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2-“俺”と、周囲について

「見た? ホラーカテゴリの!」

「見た! トクシュブタイ? の、ボディカメラのやつだよね? 超ヤバくない?」


 ドサッ! 机にカバンをぶつけながら、女子2人が話し込んでいる。放課後の嬉しさが、声に滲んでいた。

 アワナミ高校。若いエネルギーが集結するここでは、皆が生き生きと日々を過ごしている。青春の荒波と戦う人々の集いだ。いいねキラキラで。


 ここで残念なお知らせが一つ。この物語の主人公は彼女らではない。俺だ。さっき机にカバンをぶつけられ、一顧だにされてない方。

 散らばった文具を集め、手早くまとめる。全部つめこんだカバンを担いだところで、背中に衝撃を食らい、机ごとぶっ倒れた。


「あっれー、堂本クンじゃん! なに急いでんの、っと」


 わざとらしい声が、背後から聞こえる。体を起こすと、そこにはニヤニヤ笑いの男が立っていた。

 鮫島 ハヤト。アメフト部のそいつは、縦にも横にもデカい。冷蔵庫の上に典型的なツーブロがちょこんと載ってるのを想像してくれれば、だいたいあってる。


「なあ付き合い悪いって堂本くんさぁ! すぐ帰ろうとするのやめな?」


 やつが屈み、俺の襟首を掴んでくる。さっきまで楽しげに話していた隣の女子2人は、そそくさと逃げ出してしまった。

 逆に、楽しそうに周囲を取り囲んできたのは鮫島の取り巻きたちだ。薄ら笑いで、次の展開を待っている。


「……」

「は? 無視かよ。態度悪いって噂されてんぞテメェ、こっちは親切心で忠告してんのに……」

「親切心?」

「……あ?」


 やべ素で出ちゃった。と思う暇もなく、鳩尾の衝撃で涎が飛ぶ。

 鮫島は拳をゆっくり引き抜き、その血走った目をギラギラと輝かせている。今のはダメだった……。たまにやっちゃうんだよな。


「おーい、堂本くん見たぁ? 鮫島さんのパンチ! マジプロ級!」

「んなもんジャブだよ、ジャブ。本気出したらコイツ、救急車コースよ?」

「マジ!? すげえよ鮫島さん、憧れるわ〜」

「おう、もっと褒めろよ。大体さぁ、俺はコイツを教育してやってんの。根性無しが調子に乗らないためにさぁ」

「教育っすか! カッケー!」


 取り巻きたちは大喜びだ。対照的に、まったく反応を示さないのにここに居るやつもいる。

 鬼城 アカリ。このグループの一員で、裏リーダー。鮫島の彼女だが、まったく関心がないらしく、取り巻き女子の1人とスマホをいじっている。


「……で? 堂本クンはさぁ、この『ありがたーい教育』についてどう思いますぅ?」

「……」

「なあ、男ならやり返してみろや。俺さぁ、何発殴られても効かねえの。道場のセンパイにゴクイ教えてもらったからさぁ」


 しゅしゅ、と口でSEを当てながら、鮫島は演武のようなものを披露している。あーすごい。これは黒帯だぁ。

 一瞬だけ本気でブン殴ってやろうかと思ったが、すぐにその怒りは萎えた。いつもこうだ。やり返そうとしても、スイッチが切り替わるようにその思考が消える。


 そんな俺を見て、鮫島はニンマリと笑う。そして演武の続きとばかり、顎をかち上げてきた。


「あっごめーん! 堂本クンにやり返す根性なんてないよねぇ! こわいこわいでちゅもんねぇ?」

「……」


 じんじんと痛む顎を戻し、せめてのもの抵抗に、真っ直ぐ視線を送る。殴られても蹴られても、無言で見てやるだけだ。

 すると効果覿面、鮫島はすぐにふざけた動きをやめて襟首を掴んできた。


「んだてめえ、その目は」

「……」

「ナメてやがんのか? 俺のことを」

「尊敬に値すると思ってやってるのか?」


 鮫島は瞬時に顔を真っ赤にした。拳を引き、俺の鼻めがけてストレートを……



「あなたたち! 何をやってるの!」


 拳が、止まった。ガラリと開いた教室の扉から、ツカツカと歩いてくる存在がある。

 怒りで吊り上がった目に、きゅっと結ばれた唇。黒いロングヘアが、激情に揺れている。


 白鳥 さくら。生徒会長のご登場だ。彼女はひと睨みで取り巻きを退かせると、鮫島と俺の近くで止まった。


「また、あなた達。問題を起こすのはやめなさいって、いつも言ってるわよね?」

「は? オイオイさくら、俺らは遊んでただけだから。な、堂本クン」

「……」


 言い訳がテンプレすぎるだろ。特にノってやる義理もないので黙っていると、鮫島はやがて軽薄な笑みを浮かべた。


「ま、アレだよ。男同士のコミュニケーションってやつ? 女のさくらには分かんねえかもしれねえけど、でも……」

「まず」


 ピッ。音が鳴るほどの鋭さで、白鳥は指を立てた。それだけで、まくしたてるような勢いだった鮫島が口を閉ざす。


「『さくら』と呼ぶのはやめて。そう呼ばれる筋合いはないわ」


 目に見えて鮫島の表情がこわばる。こいつ、白鳥のこと好きだからな……可愛いとこあるぜ。ならなんで鬼城と付き合ってんだよ。

 そんなことはお構い無し。白鳥は2本目の指を立てた。


「次に。下手な言い訳はやめて。今日はたまたま現場を抑えられたけど、これが常習化してることくらい知ってるわ」

「え? いや、それは……」

「それは、何? 私が何も知らないと思ってる? 堂本くんの様子を見てればわかるわ。毎日毎日、新しい怪我をつくって帰ってる彼を見れば」

「……それは、しゃーなくね? ザコはちょっとじゃれたくらいですぐ傷になるからよ……」

 

 鮫島くん、勢いないね……。自信なさげなその視線が、取り巻きをチラ見している。だが、誰も一声も発しない。怖いよね白鳥。怖いよ俺も。


「て、てかよ、さくらもイチイチこんなダサ男のこと気にかけんのやめろよ。マジで、堂本クン、勘違いしちまうって! 幼馴染として心配だわ〜」

「……」


 白鳥は無言で、その言葉を発した鮫島をしばらく睨んでいた。やがて彼女は、その唇をゆっくりとほどき、言った。


「あなたは最低よ。幼馴染として、恥ずかしい」

「……!!」


 その瞬間、あきらかに鮫島は視線を落とした。かなりショックだったのだろうが、すぐさまそれは『ふさわしくない振る舞い』だと気付いたらしく、笑顔もどきを持ち上げる。


 そしてまた、取り繕うなにかを言おうとしたところで……がしゃりと、音がした。


 それは、今までスマホをいじっていたリーダーギャルの鬼城が立ち上がった音だ。カバンを手下に持たせて、アクビののちにこちらを見た。


「飽きた」

「……は?」

「だから、飽きた。スタバ行こ」

「……」


 鮫島も俺も白鳥も、黙るしかない。一方で、鬼城はまったくこちらの事情などお構いなしのようだ。


「あれ飲みたい。新作のやつ」

「……は、はっはっは! いいね。俺も飲みてえと思ってたんだよな〜、あのキャラメルのやつ!」

「いいから」


 鬼城が移動を始めたとたん、取り巻きたちや鮫島もまとめて動きだした。まったく誰がリーダーなのかわかりやすい構図だよね……。


 いやぁ俺もさっさと退散退散! 散らばったノートや文具を集めていると、白鳥が今度はこちらを見ている。激しい視線だ。


「……あなたもあなたよ、堂本くん。なぜ反撃しないの」

「すみません」


 うおお怖え!! 怒られたくないよ俺! コイツ毎回、鮫島より俺に怒ってんだもん!!


「答えなさい。弱者を演じていれば、誰か助けてくれると思ってる?」

「はは。まさか」


 ないない。神も仏も頼れる教師もないんだから、黙って受け入れるしかない。

 白鳥は俺の態度が気に食わなかったらしい。その髪を怒りに波打たせ、腕を組んで睨みつけてきた。


「好き勝手言われて、殴られて、それでヘラヘラしてるから貴方はダメなのよ。立ち向かう気概はないの? 1発でもやり返そうとは思わないわけ?」

「……」


 やり返そうと、思うときはある。でも、その思いはすぐに消えるのだ。まるで誰かが俺の意思を操ってるみたいに。

 なにも言い返せないでいると、白鳥はふと寂しげな顔になった。


「……一年前は……あなたも、“篠原さん”も……そうじゃなかったでしょう」

「……」


 ……それこそ、俺には何も言えない。


 カバンを担ぎ直し、教室の出口を目指す。白鳥の隣を通り過ぎるとき、俺はなんとか声を絞り出した。


「……助けてくれて、ありがとう。でも、もういいから」

「……!」


 最低なお礼を言い残して、俺はようやく学校を後にした。

 まったく青春は最高だ。退学しようかな。


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