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29-立ち塞がる者たち

 空気が震えたのを感じ、白鳥は顔を上げた。

 その胸騒ぎに、治療を手伝っていた手が止まる。テクノロジーエリアへ繋がる通路が、闇に満ちていた。


「……篠原さん、今の」

《……》

「……篠原さん?」

《ご、ごめん! い、今ちょっと……今……》


 案内機ドローンから聞こえる声は、切羽詰まったものだ。

 白鳥は首の後ろが冷え込むような感覚に陥る。まさか、堂本くんに何か……。


「篠原さん、何かあったのね?」

《ど、どうしよう。きゅ、急に映像が……カメラ映像がおかしくなって、なんにもできなくて……なんにもないところで、爆発が……》

「……何もないところで?」


 さっぱり要領を得ない篠原に、白鳥の眉が吊り上がる。

 だが、続く言葉で、彼女の頭は真っ白になった。


《どうしよう、ど、堂本が……爆発に巻き込まれて……!》

「……!」


 白鳥は反射的に立ち上がった。そして、自身も蒼白になりながら、浮遊するドローンを抱える。


「私も行く。テクノロジーエリアに」

《え、エェ!? い、行ってどうするの!?》

「何が起きてるか確認する」


 確認して、なにができるのか。冷静な自分がそう囁くのを感じながら、それでも白鳥は瓦礫の上を駆け出した。

 “何もないところで爆発”。自分の身だって危ないかもしれない。


 それでも、指を咥えて見ているだけなんてできなかった。自分を何度も救ってくれた恩人が死にそうなのに、立ち止まることなどできない!

 


 周囲の人間達が驚くのを尻目に、テクノロジーエリアへ続く通路へと!




 その爆風を一身に受ける瞬間、堂本 貴は大ダメージを予感していた。

 これまで、どんなダメージも……サンシューターの超巨大ライフルですら、うまく受け流してアーマーに被害を散らしていた。


 だが、いま。ゆっくりと広がる爆風は、きっとアーマーを越えてくる。それが直感的に分かった。

 死ぬかもしれない。だが後悔はなかった。やるだけやって、届かなかった。ただ、それだけ。


 篠原が進級できるといいな。そんな場違いな思考と同時に、衝撃が彼を襲った。凹むヘルメット、激烈な振動。


 そして、視界がブラックアウトした。




「げほっ、ゴホッ……これは」


 鉄巻は、爆風で巻き上がった砂埃に目を細めていた。

 レオの作り出した巨大な空気の渦に、クラップロイドが突撃したまでは見えていた。だが、そこから目も眩む威力の爆発が起き……。


「……なんだと」


 ゆっくりと晴れる塵煙。そこに現れたのは、半径数メートルもあるクレーターだ。

 つまり、今の爆発の威力はそれほどだったということ! アレを至近で食らったクラップロイドはどうなっている!?


「おい! どこだ、返事をしろ! クラップロイド! どこに……」


 必死に探し、そして発見する。うつ伏せで倒れる、銀色の怪物を。

 鉄巻は駆け寄り、抱き起こす。グッタリと抜けた力が、彼女に嫌な感覚を与えた。


「おい、冗談はやめろ! 起きろ! ……おい!」

『……』


 何度声をかけても、応答はない。そのヘルメットに見えるヒビ割れと、凹み。

 死んだのか、気絶しただけなのか。脈拍はどこで取る? 呼吸は? 


 その時、クラップロイドの全身が白く光り、弾け飛んだ。

 空中で散り散りになる銀の粒子。アーマーの中から現れたのは、目を閉じ、頭から血を流す少年の姿だ。


 年端もいかぬその正体に、息を呑みそうになる。コイツが、トクタイを相手に。シンジカートを相手に。怯まず、戦い抜いていたというのか。


 ……こんな子供に、銃を向けていたのか。


 それでも、鉄巻は動揺をこらえた。

 脈拍をとり、呼吸を確認。どちらも継続されている。だが頭部の怪我はどの程度なのか分からない。下手に運べば、死を招く。



「隊長! ご無事ですか!」

「鉄巻隊長!」

「全員集まれ! ここだ!」


 煙の向こうから、次々にトクタイ達が集まってくる。鉄巻は咄嗟にヘルメットを外し、少年の頭へと逆向きに被せた。顔が覆われ、その正体が隠される。


「鉄巻! おう、今の爆発はヤバかった……ソイツは?」

「クラップロイドだ。頭部を負傷、気絶している」

「……成程」


 駆けてきた鬼原も、一目見てだいたいの事情を把握したらしい。軽く頷いて、すぐに笑った。


「あーあー、この体格はガキだな。明日から“ガキにしてやられた特殊事件対策室”に名前を変えねえと」

「笑い事ではありませんよ、副隊長! く、クラップロイドがガキって!」

「隊長、本当なのですか?」

「俺たち、子供に銃を!?」

「落ち着け。これはここだけの秘密にしろ」


 鉄巻の言葉に、その場の全員が静まり返って目を合わせる。そして、頷いた。

 一度とはいえ共同戦線を築き、自分たちを庇って大ダメージを負った少年。彼に追い打ちをかけようという者は、トクタイにはいなかった。


 そこに、足音。全員が銃口を向ける先には、ドローンを抱えて走ってくる少女の姿があった。

 それを見た鉄巻が、隊に銃を下ろさせる。知った顔だ。


「民間人がこんなところに来るんじゃない! 白鳥のお嬢さんだとしても、邪魔だ!」

「堂本くん……! ここで何が起こったんですか!?」

「ああクソ、来るなって言ってるだろ……なら道具はあるか? 治療が終わったら説教だ」


 どう声をかけても止まらないのを悟り、鉄巻は諦めたように肩をすくめる。

 白鳥は他のものが目に入っていないような必死さで、倒れた堂本に駆け寄った。膝を擦りむきながら屈みこみ、抱き寄せる。


「堂本くん……!」

「……聞いてないことにしろよ」


 鉄巻がジロリと睨めば、隊員たちは冷や汗と共にコクコク頷く。

 そんなことにも構えず、震える手でヘルメットをズラして治療を始める白鳥。その脇で、ドローンが光を照射してスキャニングしている。

 

《……の、脳震盪……だと思う。姿勢を安定させて、患部を……冷やさないと》

「わかっ……わかってる。大丈夫……」

《おち、おち、落ち着いて……堂本はやわじゃない……まず血を拭いて、次にガーゼで、次に冷却剤と包帯……》


 そうだ。堂本は、篠原は、やわではない。勝手に怖がる手を抑え、白鳥は深呼吸を繰り返す。

 布を取り出し血を拭う。それだけのことで、手が止まりそうになる。まるで……まるで、死体を清めているようで。


 彼は生きてる。それを何度も心の中で繰り返し、ようやく白鳥は次の動作に移る。


 トクタイたちも、黙って見ている。その目つきは、なにか神聖な儀式を見つめるかのように、厳かなものだ。


 その時。一陣の冷風が、彼らの間を突き抜けた。



「ハハハハハ……泣かせるではありませんか。下等な猿共が、一丁前に絆ごっことは」


 晴れゆく土煙の中から、“ソレ”が現れる。

 舞い散る黒羽根。エリアを半ば覆うような大翼。石畳を抉る鉤爪。そして、嘲笑うように歪んだ嘴。


 レオ・オルネラス。鳥の怪物、無傷。クレーターのふちに立ち、トクタイたちを見下ろす。

 白鳥は無意識に、堂本を守るべく胸元にかき抱く。あれが敵だ。あれが、彼を。……あんな、恐ろしいものが。


「……鉄巻、不味いぜ」

「分かっている。トクタイ、防御陣形!」


 トクタイ達が、白鳥たちを囲むようにシールドを構える。

 その背中は、既に血まみれ。それでも彼らは、訓練通りに腰を入れる!!


「安心してください、白鳥のお嬢さん!」

「俺たちゃこのために来てるからよ」

「気にせず治療を続けな。鳥の1匹、大したことはねぇ」

「その意気だ。トクタイの心得その1!」

「「「仲間が命を懸ける時、自分の命も差し出すべし!!」」」


 それを聞き、白鳥もまた覚悟を固めた。今はただ、彼らを信じ、堂本を信じて動くしかない!

 震えのおさまった手で、治療を再開する!

 

 レオは笑い続けている。その邪悪な笑いに、いつしか風音が混じり始めた。

 広げた両手にわだかまる真空の塊。もはや幻惑のカモフラージュすら使わない、舐め切った態度。


「成程、成程! これはやりやすくて大変助かりますね……先程のようにウロチョロされず、確実に始末していけるというわけだ!」

《あ、アイツ、何をしてるの!? なんか映像がモニョモニョしてて……》

「知らん! 逆に何をしたら空気の刃なんぞ生み出せるか教えて欲しいものだ」

《空気の刃……》


 その時、篠原は電撃的に思い至る。さっきまでなぜ敵が攻めてこなかったのか。土煙で居場所が分からない状態で、トドメを放たなかったのか。


 やらなかったんじゃない。できなかったんだ。


 カメラ越しに、彼女はその閃きのまま打鍵!

 ターミナル制御権が指令を下す! とたん、ARで統制された空間が“変色した”!


「……なに」


 レオが目を細める。乳白色に染まるエリアは、空間が肌に張り付くような湿り気を帯びる。

 “濃霧”である。危険制御システムにより、視界が効かぬほどのものは用意できない。


 それでも、レオは不快げだ。


「……なるほど。少しは考えたようですね。“真空刃”の威力を、空気中の水分で鈍らせようと……」

《や、やっぱり……! さっきまで、爆発の土煙で攻撃できなかったんだ!》

「……でかしたぞ、ハッカー」


 真空塊の周波数が、トーンダウンする。

 トクタイ達の目に希望が宿った。どの程度の威力減衰か分からないが、それでも、先ほどよりマシだ。


 レオは鼻で笑う。哀れなものを見る目つきは、変わらない。


「全く、猿の浅知恵はこれだから……威力を小さくしたからなんなのです。むしろ、皮を一枚ずつ剥がれる苦痛が増しただけ……一思いに殺してくれと、泣き叫ぶことになりますよ」

「……確かめてみたらどうだ」


 鉄巻の瞳は、覚悟と怒りに澄んでいた。他のトクタイ隊員も、一歩も引かない構え。

 彼らはとうに心を決めていた。クラップロイドは死を覚悟して動いたのだ。新人に遅れを取るわけにはいかない。


「お前の下らん鳴き声は聞き飽きた。中身のない威嚇を、ピーチクパーチクと……そんなに我々が怖いなら、ケチな鳥の巣に飛び帰れ」

「……良いでしょう。では、まずは1人」


 放たれる真空刃! シールドが斜めに両断され、トクタイの一名が袈裟がけに出血!

 吹き飛ばされ、吐血する隊員を見下ろしながら、レオは昆虫じみた無表情。


 鉄巻たちは即座に動く。怪我人を庇う要員、抜けた穴をカバーできるように立つ要員。報復の射撃は、レオの寸前で真空壁に弾かれる。


「次」


 レオが手を振るう。また血が迸り、隊員が転がる。それを庇うように動き、射撃と防御の続行。

 圧倒的優位にありながら、レオは苛立っていた。絶望が、感じ取れない。連中は少しすれば立ち上がり、シールドの輪に戻る。


 そして、吐く息が白いことに気付いた。成程、テクノロジーエリアのARシステムで温度を極端に下げたか。出血を遅らせ、延命措置を。


「それが浅知恵だと言うのです! 死ねッ!!」


 空刃が、とうとう鉄巻を捉えた。

 スマートガンが切断され、アーマーが血溜まりにバシャリと落ちる。噴き出す血しぶきが、地面に落ちた胸部プレートの“特殊事件対策室”を濡らす。


 鉄巻は数歩、よろめいた。目の光が失せ、気絶しかかった。

 だが、背後の白鳥の息遣いを聞いた瞬間、自分がトクタイの隊長であることを思い出し、踏ん張り直す!


「……しつこい方だ」

「……」


 呆れたようなレオの声。鉄巻はボロボロの盾にすがるようにして立つ。

 そして、笑った。


「誰か、一思いに殺してくれと懇願したか?」

「言ってません……」

「ガハッ……望む、ところ」

「あったまってきたぜ……!」


 隊員達が集まり、それぞれの傷ついた盾を前に出す。彼らは、ここに至って、絶望などしていない。


 レオのこめかみに血管が浮かび上がる。あまりにも不敵な態度! あれほど劣勢にありながら、まだあんな口がきけるとは!

 その両手に音鳴らす空刃を作り出し、握り締める。もはや“クァーラ様”への絶望の献上は諦め、この目障りな連中を片付ける!


「後悔しなさい。泣き喚けば、今少し長らえたものを」


 血と霧が溜まるクレーターの底へ歩きながら、レオは処刑人じみて空刃を振り上げる。

 この形態ならば威力の減衰はない。つまり、全員を一刀両断にできるということ。


《ど、堂本! お願い起きて! 死んじゃう、このままじゃみんな死んじゃう!!》

「……ッ」


 篠原の声にも、堂本は反応を返さない。白鳥は震えながら、それでも彼を守るように抱きしめる。


 鉄巻は退かなかった。最後まで、白鳥達を守るために立ちはだかっていた。


 レオが歩み寄り、その空刃を振り下ろそうと力を込めた。次の瞬間!



 堂本の指が、カリと地面をかいた。



 その目が、見開かれる!!



《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》


 バシィン!! 



 振り下ろされた空刃が、銀の両掌で挟まれた!

 レオが目を見開く! その視線の先で、クラップロイドのバイザーから青い光が溢れ出した!!


 

 

 

 


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