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10-激突、傭兵部隊!

(さーて、前菜です前菜! かるーくぶっ飛ばしちまいましょうご主人様!)


 素早く散開する傭兵たちを前に、俺の脳内の声は嬉しそうだ。

 マジでふざけないでいただきたい。弾丸を防げたのだってどうせマグレなのに調子に乗れるわけない。


「トレース」

「「「トレース!」」」


 巨漢が声を発すれば、彼らが応える。集団から、3人の傭兵が三角形で向かってくる。

 先頭の、踏み込み! 距離が踏み潰され、ギラリと輝く『ソレ』が伸びてくる!


 ナイフ! 迫る切先を、喰らうわけにはいかない!


(はい、左手!)

『ハオッ!?』


 銀の左手がしなり、ナイフと激突!

 硬質な音が響き、火花が飛び散る! 傭兵が大きく体勢を崩したところに、右の拳が飛び込む!


 三角形の右側の傭兵が、腕に組みついてくる! だがそれごと、振り抜く!!

 3人を巻き込み、ショーケースに叩きつけた! 粉々になるガラス、鳴り渡る鈍い音!


 パリパリと頭部アーマーにガラス片が当たるのを感じて、腕が震えだす。


『お、おれ、おれなんてことを……お詫びしてもしきれません……罪を償います、俺……』

(なーに言ってるんですか! 正当防衛ですよ! さあ次!)

『これが正当防衛!?』


 折り重なって倒れる3人を前に、俺の思考は超パニック。訴えられたら負けるとか、そんなことしか考えられない。

 そんな俺を前に、巨漢はラップトップ傭兵に視線を送る。彼は頷き、なにかコマンドを入力した。


 途端に、彼のバックパックから虫じみた小型の機械が湧き出した。リジェネデバイスの群れだ!


「フォールン発見! フォールン発見! 直チニ捕獲セヨ!」


 それらは俺を見ると、無機質な音声と共に殺到してくる! あまりにもキショい!!


『フォールン!?』

(“フォールン”。この地球に存在する、人類以外の知的生命体の総称です)

『おいバケモンだと思われてるってことか!? 人間だよ俺は!』


 身体にへばりついてくる機械虫を剥がし、床に叩きつけてゆく。剥がし切れなかった数匹が光り、直後!

 全身に、痺れ! 膝から崩れそうになって思わず歯を食いしばり、残るリジェネデバイスを掴んで叩き壊す!


『なんだよこれ! フォールンだと思われて、捕まえられそうになってないか!? 普通そんな機能付けるか!?』

(今のはAEDの応用ですね。電流ビリビリ〜って感じです)

『あのな、それでも十分脅威で……』


 ゴォォォォッ!! 地響きのような音に、咄嗟に向き直る。

 巨大装甲車“レスキューローバー”までも、俺を向いてタイヤを回転させている!! 被災地の瓦礫を突き破るための戦車並み大質量!! 


『冗談だろ』

(腕の見せ所ですね!)

『冗談だろ!?』


 避けようとして、立ち止まる。背後には、いつの間にか、生徒たち。

 巨漢は腕を組み、じっと俺を見ている。嵌められた。この位置に、動かされた。


 呆然とする白鳥。絶叫する鮫島。涙する生徒たち。その全員に突きつけられた銃口。逃げられない。


 頭の中が真っ白になり、鼓動が乱れ打つ。だが、それは一瞬で去った。やるべきことは、あまりにも明白!!



 覚悟だ! 腰を落とし、装甲車と向かい合う! タイヤがその場で回転し、焦げた臭いと轟音が満ちる!

 息を吸い、胸に溜め、そして目を見開く! 俺が床を蹴るのと、装甲車が飛び出すのはほぼ同時!!


(ここです、ご主人様!)

『負けるかァッ!!』


 バンパーめがけ、床を抉りながらのアッパーカット! 拳が鋼を突き破り、車体を捉える!

 ひしゃげるエンジンが火花を散らし、跳ね上がるパワーに前輪が床を離れる! 暴走する後輪が床を滑り、そして!

 巨大極まる装甲車は、鯨の尾のごとく半円を描き、派手な音をあげて沈んだ!


 生徒たちの歓声と、傭兵どもの息を呑む音が心地よく響く。俺は拳を握りしめ、一瞬の歓喜に浸った。


『やっ! たあ!!』

(お見事! やれると思ってませんでした)

『お前……』


 脳内の声のあまりの薄情さに、思わず低い声が出る。

 そもそも何なんだ、こいつは。そして俺も。先ほどの大立ち回りを経ても、銀色のアーマーには傷ひとつついていない。


 

 気絶した傭兵たち。床に散ったリジェネデバイスの残骸。腹を見せる重装甲車。

 安堵の涙を流す、気の早い生徒もいる。残る犯罪者たちも、チラリと視線を交わすのが見える。さあ、次はどう来る……!



 勝ちの流れを感じていると、不意に空気が重圧で淀んだ。



 ドシリ、と鳴る音。急激に下がる温度。



 床を踏むタクティカルブーツ。軋むミリタリージャケット。こちらを見下ろす、厳しい瞳。

 リーダー格! 慌てて拳を構えると、脳内に甲高いアラームのような音が鳴り響いた!


(イカロス反応有り! ご注意くださいご主人様!)

『イカロス』


 ……ってなんだっけ。あ、島善さんの研究対象だ。

 そうだ。人類を超越した能力の保持者“イカロス”! この巨漢がそうだというのか!?


(中南米の私設傭兵部隊の長“ディアブロ”。今まで数々の戦争や内戦にて目撃され、どの陣営においても壊滅的な被害をもたらしています)

『ディアブロ……?』

「俺を知っていたか。ヴェニーノめ、あまり派手に動くとこうなる……まさかもう、“派遣”されてくるとはな」


 何を言っているのかは分からないが、言葉のひとつひとつに恐るべき圧がある。コイツが喋れば、その場の人間は聞かざるをえない……白鳥とはまた違った、恐怖のカリスマ。

 傭兵たちは一歩下がり、俺たちを囲むようにした。1対1にしようというのだ。


 バチン、バチン。ジャケットのベルトを少しずつ緩めながら、ディアブロは低く笑う。

 笑って、拳を構えた。それだけで、空気がどろりと濁った。



 まだ数メートルも離れているはず。それなのに、まるで喉に拳が押し当てられているかのような錯覚に陥る。息が詰まり、汗が噴き出す。

 さっき装甲車を殴り飛ばした俺の拳が、小さな、頼りないものに思えてきた。


「……取引といくか。機械人形」

『とり……ひき?』

「すでに作戦時間を2分も過ぎている。部下もここまでやられて、続ける旨みは俺にない」


 そして、やつはチラリと生徒たちを見た。その口元には、確信の笑みが浮かんでいる。


「守りたかったものを解放してやる。俺たちはここで撤退する。悪い条件ではないだろう」

『……』


 こいつ、俺が装甲車から逃げなかったのを見て……。

 しかし、犯罪者の言うことを信用できるのか。躊躇いが動きを鈍らせる。


「それとも、ここで殺し合うか。生き残るのはどちらか1人だろうが……望むモノも、互いに手に入らんだろう。俺は無駄が嫌いでな」

『……ここから消えるってことか?』

「お前が血を見たいなら話は別だが」


 沈黙。ディアブロは動かない。傭兵たちも、銃口を生徒に向けたまま、俺を睨んでいる。

 途切れるアドレナリンが、冷静な思考を呼び戻す。……この未知の力を、これ以上振るえばどうなるか。当初の目的を忘れてはならない。


 足が震えているのは、恐怖のためだけではない。極度の疲労感が、体の芯から溢れてくるのだ。


『……これ以上は、やらない』

「よし」


 傭兵の長は手でサインを出す。他の犯罪者らも息を吐き、少しずつその銃口を生徒から外す。

 撤退が、始まった。倒れた者を担ぎ、装備を収納し、彼らの移動は迅速。時折瓦礫を踏む音だけが、痛いほどの静寂を乱す。


 やがてシャッターが上がり、1人、また1人と階段へ消える。音もない撤退は、彼らの実在すら疑ってしまうほどになめらか。

 最後の1人となったディアブロは、しばらくこちらを見ていた。


 だが、彼もまた、その壁のような背を向けた。


「また会うことになる。必ずな」

『……』


 臓腑を鷲掴みにするようなその一言を残し、ドシリ、ドシリと、階段を降りてゆく。

 重い圧が消えて、思わずショーケースに寄りかかる。終わった……助かった。荒い息を吐き、今更の恐怖に耐える。


 手足が鉛のように重い。冷たい汗が額に滲む。気を抜けばぶっ倒れそうだ。あまりにも紙一重だった……。




 その時、背後の気配を感じ、俺は振り向いた。生徒たちが床にへたり込んでいる。

 そうだ。終わってない。ここから退避させなければ。


『すまん、終わったばっかなんだけど……』

「ひっ……」


 白鳥に声をかけると、明らかに怯えた反応が返ってきた。え、傷付くんだけど。


『……いや、あの。応急手当とか、退避とか』

「あっ……え、えぇ、大丈夫です。避難します」

『あの……なんで敬語?』

「え? なんで、って……」


 さっきからめちゃくちゃ他人行儀なんだけど。ちょっと力持ちになっただけで化け物扱いですか?

 と思ったが、そうだ。今の俺は全身アーマー、顔もヘルメットみたいなもので覆われているんだった。そのうえ声も歪んでいるとくれば、誰かわからなくても無理はない。


 ……正体を明かすのは、早計に思えた。ディアブロが“また会うことになる”なんてお礼参り予告のセリフを吐いてるあたり、余計に。

 咳払いし、いかめしい声色を作る。


『あ、あー……任せたぞ。彼らをまとめて、社員のいるフロアまで』

「は、はい。任せてください」

『……そこの彼は……』


 鮫島を見ると、白目を剥いて気絶している。うーん、コイツ……いや、仕方ないか。こうなるよね。


『いや、ともかく。俺はまだ……』


 何か言おうとして、ふらついた。直後、床がせり上がってくるのを両手で受け止める。

 倒れそうになったのだと、気付くのに数秒かかった。耳鳴りが鼓膜を覆い、四肢に断続的な震えが走る。


『……なん、なんだ』

(オイルエンプティ。オイルエンプティ。給油してください)

『給油……?』

(最寄りの駐車場への最短ルートを表示します)


 白鳥が何か言っている。だが、今、俺の体は徐々に機能を失っていた。

 手足の先から、冷たい氷の塊に入れ替わってしまうようだ。それは徐々に、心臓めがけてのぼってくる。



 時間がない。直感でそう悟った。



 視界にあらわれる、青い矢印。それに従って、俺はビルの窓を叩き割った。

 復活した警備システムが甲高い警報を鳴らす。背後からの制止の声も、今は重要ではなかった。


 行かなければ。窓枠に足をかけ、アワナミ市を一望し、なんのためらいもなく飛び出す。


 落ちるまでの一瞬、景色が広がる。都市内を血管のように走る道路。煙を吐くコンビナート。色とりどりの住宅地。


 そして、迫るアスファルト。


『ああ、死ぬかも』



 ダァン!! 


 巨人の足踏みじみた音。俺は宙にはね上げられ、空を見ていた。

 バウンドしたのだ。駐車場の微かな凹みが見えた。


 少しして、もう一度叩きつけられる。アーマーが軋み、肩にわずかな痛み。しかし、それよりも息苦しさが勝る。

 はやく、これを、なんとかしないと。


 矢印は停めてある車を指す。正確には、車の給油口を。

 這いずって近付き、カバーを殴り壊す。倫理観など吹き飛んでいた。


 漏れ出す茶色の液体が、なによりもうまそうな香りを発する。頭部のアーマーが解除され、俺は1も2もなくそれに吸い付いた。

 やはり、うまい。たまらない。体の乾いた部分が、満たされてゆく感覚。いっそ異様なほどの、甘露……。


 恍惚として喉を鳴らしていると、不意に意識がハッキリと戻ってきた。

 そして、気付く。俺は何をしている!?


「おっ、おえええええ!」


 ガソリン臭に耐えきれず、嘔吐する。だが透明な胃液がアスファルトで跳ねるのみ。

 動揺から立ち直りきれず、車から漏れる燃料と嘔吐跡を見比べてしまう。


「なに、なんで俺」

(給油完了! さてご主人様、これからのご予定についてですが……)

「黙っててくれ、頼むから、黙って……」


 ダメだ、俺は怪物になってしまった! 普通の人間はガソリンなんて飲まない! ビルから飛び降りたら死ぬ! 装甲車を殴り飛ばせない!


 俺は何になったんだ! 恐ろしい想像がいくらでも働いて、心が限界の崖っぷちに追いやられるのが分かる。


 その時だった。


「……堂本くん?」

「へ?」


 声に振り向くと、そこには島善さんが立っていた。


「島善さん……?」

「どうしたんだい、そんなところで。さっき物凄い音がしたけど……」


 困惑した様子の彼は、癖毛ばかりの頭をかき、駆け寄ってくる。

 そして俺の格好と破壊された車を見て、眉をひそめる。が、すぐにそばに屈んで、顔を覗き込んできた。


「大丈夫? なにか助けがいるかな」

「お、俺……島善さん、俺……」

「大丈夫、立てるね。よしよし、落ち着いて……はい、深呼吸」


 あやされるようにして、俺はようやく心の平静を取り戻しかける。

 が、遠くで聞こえるサイレンの音に、すぐに精神が乱された。まずい、まずいまずい! やらかしたことが多すぎて罪状が数えきれない!


「や、やば……」

「……堂本くん、何があったか分からないけど。とにかく、その格好は目立つし、キミが見学会から抜け出している現状もマズイ。分かるね」

「は、はい、勿論っす」


 首が取れそうなくらいに頷きまくる。それはもう、これほどマズイ状況はない。

 島善さんはすこし緊迫した様子で頷き返し、俺の銀色の手を取った。


「いったん、ここを離れる。いいね。それで詳しい話を聞く」

「わかりました……え、逃げるんすか? 島善さんに迷惑が……」

「どのみち今日はシステムチェックでビルから追い出されて、研究中断さ。だから帰ろうとしてたらキミが居たってこと」


 いやそうじゃなくて……と訂正しようとしたが、近付いてくるサイレンに言葉を封じられる。


 結局、俺は島善さんに手を引かれるまま、クラリス・コーポレーション本社ビルから離脱した。



 

 

 

 


1日2話投稿はここまでです。明日からは20時に1話ずつの投稿となります

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