18-アーク・プラザの合流(2)
完全なる、想定外。白鳥は数秒して再起動すると、会釈した。
「……こんにちは。奇遇ね」
「どうも……」
「どど、ど、堂本。私は居ないって言って」
「かなり無理」
俺の背後にそそくさと隠れる篠原。まさかこんなところで学校関係者に会うとは、どんな確率だ。
ミカと呼ばれた少女は、俺と白鳥を交互に見て、首を傾げた。
「おねーちゃんと、友達?」
「……そうね、友達」
「そなんだ! ミカは、しらとり みかんっていいます!」
「堂本 貴です」
「……」
「挨拶くらい返せって……」
「うぐふっ……し、篠原ナコ……」
息を殺して乗り切ろうとする篠原を小突くと、ぎこちない動きで前に出てきた。その頬を伝う汗。
かなり、無理をしているようだ。……まあ生徒会長なんて、トラウマの学校を思い出させる最たるものだよな。忘れてた頃に出会ったらこうもなるか。
「外に出られるようになったのね。良かったわ」
「そ、外に……か、課外プログラム……の……」
「……コーポレーションのやつな」
「課外プログラム?」
スッと、白鳥の目が細まる。
だてに生徒会長をやってるわけじゃない。これだけで、出席日数が足りない篠原の現状を把握してしまったのだろう。
「……そう。3年への進級はそれで足りるかもしれないけど、卒業はどうするつもり?」
「えっ、えっ、と……そ、卒業、卒業は……」
「やめろよ白鳥。そんなこと、お前に関係あるのか?」
せっかく全部忘れて、楽しいひと時を過ごしてたってのに。
篠原は気の毒なくらい真っ青で、小刻みに震えて俯いている。さっきまでの楽しい雰囲気とは正反対だ。
生徒会長様の鋭い視線が、今度は俺を捉えた。
「……あなた達、2人揃って逃げ腰なのが現状を招いたとは思えないのね」
「思うよ。俺がもっと早く鮫島達に反撃していればこうはなってなかった。俺の失敗だ。もういいだろ」
「……」
きっと、そうじゃない。白鳥の言いたいことはそんな事じゃない。分かってる、俺たち2人とも成長しなきゃいけないことくらい。
だが俺もイライラしてしまっていた。楽しく友達と遊んでたら、氷水をぶっかけられた気分だ……。
「けんかするの?」
そこで、幼い声。不安そうに俺たちを見上げるみかんちゃん。
一瞬で頭が冷える。白鳥も篠原も俺も、目配せして笑顔を作った。
「しない。大丈夫だから」
「いや全然、俺たち仲良しだし」
「ひ、ふひひ……ぴ、ぴーす」
「ほんと? よかった!」
とたんにキャッキャとはしゃぎだすみかんちゃん。おさげを揺らしながら、俺のズボンを掴んで引っ張り始めた。
「あの、みかんちゃん、これ数少ない俺の普段着で……」
「ねー! おねーちゃんのおはなし知ってる? 昨日たいへんだったの!」
「え? お話?」
「しとじちじけん? に巻き込まれてね〜」
息が詰まる。
人質事件。そうだ、白鳥も当事者。あまりにもケロリとしていたから忘れていた。メンタル強すぎだろ。
篠原とチラチラ目が合う。これは、マズイ会話の流れかもしれない。銀の怪物の話になったら、シラを切り通せるのか?
「今日だってね、ミカのおたんじょーびなのに、出かけようとしたらおとーさんうるさいの!」
「あ……あーまあ、お父さんも心配だよね」
「“ぎんのばけもの”が出たらどうするんだーとか、はんにんがーとか」
「うごご……」
そうすか……もう周知されてるんですね。化け物として。
(ハーン!? 銀の英雄でしょうが! ちょ、誰? 偏向報道してるの誰です?)
「ミカ、あんまり喋るなって言われてたでしょ。ホラ、ズボンも引っ張るのやめて」
「だってー」
険しい顔の白鳥がみかんちゃんを引き剥がす。少女は膨れっ面で抱っこされ、不満も露わだ。
「でも、親父さんの言う通りかもな。2人で来るのは不用心じゃないか?」
「……2人じゃないわ」
「え?」
「“知り合いの警官を警備につかせる”って、何人かプラザに配備されてる」
「めちゃくちゃ親バk……んん」
ギリッギリで言葉を切る。白鳥は顔を赤くして咳払いした。
「私は良いって言ったの! ……でも、聞かなかった。グランドオープンで、施設側の警備だって手厚いのに……」
「……なんか、お前も苦労してるな……」
「……」
親って色々だ。篠原家くらい子供に無関心なところもあれば、白鳥家みたいな過保護な家庭もある。
親がいたら俺も心配されてたのかな……。
「まあ、備えすぎたって悪いことは……」
そのとき、違和感が脳から噴き出した。
強く打つ鼓動。湧き起こるアドレナリン。なにかが、おかしい。なにが?
視界に浮かび上がる《施設ハッキング影響下》の文字。野球コートの得点板が消えている。空調の送風口が閉じゆく。
「「「……ど、堂本……?」」」
「「「堂本くん、大丈夫?」」」
やけにゆっくりと届く2人の声。何かが起ころうとしている。そして俺は、“それ”を見つけた。
それは、フラフラと歩く中年の男性だった。
目は虚空を見つめ、夏場だというのにアウターに身を包んでいる。膨らんだ服に反して、こけた頬。
彼は笑い、両手を広げた。その口が、動く。
「クァーラ様に捧げます」
透過する視界が、彼の服の下を見通す! 巻きつけられた数本の管……爆弾だ!
「やらせっか……!!」
決断、行動。淀みはない。
人の頭上を飛び越え、一歩で隣に着地。男性の上着ごと爆弾を剥ぎ取り、頭上遥かかなたに……放り投げる!!
炸裂!! 思わず目を庇うほどの閃光は、しかし1箇所だけではない!!
俺が見切れなかったグラウンドの数箇所からも、同じように爆発が発生! あっという間に血煙が蔓延し、悲鳴とパニックが満ちた!!
「くそッ……!」
(はい切り替える! お友達のところに合流する!)
「分かってるよ!」
パラサイトの声が今だけはありがたい。内心の焦燥を無視して、篠原と白鳥に駆け寄った。
「動けるか」
「だ、だ、大丈夫だけど、これなに」
「避難訓練だと思えば楽勝だろ。行くぞ。白鳥はミカちゃん離すなよ」
「いまの……いえ、分かったわ」
白鳥は何か言おうとして、飲み込んだ。そうだ、今はそれを取り沙汰する時間じゃない。
みかんちゃんは不安そうな篠原の手を握り、ぎゅっと力を込めている。
「ナコおねーちゃん、大丈夫だからねー!」
「お、オゥフ……ハートが強い……」
「いこう」
互いに頷き合い、行動を開始……
しようとした瞬間、グラウンドを見下ろすスクリーンに奇妙なものが見えた。
シンボルのようだった。翼持つ蛇が、杖に巻き付いている。
《クァーラ様の栄光の元、不浄は消え去る》
流れる儀式じみた文字列。それは一瞬で去った。そして、スポーツエリアと他を繋ぐ通路に、無慈悲なるシャッターが降下した。
「は!?」
(あー……敵が一枚上手でしたか)
冷静なパラサイトの声。立ち止まる人々の波。
逃げ場なし! 以前も経験したような状況だ。この後の流れも読める。
すなわち、暴力の登場だ! 果たして読み通り、そこかしこで一般人に擬態していた連中が銃を取り出した!
「贄となれ」
低い呟き、バラ撃ちのマズルフラッシュ!
人々が、発射された弾丸の数だけ倒れてゆく……!!
「どっ、堂本!! みみみみミカちゃんにこんなの!!」
「ああもうクソ、分かってるよ! 変身!!」
篠原の縋るような目を見て、考える暇もなく宣言! これが終われば白鳥家からは化け物扱いだ、涙が出るね!!
《ス・ス・ス・スーツアップ! スタンダード!!》
それでもミカちゃんに血を見せるわけにはいかない! その一点で以て、俺はもう一度怪物に戻る覚悟を決めた!
虚空から現れるアーマーが、手足に吸い付く! 引き絞られる全身に、痛みと全能感が湧き起こる!!
暗転した視界がヘルメット越しに復活した時、映るのは赤く浮かぶ標的たちだった。
『行くぞ……!』
俺は床を蹴り、跳び上がった!!




