X DAY 3
対応に困っていると、座っていたベンチの直ぐ前に露天を出しているお婆さんに話しかけられた。
「そこの美男美女のカップルさんや。よかったら見て行かないかい?」
それは、よく見ればアルベルトと一緒に街を歩いた日にハンカチを購入した露天商のお婆さんで。
(どうしよう! このお婆さんは、私とアルベルトが恋仲だと思っていて……コンラート様にそれを話されたら大変な事になってしまう!)
私の心配は他所に、コンラート様は美男と言われて喜んだらしい。「しょうがないね、そこまで言うなら何か買ってあげよう」などと言って露天の方に近寄って行ってしまう。
私は「どうしよう!?」と混乱しつつ、とりあえずベンチの上にアップルパイは置いたままにしてコンラート様を追いかけた。
「お婆さん、あの……!」
口止めをお願いしたいが、コンラート様がいる前では詳細を話せない。オドオドしてしまう私を見てお婆さんは――察してくれたらしい。バチンと舞台女優顔負けのウインクをされたので、私はホッと息をついた。
「ユリアが欲しいものがあれば買ってあげるよ。と言ってもまた私から色々と正式に贈らせてもらうけど、その前段階として」
「えっと、実は私あまり日常的にアクセサリーの類は付けないので、頂いても仕舞うだけになってしまいます。それだと申し訳無いので……」
伯爵令嬢として装飾品は沢山持って入るが、普段は付けない。ちょっとした隙間に犬の毛が挟まってしまって痛い思いをさせるのが嫌だからである。
「でも今だってネックレスはしているよね?」
目敏く首に掛かっているチェーンを見つけられてしまったので、説明する為に石が割れてしまっているペンダントトップを服の中から引っ張り出した。
「これは亡くなったお母様がくれたもので、私にとっての宝物なのです」
「ほぉ、そりゃいいペンダントだね。生まれた子供の幸せを願って、誕生石で送るファーストアミュレットの一種。それに敵うアクセサリーはうちの露天には無いよ」
コンラート様ではなく、露天のお婆さんの方がまじまじとペンダントを見つめてくる。
「石が割れていても?」
「その子を幸せにする為に必要なタイミングで割れるのさ。きっとお嬢ちゃんは、願いが叶ったんだろう?」
『――アルベルトが人間の男の人だったらよかったのに』
私のあの願いは、やっぱりこのペンダントが叶えてくれたんだ……!
仕組みは全く理解できないけど、お母様が私を思って送ってくれたこのペンダントがあったからこそ、私はアルベルトと言葉を交わせるようになった。一緒にお茶を飲んで、デートして……楽しい時間を過ごして……
(あれ? 私、コンラート様とデートをして1回でも楽しい気持ちになった?)
「それでお嬢ちゃんは『恋人』とは上手くいったかい?」
露天商のお婆さんの言葉でハッとした。
――そうだ。私にとっての1番は、いつだってアルベルト。それは彼の姿が犬であれ人であれ変わらない。
「立場」があるから無意識に考えないようにしていただけで。男性恐怖症を克服する特訓と称してアルベルトと一緒に過ごした日々は、それがもたらした成果よりも大きなモノを私の中に残していった。
……私は異性としてアルベルトを好きになってしまったんだ。
「ユリアはそんなに私との婚約を望んでくれたのか。なんていじらしくて可愛いんだ」
違う、とは言いづらいので作り笑いで誤魔化す。それをコンラート様は良い意味で取ったようで、感激した様子で私の肩に手を触れた。それが――先程強く掴まれた部分と一致していたせいか、痛みと共に燻っていた男性への恐怖心が不意に顔を出し、体が跳ねる。
「や……ッ」
慌てて自分の口を両手で塞ぐが、無意識に漏れてしまった声はどうしようもない。
「――ユリア?」
(どうしよう、怖い! さっきまで平気だったのに)
アルベルトと特訓したお陰で、殆ど克服できたと思っていたのに。コンラート様はその顔に心配の色を浮かべてしまう。
それでも私の中では「どうしよう」という気持ちばかりがループしてしまって、プルプルと体が震え出す。何か言い訳しなくてはと思って口を開けるのに、何を喋ればいいのかも分からない。服の中が冷や汗で気持ちが悪い。
「お嬢ちゃん大丈夫かい?」
露天商のお婆さんまで心配して私の表情を覗き込んだその時だった。
私とコンラート様の間を割るようにして――大きな黒い体が飛び込んできたのは。
「ヴ〜ッ、ワンワンワン!!」
「――うわッ!?」
突然体高70cmもある大型犬に飛び込んでこられたら、犬に慣れていない人間なら怖いだろう。それはコンラート様にも当てはまったようで尻餅をつく様な形で転び、地面を這うようにして後ずさる。
「アルベルト!? どうして……」
言いかけてハッとする。先程『嫉妬で相手を噛み殺しそう』と言われていたのを思い出したからだ。
(まさか冗談ではなく、本気でコンラート様を噛みにきたんじゃ!?)
これはまずい。飼い主にはペットが他の人間に危害を与えないように管理する義務があり、それを守れない場合は飼育権を剥奪される事もある。私はアルベルトと暮らせなくなるなんて絶対に嫌!
「なんて野蛮な犬だ、直ぐに兵士に」
「待ってコンラート! 私の飼い犬なの、脅かしてごめんなさい」
まだグルルル……と威嚇しているアルベルトの首元に抱きついて、これ以上何かしないように引き止めながらコンラート様に謝罪する。いつも人間に無闇に吠えたりしないアルベルトがこんなに敵意を剥き出しにするなんて!
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