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明日からは毎日特訓です 2

 その後もアルベルトはとても気を使ってくれて。男性恐怖症の私が決して怖がらないように、ゆっくりと。徐々に徐々に距離を詰めてくれる。そして半日かけてやっと通常の執事と同じだけの距離感で会話してくれるようになった。


(むしろ、気を使われ過ぎてちょっともどかしいかも……)


 これが普通の男性ならこうは思わなかっただろうが、なんせ相手はアルベルト。人間の姿をしていても私の大切な愛犬(?)だ。


「ユリアお嬢様、どうぞ」


 そんな事よりも、今は午後のお茶の時間。アルベルトは優雅な所作でお茶を入れて、私の前にそっと置いてくれる。

 ふわっとレモンのような柑橘が香るお茶は私の好きなレモンバームのハーブティーで。……考え事をしている私に、初老の執事であるじいやがよく入れてくれるお茶だ。


(じいやに教えてもらったのかな?)


「どうかなさいましたか?」

「ううん。私が飲みたいお茶の種類が分かるなんて、凄いなって思ったの」


 カップを手に取って、お茶をそっと口に含む。レモンのような香りが鼻に抜けるが、味としての酸味は全くない。まろやかで優しい味が私を包み込んだ。


「――美味しい。アルベルト、貴方本当に凄いわね! じいやが淹れたのと全く同じよ」

「ありがとうございます。……六年間、ずっと側で見ておりましたから当然ですよ」


 アルベルトはただ微笑んでいるだけだった。犬の時なら、褒められて喜び私に鼻を擦り付けてくるのに!


(それで私が首周りをギュッてして毛をわしゃわしゃしながら撫でてあげるのよね。……なんだか、いつもと違うせいかムズムズする)


 脳裏に犬の姿のアルベルトがチラついて……触れ合えない事がもどかしい。


「それよりも。ユリアお嬢様がお悩みの内容は、婚約者であるコンラート様との顔合わせの件でしょうか?」

「え? あ――……実はそうなの」


 本当はアルベルトのことばかり考えていたのだけど、そんな事言えないので誤魔化してしまう。それに、顔合わせの為に男性恐怖症をどうにかしなければならないのは目下最大の課題だし。


「ユリアお嬢様は今日から10日後に婚約者であるコンラート様とお会いされるのですよね。私がユリアお嬢様の側を不在にしていた3日間の間に練習は進みましたか?」


 痛いところを突かれてしまう。実はアルベルトがいなくなってからの私は所謂愛犬ロスに近い状態になってしまい、殆ど何も手につかなかったのだ。


「う……実は全然進んでいなくて」

「でもこうやって私とは緊張せずに普通に会話出来ていますよね?」 

「だってアルベルトはアルベルトだし。初めこそびっくりしたけど、この距離なら怖くなったりはしないわ。……服さえ着てくれていれば」


 今の二人の距離は丁度1m程。見知らぬ男性なら警戒し始める距離だが、愛犬フィルターのかかっているアルベルトなら平気だった。


 アルベルトは「ふむ……」といった様子で考え込む。片手を口元に当て、長さも綺麗に整えられた口髭に、執事らしい白手袋の指先を少し触れながら考え込むその様子が――


(――あれ? 私、今……素敵だって思った?)


 男性恐怖症の私が素敵だと感じる男性は極めて少ないのだが。


 ……そうか。口髭だ。あのシュナウザー特有の口髭のような毛並み。あれを思い起こさせるから愛犬フィルターがかかって素敵に見えてしまったんだ!


「ならばそれを利用しましょう」


 思考がバレてしまったのかと思って一瞬ドキッとしてしまう。 

 アルベルトは自分の執事服のジャケットの内ポケットから薄い手帳を取り出し、胸ポケットからスッとペンを引き抜く。そして徐に手帳を開いたかと思ったら、素早くペンを走らせた。


(もしかして、犬なのに文字も書けるの!?)


 書き終わったのか、こちらに手帳を渡してくるので受け取って。上から順番に内容を見ていく事にした。


「字、綺麗ね……」

「当たり前です。ユリアお嬢様が勉強する内容、姿、全てを隣で見てきましたから」


 仮にそうだとしても、見ているだけでここまで出来るのなら、元が人間でも天才だ。アルベルトは元が犬だから、もはや神がかっている。愛犬が神犬だなんて鼻が高い。流石私のアルベルト!


 ……なんて事を考えている場合ではない。手帳に書かれてある優美な文字を目で追う。


 1.コンラート様の性格等に関する情報をインプットし、拒絶感を薄める

 2.男性と恋仲になる過程で起こり得るシチュエーションを特訓する事で、男性に慣れていく

 3.最大限、私:アルベルトを利用する


「……なるほど?」


 確かに私はコンラート様がどのような人なのか殆ど知らない。更に男性恐怖症なので恋人なんて居たことはなく、どのような過程を経て仲を深めていくのかも分からない。仮に恐怖症が治らなくとも、予め予習しておくというのは悪い話ではない。


「もうあまり日がないので、偶然人間の男になることが叶った私が練習台になりましょう。きっとユリアお嬢様なら克服出来ますから、私と毎日頑張って特訓しましょうね」


 そう上手くいくかなぁ……なんて不安に思っていると、そっと目の前にデザートプレートが差し出された。しかも乗っているのは私の好きなチーズケーキで。更に……


「うわぁ! 可愛い、ソースが肉球マークになっているわ!」


 皿に添えられた苺とチョコレートのソースがそれぞれ肉球の形になっており、犬の足跡模様を示していた。


「3日間ユリアお嬢様の側を離れてしまった私からのお詫びの印です。明日からの特訓頑張りましょうね」


 じいやでもここまでの気遣いなかなか出来ない。


 明日からの特訓……その響きは私の胸の中に不安な気持ちはを残したままだが、アルベルトと一緒なら踏み出せるような気がして。肉球マークの苺ソースを、フォークで刺した1口大のチーズケーキでちょんっとつつくのだった。

続きは朝投稿予定です٩( 'ω' )و



いつも読んでくださる皆様ありがとうございます(*´꒳`*)♡

閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆頑張ります(๑˃̵ᴗ˂̵)♪

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