39-白鳥 さくらという女(2)
「おっほ、近くで見るとマジでイケてんじゃん。上玉すぎ、こりゃオトコがほっとかねえわ」
「高嶺の花がこんなクッセェ店で油まみれのもん食ってんの? ギャップ萌えってヤツ?」
見ただけでそうと分かるような、チンピラの群れ。
彼らは室内でバラけて、それぞれ好き勝手に振る舞いはじめる。机に肘をついたり、馴れ馴れしく白鳥の顔を覗き込んだり。
「なんなの、あなた達は」
「“なんなの、あなた達”だってよ! イマドキそんな喋り方するオンナいるんだな! さっすが生徒会長サマは品があってよろしい!」
「言葉遣いまでお姫様みてえ。勃つわー」
「どうする? てか安藤さん何してる?」
なんだなんだマジでなんだ。困惑して席についた皆を見回しても、同じように困惑した視線が返るのみ。
篠原は震えている。鮫島を思い出してトラウマを刺激されているのだ。これは早急にお帰りいただく必要が出てきたぞ……。
「で? こいつら何? あ、召使いとか?」
「白鳥ちゃん趣味ワリいって! 俺らにしときなよ〜、プククッ」
「あ、でもコイツはわりとイイぜ。体は貧相だけどな」
震える篠原の体に、1人の手が伸びる。
その手首を、俺は反射的に掴んでしまった。
振り解こうとする動きに抗い、力を込める。チンピラの表情が一瞬、動揺に染まった。
だがすぐに攻撃的な表情を取り繕い、叫ぶ。
「っ、ああ?!」
「お呼びじゃねぇぞクソガキ。引っ込んでろや!」
裏返りながら、吠えるように叫ぶ。しかし、冷静な声がそれを遮った。
「残念だが、お呼びではないのはキミたちだ」
その声を発したのは、意外にも島善さんだった。
彼は咳払いすると、襟を直しながら席から立ち上がる。殺気立つチンピラたちも、その堂々たる様に少し後退りした。
「我々は友人同士で、こうして会食を楽しんでいる最中でね。そこの扉から、潔く退室してくれないかな」
「は……ハァ? オッサン、なんなの? 俺らも客なんですけど?」
「ここは満席だ。お店の人を呼んで確認しようか?」
「ベラベラとウッセェぞジジイ! 誰がこの辺仕切ってるか教えてやろうか、あぁ!?」
「オイオイ、盛り上がってんなァ」
のしのしと入室してきたのは、イレズミの見え隠れするヤクザじみた男だった。
太い腕に、ドラム缶のような胴。一斉にチンピラたちの表情が引き締まる。
「安藤さぁん! なんか生意気な奴が居るんすよ」
「オイ鮫島ァ!!! テメェ、自分の同級生くらいちゃんとしつけとけや!!」
俺が掴んでいたチンピラが、真っ赤な手首をさすりながら叫ぶ。
鮫島??? どこ? と思って見れば、“安藤さん”の陰に隠れるようにして歩いてきていた。こ、コイツ……。
「あぁ? 鮫島のタメが生意気だと……あぁ、コイツか」
「ソイツ、俺の手首を……」
「おーおー気の毒になァ。テメェから手ェ出したってことか、クソガキ」
「違うわ。彼は止めようとしただけ……あなた達の暴行をね」
場が混沌としてきた。立ち上がる白鳥、睨みつける安藤、下卑た笑いを浮かべるチンピラ達。
島善さんは青息を漏らしつつ、まだ諦めずに言葉を続ける。
「……安藤さん、キミがこの子たちを監督していらっしゃるようだ。ここは穏便に、出て行ってくれないかな」
「俺んトコのガキがソイツに手首をやられたって言ってんだぞ? カエシがいるだろうが、カエシが。賠償できんのか、あぁ?」
「私達に法律で挑む気なら、考えがあるわよ」
白鳥は冷静そうな声色を装ってはいるが、そのこめかみで血管がヒクついている。相当おかんむりだ。
俺もなんか言っとくか……。立ち上がろうと椅子を引く、その時。
「座ってろや、ボケがっ……!?」
軽く椅子が揺れた。
振り向くと、よほど強く椅子を蹴ったらしく、反動でチンピラがひとり転がっている。
「えっと……もしかして、これも俺のせいになる?」
「いで、痛えよぉ! おれ、折れた……脚ッ、折れたッ」
(あー嘘ですね。スライディングされたメッシ並の嘘)
「悪かったって……」
適当な謝罪を入れると、思わずといった風に白鳥が噴き出した。篠原も若干顔を赤くして、肩を震わせている。
分かるよ、あまりにも絵面が変だもの……転がり回る金髪に、唖然とするチンピラ達。何コレ。
「なに笑ってやがる」
「ごめんなさい。あまりにも、滑稽、だったものだから」
安藤がドスを効かせた声を発するも、白鳥はどこ吹く風だ。スッキリした顔で、更に挑発を重ねる。
コイツこういうところあるよな……。一回怒らせたら、借りを返すまでずっとこのままだもん。ゲッソリする……。
安藤の陰にいた鮫島が、青い顔で、それでも虚勢まみれの呼びかけを行う。
「さくら、今なら助けてやるぜ。俺らと一緒に来るなら……」
「誰が、誰を、助けるですって?」
一気に、その声が氷点下に落ちる。
白鳥 さくら。チンピラに囲まれていようと、絶対的なカリスマの持ち主は揺らがない。
揺らぎまくりなのは鮫島だ。目が泳ぎはじめている。
「えっ……そ、それは、俺がお前を……」
「整理しましょう。私は友人達と昼食を楽しんでいた。そこに、言葉にするのもおぞましい品性の人たちと乱入してきたのは貴方」
「……」
「自分の反社会性を隠そうともせず、それどころか誇るような身なりの、救いようのない“したっぱゴロツキ”の、“腰巾着”。それが、貴方」
シーン、と静寂が落ちた。
一気に言い切った白鳥は、お冷を口に運ぶと、ふぅ、と一息吐く。
「ご清聴ありがとう。出口はあっちよ」
安藤が動いた。
白鳥の襟首を掴み、その顔面に拳を叩きつけようとしている。
助けに入ろうとして、やめる。彼女はすでに反撃を開始していた。
白鳥の視座が一段、落ちた。安藤の巨体が引き込まれ、体バランスが崩壊する。
その喉に、左肘が深く突き刺さる。
怯んだ瞬間、右の拳が鳩尾を撃ち抜いた。
空を切った安藤の拳が、くずれて虚空をもがく。よろめいて、息を詰まらせ、怒りと困惑に小さな目を見開いている。
スルリと空手の構えを解く白鳥は、パッパと服の埃を払った。
「……言ったでしょう、“したっぱゴロツキ”さん。滑稽よ」
沈、黙。誰かの喉が、ゴクリと鳴る。
島善さんは天井を仰いで目元をパチンと覆う。
篠原は忙しく部屋の中に視線を走らせ、ダラダラと冷や汗を垂らしている。
チンピラ達も、次の動きを決めかねている様子だ。もはや誰ひとり下品な笑みを浮かべておらず、緊迫した面持ちで距離を取りはじめている。
「……マジでカッコよかった」
「当たり前でしょう」
一応褒めると、得意げな笑みが返ってくる。ホントこいつ、良い性格してるわ。
あまりの屈辱にワナワナと震えていた安藤は、喉を抑えながら、叫ぶ!!
「コッ、ハ……テメェらぶっ殺せ!!」
チンピラ達が一斉に動き出すのを見て、俺は白鳥に背中を合わせた!
こうなった以上は、やるしかない。ブチギレた白鳥を止める方法などないのだ。
「トクタイ相手よりマシそうだな」
「珍しく心強いわね?」
「皮肉だよ!」
(Foooooo!! ビュッフェスタイル! ムカつくツラを選んでパーンチ!)
楽しそうなAIの声を脳内に聞きながら、俺も拳を上げた!