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49-掴んだもの

「ハイ! ハイ! ハイ!」

「「「エイ! エイ! エイ!」」」


 稽古場に、声が響く。


 白鳥の通っている空手道場“神威館”。

 たくさんいる門下生に混じって、俺も拳を振るっていた。


 何度かやれば噛み砕けてくるもので、体の動かし方や、型の目的もそれなりに分かってきた。


「そこまで!」

「「「押忍!!」」」

「新人! 前に出ろや!」

「押忍……あ、俺か。押忍!」


 真っ赤な短髪を揺らし、師範代からご指名が飛んだ。

 多分これが道場なりの歓迎なんだな……と思っていると、白鳥が不安そうな眼差しでこちらを見ていた。え? 伝統じゃないの?


「さくらが“飛び入り体験したい奴がいる”って急に言うから、誰かと思えば……こんなナヨナヨした男たぁな。テメェ、さっきの型もっかいやってみろや!」

「はい……じゃない、押忍!」


 えーと……下段払い……正拳突き……なんか左右に移動して……。武というより舞……。


「なんだァ? てめぇ」

「えっ! あーえぇと、今のじゃなかったですっけ……」

「スジいいじゃねぇか。さくらも良い男見つけたねえ」


 ニッコリ笑う師範代。並んでいる白鳥は若干赤くなっている。お前どんな紹介したんだ……?


「さくらにゃ“ボコボコにするくらい厳しくしろ”って言われてるからよ。テメェら、揉んでやれ!」

「「「押忍!!」」」


 お前ホントどんな紹介したんだ白鳥ィ!! 空手も学んだほうがいいかな、くらいの軽いノリだっただろ俺は!!


 あっという間に組み手用の畳が現れ、その上に立たされる。

 そして、門下生が1人進み出て、お辞儀をした。その後ろに居並ぶ、沢山の相手……成程、勝ち抜きだ。


 お辞儀を返し、習ったばかりの構えを取る。集中を深める中で、つい数時間前の記憶が蘇る……。




(((ま、待って、堂本!!)))



 変身した俺が、煙突の上のクズハを睨みつけていた時。

 篠原が。意外にも、俺の前に飛び出してきた。


(篠原、アイツは危険だ。コーポレーションでも、シンジカートの側に居たんだぞ)

(わ、分かってる! でも待って!)

(……分かってる?)

(あの人、アーク・プラザでハッキングしてる時に、助けてくれた……! あの人がいないと、死んでたくらい、助けてくれた!)


 必死に訴えてくる篠原の背後に、その女が飛び降りる。

 音一つなく着地するその実力に、ますます警戒が高まった。


(およ? 随分と警戒されとるのう、わらわは)

(……当たり前だ。アンタは怪しすぎる)

(クックック、怪しさで言えば、わらわもお主もそう変わらんじゃろう。“堂本 貴”)

(! どこで堂本くんのことを……!)


 篠原を背後に抑えながら、冷や汗がこめかみを伝う。白鳥の動揺ももっともだ。

 俺のフルネームを、知っている……。調べ尽くされている。


(……何の用だ)

(ひとつふたつ、忠告に来たのよ。わらわは……親切での)

(……)


 

 物思いにふける俺は、拳から返る感触で、意識を表層まで引き上げた。

 何人目かの門下生を倒している。師範代が一本を宣言し、また交代。


「骨の1、2本は構わねえっつう話だったな」

「やれんならやりな。新入りにナメられて終わらないようにね」

「笑わせんなババァ。……おい、ナメクジ野郎。2度と“本物の空手”を体験したいと思わねえようにしてやる」


 粗暴な動作の茶髪男子が、畳に上がってくる。やけに敵視されているようだ……。

 まあ実戦と言えば、かなり実戦的な経験にはなるだろうが……。お辞儀をすると、下がった頭に蹴りが飛んできた。


 パン、と片手であしらう。体を上げ、すでに滑り込んできている拳をいなす……。


「!」

「へっ」


 微かな痛み。見れば、奴の拳がギラリと光った。メリケンサックを嵌めているようだ。

 いやコレありなのかよ。師範代を見ても、肩をすくめるばかり。ありなのね。


 気合いを入れ直し、拳を避けることに神経を注ぐ。

 集中が深まり、記憶が視界を覆ってゆく……。




(((……あの“裂け目”。プラザでは、よう閉じたのう)))



 クズハが指差す上空では、巨大な空間の裂け目が、俺たちを見下ろしていた。

 褒められてもちっとも嬉しくない。嫌な記憶しかないからだ。


(勝手に閉じたんだよ。レオを倒したらな)

(普通は素人がやってもそう上手くはいかん。“祝福”を受けた者は、頑強になるゆえのぅ……)

(……“クァーラ様”ってやつか?)

(奴らは、そう呼んでおるな)


 違和感のある言い回しだ。まるで、“あの存在”には、本当の名前があるかのような……。

 裂け目から漏れるクスクス笑いと、巨大な爪を思い出す。背中を汗が撫でてゆく。


(まあ、そんなことはどうでも良い。わらわは忠告に来たと言ったじゃろう)

(忠告? シンジカートの人間が、忠告ですって?)

(信じずとも良いが、今のお主らはさながら、羅針盤のない船で嵐に揉まれておるに等しい。なにか、情報のアテでもあるかえ? わらわの話が偽りとしても、その嘘すら欲しかろう……?)


 コイツは、このタイミングを狙っていたのだ。

 俺たちが指針を失い、自分の言葉を受け入れるしかなくなるタイミングを。


(これが“機”よ。覚えておくがいい。情報も、戦いも、敵を生かすも殺すも……“機”を掴んだ動きこそが、“価値”を高める)


(((そして、ナハシュ・シンジカートはその“機を読む”のが、抜群に上手い。武器も、儀式も、部下の命すら……すべて、計算ずくよ。唯一の誤算があるとすれば、お主ら……)))



 機を掴む。それは、確かに学ばなければならない事だった。



 拳を握りしめ、現実で相対していた門下生の鳩尾を突く。

 あれから、また数人。俺の倍ほどある体格の男が、ゆっくりとくずおれた。


「一本! ……成程。さくらが連れてくるわけだよ」


 師範代は、頷くと、顎で次の相手を指名した。

 出てきたのは、白鳥 さくら。彼女は畳に上がる前に、師範代に一礼。俺に一礼した。


 そして、構えた。その無駄のない、澄み切った水流のような構え……この無法道場で、よくこんな逸材が育ったな。無法だから育ったの?


「さくらはアタシの最高傑作だよ。ソイツを倒せりゃ免許皆伝でいい」

「……師範。適当なことを言わないでください」

「適当は言ってない。……まあ、勝てりゃ2人で道場を継がせてやるよ」

「師範!」


 耳を赤くした白鳥が動揺に叫ぶ。

 “機”だ! そこを狙った正拳突きが伸びゆき……僅かに腰を捻っただけで、避けられた。


 やはりこの程度では、一本に掠りもしない。白鳥はすでに反撃の掌打を繰り出している!

 手の甲を顎に沿わせ、一撃を逸らす。そこへ、大量の打撃が襲いくる!! こちらの動きの出鼻を封殺するような打撃の雨あられ!!


 なんとか身体の外縁で打撃を受け、反撃を差し込もうとする。だが、彼女はまるで予知したように、防御を“置いている”。打撃を見てすらいないのだ!


「ハイ! ハイ! ヤーッ!!」

「っく……!」


 そしてまた、機銃掃射のごとき猛反撃。ここまでイカロスとしての身体能力を封じてきたが、これでは少しも勝ち目が見えない。

 機が、熟していないのか。あるいは、機に、気付けていないのか。


 集中……しなければ。深めなければ! 必死に呼吸を回し、意識の水面下へと潜り込む!



 クズハのニヤつき顔が浮かぶ。その忠告……。



(((『海の日』と言うたかの。……アワナミでは、盛大な祭りが開かれるそうじゃなあ)))

(((また、“儀式”が行われる。“輸出”の目眩しでもあり、本命でもある儀式がの)))

(((トクタイどもは拘束された。市警と自衛隊は貴様を狩ろうとする。孤立無援のお主らに、選択肢などなかろう?)))


(((祭りに来い。儀式を止めにな……さすれば、“タンカー”の場所をくれてやる)))



 そうだ。


 俺に、選択肢などない。


 だから、飛び込んで、掴むしかないのだ。


「ハイ!」


 白鳥が、跳んだ! 舞う羽のように美しい跳躍を見ながら、なぜだか俺は、それを知っていたような気がしていた。

 このタイミング、この間ならば、その動きが最適である気がしたのだ。


 華麗な身体制御から、激烈な飛び込み突き! 防御して、バランスが揺らぐ!

 そこに、足払いが飛んできた!


「!」


 それこそ待っていた動き! 下段払いで足を弾き、正拳突きを繰り出す!



 ヒット寸前で、動きが止まる。

 俺の拳が、白鳥のキドニーの直前。

 対するこちらは、白鳥の手刀が喉仏を潰すコンマ秒前で停止していた。


「そこまで」


 師範の声で、どっと汗が溢れ出す。俺、訓練で死ぬところだったんじゃないか……。

 お辞儀をぎこちなく返し、畳から降りる。


 周囲では、ヒソヒソと門下生たちが話していた。


(……あの白鳥さん相手に、あそこまで)

(こぶひとつ顔にねえ。素人の動きかよ……)

(あの足払い、受けたら2日はまともに歩けねえんだぞ……?)


 白鳥さんって結構、恐怖政治をいとわない方ですよね。

 普段からあの殺意でやってんのか……そりゃ、強いわけだ。


「やっぱり、強いわね」

「えっと、はい……どうも」

「パワー、抑えてアレでしょう? あそこまで打ち合えたのは、師範を除いたら初めてかも」

「はは。いや、俺視点では打ち合えては無かったかもな……」


 サッパリ爽快、みたいな表情の白鳥。

 俺なんて、最後の方にちょっと反撃みたいなことをしただけだ。しかもその反撃も通ったか怪しいもんだし。


「これからもたまに、こうして打ち合いたいわ。本当にここ、通わない?」

「ッスゥー……イヤ……オレ……」

「はいはい、イチャイチャすんのは後にしな。今日は終わりだガキども! さっさと掃除して帰れ!」


 師範が声を張り上げると、門下生たちがモップや雑巾を持って動き出す。

 そそくさ離れながら俺もやろうとすると、肩を掴まれた。師範だ。


「アンタ、本当に筋がいいね。うちに来ないかい?」

「イヤッソノォ……ソレハソノォ……」

「アタシもねぇ、さくらの相手になれるヤツが欲しかったんだよ。いい加減、師範師範ってサンドバッグみたいに扱われるのはまっぴらだからね」

「タ、タイヘンスネ……ヘヘ」


 白鳥さん……あなた本当、遠慮ってもんを知らないのね……。

 曖昧に笑っていると、師範が耳打ちしてくる。


「さくらねぇ、父親と喧嘩したらよくここに来るんだよ。だからアタシが第二の親みたいなモンなの。彼氏のアンタが知りたいこととか、たっくさん知ってるよ〜?」

「……師範。彼氏じゃないって、言ったでしょ」


 冷たい氷が、背中に押しつけられたような感覚。

 振り返れば、顔を真っ赤にして、頬を膨らませた白鳥がこちらを睨んでいた。


「あら、そうだった? まあいいのいいの、若いうちは恥ずかしいでしょうからね。アタシみたいなお邪魔虫は退散退散〜」

「堂本くんも! どうして、もっと強く……もう!!」

「すみません本当に……違うんです、その、拳を納めてください、本当に勘弁してください」



「ただいま」


 普段なら誰もいない家にこんなこと言わないが、今日は違った。

 玄関を開けた時点で、電気がついているのだ。


「お、おかえり、ふたりとも。へへ」

「篠原さん、ただいま。何もなかった?」

「うん。堂本の家、探検してた」


 そう。篠原 ナコと、白鳥 さくら。この2人と、明日の“祭り”までの動きを詰めておくために。


 他に誰もいないし、俺の家を利用しようという話になったのだ。

 篠原も白鳥も、家族が家にいるからな。その点、俺ならだーれもいない。


「か、カラテ、どうだった?」

「白鳥がメチャクチャ強かった……」

「堂本くんも中々だったわよ。次は本気でやってもいいかもね?」 

「おお……ベスト・キッド……」


 それはカンフーだろ。



 もう夕食時だ。まな板を出して、適当な準備を始める。


「“市内”はどんな感じだった?」

「う、うん……やっぱり、色々変わってる。自衛隊のジープみたいなのとか、トラックとか……なんか、ミサイルみたいなのがついてるヘリも……アーク・プラザに駐留する、みたい」

「……プラザか。確かに、デカいからなぁ……」

「し、市内で使ったら、危なそうな武器とかもあった……ホントにあんなのと戦うの……?」

「いやいや……いやいや、俺が戦うのはナハシュだから」


 彼らがクラップロイドを狩りにくるという現実からは目を逸らし、とりあえずそう答える。

 篠原は、溜め息を吐いた。


「……明日の“ナミノヒ祭”は、“市警”の受け持ち。自衛隊は、市内を巡回する感じ……だけど、騒ぎが起きれば、すぐに駆け付けてくる」

「つまり、祭りでの儀式阻止は短期決戦か。すぐに止めて、すぐに“タンカー”に向かう」

「う、うん……たぶん、いったん包囲されたら……キツイ、と思う」


 それは、そうだろう。相手は戦闘のプロで、トクタイとも装備のレベルは段違い。こっちにはアーマーがあるとはいえ、あまり長く引き留められれば“タンカー”が止められなくなる。

 ……これ本当に大丈夫かな……不安になってきた。

 

「“祭り”でどれほどの勢力が出てくるにせよ、幹部級が1人でもいれば厳しくなるわね」

「……堂本、本当にやるの?」

「……やるしかないだろ。島善さんの忘れ形見が悪用されるかもしれないんだ」


 “ネオ・プロメテウス”。イカロスやフォールンの能力を、抑制あるいは解放する装置。

 人を助けるべきその発明を、みすみす武器として密輸させるわけにはいかない。


「……あなたが責任を感じる必要は、ないと思う」

「……」

「う、うん……私も、そう。思う。堂本じゃなくても、市警に……通報はイタズラ扱いされたけど……」


 責任。俺は、これを責任でやろうとしているのだろうか。

 島善さんを死なせてしまったから、俺がやらないといけないと思っているのか。


「……そうかもな」

「なら……」

「でも、やっぱりやらないと。俺がやらなくてもいいなら、何もしなくていいことにはならないよ」

「……」


 クラップロイド。銀の怪物。パラサイト。


 イカロス。フォールン。“裂け目”と、シンジカート。


 消したくてしょうがなかった力。普通に戻りたくて仕方がなかった日々。



 でも、きっと。これを授かったことに、意味があるなら。


 その力は、自分のためだけに使いたくない。


「俺が、そうしたい。シンジカートを止めて、裂け目を閉じる」

「……そう。分かったわ」

「な、な、なら、作戦、もっと詰めよう! 祭りの監視方法とか、幹部級への対応とか……い、異変に気付くスピードが早ければ、余裕も出るはず! RTAでやろう!」 


 ますます熱のこもってゆくやり取り。机を囲んで、俺たちは作戦を磨き上げてゆく。



 連休最終日、前日。


 わずか4日間の、電撃的な戦いは……終局を迎えようとしていた。



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