『待て』すら出来ない
最終回ですよ!
お父様によって強制的に婚約が破棄された後。私は再び犬に変化したアルベルトと一緒に屋敷に戻ってきた。
「ねぇアルベルトってば、返事してよ」
屋敷に帰る道中、いくら話しかけてもアルベルトは一切話さなかった。いや、犬の姿なのだから人語を話さないのは当たり前なのだけど、ワンとも言わないのだ。犬の姿であっても人語を理解しているかのように、いつも返事をしてくれる賢い犬なのに……。
(じゃあこれはわざと無視してるってこと?)
屋敷に帰ると、屋敷内はガランとしていてあまり人の気配がない。不思議に思ったが、そうだ。チャリティーイベントをしているからそちらに人手を取られているのだと思い至る。お父様の犬達も皆イベントに出ているようだったし、ここまで屋敷が静かなのは初めてかもしれない。
ひとまず自分の部屋に辿り着くと、そこでやっとアルベルトは姿を変えた。いつもの執事服ではなくて、平民と同じ格好に黒のエプロン。先程街中で見たのと同じ格好だった。
そしてアルベルトはそのままの格好で私を担ぎ上げて、ベッドに投げ入れる。
「わ! ちょっとアルベルト!?」
いつもの丁寧で完璧な執事らしくない態度に驚いてしまうが、驚きはこの程度じゃ終わらない。
「ユリア。いくら従順な飼い犬だって、主人の態度次第では噛むこともあるんですよ」
アルベルトは黒のエプロンを外すと床に投げ捨てて。そのままベッドに上がると――私のワンピースのボタンに手を掛けた。
「ま……まって! それは駄目だから!」
「肩、見せて下さい。強めに掴まれていたでしょう?」
(あ、そういう意味ね……)
勘違いしてつい身構えそうになった自分が恥ずかしい。
アルベルトは、いつも侍女達がしてくれているような慣れた手付きでボタンを上から3個外して、私の左肩だけを出した。その表情が怒りで歪んだので自分の肩をチラリと見ると、結構な赤い痕が残っている。
「……やっぱり拘束を振り切ってでも噛みついてやればよかった」
その声と表情がいたって本気なので、離さないように気をつけていて良かったと改めて思う。大型犬に本気で噛まれると命に関わる。今頃コンラート様殺害未遂事件になっていたかもしれない。
「でも……ありがとうアルベルト。私が怖がっていたから助けに来てくれたのでしょう?」
やり方としては決して平穏では無かったかもしれないが。それでも男性恐怖症で固まってしまった私を助けにきてくれたのには間違いないし……それでコンラート様との価値観の違いが分かったのだから、結局よかったのではないだろうか。
「そんな格好いい理由ではないですよ。……ユリアを取られるのが、本気で嫌で。ここ数日必死で我慢して、旦那様と交渉して計画して。ユリアの婚約を白紙に戻すチャンスを作ってもらった。それが偶然あの瞬間だっただけです」
「……計画?」
「突然予定に無かったチャリティーイベントが始まる訳がないでしょう? 全ては、動物嫌いという本性を旦那様に見せつけて婚約破棄してもらう為、急遽計画されたもの。おかげで忙しくて倒れるかと思いました」
つまり?
アルベルトは私に男性恐怖症を克服する手助けをしておきながら……その婚約を破棄させようと動いていたって事?
「ユリアが悪いんですよ。私が必死に気持ちを押し殺してただの執事を演じていたのに、私が1番だと甘い言葉を囁いて。蕩けた瞳で私を求めてくれたのに、全部忘れてその瞳に他の男を映すから。我慢出来なくなったんです」
その言葉と共に私の体はベッドの上に押し倒される。
「嫌なら叫ぶなり、暴れるなりお好きにしてください。ただし今日は使用人の数が少ないので助けは来ないかもしれませんが」
耳元で囁かれる言葉はいつもの優しい響きとは違って艶があり、それに反応して私の心臓はいつもより3割増しのスピードで鼓動を刻む。
「待っ――」
「今日だけは『待て』すら出来ない悪い犬になったんですよ。私の独占欲が満たされるまでは離しません」
上から3つボタンを開けられたまま剥き出しになっていた私の首筋にアルベルトの顔が埋められて、温かい吐息が――
「愛しているの」
――掛かっていた吐息が止まる。驚いた様子で顔を上げたアルベルトは……微笑んでいるはずの私の顔を見た。
アルベルトが6年間側で私を見続けてきたように。私もアルベルトを6年間飼い主として見続けてきた。アルベルトは『押して駄目なら引いてみろ』が効くタイプ。あまりにもくっつかれて「もうだめよ」と注意しても離してくれない時は、こちらから戯れに行った方が終わらせてくれる可能性は高い。
「特訓の為の恋人でも決められた婚約者でもなくて。……私が本当に恋人として選びたいのはアルベルトだけなのよ」
「……申し訳ございませんが、急に耳が悪くなったようです」
「もう! 本当はちゃんと聞こえているのでしょう? 愛犬としてずっと好きで。それが急に完璧な執事になっちゃって寂しく思った日もあったけど。私は……人間の貴方に恋してしまったのよ」
両手で頬を包み込んで、鼻先にキスを贈る。ずっと愛犬のアルベルトにしてきたのと同じように、今度は人間の貴方へ。
「お茶会もお散歩もデートもどの特訓も楽しかったわ。でもこれからは特訓じゃなくて恋人として、初めての事を沢山したいの。でも私の執事は……こうやって執事服を脱いで、私を恋人として愛してくれるかしら」
「……勿論です、私のユリア。あぁ――貴女のうわ言を信じて動いておいて、本当に良かった」
(うわ言って何だろう?)
聞き返そうと口を開くが。その口は言葉を発する事はなく、むしろ強制的にアルベルトによって甘く閉じられる。
アルベルトの頬に添えていた私の両手は捉われて、シーツに縫い付けられるように……あれ? なんだか以前にもこんな事があったような?
「待ってアルベルト、これ以上は恥ずかしいからダメ」
「どうせ熱で覚えていないのでしょうけど、以前はもっと沢山恥ずかしい事しましたよ?」
「え、いつ!? 嘘、私何をしたの!?」
「ユリアが強請ったんですから、それはユリアが自分で思い出してくださいね」
慌ててなんとか記憶を手繰り寄せようとする私と、それを見て、耐えかねたといった風に笑うアルベルト。飼い主と愛犬ではなくて、お嬢様と執事でもなくて。ただ平民と同じ普通の服を着た対等な恋人として、今だけは何も考えずに私達は時を刻む。
余談だが、私の完璧な執事はその後の事も勿論考えてあって。翌月、私の婚約者お披露目のダンスパーティーは予定通り開かれた。
私の婚約者はレーベンシュタイン伯爵家の遠い親類の子爵家に養子に入った長身の男性で。少し癖のある黒髪だけど、襟足付近は白に近いグレーで、優しげな少し垂れ目の黒の瞳。そんな見た目とは逆に嫉妬深く独占欲が強い彼のおかげで、私は他の男性とはダンスを踊らずに済みそうだ。
「せっかく男性恐怖症もマシになったのに。克服するのに協力してもらったのが無駄になっちゃうわ」
「男嫌いだけど夫だけは大丈夫、という状況の方が甘美ですから。どうぞそのまま特訓の成果は無駄にしてくださいね」
そんな事を言いながら――私の婚約者は、手を引いて会場の外に私を連れ出す。姿がいくら変わっても、こうやって私を引っ張って行ってくれる構図はずっと、もう6年も前から変わっていない。
「ねぇアルベルト。その……しばらく夜一緒に寝ていなくて寂しいから、そろそろ一緒に寝てくれないかしら? モフモフしながら眠りたいのだけど」
私の言葉を聞いたアルベルトは、その腕の中に私を閉じ込めて。少し垂れ目のその瞳に、優しさ以外の色を混ぜた。
「相応の覚悟があってそう言っているのであれば、お受けいたしますよ。私の愛するユリア――」
読んでくださった皆様、ありがとうございました(*´꒳`*)♡
氷雨そら先生企画、モフモフヒーロー祭参加作品です! 素敵なモフ話が沢山ありますので、是非「モフモフヒーロー主義」タグをご覧になってください(〃ω〃)
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ちなみに私は少し連載が途切れますが、閲覧数と評価を励みに、糖度高めハッピーエンドを目指し日々執筆しております(๑˃̵ᴗ˂̵)♪




