5-見学会開始
夢を見ている、自覚があった。
この頃よくみる夢。高校に入ってこの方、ときおり妙な景色があらわれる。
二重螺旋に、枝葉がついたコーポレーションのロゴマーク。
塩基対のその中から、大量の目が覗く夢。
視線から逃れようとして、ガラスに閉じ込められていることに気づく。
逃げようと透明な壁を叩くうち、巨大な影に覆われる。真っ暗な世界に、嘲笑じみた声が響き渡った。
(クラリス・コーポレーションは人類の未来をつくります。あらゆる進化を手助けし、より良い明日を選びます。それが——)
それが、起きた時も覚えていた夢の残響だった。
汗だくになって飛び起きた俺は、まだ午前5時前だということを知った。
枕元を探って水を飲み、ようやくねばつく視線を忘れる。
どうやら思っていた以上に、俺はコーポレーションに行きたくないらしい。せいぜい赤っ恥をかくくらいなのに、なんでこんなに怯えてるんだか。
枕に頭を預け、深い深いため息を吐く。
企業見学会、当日の朝だった。
◆
アワナミ市、中心。モノレールに乗って連れてこられたそこは、もはや現代的ですらなかった。
曇天を突き刺す槍が、地面からまっすぐ伸びているようだ。ガラスに映るのは、街並み、そして空。ロケットを知らないバカが宇宙に行きたがれば、こうする他ないよなって感じ。
原始的なのに、未来的。矛盾しているのに、マッチしている外観だ。
そしてその根本で、俺たちは整然と並んでいた。清潔感あふれるタイルが敷き詰められた広場で、よくわからないモニュメントと噴水を背にしていた。
「それでは、開会式最後に。生徒代表として、白鳥 さくらさんから、一言お願いいたします」
担当者がマイクを持ってそう言うと、列をなす社員たちが拍手する。そこに進み出たのは、もちろん我らが生徒会長だ。
彼女は特に緊張した風もなく、マイクを受け取って口を開いた。
「皆さん。今日はお招きいただき、ありがとうございます」
第一声から、格の違いが伝わってくる。高くも低くもない、それでいて人の耳に残る声。カリスマとはおそらく、こういうことを言うのだろう。
「私たちアワナミ高校の生徒は、クラリス・コーポレーションが常に先進的な技術で人類の未来を導いていることを誇りに思っています。本日の見学会を通じて、私たちも新たな未来を考えるきっかけをいただければと思います」
また、拍手。社員たちの中には、軽く心酔しているような表情の者までいる。大したもんだよ、マジで。
「本日は貴重な機会をいただき、ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
一礼。そして顔を上げ、微笑。
完璧。拍手に包まれ、彼女はますます「エリート」だ。
「素晴らしい挨拶をありがとうございます。それでは、案内を開始いたしますので、こちらへどうぞ」
案内役のお姉さんが、旗を持って歩き出す。いよいよ始まってしまったか……エントランスから完璧すぎる構造の本社ビルに、俺は重い足を引きずるように歩き出す。
はー……なんか質問とかされても答えられる気がしない。たぶんちょくちょく試されたりするよなぁ……。
嫌な想像を働かせていると、肩に衝撃が走った。痛みをこらえて睨むと、そこに居たのは鮫島だ。
「お前でもこんなとこに来るんだなァ、身の程知らずがよ」
「……」
なんなの……絡んでくるなよ。俺のこと好きすぎ。
あまりの面倒くささに無視していると、やつはいつものように怒り出し……は、しなかった。
代わりに、奇妙な余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「まあせいぜい楽しもうぜ。コーポレーションはいろいろ置いてあるらしいからよ」
「……」
その余裕に、違和感を覚えた。自分が何か見落としているような、そんな感覚。鮫島はまるで、勝ち誇っているような笑顔だ。……何に?
思わず、本社ビルを見上げる。天高く、のしかかるような威圧感。何度見ても慣れないロゴマークが見下ろしてくる。
夢がフラッシュバックし、胸にザラザラと予感が広まる。
クラリス・コーポレーション。探求と発明のお膝元。どこまでも不透明なガラスの塔。
俺はここに、入っていいのか。
気付けば、俺以外の生徒たちはビル内部に入って行ってしまっている。首を振り、嫌な予感を打ち払う。
夢は、しょせん夢だ。……きっと。
縫い止められたような足を上げ、俺は集団を追った。
◆
「こちらをご覧ください。これは実際に医療の現場で使われる器具の数々です」
入って早速、キラキラのガラスの向こうに展示品がお目見えした。
ガイドのお姉さんは手元のデバイスを操作し、空中に映像を投射する。ホログラムだ! 青いワイヤーフレームが何重にもあらわれた!
「おぉ……」
「すげえ、何もないところに」
「こちらは“リジェネデバイス”。名の通り、治療を目的とした道具です。これを、操作すると……(さー動いて動いて……)」
なんかボソボソ言いながら、ピッとお姉さんが手元のコンソールに何か入力する。すると、ガラスの向こう、四角い箱のようなモノから脚が生え、歩き始めた。
そして、倒れたマネキンに近寄る。赤いレーザー光が走査したのち、その機械は声を上げた。
『生命反応ナシ。電気ショック開始。離レテクダサイ』
なんとマネキンの胸部にかぶさりながら、光り始めたではないか。
なんかそういう殺人虫みたいで怖いな……と思っていると、お姉さんがまたボソボソ言いつつコンソールを操作して止めた。
「(そ、操作できた良かった……)実際はこの後、蘇生が確認されるか、人間が到着するまで措置が行われ続けます。また、この他にも様々な機能が……」
説明がつづく。デバイスの機能はすごいけど、この脚のデザインはなんとかならんかったのか……。
「珍しいわね。興味津々なのは」
「……白鳥」
しげしげ眺めていると、横から声をかけられた。きっちり揃えられた前髪を、きっちり整った横顔が携えている。同じように、発明品を見ているのだ。
生徒会長は、展示された真っ黒なスーツを指差した。
「この“高度適応型スーツ”、仕組みは分かる?」
「さぁ? 理論までは。たぶんニューロインタラクティブじゃないかな」
「違えに決まってんだろ、クソ低脳が。さくら、構うなって」
割り込んでくる鮫島。いつメンやめてね。
白鳥は無視。俺を見る目が逸れない。
「そうじゃなくて。構造よ」
「わかんね……たぶん結構、多重にしてると思うけどな。医療コーナーに置いてあるし、予測補助のアルゴリズムは絶対あるだろ。ならナノファイバーセンサー……?」
「……それだとお金がかかりすぎるでしょう。もっと現実的な案に決まってるわ」
「こんなオツムの足りねえ奴に構っても時間の無駄だっての、やめとけ」
なんやねんそっちから絡んできてケチばっかつけやがって、2人ともよぉ……。
お姉さんの説明聞こう。そう思って見てみると、お姉さんは絶句していた。え、なに。
彼女はゆっくりと再起動し、遠慮がちに口を動かしだす。
「(私いる? これ……)え……えっと、こちらのスーツをご覧ください。こちらは『高度適応型スーツ』、通称ハイパーアデプトスーツになります。建設現場やリハビリ施設での使用を目的に開発されました」
ほらぁ。やっぱりリハビリじゃん。そんな意味をこめて白鳥を見るが、彼女は肩をすくめるばかり。敗北を認めろよな……。
「えー、ですので、ニューロインタラクティブ適応モジュールを使用したセンサーにより、ユーザーの動作をある程度予測した動きを可能に……」
ほらぁ! やっぱりニューロインタラクティブじゃん!
ちょっと嬉しくなって白鳥を見ても、鼻を鳴らすばかり。なんやねんコイツ……。
「……ですが、すごいですね。説明前にすべて当てられたのは初めてです」
「え?」
「センサーの説明はしない予定でしたが、確かにこのスーツに使われているのはナノファイバーセンサーです。このスーツ1枚にお金がかかるので、現在はまだ試作段階にとどまっていますが……勉強熱心なんですね」
「い、いやぁそんな……」
だって……だって、本社ビルに来るってなったら、現行製品の理論とか構造は最低限調べてくるだろ! 失礼があったら白鳥が大変なんだからさぁ!!
ねえそうだよね? と思って白鳥に顔を向けても、彼女はどこ吹く風だ。眺めていたスーツから顔を上げ、お姉さんを見た。
「このスーツ。試作No.5ですね。どのような失敗があったんですか?」
「え? 失敗……それは、試作品ですので。失敗から学んでいる我が社としては、企業秘密とさせていただかないと」
「そうですか……」
なにか引っ掛かっているらしく、白鳥はしばらくスーツを見つめていた。
だが、すぐに諦めたらしい。思索の無表情から、微笑みに変わっていた。
「わかりました。そうですよね。失敗こそ財産です」
「ふふ、その通りです。では、次の階へ向かいましょう!」
お姉さんが動き出し、集団がわらわらついてゆく。白鳥が一瞬だけ振り向き、楽しそうに口パクで笑った。(やるじゃない)
うるせーーーこいつ。企業側からならともかくお前から試してんじゃねーよマジ。無難に終わらせてくれ。
げんなりしていると、後ろから乱暴に肩をぶつけられた。鮫島だ。やつはまた何かに腹を立てたらしく、足音も荒く俺を追い抜かして歩いてゆく。
肩越しに合った目には、殺意さえこもっているような気がした。
なんなん……俺の胃は試され続けないといかんのか? 俺とまともな関係を築けるやつはおらんのか……?
もうやだ帰りたい……心に白旗を振りながら、俺も集団に続いた。




