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104-幕間:獣の王国(3)

「V4、コードネーム“ドミニオン”。これより武装の性能テストに入ります」

「……」


 口上を述べる“4”。ドミニオンと名乗った彼は、虚空に手を突き出す。

 そこへ、純白の盾が現れた。アーマーが液状生物のように変形し、彼の手の先へ集まったのだ。


 更に、引いた片手には光る剣が握られる。純白のアーマーが消えれば、漆黒のボディスーツが覗いた。



 ディアブロは無造作に踏み込む。あいさつ代わりのジャブが、空気をうがち、盾に直撃!

 持ち堪えるドミニオンの、横! すでにディアブロは回り込んでいる!!


「!!」


 剣のカウンターすら避け、右ストレートが伸びる! だが、飛んできた光の矢で拳が弾かれた。

 生じた隙に、“4”は斬りつけながら跳び下がる。油断なく剣を構え直し、盾に隠れる。


「V6。コードネーム、“パワーズ”。対象の罪科を清めます」

「……フン。どいつもこいつも、似たような喋り方をする」

「“自我”が許されるのは、“V3以上”のハイクラス機体のみです」


 もう1人、弓だ。“6”が、翼のようなスラスターを用いて、飛行しながらも真っ白な弓を引いている。


 ディアブロは煙を上げる己の拳を見る。焼けた皮膚に、軽い出血……脇腹も、浅く斬られたか。


 そして……


「V5、コードネーム“ヴァーチュー”。広域兵装の起動を開始します」


 “5”。もっとも動き出しの遅いコイツが、もっとも厄介。

 全身を覆うアーマーには、スピーカーじみて微細な穴。なにが飛び出すのか、“見”に回るのは愚策と言えた。


《分が悪いんじゃないか? ミスター・ディアブロ》


 至極まっとうな分析を口に登らせるコロッサス。ディアブロの背後で、手出しする様子もない。

 だが、悪魔は返事をしなかった。かるく笑いの震えを残すと、動き出す!!



「!!」


 V4は目を見開き、その“掴み”をギリギリで拒絶! 盾ごと弾かれ、金網の上を数メートルも後退する!

 こめかみへと放たれた“光の矢”を、ディアブロはキャッチ! 彼はソレを、チラリと観察する余裕すらある。


(“電離ガス”か。バレルが焼け付く銃ではなく、弓を使うわけだな)


 コロッサスも同じだ。ディアブロの手中を焼き尽くそうとするその矢の正体を見抜く。

 鼻で笑うディアブロ! 投げ返す!!


 それは正確にV6の眉間を……狙って、いない。彼女の頬に一本の傷を残し、青空へと消えてゆく。


「……?」


 ディアブロも、コロッサスも、今の動きを訝しんだ。

 特にディアブロは、自分の手のひらを見つめ、呆然としているようだ。やがて彼はよろめき、キャットウォークの手すりに寄りかかった。


《……なるほど。“ヴァーチュー”か》


 遅れて、“それ”に気付くコロッサス。

 AIの擬似聴覚しか持ち得ない彼は平気だ。だが……。


「“ジェリコ・パルス”、効果確認。出力を高めます」


 V5。スピーカーじみたアーマーから、空気が波打って見えるほどの不可聴音が発されている。

 おそらくは、アレでディアブロの脳を攻撃したのだ。ゆえに反撃が外れた。


 そして……。


「……どこだ。く……」


 その虚空を払う仕草から、コロッサスは即座に悟った。

 ディアブロは、“盲目になっている”。手すりに縋っているところを見るに、平衡感覚も奪われているはずだ。耳から溢れる血液がその証左。


 影響はここだけにとどまっていない。眼下で迎撃に動くディアブロの部下たちも、耳を塞ぎ、ストレスに呻いている。ガラガラと、崖から岩が剥がれてゆく。


 この出力。周辺の街にも影響が出ないはずがない……これで“ヴァーチュー(美徳)”とは、皮肉なネーミングである。

 コロッサスは無表情に、なりゆきを見守る。……ここで倒されるなら、所詮そこまで。だが……。



「パワーズより本部へ。未だ被弾なし。ディアブロへのトドメを刺します」


 V6。パワーズが、スラスターを噴射しながらアクロバット飛行。ディアブロの背後を取り、その後頭部めがけて矢を射出!

 必殺の一撃! 当たれば頭蓋を貫き、脳漿を撒き散らす!!



 それは、ディアブロの“背中”に当たった。ドジュウ、と肉が焼ける音。

 もがいたのだ。獣が。だから、外れた……?


「“ドミニオン”」

「こちらドミニオン。ディアブロの動きに不可解な点があります。パワーズと協力し、トドメを刺します」


 盾と剣を構え、ジリジリと距離を詰めるV4。その額を、汗が滑り落ちてゆく。

 V6も、弓を引いた状態で周囲をグルグルと旋回し始める。もしディアブロに感じ取れる“気配”があるなら、それを散らそうとしているのだ。


 V5、“ヴァーチュー”も、正念場である。圧倒的優位のハズというのに、その目つきは死闘の最中に鍔迫り合いをする戦士のそれだ。



 “次で、殺す”。いつしかV7部隊の3人は、その共通認識を確固たるものにしていた。次の一撃こそ、不意打ちのパフォーマンスにおいて最高値を望めるものだ。

 ……正確には。“次で、殺さなければ”という、確信にも似た予感。



 AI制御されたタイミングで、ドミニオンが踏み込んだ! 同時にパワーズが矢を放ち、ヴァーチューのパルス出力が最大化される!!




 その瞬間に、ドミニオンは不可思議な感覚に陥った。熱く冷たいモノが、体内で飛沫を上げるような錯覚。久しく忘れていたそれは、“感情”だ。

 彼は悟る。ディアブロの拳が、肋骨をへし折り、めり込んできている。……自分は死んだのだ。動揺の感覚共有を断ち切るため、“AIリンク”から切り離された……。


 V5、V6。数十の戦場を共にしても、別れは呆気ないものだ。

 そしてディアブロ。なんという強者。悪魔のような笑い顔。……俺はなぜここに来てしまった。家族のもとに帰りたい。死にたく、ない……



 吹き飛ぶドミニオン! ディアブロは獣じみた姿勢で屈み、矢を回避しながら“ヴァーチュー”を目掛ける!!


「!」


 とっさに動こうとするV5は、決めかねた。生存すべきか? それとも、再びの最大出力で、ディアブロの感覚器官に恒久的な傷を残すべきか? だが盾となるV4の代わりは!?

 AI演算がすべて決めようとする、一瞬とも呼べぬ隙。答えが出た時にはすでに、ディアブロがヴァーチューの首を掴み、吊り下げていた。


「!」

「動けば、コイツの首をへし折る」


 空中、パワーズが弓を引く。が、ディアブロが牽制すれば、その動きは止まった。

 岩壁にめり込み、半ば血のシミと化してピクリとも動かないドミニオン。ヴァーチューのスピーカーアーマーは、掴まれ、振動を失ってしまった。


「え……演算不能。我々の作戦は完璧に機能していました。なぜ……」

「“なぜ、わかったか?”……平凡な問いだな。あんなものは、不意打ちとは呼ばん」

「ですが、付け入る隙は……」

「そうだ。完璧だった。完璧すぎた」


 なんでもないことのように言いながら、目を拭うディアブロ。その瞳に、光が戻り始めている。ヴァーチューの顔に困惑が映る。


「AI制御か。実に便利だが、やはり生身の勘は必要だな」

「どういう……」

「貴様らの攻撃のタイミングは、つねに“パルス”と同期されていた。狙撃はいつも頭狙い。あとは……“ニオイ”だ」

「ニオイ……?」


 言われ、V5はようやく気付いた。

 V4の剣には、最初の交錯で付着したディアブロの血液!

 V6の頬には、矢を投げ返されてできた一筋の傷!!


 まさか、これを嗅ぎ付けて……! 闇の中、平衡感覚も失われた状態で!?


「本部。指示を請います。目的達成確率が低下しています」

「反応も希薄。正攻法ばかり。あまり楽しい相手ではなかったな」


 バ バ バ バ バ……。キャットウォークを揺らしながら、大量のヘリが到達する。

 現地政府のものだ。谷から見える空を覆い尽くすように、鋼鉄の腹が並ぶ。


 それらに囲まれても、パワーズとヴァーチューは動けなかった。ディアブロの圧によって。


「「「“ナハシュ・シンジカート”、ディアブロと確認。対象に告ぐ。人質を解放し、投降せよ」」」


「ボス!」

「ご無事ですか、ボス!!」

「騒ぐな。俺なら平気だ」


 頬に跳ねた血を拭い、ディアブロはV5を睨む。

 足場を登ってくる部下たち。未だに動かないV7部隊。



 瀬戸際と言えた。ここの動き次第で、どんな最悪ですら起こりうる。


「さて……貴様らの高価な装備で、どう交渉したものか」

《ディアブロ。お見事だったが、少しやり過ぎたようだ》

「なんだと?」


 背後のコロッサスの言葉に、ディアブロが振り向く。

 人造兵士は首を振った。


《ペンシルベニアにある、我々のコロニーから通信だ。“向かってきている”》

「……」



 なにが。尋ねるまでもなかった。答えが10秒もしない間に現れたからだ。


 ゴウ、と空気が震えた。その瞬間、ディアブロもコロッサスも、ヴァーチューもパワーズも。他の連中も、皆。空を見上げた。


 その先。空を裂く炎の剣じみて、流星のような存在が降ってくる。


 ド オ ン 。“それ”は、派手な音を立ててヘリを貫き、岩壁に着地。斜めに突き刺さった状態で、ディアブロとコロッサス、敗れたV7部隊を見下ろす。


 腕を組んだ姿勢。煙を上げる真っ黒なアーマー。刻まれた“2”の数字。


「……だから道を空けとけっつっただろ。これで給料天引きなんだから笑えるぜ」


 ヴァーチューとパワーズが、息を呑む。

 決して増援への喜びではない。むしろ、畏怖の類である感情が、漏れる。



 溶け落ちるヘリの鋼鉄と、パイロットの悲鳴を、シャワーのように浴びながら……その男は、インカムに手をやった。


「……“V2”、“ケルビム”より本部へ。ヘリが一台撃墜された。俺に」


 


 


 



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