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24-特殊事件対策室

「ライブエリア、クリア!」

「装備調整! 装甲車を回せ!」


 アーク・プラザ、ライブエリア。


 ドームのような広い客席に、すり鉢状の底は巨大なステージとなっている。そこで、青い鎧を着込んだ集団が忙しく走り回っていた。

 彼らの足元には犯罪者たちの死体。弾痕だらけのそれらは、一瞥もされない。


「鉄巻隊長、報告が!」

「なんだ」


 ステージ上で敬礼を受け、鉄巻と呼ばれた女警官が振り返る。

 隊員は背筋を伸ばし、明朗に声を出す。


「ショッピングエリアにて、サンシューターと“銀の怪物”が発見されたとの報告がありました!」

「サンシューター? ……アメリカの暗殺者か」


 サンシューター。数キロの狙撃を成功させただの、跳弾で刑務所内のマフィアを殺しただの……信じがたい逸話を幾つも持つ、指名手配犯だ。

 犯罪者データベースでは、要注意リスト入り。シンジカートに雇われたという情報もあったが、ここに出てきたか。


「怪物とまとめて処分する丁度いいチャンスだ。総員に通達。各々の判断であらゆる武装の使用を許可する。それと……シールドは捨てさせろ、サンシューター相手には無価値だ」

「はっ!」


 敬礼し、ステージを降りて行く隊員。

 彼を背に、鉄巻は作戦概要書類が置かれた机に向き直る。


 フードエリアから突入したトクタイは、迅速な制圧と進行を繰り返し、瞬く間にライブエリアをも奪取していた。

 そこから隊を分け、テクノロジーエリア、ショッピングエリアへの進行をそれぞれ開始している。


 だが……。


「……何かおかしい」


 テクノロジーエリアへ送った部隊の返答が途絶えている。

 サンシューターが配置されていたショッピングエリアからは報告が来ているのに、だ。


 まず報告が来なくなるとすれば、ショッピングエリアだろう。ターミナルもあるし、敵の守りは相当厚いに違いない。そうでなくたって大損害を覚悟して、相当の戦力を割いたのだ。


 だが結果はどうだ? ショッピングエリアの制圧は順調の一言。サンシューターと怪物も発見できて、一石二鳥と言える。


(何か見落としている)


 鉄巻は沈思黙考。そして、とある生徒の供述を思い出す。


(((銀の怪物は、私たちを守ってくれてたんです)))


 ……銀の怪物と、ナハシュ・シンジカート。もし奴らが、敵対関係にあったとしたら?


 そこまで考え、鉄巻は首を振って思考を打ち消した。


 “もし”に気を取られて死ねば、笑い話にもなりはしない。トクタイとして出動した以上、ここは戦場。周囲はすべて敵なのだ。

 相手は極悪非道のシンジカート! 洗脳から人間爆弾まで、どんな手でも使う連中!


 そして自分は、隊員の命を預かる立場だ!


「気を引き締めろ! ここを拠点に、プラザを奪還するぞ!」

「「「了解!!」」」


 鉄巻の鼓舞に、ライブエリアの隊員たちが叫びで応える!







 青鎧の部隊が、一斉に銃撃を開始したその瞬間!


『ッ!!』


 発射された弾丸を無視し、俺はサンシューターに殴りかかっていた!

 どうせ弾はアーマーで防げる! それよりも、この厄介な男を片付けてしまう方が先決だ! 放っておけばまた、このクソデカ馬鹿ライフルで暴れ回るだろう!


「チィ」


 舌打ちして身を沈めるサンシューターの、頭上を拳が通過! 空振りだ! 

 関係なし! 踏み込みを利用してタックルし、吹き飛ばす! 確かな手応えが返り、吹き飛んだ狙撃手が壁に叩きつけられるのが見えた!


 同時にアーマー表面で弾丸が弾ける。傍目の青鎧部隊が、驚愕に目を見開いている。


「ゴフッ……こ、これは、したり」


 吐血するサンシューターが、苦笑。もはや憤怒は表情から消え、頭が冷えてしまった様子だ。

 やつは2丁拳銃をしまうと、懐から別の銃を取り出した。奇妙な矢じりのような弾頭がはみ出す銃である。


「この勝負は預けることにする、怪物。また会うことになるだろうが……」

『仲間を置いて逃げるのかよ』


 無駄と知りつつ、一応の挑発。

 サンシューターはもはや相手にしなかった。血まみれの口で笑い、殺気のこもった瞳を光らせる。


「引き際を選べるのがフリーランスの利点でな。それに、狩りはじっくりと行うものだ……」


「こちらトクタイA班、“銀の怪物”には銃弾が通用しない。スタンバトンに切り替える」


 やり取りの最中に、部隊はなめらかな動きで俺たちを包囲している。そして、全員が同じ構えで、スパークの散る警棒を抜いた。

 サンシューターと、視線が交わる。……認めなければならない。戦いは、新たな局面を迎えている。


 このまま狙撃手に固執すれば、良くない結果が待つだろう。噛み締めた歯がギリリと鳴った。


『次はしこたま殴ってやるよ』

「こちらのセリフだ。尤も、貴殿がここを生きて切り抜けられればだがな」


 それだけ言うと、サンシューターは頭上めがけて矢じりの銃を撃った。

 どうやらそれは、フックロープだ。一瞬後、巻き上げ音と共にサンシューターが上昇していった。


 青鎧の部隊は、何人かがサンシューターの追跡に走り出す。しかしその人数が引かれても、俺を囲む頭数はかなりのもの。

 連戦だ。冷たい汗が頬を撫でる。考えないようにしてたけど、この人たちって公権力だよね?


(ひーふーみー、あー沢山ですね。殴り放題!)

『ちょっとこの人たちは殴っちゃダメなやつかもだ、パラサイト……』

(は? 警察相手にビビってんですか?)

『その反社思考直せお前』


 ジリジリと、スタンバトンが迫ってくる。まるで猛獣でも相手にしているような対処法だ。飛び散るスパークが床で焦げ、威力の高さを物語る。

 これ捕縛するための電流じゃないな。丸焼けにして殺す気だ。冷たいものを飲み込んだ時のように、胃がキリキリと痛み出す。



 先頭の青鎧が、グッと拳を掲げる。手信号!

 その瞬間、全員が一斉にスタンバトンを突き出す!!



 接触までのコンマ秒で、俺は決断しなければならなかった。全員を打ち倒し、降りかかる火の粉を払うのか。それとも、彼らから逃亡し、追跡されながらも人質たちの生還を手伝うのか。


 前者の方が現実的だろう。だが!



 あいにく、この体がもう非現実的だ! 跳躍し、身を乗り出した青鎧たちの頭上を飛び越える!

 奴らの背後に着地! 代わりに攻撃された壁が黒ずみ、焦げた臭いが漂う!


『あぁクソ、やっぱ殺す気だ!』

(ほらー! 殴った方が安全ですって!)

『いいよもう決めたことだから!』


「逃すなッ!」


 即座に追跡してくる対策室の面々。早いのに、乱れのない動き。まるで巨大な生き物のようだ。

 だが、流石に俺の方が速い! 思い切り駆け出そうとして……


 ガクンと、膝が笑った。すねが床をこすり、転けそうになって両手をつく。

 重力が倍増したような疲労感。冷たくなってゆく手足。縮み上がる肺が、視界を狭める。これは……。


『ま……まさか……』

(オイルエンプティ、オイルエンプティ。給油してください)

『マジかよ』


 最悪だ。アーマー状態の活動限界が近づき、肉体が徐々に感覚を失い始めている。

 ダメだ、丸焼きにされる。必死になって両手に力を込め、起き上がろうともがく。


 そこに、筒が転がってきた。一瞬後、眼前で破裂したソレが真っ白な視界をもたらす! フラッシュグレネード!


『うげっ』


 反射的にのけぞる! 視覚ダメージにあえぐ暇もあらばこそ、背中に衝撃!

 不随意の痙攣が、全身を駆け巡る! 筋肉が引き絞られ、その痛みが絶叫となって口から溢れ出す!


『ぎ、ぎ、ぎ、ががががが!!』

(うぉぉぉ電流浴! アーマー越しでなければ即死だった……ラッキーでしたね)

『ぎぎぎぎぎぎ、ごごごご』


 ゆっくりと戻ってくる視界。後ろを振り向くと、険しい顔の隊員一名がスタンバトンを押し当ててきていた!

 その背後からも、大量の青鎧たち! まずい、囲まれてアレを喰らえば本当に死ぬ! 



 動け動け動け! 電流で痺れ続ける手足に、祈るように命じ続ける。いま動いてくれないと、次に会えるのは三途の川の向こうだ! 

 ……よく考えてみれば、オイル切れで鉛みたいに重い手足が動いたところで無駄か。


(負けないで〜もーぉー少し〜)

『ややややややめめめめろおままままえ』


 すでにエンディング曲を流し始めたパラサイト。俺も若干諦めが近い。


「接近、ゆっくり! 閃光弾、次弾用意! 電磁ネット構えーッ!」


 部隊員たちは慎重だ。スタンバトンを手に近付いてくる者もあれば、またフラッシュグレネードを握る者、バズーカ砲じみた筒をこちらに向ける者もいる。

 ハンドシグナルの班長命令、アレが厄介さを倍増しにしている。いっそ全員で殴りに来てくれれば、まだ逃げようがあったかもしれない。


 だがこれでは、スタンバトンから逃れても次策で捉え直される。そして死ぬまでじっくり電撃漬けだ。

 ここまで来てコレ! あんまりだ。スポーツエリアとショッピングエリアを犯罪者どもから解放して、ご褒美は警察による殺処分!


(どうします? いったん暴走モードに入って全員返り討ちでぶっ殺すみたいなのもありっちゃありですけど)

『な、……なし、……なしで……』


 気軽に切り替えられる暴走モードは暴走とは呼ばないだろ。それに、この人たちだって仕事をしてるだけだ。

 怪しいのは俺の方。化け物みたいな格好で犯罪現場にいれば、こんな扱いが妥当だよ。



 白鳥と篠原の顔が浮かぶ。俺はここまでだが、彼女らは生きていてほしい。

 まあ、警察が来てるんだから平気か。今生の悔いも残らず、往生できそうで嬉しいよ。



 もはや死を受け入れた、その時!


 シャッターが猛スピードで降下し、轟音と共に他部隊員との間に突き立った!


「なに!?」

『!!』


 スタンバトンを押し当てていた隊員が、動揺! その一瞬の隙こそ、今の俺が欲してやまなかったものだ!

 身をもぎ離し、電撃から逃れる。よろめく足がもつれかけ、奇妙な脱力と痙攣に襲われる。


「何が起こった!?」

「シャッターの制御権はどこにある!」

「回り込め、回り込め!」


 混迷する部隊の声。モタモタしていれば追いつかれる。



 全身に喝を入れ、俺は走り出した。視界がチカチカと明滅し、絞られきった肺で浅すぎる呼吸を回す。


「こちらトクタイA班、ターミナルに“銀の怪物”の協力者がいる可能性がある。ただちに対処を」

『……!!』


 その声を聞き、足が止まりかける。篠原!  アイツの存在がバレた。このままでは殺される。

 振り返りかけた俺の背に、ドムンと何かがぶつかってくる。それは……浮遊するドローンのようだ。ショッピングエリアの案内機である。



『なん、』

《堂本! わ、わたし、篠原。よかった、間に合った……》

『おまえ、早く逃げろ! 殺されるぞ!』


 よかった、ドローンの制御権も取り戻せたんだな。そんな風に喜ぶ余裕もない。

 悠長にしていれば、篠原が殺される! コイツの丸焼きなんて想像したくもない!


 だが、スピーカーの向こうからは得意げな鼻息が聞こえてきた。


《だ、大丈夫。わ、私、ターミナル制御室にはいないから》

『は? じゃあどうやって……』

《制御権をリレーして、PCショップのラップトップに移した……ふ、フォトニックヴェイン、さまさま》

『……』


 すごすぎてどうすごいのかも分からんのだけど。


《で、でも、たぶんすぐバレる、から。PC変えて、逃げながらやるしか》

『ああもうそれでいいよ……お前マジですごいな、ホントに! 天才ハッカー、助かったよ』

《へへ……》


 言いながら、また逃走に入る。よろめいて壁にぶつかり、それを支えに逃げるスピードを保つ。足が重い。止まれば、二度と走り出せなくなるほどに。

 ドローンのアイカメラがこちらをじっと見ている。浮遊するソレに、できれば乗せていってほしいくらいだ。


《し、し、しんどそう……大丈夫?》

『死ぬほどキツい……篠原、悪いんだけど、ガソリンとかありそうなところないか』


 聞いておいて、自分で笑いそうになる。あるわけない、こんなプラザに。

 背後から炸裂音。振り向けば、またも爆破されたシャッター。踏み越えてくる、青鎧の部隊。


『くそッ、しつけえ……!』

《あ、ある。フードエリアに、たぶん……この部隊の装甲車が乗り入れてる》

『建物に直接入ってんの!?』


 どんなバカ部隊だよ! いやまあ、犯罪者見るなり射殺してた時点でまともなモノは期待してなかったけどさぁ!

 ドローンからの声は、しかしあまり嬉しくなさそうだ。嫌な予感が、一筋走る。


《フードエリアに行くには……ライブエリアを通らなきゃならない。そ、それで、その……》

『……それで?』

《……ライブエリアが、この部隊の本拠地っぽく、なってて。ここの、3倍くらいいる……》

『……』


 さんばいって、あの3倍だよな? つまり、あのクソ危険な電撃棒やら、スタングレネードやらを上手く使う、統制の取れた集団が3倍ってことだよな?


 目の前が暗くなりかける。倒れかけ、沈まないようにもがく。

 ダメだ、死にそうなのは自分自身! 諦めてはいけない! 奮起して足を上げ、走る姿勢を保つ!


『は、はっ……いくよ、行くっての! 楽勝! 見てろ!』

《さ、サポートは、絶対するから! ライブエリアを抜ければ、すぐだから!》

『3秒で抜ける!』


 むなしく響く言葉たち。ライブエリアを抜けなければ、辿り着けないのが事実。


 それでも俺に、選べる道はなかった。今にも破れそうな心臓を抱えて、ライブエリアへと。




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