婚約した途端に第二夫人候補を王太子が溺愛し始めてもう無理
「父上が逝去した以上、お前はもう用済みだ。セレス・リュミエル。婚約を破棄する」
王太子ヘリオスが私の顔を指さした。
夜会の場が騒然となる。貴族たちがざわついた。
けど、みんな「仕方ないわよね」とか「セレス様……いえ、あの女が下賎の生まれって本当だったのね」なんて声が漏れ聞こえた。
金髪碧眼の王太子の隣には、胸元が大きく開いた真っ赤なドレスの派手な女性が控えている。
学院で同じクラスだった侯爵令嬢のミラ・ヴァレンタインだった。
ミラがキッと私を睨む。
「慈悲深い殿下に婚約を破棄させるなんて、とんでもない悪女ね。やっぱり噂は本当だったのよ! グランデール魔法学院を次席卒業? 笑わせないでくれる? たかが男爵家の娘の分際で! あなた……成績ほしさに教授たちと寝たんでしょ?」
周囲のざわめきが大きくなった。
違うと首を左右に振ってもミラは続けた。
「毎回、試験の範囲を聞き出していたんでしょう? 卑怯者! それにね……ヘリオス様とお付き合いしている裏で、男をとっかえひっかえしてたっていう話じゃない? この淫売! 貴族の面汚し!」
そんなことしてない。一切身に覚えが無い。なのに……。
貴族たちの冷たい視線が集まった。まるで剣を四方八方から突き立てられたみたい。
ヘリオスに助けを求めても、そこに優しかったかつての彼はいなかった。
学生の頃は、いつも見守ってくれていた。あの眼差しが、今は氷よりも冷たい。
青年が吐息で返す。
「俺の見ていないところで……本当にお前はクズだな」
「そうよヘリオス様の仰る通りだわ! 王族を騙すんだもの!」
ミラに何一つ言い返せない。学院の頃から彼女は周囲を味方につけるのが、異様なくらい上手かった。
こうなってしまったら、誰が何を言ったって、無駄。
震える指先を手のひらに握り込む。会場内の誰もが敵。息が苦しい。声もあげられないほどに。つらい。
元々、私は王宮に居て良い人間じゃなかったんだ。
あの日の告白を断っていれば……なんて後悔しても、もう遅い。
学院卒業の一ヶ月前、ヘリオスが「君さえ良ければ妃に迎えたい」と告白してくれた。
地方出身の男爵家の娘が、この魔法大国ステラリスの王太子に見初められるなんて、やっぱり何かの間違いだったんだ。
ヘリオスが口を開く。
「つまらない女だよ、お前は。さあ、自由にしてやるからどこにでも行けばいい。希少な光魔法を継承? 汚らわしい。セレス・リュミエルには娼婦がお似合いだ。はっはっはっは!」
次期国王となる王太子の笑い声に、呼応するように会場全体も笑う。
汚いカエルの大合唱。
私をよってたかって笑いものにする。王宮も王族も上級貴族たちも……みんな揃って楽しそうだった。
「では、自由にさせていただきます。失礼……します」
やっと口から搾り出した言葉は、聴衆の嘲笑にかき消えた。
独り、ホールを出る。足はふらふらと、高いところを目指していた。
・
・
・
私――
セレス・リュミエルは地方の弱小貴族の出身だ。
貴族と平民には大きな違いがある。
魔法の才能を有しているか、いないか。
ただ、時々平民の中に、突然変異的に魔法の才能を授かる者がいる。
私の父がそうだった。
発現したのは希少な光属性の魔法力。かつて王族が持っていたとされる特別な才能。
娘の私にも光魔法の才能は受け継がれた。
ステラリス王国の王家は代替わりを繰り返し、光の魔法系統は途絶えてしまった。
魔法学院に入学すると、すぐ私はヘリオス王太子に興味を持たれた。
最初は光の魔法が気になっていたって。学院ではよくヘリオスと競い合った。魔法の実技もだけど、学問もだ。
ヘリオスは本当に優秀な人だった。あと一歩で、いつも彼には及ばない。
けど、魔法実技だけは、私の方が上だった。
総合成績では及ばなくて、最終的に私はグランデール魔法学院を次席で卒業した。
首席の彼とはずっと、ライバルのつもりでいたのだけれど……。
卒業を控えたある日――
学院校舎の裏庭にある大樹の下で、私は彼に告白された。
「君のひたむきさや努力をする姿に心を惹かれたんだ。それに、君と一緒にいると心が安らぐ。無理に話をしようとしなくても、ただ居てくれるだけで……幸せなんだ」
とても穏やかな口ぶりと、優しい眼差しの彼に告げられた。
「君さえ良ければ妃に迎えたい。光の魔法なんて関係ないんだ。君が……好きだ。愛してしまったから……私の元に来てくれないか?」
もしヘリオスが王太子でなかったとしても、私だって……きっと愛していた。
魔法学院を卒業すると同時に婚約が成立した。
それから少し、会えない日々が続いた。
二週間。たったそれだけで……。
彼は……王太子ヘリオスは変わってしまった。
学院の外では王太子として振る舞わなければいけないとか、その重責がヘリオスを変えてしまったのかとも思ったけれど。
ヘリオスは婚約が決まったあとに、ミラ・ヴァレンタインを王宮に呼んだ。
そして彼はミラと私を私室に呼んでこう言った。
「俺はお前の才能だけが欲しかった。だが、お前はつまらない女だ。ミラを第二夫人にする。異論は認めない」
髪の色も瞳の色も声だって同じなのに、中身がまるで別人になったみたいだった。
学院で告白された時の、あの優しく包み込むような眼差しはどこへいってしまったの? 声からも温もりも感じられない。
あまりのことに、呆然と立ち尽くす私にミラが言う。
「さあ、出て行ってちょうだい。ここからは、あたしとヘリオス様の二人きりの時間なの」
しっしと犬を追い払うみたいに、私は部屋から追い出された。
そのあと、二人がどうなったかなんて、知らない。知りたくも無い。
結局、私は光の魔法の才能を王家に取り込むためだけに、王宮に呼ばれたんだ。
それからの日々は地獄だった。
私は離宮に追いやられ、ヘリオスの隣に立つのはいつだってミラ。
何もさせてもらえず、籠の中の鳥よりもひどい。
だって、籠の鳥は誰かに歌声を聴かせることもできるし、時々でも愛でてもらえる。
ヘリオスの愛情は全部ミラに注がれた。
ある雨の夜――
離宮に来客があった。
婚約して王宮入りしてから、両親さえも会いに来てくれなかったのに。
手紙だって書いたけど、届いているのかわからない。
だから、誰だろうと会ってみることにした。
黒い外套に黒い服。顔には黒地に金のエングレーブが施された仮面舞踏会のマスクをしていた。
目元を隠すだけのものだけど、実際、人相がわからなくなるものだ。
衛兵に金を握らせて、ここまで来たと彼は言う。
「中に入れてもらってもいいかい?」
「は、はい」
離宮といっても小屋だから、玄関から中に入ればすぐ居間だった。
椅子を勧めたけど、黒仮面の男は「ありがとう。だが、すぐに失礼するからこのままで」と、丁寧に断った。
「あ、あの、どちらさまですか?」
「あいにく身分を明かせないんだ」
「御用件はなんですか?」
「君は王宮を去る方がいい。このままでは、良くないことが起こる」
「急にそんなこと言われても……」
もし、こちらから婚約破棄を言い出したなら、私がリュミエル家の名前を傷つけることになる。新興貴族の男爵家なんて、あっという間にお取り潰しにされる。
男は仮面の向こうからのぞかせる、青い瞳でじっと私を見つめた。
「どうしても無理かな?」
「ええ……」
「なぜだい?」
「私は……ヘリオス様を……愛しています。今はこんなことになってしまいましたけど、魔法学院での三年間、ずっとそばにいて、あの方を見てきました。私への優しい言葉も、あの手の温もりも、嘘には……思えないんです」
男は下を向く。金色の前髪が揺れた。ため息を一つ。そして――
「君にも立場と譲れないものがあると、理解しているつもりだ。けど……」
「どうか、お引き取りください。私をこれ以上……迷わせないでください。苦しめないでください」
「わかった。もう行くよ」
立ち去った男の声に、どことなく安堵している自分がいて、驚いた。
さらに数日が経ち――
私が離宮と言う名の小屋に隔離されている間に、王宮の中はすっかりミラ・ヴァレンタインの信者でいっぱいになってしまったみたい。
私につく使用人の数が減らされて、食事を満足に摂れない日もあった。
ヘリオスの許しがなければ離宮から出ることも許されない。
漏れ聞こえる使用人たちの噂話だと、平民に毛が生えた程度の私が、学院で次席になるなんて怪しいとか、ヘリオスと結ばれる前に男漁りをしていたとか、教授と寝て試験内容を事前に知っていただとか。
事実無根もはなはだしい。けど、王宮の隅にぽつんと建った離宮からでは、言い返す声は届かなかった。
そして――
事件が起こった。
ステラリス国王ゼフィリオンが、急逝した。
婚約の時、ご挨拶を一度したきり、病床に伏せってしまって……本当に、それっきり。
私が王家に加わることを、他の誰よりも喜んでくださっていたっけ。
ゼフィリオン王の前でだけは、王宮に居場所があると感じられた。
なのに、亡くなってしまわれるなんて。
葬儀はしめやかに執り行われたけど、私は参列さえも許されなかった。
玉座は空位になって、王太子ヘリオスが就くことがほとんど決まったみたい。
ほとんどっていうのが気になって、離宮に報告にやってきた文官に訊いてみたら……。
ヘリオス王太子には弟がいて、外国の魔法学院に留学中だった。
なんでわざわざ外国なのかと質問すれば、ヘリオス王太子があまりに出来すぎていて、比べられてしまうからだとか。
その文官の言葉を全部信じるのは怖いけど、どうも第二王子はその存在を国民から隠されているみたいな感じ。
女癖も悪くて問題ばかり起こして、外国の魔法学院で留年までしてるんだとか。
唯一、毎月一本、外国産のワインをゼフィリオン王に贈っていたのだとか。
王も人の子なので、それが嬉しくて第二王子が外国で不自由しないようにと、色々と手を回し世話を焼いていたらしい。
問題児や手の掛かる子供ほど、かわいいともいうけれど、優秀なのは圧倒的に兄のヘリオスだ。
ヘリオス王太子こそ王に相応しい。って、文官は鼻息も荒かった。
このまま彼が王位について、私は名前ばかりの王妃になる。
それでも、子供を授かれば彼が戻ってくれるかもしれない。
結局、私が王宮にいる理由は、失われた光の魔法の系譜を復活させるためなんだもの。
ヘリオスに呼ばれることもなければ、彼が離宮を訪れることもないけど。
いつか……きっと。
と、この時までは、信じていた。
けど、違ったみたい。
光の魔法の系譜を望んでいたのは、ヘリオスじゃなくて亡くなったゼフィリオン王だった。
・
・
・
今日の夜会で事件が起きた。
私の婚約は破棄された。あの優しかったヘリオスが帰ってくると、ずっと待ち続けてきたのに……。
もう、何もかもがどうでもよくなって、私は王城で一番高い、塔の上までやってきた。
ああ、なんて素敵なの。
夜風は心地よいし、世界はどこまでも広く、空は高く月が輝き、星々の海に今にも泳ぎ出せそうだった。
ここにはもう、私の居場所なんてない。
だから飛び立とう。
旅立とう。
塔の上から身を乗り出す。
私がいなくなったら、リュミエル家はどうなるのかな。
もう、いいじゃない。そんなこと。
あははは! 私って本当にバカね。
ヘリオスが優しくしてくれたのも、全部演技だったのよ。
学院にいた頃、大雨の中、二人で校舎まで走っていくことになった時、彼は私が少しでも濡れてしまわないようにと上着を頭からかけてくれた。
私がミラと取り巻きに囲まれている時も、それとなく助け船を出してくれた。
今思えば、ミラとヘリオスはあの頃から通じていたのかもしれない。
ミラが私をいじめて、ヘリオスが助ける。私との婚約が成立したら、ミラを寵愛する。そういう約束だったのかも。
ヘリオスがずっと、本当に好きだったのはミラで、私じゃなかったんだ。
バカ……バカバカ……本当に私って……バカなんだから。
けど――
嘘だったとしても、学院にいた頃のヘリオスは本当に……素敵だった。
これ以上、彼の思い出を疑いたくない。汚したくない。
だから――
私は塔の縁から身を乗り出した。
貴男の言った通りセレス・リュミエルは自由になります。
愛していました。学院にいた間の三年間が、私にとって人生の最高の宝物でした。
短い間でしたけど……ありがとう。
さようなら。
重心を前に傾ける。
浮遊感と重力の均衡が、一気に地面方向へと傾いた瞬間――
「なにをやってるんだ君はッ!!」
後ろから誰かに強く抱きしめられた。
私は……飛べなかった。
振り返ると黒い外套の彼だ。雨の夜、離宮にやってきた青年だった。
相変わらず夜に溶け込むような黒ずくめ。仮面の奥で青い瞳が不安げに揺れている。
口から言葉が漏れた。
「貴男は……あの時の……」
「早まるな。頼む……お願いだから」
なんで見ず知らずのこの青年が、私なんかのために鼻声で、今にも泣き崩れてしまいそうなのだろう。
こんなに強く、ぎゅうっと抱きしめてくれるのだろう。
「わ、わかりました。飛び降りたりしませんから……その……離してくださいませんか?」
「あ、ああ。失礼した」
ゆっくりと解放されて、向き直る。
黒衣の男は半歩下がった。
「君に伝えなければならない」
「何を……ですか?」
「ゼフィリオン王は……暗殺されたんだ」
「ええ!?」
私が離宮に閉じ込められていたからかもしれないけれど、もし本当なら噂好きな貴族たちが放っておけない大事件だ。
今日の夜会の雰囲気に、そんな話は欠片も無かった。
王太子ヘリオスに婚約を破棄された悪女の噂で持ちきりよね、きっと。
「君を処分し玉座を少しでも早く我が物にしようとした、ヘリオス王太子の仕業に違いない」
「そ、そんな……本当なのですか?」
「ずっと動きを探ってきたからね。毒殺の証拠も掴んだ」
いったい何者なのかしら? 王宮に出入りできて、毒殺の証拠なんてものを見つけてしまうなんて。
「貴男はいったい……」
男の青い瞳が困ったように揺らいだ。
「事情があって顔は明かせないが……君について宮中で流れた噂は、すべて流言飛語の類いだと僕は知っている。その発信源もね。ミラ・ヴァレンタインだ」
驚きは無かった。学生のころからずっと、そうだったし。
「どうして貴男は私を信じてくださるのですか?」
「それは……ええと……ミラが禁呪を使っている可能性があると、知っているからだ。ヴァレンタイン家は闇の魔法に精通している。彼女自身も闇の系統の使い手だ。中には王国で禁じられている、人の心を操る魔法もある。彼女の舌に人々の心が転がされてしまうんだ」
「そ、そうだったんですか?」
「並みの人間には一切、悟らせないほどの使い手だよ」
もしかしたらヘリオスは、ミラの魔法で言いくるめられて変わってしまったの?
「私はどうすればいいのかしら。あの人を……ヘリオスを救いたいの」
「あの男に救う価値なんて無い。父たるゼフィリオン王を我欲のために殺害したんだ。王がご病気になったのも、巧妙に蓄積する毒を飲ませ続けたから……悔やみきれないよ」
本当に何者なのか。名前だって訊いてない。
彼は私を見つめた。青い瞳に決意の光が宿っていた。
「君が死ぬつもりなら、その命を僕にくれないか?」
「ええっ!?」
「言い方が悪かった。すまない。一緒に命を懸けて戦ってほしいんだ。ヘリオス王太子とミラが国の実権を握れば、ステラリス王国は滅ぶ」
真っ直ぐな眼差しを、私は……知っている気がする。
この人の本気が伝わってくる。
ヘリオスは国王陛下を殺してしまった。
自分が国を手に入れるために。
そんな人を王位に就かせるわけには……いかない。
「わかりました。私に出来ることなら、なんでもします」
「ありがとうセレス」
「あの、せめてお名前だけでも。協力するのに、どう呼んでいいのか……困ってしまいます」
仮面の男は咳払いを挟むと――
「僕の事はシャドウでいい」
「シャドウ様ですね。私は何をすればよろしいのですか?」
「僕は立場上、顔を明かすことができない。代わりに君に、事実の公表をしてもらいたいんだ」
「事実の公表……ですか?」
「そうだよ。顔を隠した男の訴えなど、誰が耳を傾けてくれるものか。一方、君は明日にも王都中で噂になる。もし、民衆の前に姿をさらして真実を訴えれば、良くも悪くも話題でもちきりになる」
私が背負ってしまった悪評で、人々の耳目を集めるつもりなの!?
確かに……死ぬようなものね。社会的に。
「私を叩きたい人たちがたくさん集まるのでしょうね」
「その全員を説得し、真の黒幕を引きずり出せば潮目は変わる。つらいとは思うけど、君にしかできないんだ」
もう、ヘリオスに未練はない。何もなくなってしまったのだもの。
「わかりました。その役目、私が引き受けます」
男は緊張の糸が緩んだみたいで、大きく息を吐く。
「本当に君は、ここぞという時の決断力がすごいね」
「はい?」
「いや、なんでもない。証拠も揃っている。調査書はこちらでまとめてある。教会勢力はまだ中立だ」
「教会……ですか?」
「王の神権を認めるのは教会の役割だからね。父親殺しの罪を知って、王太子を王と認めるだろうか」
ミラが教会に足繁く通う信心深い人間でなくて良かった。と、青年は笑う。
中立の教会を動かすなんて。
よほど証拠が揺るぎないものみたいね。
シャドウが何者かわからないけど、王太子を告発するなんて、普通じゃ考えられない。
けど、この人なら成し遂げてしまうような気がした。
シャドウが告げる。
「今夜は離宮にいるといい。君を笑いものにした連中が、良い夢を見られるのも今日限りだよ」
明日の朝、荷物をまとめて離宮を出ると、そのまま王都の大聖堂で落ち合う約束をして、私たちは塔を降りた。
・
・
・
教会に証拠と資料を提出すると、大司教猊下の部屋に私とシャドウは呼ばれた。
ステラリス王国教会を統べる方だ。
何をどう説明していいのか緊張して声も上げられない私をよそに、シャドウと大司教は意見を交わし合った。
白滝のような髭を撫でて猊下は言う。
「ふむ。あなた様がそう仰るのであれば、教会も全面支援をお約束いたしましょう」
「ありがとうございます猊下」
「決して仇を討とうなどと思ってはなりませぬ」
「心得ております」
シャドウが一礼したので、一緒に頭を下げた。
え? なに? どういうことなの? 教会で一番偉い人よね大司教様って。
そんな人にすぐに信頼してもらっただけじゃなく、あなた様なんて呼ばれるなんて、シャドウっていったい何者なのよ!?
こうして――
教会前の広場で私は告発を行うことになった。
シャドウは裏方だ。
大司教猊下の立ち会いの下――
教会騎士たちに護衛され、組み上げられた壇上に私は立つ。
王都の民衆が集まった。音を増幅する魔導器を介して、私は人々にゼフィリオン王の死の真相を話した。
王は緩やかに毒を盛られていた。なんの警戒ももたれずに、それができたのは、王に極めて近しい者だけ。
つまり、ヘリオスしか考えられない。
そして私――セレス・リュミエルのことも語った。
人々の奇異の眼差しに緊張したけど、心を奮い立たせシャドウの言葉を思い出す。
「君が死ぬつもりなら、その命を僕にくれないか?」
私は一度、死んだ身だ。怖い物なんてない。
石を投げたければ投げれば良い。
矢を射たければ心臓はここにある。
包み隠さず、堂々と、整然と、騎士たちの行軍のように勇ましく、私は言葉を綴った。
幸いグランデール魔法学院に在学中には、全校集会で生徒会委員として登壇し、ヘリオス会長の代わりにスピーチすることが多かったので、口はなめらかに回った。
だんだんと聴衆の耳を掴めたという実感が湧いてくる。
奇異の視線が減った。私への同情的なものが半分と、国王殺害を行った王子と第二夫人候補への怒りが半分。
いや、もっと多いかもしれない。
私は人々に訴え続ける。
ゼフィリオン王の意向で、光の魔法を王家に復興するために王宮に呼ばれたこと。
婚約が成ったのち、王の突然の逝去で不要とされて婚約破棄をされたこと。
噂が広まったその中心には、ミラ・ヴァレンタインがいた。
彼女は禁呪を使い、人の心に忍び寄り、操り、私を悪役に仕立て上げた。
民衆の怒りの声が上がり始めたその時――
王国近衛騎士団が教会前に押し寄せた。人々を散らして集会を解散させると、遅れて八頭立ての白い馬車がやってくる。
護衛に守られたヘリオス王太子と王妃気取りのミラ・ヴァレンタインだ。
「なにをしているんだセレス! 命だけは許してやった俺の温情に報いるどころか、民衆を扇動して王室批判とは何事だ! 教会までも巻き込んで……この魔女め!!」
近衛騎士団が私を捕らえようと押し寄せる。
その前に教会騎士が立ち塞がった。双方剣を抜き、にらみ合いになる。
散らされた人々だけど、まだ遠巻きにこちらの様子をみている。むしろ輪は広がり広場の外が人だかりで押し合いへし合いになるほどだ。
ヘリオスが叫んだ。
「民たちよ目を覚ませ! すべてあの卑しい女のでっち上げだ!」
続けてミラが言う。
「そうよそうよ! あたしと殿下に嫉妬してくるってしまったかわいそうな女なの!」
瞬間――
ミラの足下に魔法陣が生まれて、彼女の身体を光の鎖が拘束した。
大司教猊下が登壇する。
「ふむ、恐るべきことです。貴女がミラ・ヴァレンタインですね。侯爵家の誇り高き血筋の者が、禁呪に手を染めるなどとは嘆かわしい」
全部シャドウの仕掛けた罠だった。
私が民衆に訴えかければ、王太子とともに必ずミラもやってくる……と。
人々の心を操るために。
だから、あらかじめ広場に魔法を感知し使い手を拘束する結界を忍ばせていた。
これ以上無いほどの、現行犯。決定的証拠。この場の全員が証人だ。
ミラが身もだえる。鎖は緩むどころか彼女を締め付けた。
「ちょっと! なによこれ! 痛いじゃないの! 早く解きなさい! あたしはこの国の王妃になる人間なのよ!!」
大司教は首を左右に振った。
「どうやらその舌に禁呪を施しているようですね。それ以上、誰かに命じるように喋れば、聖なる縛鎖が骨を砕くことになります。どうかお静かに」
「う、ううっ……」
「貴女には異端審問を受けていただくことになるでしょう」
「――ッ!?」
ミラはブルリと震えると言葉を失った。その表情は絶望に染まり、今にも倒れてしまいそう。足腰が震えていた。逃げ場はない。
本当に禁呪で人の心を操っていたんだ。
学院の頃からずっと、自分の好きなようにしてきたのね。だから……かわいそうだなんて思わない。
近衛騎士たちがたじろいでいる。
王太子に近衛騎士団長が指示を求めた。
「なにをしてやがる! お前らは俺の兵だろ! さっさと教会のバカどもを蹴散らして、ミラを助けてあの女を殺せッ!!」
ああ、ヘリオス。本当に自分が王位に就くために、なんでもしてしまったんだ。
昔の彼がすべて偽りだとは思いたくない。
ミラと出会って、変わってしまったのかもしれない。
けれど、私が対峙しているのは「今」の彼。
その罪を……糾弾する。告発する。訴追する。
愛した私が……貴男に出来るのは……ここで過去に別れを告げること。
さあ、かかってきなさい。こちらも命を天秤に賭けましょう。
「ヘリオス王太子……ゼフィリオン王を殺した次は私ですか?」
「言いがかりはやめろッ! いいか! 王は病気だったんだよ! 証拠なんて無いだろう!?」
「暗殺に使われた毒物について、調べはついています」
「何言ってやがるんだ? お前はずっと離宮に閉じこもってただろ? こんな女の戯言を真に受けるなんて大司教もどうかしてやがる! ミラだって……禁呪くらいいいだろ? 俺のためを思って、俺への余計な疑いを晴らそうとしてくれただけだ!」
大司教猊下の表情が歪んだ。
「ではヘリオス殿下はミラが禁呪を使っていることを御存知だったのですな」
「それがどうした? いいか! 俺が王に即位したら禁呪を解放する! それで問題無いだろ?」
「どうやら殿下には、私の言葉は届かないようですね」
大司教は悲しげに眉尻を下げた。
ヘリオスが邪悪な笑みを浮かべる。
「教会騎士ども! もし抵抗すれば……未来の国王を敵に回すことになるぞ?」
教会騎士たちの切っ先に迷いが生じた。
膠着状態が近衛騎士側に傾きかけたその刹那。
黒衣に仮面の青年が登壇した。
「そこまでだ。全員剣を収めよ。我が声に耳を傾けるのだ」
シャドウの言葉はまるで、王の声。
平和な時代のそれではない。戦いの時代に先陣を切って人々を率いた英雄のようだった。
ヘリオスが叫ぶ。
「なんだお前は!?」
「おっと……酷いじゃないですか兄上。僕ですよ」
シャドウは目元に手を伸ばすと、ずっと正体を隠してきた黒い仮面を脱ぎ去った。
そこには――
ヘリオスとうり二つの、同じ顔があった。
「やはりお前かシルヴァ! いったいなんのつもりだ!?」
「それは僕のセリフだ。父上を殺害し玉座を手に入れようだなんて。何もせずとも手に入ったではないか」
「だ、黙れ!」
え、ええ!? 同じ顔同士が口論している。同じ声だから頭がどうにかしてしまいそう。
いったいどういうことなの。
「せ、説明してシャドウ! なんでヘリオス殿下と同じ顔なの?」
「僕らは双子なんだ。王家に双子というのは不吉だからね。片方を殺してしまうのが通例なんだ。けど、父上は慈悲深くてね。弟の僕は生かされていたのさ」
じゃあ、兄弟って……こと?
「じゃ、じゃあ貴男も……王子様なの?」
「改めまして。僕はシルヴァ・ステラリス。第二王子ってことになるね」
民衆たちがざわめいた。王に仕える近衛騎士も二人の王子を交互に見て固まってしまう。
「僕はずっと外国の魔法学院にいるということになっていたんだ。そうだよね兄さん?」
「お、おい……やめろ! 言うな!」
「もう手遅れさ。大司教猊下はすべて御存知だ。父上と猊下は旧知の仲だからね。本当に、何も知らないんだね兄さんは」
「う、うるさいうるさいうるさいッ!! おい近衛騎士ども! あの男は反逆者だ! 捕らえろ!!」
騒ぎ立てるヘリオスの言葉が通じない。
王太子は光の鎖で拘束されたミラを睨む。
「どうした! 俺の言葉を伝えろ! それがお前の役目だろ!!」
ミラは泣きそうな顔で首を左右に振る。
きっと、ミラが禁呪の声で命じた瞬間、彼女の全身の骨が鎖で砕かれてしまうから。
ずっとミラに頼ってきたヘリオスの、ここが限界だった。
第二王子シルヴァが近衛騎士に告げる。
「国を守る我が騎士たちよ! 同胞よ! 一人一人が大局を見よ! 今、この国を蝕もうとしているのは誰か!? 王を裏切り命を奪い無辜の少女までも犠牲にし、私利私欲のために玉座に就こうとしている者に、忠義を尽くす価値があるというのかッ!?」
近衛騎士たちが一斉に――
シルヴァの側についてヘリオス王太子と相対する。
形勢逆転どころか、王手かも。
ここまでシルヴァは考えていたのなら、同じ双子でもヘリオスとは月とすっぽんだ。
王太子は憎らしげに第二王子を見上げて、指さし吠えた。
「いいか! いくらお前が優秀だろうと俺が王太子だ! 第一王位継承者だ! お前は予備なんだよ! グランデール魔法学院を首席で卒業したのは俺だ! 王に相応しいのは俺なんだ! お前は落ちこぼれて外国の二流魔法学院で留年したんだろうに!」
シルヴァは小さく息を吐いた。
「兄さん……正気かい?」
「お前がなんと言おうと事実だ」
「わかった。父上の無念を晴らすためにもすべてを語るよ」
どこかシルヴァは悲しそうだった。お父様を失い、これから実の兄に何か……致命的な一撃を加えようとしている。
そうなればもう、後戻りはできないのだと思う。
つい、言葉が漏れた。
「本当にいいのシャドウ……ううん、シルヴァ様?」
「ありがとうセレス。本当は君が一番辛いはずなのに、こうして僕を気遣ってくれて」
隣に立つと、シルヴァは私の手を握った。並んで繋ぐ手。指と指が隙間を埋めてぴたりとくっつく。
大きな……手。私が命を断とうとした時に、支えてくれたもの。
抱きしめてくれたもの。
少し、震えていた。
だから、私から握り返す。
シルヴァはゆっくり頷き、顔を上げた。
「すべて逆なんだ。僕がヘリオス・ステラリスとしてグランデール魔法学院に通っている間、ヘリオスは遠く外国の魔法学院で好き放題していたんだ」
「や、や、や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
王太子が叫ぶ。それをかき消すシルヴァの声。
「王位は兄が継ぐ。けど、兄はこんな性格だった。グランデール魔法学院でとても首席をとれる力はない。誰もが認める王にするために、僕が身代わりになった。本当なら楽に三年間を乗り切れるはずだったのに……誤算だったよ」
え? ちょ? なに? ど、どどどどういうこと!?
シルヴァが私に向き直る。
「君というライバルの登場に焦った。優秀だからね、君は。おかげで一切気が抜けなかったよ。いくつかの教科では、君に一位を譲ることになった」
嘘でしょおおおおおおおおおお!?
じゃあ、じゃあ……あの優しくて素敵な……私が愛したヘリオスって……。
シルヴァは続けた。
「僕には使命が二つあった。一つは兄に代わって首席になる。もう一つは父上たっての願いで……君に好きになってもらうこと。騙してしまった。ごめん。謝っても謝りきれないよ」
光の系統の復活のために……私をヘリオスの妃にする。
ああ……ひどい。ひどい。ひどいひどいひどすぎる。
けど。
嬉しい。好きになった人が変わってしまったんじゃなかったんだ。
「許しませんシルヴァ様。どう責任をとってくださるのですか? 私はヘリオス様を演じた貴男を愛してしまったんです!」
「だから……」
繋いだ手をシルヴァは天に掲げて宣言した。
「シルヴァ・ステラリスはセレス・リュミエルを妃に迎え、この国の王位に就くことを宣言する! 異義があるなら申し立てろ! 誰の挑戦も受ける!」
二人で合わせた腕をゆっくり下ろす。
これって……け、けけ、結婚の約束!? 責任をとれとは言ったけど、言ったけども!
「改めてきちんと申し込むつもりだったんだ」
「プロポーズまで利用するんですか?」
「ああ、これで僕も逃げ場がない。今度こそ君だけは……必ず幸せにすると誓うよ」
ああもう。耳の先まで熱くなる。きっと私の顔は熟れたリンゴよりも真っ赤かだ。
ヘリオスが悪鬼の形相を浮かべた。
「王位の継承権は俺にある! 何を勝手にふざけたことを抜かしやがる!」
「兄上。我らは双子です」
「先に生を受け、名をもらったのは俺だ! 誰がなんと言おうと俺が王だ! 親父はもういないんだからなッ!!」
大司教猊下が髭を撫でた。
「教会はシルヴァ様を支持します。民の声はいかがでしょうか」
遠巻きに囲んだ人々が口々にシルヴァの名を呼んだ。
満足げに大司教は頷く。
「貴族たちもすぐに目を覚ますことでしょう。みな、ミラの禁呪に踊らされていただけですから」
と言っておけば、勝ち組につくだけの上級貴族たちもヘリオスからシルヴァに乗り換えるのを、きっと大司教猊下は知っているのね。
たぶんシルヴァが王になったら、この人たちも徹底的に調べ上げられて無傷じゃ済まないと思うけど。
ヘリオス王太子は裸同然になった。
入れ替わったから、ずっと私を離宮に閉じ込めていたのね。
だって、学院での思い出とか話せないもの。
バレてしまうから。そこにミラがやってきて、うまくヘリオスに取り入ったんだ。
ミラが地面に膝をつき、姿勢を崩して倒れた。
下手に喋ることもできず、その場でわんわんと大泣きする。
残されたヘリオスを近衛騎士が取り囲んだ。
「国王陛下を暗殺なさったのですか?」
団長の言葉にヘリオスは首を左右に振った。
「す、するわけが……できるわけがないだろ! ああ、そうだ認めてやる! グランデール魔法学院にいたのはシルヴァだ! けどな……だったらなんで親父は死んだ? シルヴァなら親父に毒を盛れるだろ? 外国にいた俺がどうやって親父を毒殺できる?」
近衛騎士団長が後ずさりそうになった。
私は……思い出す。
「ワインです。留学先からワインを毎月届けさせていたと」
「兄上。実は未開封のものが一本、父上の寝室の隠し戸棚に残っていたんですよ。貴男に玉座を譲った時に、ともに酌み交わすためにととっておいたのでしょう」
動かぬ証拠は確保済みだった。
「な、なんでそんなものをお前が見つけられるんだ!」
「兄上がいらっしゃらない時には、兄上のふりをして王宮内を調査していましたから。貴族や文官からも情報を仕入れています。ある使用人から『国王様が異国の地で勉学に励まれているご子息様から贈られたワインを、一本大事に隠している』と聞きましてね」
シルヴァは「品行方正ではないフリをするのは、いささか疲れましたけど」と、爽やかな笑みを浮かべた。
ヘリオスが頭を抱えてもだえ苦しむ。
「ぐああああああああ! なんでだ! どいつもこいつも気づかないなんて! そうだ! ミラ! お前はどうなんだ!?」
「知らないわよ! 入れ替わってるなんて! 気づくわけないでしょ!?」
人に命じる言葉でないからか、聖なる鎖は反応しなかった。
ミラが上半身をゆっくり起こして壇上の私たちを見上げた。
「ねえ……どうして……あたしの声が通じなかったの? 学院にいる間に、何度も……何度も何度も何度も、あたしを好きになるように暗示をかけ続けたのに」
「悪いけどタイプじゃないんだ。君って。胸ばかり大きくて中身が空っぽだし。それに僕は……」
一瞥くれただけでミラから視線を私に向けてシルヴァは言う。
「三年間、ずっとセレスに夢中だったから」
あああああああッ!?
恥ずかしさが臨界点を突破して、私の頭の中は真っ白になった。
間違い無い。
この人が……シルヴァが私の好きになったあの人だ。
意識が飛びそうになるのをなんとかこらえる。心臓はバクバク。呼吸も荒い。
シルヴァが首を傾げる。
「大丈夫かい?」
「死ぬかとおもった」
「これからは毎日君に愛を囁く予定なんだけど、大丈夫かな」
「お、お手柔らかに……お願いします」
シルヴァが再び、地に這う芋虫みたいになったミラに告げる。
「じゃあ、ごめんなさいしようか」
ミラの表情が凍り付いた。
「な、なによ……いきなり」
「君がずっとセレスに嫌がらせをして、ありもしない噂を立てて、傷つけたことを僕は三年間、見てきたからね。ついには自分がやってきたことを、さもセレスがしてきたように濡れ衣をかぶせた」
やってきたこと……って。まさか。
「ミラ。君は男をとっかえひっかえし、教授を誘惑して試験内容を聞き出していたそうじゃないか? 関係をもった学院の教員たちには、処分を下すことになるだろう」
「うっ……じ、自由恋愛よ」
「それをセレスがしたことにしようとした。許せないんだ。さあ、謝るんだ」
近衛騎士がミラの身体を起こす。
石畳に膝を折って座らされた。
「い、嫌よ! なんであたしが、こんな田舎の弱小貴族の小娘なんかに……あたしは侯爵令嬢なのよ!!」
「じゃあ、僕に命じるつもりかな? 謝らせないで欲しい……と?」
ミラの表情が青ざめた。命令するような口ぶりをすれば、禁呪が発動する。
そうなれば、彼女の身体を聖なる鎖が砕くことになる。
「ご、ごごご、ごめ……ごめんな……さいぃ」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、ミラは頭を下げると地面に額をすりつけた。
ただただ、哀れだった。何度も叫ぶ。恥も外聞もなく。謝るから。謝ったから許して。助けてと。
教会騎士たちが禁呪を使った異端者を引っ立てた。
「いや! 止めッ! あう……」
止めてと言えば鎖が彼女の命を奪う。今までずっと、言葉で相手をはぐらかし、だまし、騙り、操ってきた人間は、沈黙をもって処されることになった。
因果応報ね。
残るは……ヘリオスだ。
「お、おい! まさか……俺にも謝れなんて言わないだろうな!?」
「もちろんだよ兄さん」
「ああ、そうだよな。俺たちはもう、たった二人だけの家族なんだから」
「何を言ってるんだい? 謝って済むことじゃないんだよ」
青年の冷たい声に、大司教猊下が悲しげに頷いた。
「先ほどの宣誓を教会の長として受理しました。これをもって王位継承の儀といたします。シルヴァ陛下」
シルヴァは毅然とした表情で告げる。
「国王としてヘリオス・ステラリスに……死刑を言い渡す」
「し……死刑……だと!?」
「潔く受け入れなさい」
「う、うう、頼む……お前が王だと認めるから……殺すなんてやめてくれ……家族じゃないか?」
「貴男はもう独りです。誰も守るものはいません。貴男を愛する者もいないでしょう。ですが……僕には家族がいますから」
シルヴァの手が私の肩をそっと抱き寄せた。
ヘリオスはその場で頭を抱えたまま、跪くと石畳に額を打ち付け始めた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
このままでは危ないと、近衛騎士団が王太子だった青年を取り押さえる。
こうして――
私の名誉は回復し、愛した人の本当の名前を知ることができた。
・
・
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それからしばらくして――
ミラは教会によって魔法を禁じられる封印刑に処された。もし、魔法を使えば死ぬという禁呪を施された。
禁呪を使った者にのみ、禁呪による刑が執行されるとこの報告を聞いて初めて知った。
加えてミラは国外追放。侯爵家も大罪人を出したことで領地を没収された。爵位が男爵に格下げという異例の事態だ。
他にも、私を笑いものにした上級貴族たちが次々失脚し、シルヴァがヘリオスとして宮廷内で接した中で、見込みのある人間に領地や富が再分配された。
私の家――リュミエル家は王族とつながりをもったことで、いきなり公爵家だ。
ヘリオスは処された。
自分がこの国の王だと訴え続けていた。変わることは……できなかったのね。
絞首台の露と消えた。
暗い話はここまで――
王宮の玉座の間に、これから新しい時代を築いていく新貴族と文官や大臣たちがずらりと並ぶ。
シルヴァが王位につく戴冠の儀が改めて執り行われた。
私との婚姻の儀も合わせて。
たくさんの人々に祝福された。王妃なんて柄じゃないけれど……。
「君を幸せにするよセレス」
「その前に国を治める仕組み作りですね陛下」
「まるで副会長だな」
「一応、宰相も兼任ですから」
「頼りにしてるよ」
「私たちなら、きっと上手くできます」
子供を授かるまでは、シルヴァの国作りのお手伝いをがんばろう。
その先のことは……また、ゆっくり考えればいい。
今は何より、この幸せをいっぱいに胸に吸い込むことにした。
※流刑→死刑に変更