11-変化を追う
「はい……はい、そうなんですよ。いえいえ、とんでもございません、むしろ連れ出してしまったのは僕の方で……」
アワナミ市、“ナギサタウン”。高層ビルが立ち並ぶ繁華街で、俺たちはとあるカフェに入店していた。
目の前で電話をかけているのは、白衣の研究者“島善さん”だ。学生服の俺と並んで、かなり注目されがち。
「え? ……そんなことが!? いえ、それは初耳で……そうだったんですね。ハハ、では彼はラッキーだったのですね。良かったと言っていいのかな」
こちらをチラ見しながら、白々しく言い放つ島善さん。恐らくは人質事件のことを話しているのだろう。
気まずくなって窓を見る。きらめくネオンサインや、歩道橋の人の波。アレに混ざる一般人で居たかった……。
何度か電話越しに頭を下げ、彼は息を吐いて通話を切る。
「一応、学校には話せたよ。キミと僕は事件の発生中、本社ビルには居なかったことになった」
「よかっ……たんすか?」
「まあ……本当のことを話してもね。銀色の鎧に包まれて、犯罪者を打ちのめしたなんて……SF映画の見過ぎって言われるさ」
「うぅ……」
確かに、それはその通りだ。正直に話しても、精神科医を紹介されて終わる。
今、俺の肉体は銀のアーマーに包まれていなかった。島善さんの車に乗せられて落ち着くうち、いつの間にか消えていたのだ。
あまりにも綺麗サッパリ失われたから、あれは夢なんじゃないかとも思った。だけど……。
(ご安心くださいご主人様。アーマーはダオロスマイトの性質による5次元格納構造を利用し、貴方様の“変身”の掛け声ひとつで瞬間装着を可能としております)
「……」
「また話しかけてきた?」
「はい」
(ちょっとなんですか! せっかくこの超天才AIアシスタント“パラサイトちゃん”が有能っぷりを見せつけたのに!)
なんか宇宙人語みたいなのをひたすら脳内に流し込まれてげんなりしていると、島善さんが苦笑した。
そうなのだ。見えない同居人とも呼ぶべきこの“声”は、異常性の証拠として残り続けていた。
「……こういう精神疾患ってないんですかね。頭がおかしくなって、聞こえない声が聞こえるみたいなやつ」
(いま私のことを病巣呼ばわりしました!? しましたよね!?)
「無くはないだろうけど……キミの場合は、声の情報に一貫性がありすぎるかなぁ。やっぱり、飲み込んだ“サソリの機械”が関係してるんじゃないか?」
(サソリの機械ではありません! 賢くて可愛いパラサイトちゃんです! さあ復唱!)
「……」
うざすぎる……。聞こえてくるにしても、なんでもっと落ち着いた声じゃないんだ。アッパラパーすぎだろ。
溜め息も出ない。心は沈んでゆく一方だ。
「こちらでも調べてみるけど、あまり期待しないほうがいいだろうね。“ライフギア”シリーズは、コーポレーション内でもかなり秘匿されてる分野だから……」
「すみません、お願いします。島善さんしか頼れなくて……俺もう、ほんと、普通に戻りたくて」
「大丈夫だよ、あんまり悲観しすぎないで」
(なんですって!? 普通に戻るなんて、なんて寂しいことを言うんです! わかりました、では私が体内に居ることの利点をプレゼンします)
こ、こいつ……図々しすぎる。なにが“わかりました”なんだよ。
そんな苛立ちをよそに、脳内の声は咳払いして続ける。
(えーまず利点の一つ目。身体能力の向上。ご主人様の脳をあーしてこうして……ホラ、ちょっと力入れてみてくださいよ!)
「やめろ。マジでやめろ」
握っていたコーヒーカップを離す。冗談じゃない、装甲車を吹き飛ばすような筋力をここで発揮したくない。
脳内からは盛大なブーイングが響く。島善さんは不思議顔だ。
(ノリ悪ーい! 飲み会の一発芸とかできなそー!)
「一発芸でコーヒーカップを割らせようとしてくるんすけど」
「あっはっは! 愉快なんだね、その子」
(仕方ありません。利点二つ目。あの席の高校生達ですが、会計は割り勘すると782円です)
「はぁ」
まーたなんか言ってらぁ。話半分で聞き流そうとしていると、その席の会話が聞こえてきた。
「マジ? 3,910円って5人で割ったらいくらよ?」
「だいたい800円だろ? 800円出しとくよ」
「どんぶり勘定やめろや! えーと……782円だってよ」
……背筋に冷たいものが走り、思わず生唾を飲み込む。脳裏になぜかドヤ顔のイメージが浮かんだ。
(ほらね? 信じるか信じないかは、貴方次第です……)
「覗き見電卓野郎」
(は!? いま侮辱しました!? はいキレました。怒らせたのはご主人様です。利点三つ目いきまーす)
もういいよ……。なんで利点聞くのが罰ゲームみたいになってんのよ。趣旨変わってるだろ。
(三つ目は〜、なんとっ! 精密動作! どんどんパフパフ。紙飛行機が作り放題!)
「なるはやで摘出方法をお願いします島善さん、俺は遠からず狂います」
「は、ははは。いやはや。なかなか個性的な子と一緒になっちゃったのかな」
「こいつ紙飛行機がどうとか……ああもう、頭がおかしくなる!」
(つっくーれ! つっくーれ! さっさとつっくーれ!)
今作るから黙ってろマジで。
いやなんで作ってんだよ。怪訝そうな島善さんに見守られながら、俺は寸分の狂いもないナプキン紙飛行機を作り上げた。
思わず笑ってしまう。これの何が役に立つんだ。机の上にポイっと放る。
放った紙飛行機は、するすると同じ高度を飛行し、一度も下向くことすらなく店内を一周。全員の注目を集めながら俺の元に戻ってきた。
店内はにわかに静かになり、俺たちの方に耳目が集まっている。
「見たアレ? ヤバくね?」
「紙ヒコーキ……?」
「何あの人」
「危ない人なんじゃない?」
顔に血が集まり、熱くなっていくのを感じる。なんで紙飛行機の大道芸人みたいになってるの、俺。
(まだまだ利点はありますが、まあこの辺で勘弁してやりますよ)
「……堂本くん、そのね。キミを疑ってるわけじゃないから、あまり力を見せつけるのは」
「本当にごめんなさい」
(ねー! すごくないですか私! ほら褒める! そして謝る! 電卓扱いしたことを過ちだと認め、超絶有能アシスタントの私を讃える!)
「黙れ。絶対につまみ出してやるからな」
(はぁぁぁあ!? では利点四つ目いきまーーーす! サーモグラフィーとX線の視界とパッシブ・ソナーがサァ!!)
もうやだ。




