1-胎動するシンジカート
初めての任務で、部隊が全滅。
こうなると分かっていたら、俺はこんな所に来やしなかった。
化け物へのマズルフラッシュが網膜を焼く中で、任務の頭からの走馬灯が脳にひらめく——。
◆
「……」
バンに揺られながら、俺は重い装備の感触に辟易していた。
10キロ以上の銃に、これまた数キロの多機能試作スーツ。ARヘルメットなんて、首を動かすのも苦労する。これから一体、どんな化け物と戦わされるんだ。
冷たい胃をさすっていると、肩を叩かれた。気遣わしげな顔の隊長だ。
「新人。現場は初めてか」
「え……ええ、はい。初めてです」
「ハッハ! チェリー君か? 安心しろ、テメェのケツは守ってやんよ」
俺たちのやり取りに、大柄な男が身を乗り出して大笑いした。背負った盾がユラユラ揺れて、隣の女性が顔をしかめる。
「デクの棒。いちいち動くな」
「ハ、ジャガー3は盾がいらねえとよ」
「諸君、集中しろ。到着する」
隊長の一声で、すぐに車内は静まり返った。直後にタイヤが鳴き、止まった車から大男が飛び出してゆく。
砂埃が舞う中に荒々しく着地し、盾を構えた彼は四方を確認した。そして、頷く。
「クリア」
「ジャガー、作戦を開始する。隊列」
「「「ラジャー」」」
俺も追って外に出る。そしてヘルメット越しに、その建物を確認した。
今にも崩れそうなアパート。こうして夜の闇の中で見れば、少し不気味だ。誰かに見られているような気がして、身震いを押し殺す。
「ムーブ」
隊長が盾役の肩を叩き、移動が開始する。静かに扉を開き、音もなく歩行。
明かりすらない廊下は、ヘルメットの暗視機能でかろうじて見通せる。注射器や割れた皿が散らばり、踏まずに歩くのは至難。だが、そのために訓練を受けてきた。
特殊部隊ジャガー。今回の任務は、「ナハシュ・シンジカート」という麻薬カルテルの検挙。
俺はつい先日、部隊の末席に身を置いたばかりだ。それでも、今回の作戦の異常さは分かる。
バックアップもなしでカルテルの撲滅? 無理だ。……誰がこの作戦を立案したのだったか。
「……」
ふと、隊長が停止の合図を出す。全員の足が止まり、四方に警戒を散らす。
彼は屈み、なにか取り上げたようだった。それはどうやら……彫像のようだ。杖に巻きつく、有翼の蛇である。
俺の背後、ジャガー3が鼻を鳴らした。
「麻薬カルテルって話じゃなかったかしら? カルト?」
「似たようなもんだろ」
「静かに。進行再開」
「……」
また、隊列が動き出す。階段を上り、2階の廊下を覗く。
すると、奥の一室から明かりが漏れているのが見えた。
「……」
隊長のハンドサイン。俺たちはヘルメットに触れ、収音率と視界拡大を最大に変更する。
すると、僅かに開いた扉の奥、部屋の様子が見え始めた。
複数の震える吐息が、ヘルメットに届いた。嗚咽混じりのものもあり、不安定な呼吸はどれも浅い。5人ほどか。
そして、足音。その5人の前を、悠然と歩く足音だ。恐らくは、その部屋の主。
『……クァーラの名を知るか?』
『ひっ……お、お願いです、帰して……』
『汝、クァーラを崇めるか?』
『お願いです、お願いします……家に帰らせて……』
男の声が問いかければ、恐怖を喉に詰まらせた答えが返る。
ボロボロのドアの隙間から、注射器の輝きが見えた。低く歌うようなつぶやきの直後に、くぐもった絶叫が響き渡る。
「ムーブ」
隊長の指示。絶望の残響に合わせて、俺たちはとうとう部屋の前まで到着した。
盾役の肩に、二度のタップ。直後、ドアが蹴破られた。
「動くな! ナハシュども!」
銃を構え、ジャガーチームが室内に突入する。そして一瞬、全員が怯んだ。
部屋全体に、奇妙な紋様が刻まれていたのだ。文字のようでもあり、虫のようでもある模様。見ていると、腹の中で何かが蠢いているような感覚に陥る。
部屋の中央には、神父風の男が、泡を吹く人間の襟首を掴んで立っていた。その手には、注射器。
4人ほどが頭を抱え、伏せている。銃を恐れているのか、顔をあげることはない。
「レオ・オルネラスだな。シンジカートの『勧誘』担当」
「……成程。突入部隊ですか」
隊長の言葉に、神父風の男は納得したようにつぶやいた。そして、耳に触れながら、口を開く。インカム!
「客です」
ドォン! 轟音ののち、世界が真っ白になった。耳鳴りが消え、ヘルメットの視界が戻ると、部屋の中がメチャクチャになっている。
「っふー! あぶねーあぶねー! 人間爆弾かよ!」
盾を持ったジャガー2は、それまで怯える人々が居た場所を抑えるように立っていた。小さなクレーターが床に残り、血が辺り一面に散っている。自爆……!
「そこまでするんですか、ナハシュ・シンジカートは!?」
「洗脳されていたんだ。油断するなジャガー4、レオが消えた」
「来る。階下から複数」
隊長たちはすでに体勢を立て直している。ジャガー3の警告と同時、隠す気もない駆け足が階段を上がってくる。
顔を出したのは、数名の武装した男たち。彼らは躊躇いもなく銃撃を開始した。
「応戦! 実弾許可!」
「「「ラジャー!!」」」
火花散らす盾の陰で銃のツマミを捻り、身を乗り出して射撃する。
すぐに廊下はストロボじみた光の応酬で満たされた。硝煙の匂いに、薬莢が転がる音。撃てば返され、死線が掠める。
直後、違和感。振り向くと、注射され、泡を吹いていた男が立っていた。
危ないから伏せろ! そう叫ぶ暇もなく、首を掴まれ押し倒される。
「ぐっう!?」
「ジャガー4!?」
彼は白目を剥きながら、何事か叫んでいる。凄まじい力だ。スーツ越しにも関わらず、喉が潰される……!!
いよいよ力負けしそうになったとき、彼の喉からナイフの刃先が生えた。急激に脱力し、体がのしかかってくる。
ジャガー3だ。彼女はナイフをしまうと、俺の手を掴んで立たせてくれた。
「無事?」
「え、ええ、ありがとうございます」
「“ブラッドフォグ” 。薬で操ったようね」
「おいこっちは無事じゃねえぜ! あぶねっ」
あやうく頭を引っ込めながら、ジャガー2が叫んでいる。射撃が激しいのだ。
ジャガー3が舌打ちしながら加勢する後ろで、俺も銃を構え直す。
「おいおいジャガー3! いっつも俺に自慢してる射撃の腕はどうした!?」
「こいつら……素人じゃない! 慣れてる!」
「チッ、ジャガー2! “いいぞ”!」
隊長の指令に、盾役の男はニヤリと笑った。そして、吼えながら盾を頼みに突撃した!
数名を巻き込み、壁を崩壊させて弾き飛ばす! スーツからのアシストパワーに筋肉を鳴らしながら、ジャガー2は大笑いして残りに向き直った。
「やった……」
戦車も同然の頼もしさに、俺もすぐさま援護しようとした。だが、体が、止まった。
階段から、腕が伸びてきたのだ。それはジャガー2の巨体を掴むと、いとも簡単に握り潰してしまった。
ドシン、ドシン。その存在が、現れる。血溜まりを踏み、俺たちを睨むその存在。山脈のような肉体に、射殺すような眼光。
ヘルメットが即座に解析し、人物照合の結果を表示する。『ディアブロ』! 傭兵部隊の長!
足元で血肉の屑溜まりとなったジャガー2を一瞥し、彼は鼻を鳴らした。
「弱者か。淘汰を受け入れろ」
ジャガー2、生命反応なし。ヘルメットからバイタル表示が消えた。
あまりの呆気なさに、喪失感すら追いつかない。馬鹿みたいに口を開けていると、隣で絶叫がはじけた。
「ジャガー2!! 貴様ァ!!!」
「ジャガー3待て!」
怒りに我を失ったジャガー3が、隊長の静止も聞かずに飛び出す。
彼女は猛進しながら、実弾を連射する。立て続けの射撃をまともに浴びても、ディアブロは低く笑うだけだ。弾が通っていない!?
ジャガー3はグレネード射撃モードに切り替え、引き金を引き絞る。一瞬の後、廊下を爆風が吹き抜けた。
炎と風がおさまると、そこにはジャガー3の下半身のみが立っていた。ディアブロは、無傷。
何が起きたのか分からない。混乱する俺に、ヘルメットが無情な解析結果を示す。
開いた窓から飛来した弾丸が、射出されたグレネード弾を射抜いたのだ。弾丸の映像が拡大され、刻まれた日蝕のマークが表れる。
『サンシューター』。アメリカの暗殺者! ジャガー3の下半身が、くずおれた!
「隊長、俺たちハメられたんだ! 待ち構えられてたんですよ!」
「撤退だ!」
隊長は部屋の壁にグレネードを射撃し、爆破。開けた退路から、砂埃が舞い込む。
傭兵たちからの射撃が再開されている。身を屈めながら、俺たちは夜の中に飛び出した。
「走れ、ジャガー4! ポイントGに行けば回収班がいる!」
「ら、ラジャー!」
隊長に背を押され、走り出す。砂埃と、人気のない建物の群れ。月が冷たく見下ろす街路を、ひたすらに駆け抜ける。
少し離れた。安心しかけて振り向くと、隊長が遠くで倒れていた。抉られたような胸の穴。
『逃すわけがないだろうに。俺はサンシューターだぞ』
ヘルメットが、どこからかその声を拾う。バイタル消滅。残るは、俺だけ。
悲鳴を飲み、また脚に力を込める。
走れば。
走れば、生き残れる。
死にたくない。その一心で。
ポイントGに、なぜか到着できた。震える息を吐き、銃を構え、辺りを見回す。回収班は、どこだ?
装甲車はあるが、無人。人がいた気配すらそっくり消えたような静寂。そのドアに、虫のような模様……。
ざり。砂を踏む音。振り向けば、そこに誰かいた。
浅黒い肌に、人懐こい笑み。どこにでも居そうな、ラテンの青年。
だが、何かが俺に警戒させた。本能的に、この青年の“違い”が伝わってくる。
「動くな」
銃口を向けても、目の前の男は表情ひとつ動かさない。ヘルメットの解析が、目まぐるしく移り変わる。
そして、結果が表示された。『ヴェニーノ・フエゴ』。ナハシュ・シンジカート所属。
「動くな。腹這いになれ」
「おいおい、物騒だな。俺はただ……ごほん、なんだ? 殺しにきただけだぜ」
「……!」
迷うことなく、その致命部位を撃ち抜く。鳩尾を弾丸が抉り、血が滴る。
……はずだった。血の代わりに、潰れた弾丸が地面に落ちた。
「は……?」
「はっはっは!! いいね。もう何度かトライしてみたらどうだ? コーポレーション製のスマートガンってのは、高性能なんだろう?」
反撃が来ない今のうちに、殺すしかないのに。連射に切り替え、その眉間を、腹を、太ももを、次々に狙う。
すべて、弾かれる。グレネードに切り替える。閃光。爆風。炎。
射撃。爆発。繰り返すたびに、変化があった。
ヴェニーノが、妙なのだ。最初は気のせいかと思った。しかし、その全身がみるみるささくれ立つように波打ち、垂直に伸びた瞳孔が真っ赤に輝く。
すべての弾を吐き出し尽くした時、俺の目の前に立っていたのは、蛇のようなウロコを持つ怪物だった。
引き金をひく。カチカチと、むなしく鳴る。怪物は頬をかき、牙の覗く口であくびをした。
「終わったか。待ってやる価値もなかったな」
やつは耳まで裂けた口を大きく開き、こちらに迫ってきた。
ポイントGの回収班がどうなったか、このとき俺はようやく悟った。
誰かが絶叫しているのが聞こえた。ヘルメット越しに聞こえたそれは、俺の声だった。
そして、意識が途絶えた。
◆
3名の遺体。1名、行方不明。
特殊部隊『ジャガー』の全滅は、しかし、さほど珍しくもない事件として片付けられた。せいぜいナハシュ・シンジカートの警戒度を示す数字が、少し上がった程度。
だから、彼らの一派が国外へ……日本のアワナミ市へ向かったことなど、ほとんど誰も気にしなかった。