表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編小説】クローバーの花束をあなたへ

作者: 青いひつじ
掲載日:2024/06/11

どうか、元気で。

彼が誰なのか、よく分からなかったが、親切な青年だった。


「こんにちは」

「こんにちは、今日も一日いい天気だったね」


私たちの会話はいつも、他愛ない挨拶から始まった。


「もう夏が来ましたね」

「きっと輝くような空なんだろうね」

「はい。今日は雲ひとつない、きれいな青空でした」


私たちが出会ったのは、彼が小学5年生の頃だ。


「こんにちわ」


私はベンチに座り、白に染まった世界の中で考え事をしていた。突然声をかけられ、とても驚いたのを覚えている。


「僕は、天内小学校に通う、小学五年生、松井将吾(まつい しょうご)です」


彼は聞き取りやすい大きな声で、ゆっくりと自己紹介をした。とても元気な少年だった。私は彼に事情を説明した。


「実は私は目が見えなくてね、話しかける前に肩を触ってもらえるとありがたいよ」

「すみませんでした」

「いやいいさ。小学五年生かぁ。君がどれくらいの身長か触ってみてもいいかい」

「もちろんです」


私はゆっくり手を伸ばし、彼の頭を触った。そのまま手を自分に近づけると、私の胸に当たった。


「友達にはチビと呼ばれています」

「いやいや。これからグンッと大きくなるさ」


彼は、毎日同じ時間に会いにきた。雨の降る日、私は近所の屋根のある休憩所へ行った。彼は、雨の日も私を見つけて会いにきた。帰り道を心配し、傘をさしてくれた。


「僕が傘になります」


そう言った彼の肩が私の肩に当たった。


「なんだか、大きくなった気がするな」

「育ち盛りです」

「今、何年生なんだっけ」

「中学二年生です」


中学生になった彼は野球部に所属している。練習で忙しくても、彼は必ず会いにきた。時には二〜三分、今日の空の話だけして帰る日もあった。こんにちは、さようなら。そんな当たり前の会話が、私たちにはとても特別なことのようだった。



私たちの間をたくさんの時間が過ぎた。歩いていると、風に乗って肉まんの匂いがした。

きっと月が綺麗な季節がやってきたのだ。そう思えば、商店街はキラキラした音ともに賑やかになり、雪が少しだけ積もった。そしてまた、暖かい季節が近づいている。

私の肩に、優しく手が触れた。



「あ、四葉のクローバーです」

「私もよくクローバー探しをしたよ。誰とだったか思い出せないけど、その子が見つからないと泣くもんだから、必死に探したなぁ」

「見つかったんですか?」

「いや、見つけられなかった。だから不器用ながらにクローバーの花を繋げて首飾りを作ったんだ」

「その子は、喜んでましたか?」

「はは。それもよく思い出せないんだ。でも、帰りに雨が降ってきて、一緒に傘をさして帰ったことはすごく覚えているよ」

「僕も、お父さんと似たような思い出があります」

「君のお父さんは、どんな人なんだい?」

「最近、白髪が増えてきました」

「それだけ君も大きくなっているのさ」


風が強く吹き、私の頬を春が優しく撫でた。


「あの、実は僕、大学に進学することになりました」

「そうか、おめでとう」

「明日遠くへ行くため、もうここへ来ることはできません」

「喜ばしいことだけど、寂しくなるね。もう大学生か。身長どれくらい伸びたんだい」


手を伸ばすと、彼の頭は私よりも高いところにあるようだった。


「こんなに大きくなったのか」


彼は鼻を啜った。


「風邪かい?」

「いえ、花粉症で」

「体調にも気をつけてね。握手をしよう」

「僕に、何かエールをくれませんか」

「そんな大それたことは言えないんだが。そうだな。どうか、いつまでも幸せで」


最後に握手をすると、彼の手は、私の手をすっぽりと包んでしまった。

私は手を振って見送った。いつからか、彼との時間を毎日心待ちにしている自分がいた。当たり前のように続いていた、特別な日々。


「明日から静かになるな」


少しだけ寂しい気持ちを抱えながら歩く帰り道。私は、いつもの八百屋へ寄った。


「おー、まっちゃん、いらっしゃい」


店長の明るい声が聞こえてホッとする。


「なーんだよ。なぁんか元気ないねぇ」

「あ、いやぁ、八年くらいかな、仲良くしてた青年がいたんだが、大学が決まって明日この街を旅立つって言うもんだから‥なんだかね、‥」

「それで寂しくなったてのかい。そーんなしみったれた面してちゃぁ、安心して飛び立てねーだろ。ほら、このトマトかたちわりぃからもってっちゃって」


そう言うと店長は、私の袋にトマトを詰め込んだ。


「ありがとう」

「いやー、俺たちもそういう歳だよなぁ。うちの娘も難しい年頃よぉ。白髪染めてよ!なんて言われちゃってさぁ」

「店長白髪なのかぁ、知らなかった」

「おめーさんも、いい感じのグレーヘアーになってるよ」

「お、そうか。明日染めに行こうかな」

「気をつけて帰んなよ」


お釣りを受け取り、ちょっとだけ雨の降る帰り道をひとり歩く。



「あら、まっちゃん?」

「仲良かった子がここを旅立つみたいで落ち込んでたぜ。見ろよあの背中」

「あらまぁ」

「でも、なんか幸せそうだったよ。鞄に花束入ってた」

「花束?」

「ありゃあ、クローバーの花かな」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ