ。


 人の波の向こうから、市警が向かって来ようとしている。だがそれも、多すぎる人に阻まれている。


 ここで、俺が踏ん張らねば。立ち上がると、目の前にクズハが降り立った。

 彼女は扇を開くと、口元を隠す。冷酷な瞳の光が、見下ろす。


「これはこれは。やはり簡単に“タンカー”の場所を教えず良かったのう」

『邪魔だ……! 客を逃がさないと!』

「そうじゃ。わらわを退かせて、やってみせい」

『お前は儀式を止めたいんじゃないのか!?』

「勘違いするな、クラップロイド。どちらに転んでも、わらわの利はある……」


 謎めいた言葉。その無感情な瞳に、炎が宿る。


「ただ、後味が良いか悪いか、それだけの問題よ。……どのみち、ここでわらわを退かせられん程度では、どうにもならぬわ!」

『……!』

「覚悟も、力も、言葉にするなら容易きこと! 証明せい! この先のサンシューター、ディアブロ、そしてヴェニーノを、倒す可能性があると!」


 子供が泣いている。誰かが叫んでいる。パニックの群衆は、止まらない。

 そうだ。立って、戦わねば! 生半可な覚悟は、敗北の夜に置いてきたハズ!!


『やってやる……! まずはお前だ! ナハシュ・シンジカート、“クズハ”!!』

「来い! クラップロイド!!」


 悲鳴と混乱が満ちる中、俺たちはとうとう戦いの火蓋を切った!






 

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