17-アーク・プラザの合流
「おぉ……! これがアーク・プラザ……!」
着くなり目を輝かせ、篠原が飛び出してゆく。
ちょっと前までさんざん来るのを渋ってたのがウソみたいだ……。苦笑いして、後を追う。
アーク・プラザ。ナギサ区のほぼ中央に位置するここで、俺たちはコーポレーションの“課外プログラム”を達成するべく動いていた。
最初は人の多い場所を嫌がっていた篠原も、来てみればなんてことはない。1番楽しんでいるくらいだ。
エンジンがゆっくりあったまるタイプなんだよな、アイツ……。
幸い好天に恵まれ、プラザの各所には人がギッシリだ。笑い声やおしゃべりが、辺り一面から湧き起こる。
ガラスと金属で構成された、巨大なドームのような建物。これすら一部でしかないんだから、その規模は推して知ることもできない。
(((ごめんね! 先生ちょっとこの後も予定があって)))
(((大丈夫っすよ。篠原の面倒はみます)))
安請け合いだったかな。人混みを前に一抹の不安を感じながら、少しずつ進んでゆく。
(あそこです、あそこ。篠原嬢を視界にマーキングしておきますね)
「あー、たすかる……」
(お安いご用です)
小さな背中が、人の波の中で青く浮かび上がる。あのチョコマカした感じは確かに篠原だ。
……この変化にも慣れてきてしまった。俺はなんなんだろうな、本当に。
「おい、あんま先走んなって」
「ど、堂本っ。このプラザ、フォトニックヴェインが使われてるって」
「……なにそれ?」
なにかの看板を前に、興奮してこちらを振り向く篠原。
俺の知らない単語だ。一通りコーポレーションの技術については勉強したのになぁ。
(“フォトニック・ヴェイン”。世界で初めて、空間そのものをネットワーク化することに成功した技術の名称です。光子通信としては異例の……)
「知らないの!? め、めちゃくちゃ有名なのに。す、すごいWi-Fiみたいな感じ!」
「どうすごいんだよ」
「1秒で10の18乗の計算ができるの!」
「なるほど」
(フッ、雑魚が。10の24乗の私を恐れるんですね)
聞いてもわかんねーよ。どう恐れたらいいかもわかんねーよ。
「そんなもん使ってどうすんだよ、タダのプラザに……」
「“ターミナル”制御の監視システムとか、点字ブロックの案内とか……あ、ホラ! メール、来てる!」
「メール?」
言われるままにスマホを出してみると、たしかに一通のメールを受け取っている。
開いてみると、そこには商品情報や、楽しげなイベントの告知が大量だ。
「おぉ……?」
「ね! 初めて訪れた人の趣味に合わせた通知も出せるの!」
情報が抜かれてるってことぉ!? ハッキングじゃねーか!
「いやこれ……」
「ちなみにコレ、ハッキングじゃないから。堂本の恥ずかしいシュミとかは抜かれてないよ」
「あぁ……いや恥ずかしくねーよ。どこに出しても恥ずかしくないシュミだよ」
(はいウソ! スマホの検索履歴出したりますよ!)
本当にやめてください。どこに出しても恥ずかしかったです。
ドヤ顔で解説し終えて、篠原は笑顔になった。
「ね、回ろ! もっとたくさんある!」
「……分かったから、あんまり焦らずにな」
手を引かれ、俺は大人しくついていくことにした。
こんなに楽しそうな篠原は久々に見る。……正直、それだけでも来た甲斐があった。
◆
「おぉ。なんかガラスまみれだな」
「テクノロジーエリア! あれ見てあれ、堂本!」
「ドローン……ドローンかアレ?」
「AI搭載ドローン! 一家族に一台、案内してる!」
「うお、こっちにも来た」
《コンニチハ。オ手伝イデキマスカ?》
「おっふ……ふひ。な、なんにも……ない」
「……ドローン相手にそこまでビビるか?」
◆
「はふっ……はふ。うま」
「ロボの料理がこれか。人間、ホントいらなくなるな……」
「フードエリア、最高。つ、次はアレが食べたい……」
「金あんの? 結構買ったぞ」
「お、お小遣いの、範囲内……」
「金持ちだな。いや金持ちだったわ」
◆
「うおおおお!! “ありげいたー”最高〜!!」
「篠原ってもしかして、喋るたびに別の人格インストールしてる?」
「ど、堂本も、ありげいたー好きなクセに」
「いや、アレはホログラムのライブじゃんか……そこまで盛り上がれないって」
「ら、ライブエリアまで来といて、そんな言い草! オタクは魂込めるからオタクなの!」
「すみませんでした……」
「うぉ〜っ!! タイガー! サンダー! ファイヤー!!」
◆
「で、スポーツエリアか」
プラザをかなり堪能した後に、俺たちは広大なグラウンドじみた一角に到着していた。
数キロ四方はありそうな面積が、そのままスポーツ場として活用されているようだ。ざっと見ただけでも、野球、バスケ、サッカー……色んなコートがある。
「ここの利用が無料ってのは、思い切ったモンだよなぁ」
「へへ。堂本もやってみる?」
「俺はまあ……いいよ」
今の“まともじゃない”体でスポーツなんぞしたら、どんな結果になるかわかったもんじゃない。
まあ、まともじゃない動きをしている人々も数名居るのだが。
(強化外骨格型スーツ、通称“エクソギア”。うわ〜、あんなおっそい動きで嬉しいものなんですかね?)
「何かと比べるのはやめようね……」
蹴ったサッカーボールが弾丸のように飛び出したり、投げたボールがキャッチャーミットで煙を上げたり。エクソギアとやらは絶好調のようだ。
いつの間にやら、篠原もエクソギアを着用している。見た目はグレーの皮膚のようで、節々にサポート装置が見えた。
ボタンひとつで吸い付くように密着し、篠原の全身にフィットする。
「みてみて。跳ぶから」
「おいおい、あんまり……」
止める暇もなく、篠原は思い切り地面を蹴った。
それだけで、数メートルも上にいる。案の定バランスを崩して落下する彼女を、危なっかしく受け止めた。
「……まあ、こうなると思ったから」
「ご、ごめん……」
目を回しながら謝罪する篠原。周囲の人は珍しいものを見る目だ。
そりゃ、制御もできないのに後先考えず大ジャンプなんて珍しいよね。苦笑して、篠原を降ろす。
「も、もう着ない……二度と……!」
「はいはい。だろうな」
(あ、今のシーンのスチル要ります?)
急いでスーツを脱ぐ篠原。引きこもりのクセに、こういうチャレンジ精神は忘れてないのだ。相変わらず失敗には弱いみたいだが。
「おねーちゃん、すっごーい! 高かったね、いまの!」
ふと、歓声が響いた。ずいぶん近くからのソレは、膝丈くらいの大きさから聞こえる。
見下ろすと、小さな女の子が篠原を見上げていた。キラキラした瞳いっぱいに憧れが映っている。
「お、オゥ……幼女あらわる……」
「ねね、いまのもっかいやってー! みたいみたーい!」
「し、死体撃ちまで」
裾を掴まれ、篠原はすがるような目でコッチを見てくる。正直俺もお手上げだ。
困惑していると、人垣の向こうから見知った顔が走ってきた。
「ミカ! はぐれないでって言ったでしょ……あ」
「あ」
「あっ」
白鳥 さくら。我らが生徒会長が、ロングヘアをポニーテールにまとめ、動きやすい格好でご登場だ。




