今日は犬の散歩です
2日目。アルベルトとお散歩訓練。
「今日は散歩に行きましょう」
そう言うアルベルトの手には犬用リードが2本。そして私の手にも2本。
……そう。散歩と言えどもこれは「お父様の飼い犬」の散歩だ。そして今私たちはお父様が飼い犬達の為だけに作った別館である、通称『犬屋敷』の中の、トイプードル部屋にいる。
「なぜ犬の散歩なの? 私は楽しいから嬉しいけど」
そう問いかけながら、お父様の犬……トイプードルのリリィとローズにリードを繋いだ。何故特訓に犬の散歩が必要なのだろうか。
「ユリアお嬢様は側にいる男性を意識しすぎなのです。よっぽどの人間でなければ、偶然近場にいる男が突然お嬢様乱暴行為を働くなど致しません。だからこれは、犬の散歩を一緒にすることによって、1m以内にいる男性を意識せずに居られるようにする特訓です」
アルベルトもそう答えながら、同じくトイプードルのマロンとベリーをリードに繋いだ。
「さて行きましょうか。おおよそ30分間、よろしくお願いいたしますね」
(犬が犬の散歩か……)
私の少し前を二匹の犬を連れて歩く執事服姿のアルベルト。
スラっとした長身で少しクセのある髪。後ろから見ると襟足だけ白に近いグレーなのがよく分かる。元々が犬だとは思えない程執事服を着こなして、こうやって主人である私の事を思って特訓してくれる彼は……正直、愛犬フィルターを抜きにしても少し格好良いかもしれない。
何より眼鏡の奥で優しそうに目を細め目尻を下げられると、まるで子供が両親の胸の中に飛び込んでいく時のような包容力への期待感が疼いてしまう。
(ダメダメ! アルベルトは私の愛犬なのだから変な事を考えちゃだめよ。それに私はアルベルトの飼い主としてぎゅっとしてあげる責任があるのだから、逆に抱きしめて欲しいだなんてそんな発想!)
……あれ? 私、そんな事が考えられるのなら、アルベルトになら触れられたって平気なのかしら
「風が心地よいですね。まさしく初夏という感じで、犬達も過ごしやすい季節です」
いつの間にか隣を歩いていたアルベルトに声をかけられる。しかし隣と言っても1m以上は距離を空けてくれている。
「そうね、真夏になると散歩しているだけで汗が出ちゃうもの」
「ところでユリアお嬢様。私の相談に乗ってくださいますか?」
アルベルトが相談事? 今まで天才犬、もしくは完璧執事として私に接してくれていたアルベルトが相談したいだなんて……よっぽどの悩みを抱えているのかもしれない。これは飼い主として全力でフォローしなくては!
「アルベルトの為ならどんな相談にでも乗るわ!」
「ふふっ、ありがとうございます。それが先程からこの2匹に文句を言われておりまして」
アルベルトが2本のリードを少し持ち上げる。このお父様のトイプードルであるマロンとベリーが……文句?
「そ、そうなの……? ちなみにどのような文句を?」
よく考えればアルベルトは犬なのだから、人間の姿になっても犬の言葉は分かるのかもしれない。
(ということは、犬の姿であっても人間の言葉は分かっているのかな)
「私と散歩は嫌なのだそうです。リードを握られるのならポッと出の野郎より、よく知っているユリアお嬢様が良いと」
キャンキャン! と同意するかのように鳴き声を上げるトイプードルのマロンとベリー。
「え? 別にアルベルトでも良いじゃない。そこは犬同士話し合いで」
「……まぁ、そこに関しては私も完全に同意見ですので話し合いになりません。私だって散歩するならユリアお嬢様一択、知らない男と行っても楽しくありません。ご勘弁願います」
(犬にも……色々と事情があるのね?)
散歩に行けるなら誰とであっても嬉しいタイプの犬もいるだろう。でもこの二匹、いや三匹……いいえ、二匹と一人は違うと言うのだからそこは仕方がないのかもしれない。
「それで、あまりこの二匹にばかり我慢させるのもなんですから、ユリアお嬢様が連れている二匹と暫くの間交換していただけませんか?」
それくらいはお安いご用だ。快諾して持っているリードを交換する
「よし。じゃあここからよろしくね、マロンとベリー」
「ではローズとリリィは私が。……ところでユリアお嬢様」
「なぁに?」
「今、私との距離は1m以内。しかもリードを交換する際に手が触れる直前まで近寄っていますが、ご自覚は?」
(――ッ!?)
今私の横でリードを持ち立っているアルベルトとの距離は、おおよそ20cm。完全に犬のことしか考えていなかった私は、指摘されるまで全くこの距離感に気がついていなかった。しかも気がついたからといって緊張してしまうこともない。
「全く自覚なかったし、大丈夫だわ……!」
「なら今回は成功ですね。近くにいる男性を気にし続ける必要はないのです。お嬢様は好きな事で頭を一杯にしておけばいい。この調子で頑張りましょうね」
アルベルトが相手だからかもしれないけど、それでも近くにいる男性を全く意識せずにいられたというのは、私にとって大きな前進だった。
「ありがとうアルベルト! 私、ちょっと自信ついたかも。あとでお礼に……えっと、オヤツあげるね?」
この場合オヤツは犬用だろうか? 人間用だろうか?
「いいえ、ユリアお嬢様の笑顔が一番のお礼ですから。私にお礼がしたいと言うのなら……もっと沢山笑いかけて、ずっと側に私を置いて下さい」
婚約者との対面まであと――7日。
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