表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/106

100-構造的敗北


 しばらく白鳥を抱いていた正一郎さんが、顔を上げる。その口を、言いにくそうな形で開いた。


「……クラップロイド。ドローンくん」

『え?』

《な、なに》

「……キミたちに、十分に礼を尽くす術を、今の私は持ち合わせていない……それでも、言わせてほし……」



 その言葉が、途中で間延びした。



 ちがう。俺の感覚が、時間を延ばしている。

 なにかおかしい。白鳥が生き残ったとわかった途端に、空気が変わった。



 誰の? ……A-SADの。



《……成程。生き残ってしまったか》

「はい」



 黒い群れの中、誰かが報告するのが聞こえた。

 犬飼さんではない。彼も、なにかに気付いたらしく、眉根を寄せている。



 ちらりと、A-SADたちが白鳥を見る。そして、レーザー銃を持ち上げた。


「下げなさい。被害者に銃口を向けるな」


 冷徹な声で、犬飼さんが指示を飛ばす。そこで、遠くにいた鉄巻さんも異変に気付いた。


 だが、銃口が下がらない。彼らは犬飼を一瞥すると、無機質に答えた。


「“真壁警視監”の命令です。アバターセラムの生存者は、“利益”よりも“損害”が勝つと」

「……なんだと?」

「抹殺指令がくだりました。白鳥 さくらの」


 引き金が引かれる! 咄嗟に庇えば、アーマー胸部で受けたレーザーが、四方八方へ飛び散った!


『あぢぢぢ!! あぢ、焼ける焼ける焼ける!!』

「くっ」


 隣の正一郎さんが、レーザー銃をためらいなく射撃。

 受けた銃身が爆発するも、あと何十丁それを繰り返せばいいのか。A-SADは次々に部隊を展開してくる。


『“損害”が勝つってなんだよクソ!』

「クラップロイド! 娘を連れて、狙いをつけさせるな!」

『あたぼうっすよ! 逃げるのは大得意!』


「トクタイ! 防御陣形!!」


 力強い号令。シールドを構えるトクタイ隊員たちの、壁のような背中が現れる。

 A-SAD。トクタイ。彼らの間に、不可侵の数メートルが生まれる。


 その先頭にあって、鉄巻さんは鼻息も荒い。怒り心頭だ。


「嫌な集団とは思っていたが、ここまでとはな! どうする。市警内で潰し合うか?」

「……鉄巻隊長。おそらく指示の行き違いです」

「犬飼ッ! 甘いことを言うな! ここで決めろ。トクタイに着くか、A-SADに着くか!」


 そうは言っても、A-SADの物量は圧倒的だ。瓦礫の向こう、校庭の半分まで黒々として見える。

 犬飼さんは無線機を持ち上げ、口を開く。


「真壁警視監。私です」

《犬飼くん。なにかあったかね》

「白鳥 さくらは脅威にカウントされない。セラムの効果は切れています」

《それで、生きている。違うかね? 新型セラムの適合者なぞ、放っておくことはできん……》


 無言。犬飼さんはチラリと俺を見て、俺が抱えた白鳥を見る。

 そして、鉄巻さんに視線を戻しながら、無線機に口を近づけた。


「……いいえ。生存確認は取れていません」

《なら、キミが自分で確認したまえ。……言っておくが、下手なごまかしが通用するとは思わんことだ》

「わかりました。……失礼」


 歩き始める犬飼さん。

 鉄巻さんとしばらく見合っていたが、彼女が舌打ちしてハンドサインを出すと、シールドの壁が僅かに開いた。


 そこから、歩いてくる。メガネで光が反射し、その瞳を見ることができない。


「……」


 わずかに緊張し、銃を構える正一郎さん。俺も全身に力を込め、いつでも逃げられるように構える。


 抱えた腕の中で、白鳥は苦しげに呼吸を繰り返している。確認などしなくても、生きているのは丸わかりだ。



 それでも、犬飼さんは白々しく脈をとる“フリ”をする。

 そして、ささやいた。



「……いいですか。A-SADは止まりません」

『え』

「彼女を連れて、逃げなさい。……白鳥室長。構いませんね」

「……」


 見つめても、犬飼さんはポーカーフェイスだ。

 正一郎さんも、無念そうに頷いた。拳銃を握る手が、震えている。


「警視監が彼女を殺そうとするのは、何故なのか。それが分からない限り、闇雲に戦うのは下策だ」

『待ってくれ……犬飼さん、いいのかよ。俺たち、アンタの敵で……秩序の敵だろ』


 その言葉に、やれやれと犬飼さんは首を振った。


「……あなたはとんでもないバカで、交渉もマトモにできないが……少なくとも、謀略のたぐいとは無縁です」

『……信じて、くれるのかよ。俺を』

「勝手に言っていなさい。……ええ、そう言い換えても通るでしょう」


 立ち上がる犬飼さん。

 正一郎さんが、次いで俺を見た。


「……キミに頼り続けること、市警として情けない限りだ。だが……」

『……』

「私では、守れない……! く、クラップロイド……娘を、頼む……!」

『……絶対に、守ります』


 ガシ、と手を掴まれる。父親の力は、アーマー越しでも痛いほどに伝わってきた。


「……合図します。そのタイミングで逃走しなさい」

《る、ルート検索する! クラップロイド、準備して》

「いいですね。3、2、1……」


「トクタイ!! もう撃てッ! ここまで我慢した鬱憤を晴らしてやれ!!」


「……では、アレが合図ということで」


 

 鉄巻さんが叫ぶのを聞き、俺も駆け出す!


 犬飼さんと正一郎さんが、それぞれ拳銃をA-SADに向けるのが見えた。彼らも決死だ。このあと、市警内でどんな沙汰が待ち受けるやら。


 そんな覚悟を受け取って、全速力。回り込もうとするA-SADを、トクタイが射撃して足止めしている。


「クラップロイドを守れッ! 白鳥嬢に傷一つ負わせるんじゃない!」

「トクタイが反抗。発砲許可を」

《やむをえん。全武装の使用を許可する。大義をなしたまえ》

「人質を取れ人質を! 麻痺させたA-SADをひん剥いて盾にしろ!」

「鉄巻よぉ、そりゃ悪党のやることだぜ……」



 健診で待たされている人々のあわいを縫い、アワナミ高校の校門を突破。

 遠くから、ヘリのプロペラ音やサイレンが追跡してくる。


 それを背に、目覚めない白鳥を抱えたまま俺は逃走した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ