アルベルトなの?
アルベルトのおかげで怪我もなく練習を再開出来た私だったが、今日の練習の結果は散々だった。
協力してくれた兵士の男性が何度もトライしてくれるのだが、やっぱり1m以内の距離に入られると身構えてしまうし触れられると気を失ってしまう。
(でも今日は一秒だけ耐えられるようになったわ!)
たった一秒。それでも私にとっては大きな一歩である。……レベルが低い。
忙しい中付き合ってくれた兵士の男性に頭を下げると、彼はなんでもないといった風に笑ってくれた。
「良いんですよ! お嬢様の一秒の進歩に関われただけで鼻が高いですから」
嬉しそうにそう言ってくれる事が……逆にプレッシャーに感じた。
◇◇◇
その日の夜。私は自分のベッドの上に座って一人反省会をしていた。いや、一人と一匹反省会である。
「この調子じゃだめだわ。一日1秒の進歩だと、絶対に間に合わない」
私は自分の情けなさから溜め息をついた。
「ワンワン!」
「頑張ったって褒めてくれているの? ありがとう……アルベルトは優しいね」
私の横に陣取って同じくベッドの上で寛いでいるアルベルトは、まるで励ますかのように私の太ももに鼻を擦り付けてくる。
いつだってアルベルトはこうやって私の側にいて、昔から私が試練を乗り越えるのを応援してくれていた。
私が勉強している時は、勉強なんて分からないだろうにぴっとりと横について側で見守ってくれたし。お父様の犬のトリミングを失敗して怒られてしまった時も隣で一緒に怒られてくれた。
(アルベルトがこんなに応援してくれているのだから頑張らなきゃ)
そう思いながら寝巻きの胸元から、首から掛けてあるペンダントを引っ張り出す。私の誕生石でかつ瞳と同じ青っぽいグレーのムーンストーンが、窓から差し込む月の光を受けてキラリと光った。
女神様をイメージした百合の花がイメージされたデザインのこのペンダントは……亡くなったお母様が最後に私にくれた物。元気を出したい時はこれを見て気合いを入れ直すのが、私のルーティンだった。
「よし。明日もまた頑張ろう!」
「ワン!」
膝の上に乗ってきたアルベルトと一緒に気合いを入れたのだが。
……それでも、やっぱり男性と接するのは怖くて、不安で。ペンダントを握りしめて、つい愚痴をこぼしてしまった。
「……あーあ。昼間話したように、アルベルトが人間の男の人だったらよかったのに」
その瞬間ペンダントの石が急に持っていられない程熱くなり、同時に窓の外が急に強い光が差し込んだ。まるで直ぐそばに雷が落ちたかのような……ううん、もっと強い光でとても目をあけていられない!
「え、キャッ!?」
急に熱くなったペンダントを放り投げるようにして手を離して、瞼の内側すら白くなってしまうくらいの光を両手で顔を覆ってやり過ごす。
……体感で15秒くらい経っただろうか?
おそるおそる顔に手を当てたまま目を開ける。強い光を浴びたせいで視界が安定しない。雷かと思ったが、音が全くしなかったのでおそらく違うだろう。
「アルベルト?」
膝の上に乗っていたはずのアルベルトの重さが無い。その代わり、肩の付近を誰かに包まれているような感触がある。
「アルベルト……!?」
基本的に名前を呼ぶと返事をしてくれる愛犬が黙ったままな事に強い不安を感じて、目を覆っていた手を外した。そして同時に視界に入ってきた光景に絶句する。
目の前にあったのは人間の肩の部分、しかも肌色。それにこの筋肉のつき方は……男性。思わず叫び声を上げようとしたその時。
「……ユリ、ア?」
私の名前を呼ぶ低い声。それは男性恐怖症の私でも怖く感じない、柔らかでゆったりとした低い響きで。もう叫ぶ寸前だったはずの私の体からは力がスーッと抜ける。
「ユリア……お嬢様」
私の肩の部分を包むようにして抱きついていた男性は、もう一度私の名前を紡ぎながらゆっくりと離れる。
その髪は黒色だが襟足付近のみ白に近い灰色で。年齢は……40歳程だろうか、中年ぐらいに見える。そして優しげで少し垂れ目の柔らかな黒色の瞳と視線が交わった。
「もしかして……アルベルトなの?」
それは直感だった。犬が人間になるわけがない。そんなことは分かっているのだけど!
……6年間一緒に暮らした私の勘はそう告げていた。この男性は、私の愛犬のアルベルトであると。
だってアルベルトの毛色はソルトアンドペッパーで、胴体は黒色だが足付近は白に近い灰色。この男性の髪色と同じなのである。更に綺麗に整えられた口髭は、ジャイアントシュナウザーの面影を残していた。
どうやら私の直感は正解だったようで、その男性はコクリと頷く。
(アルベルトが人間に? 一体どうして……!?)
自然の摂理を覆す不思議現象。その仕組みも理由もわからないけど、心当たりが全くないわけではない。
「もしかして、私が……アルベルトが人間の男の人だったらよかったのにって言ったから?」
とにかく誰かにこの非常事態を知らせなければ。そう思って手をベッドにつけると、チクリとした痛みを感じた。何だろうと確認してみると。
「あ! 石が割れてる……」
つい先程まで月の光を反射して青い色を灯していたムーンストーンの石に亀裂が入り、欠けてしまっていた。先程急に熱くなって放り投げてしまったせいだろうか?
(嘘……このネックレスはお母様がくれた宝物なのに)
いや、よく考えれば熱くなる方が不自然なのだ。
突然熱くなったペンダントに、目を開けていられない程の光。そしてアルベルトに起こった異変。
(もしかしてこのネックレス、何か特別な力が?)
「……泣かないでください。石を付け替えるか、石を研磨し直して別物にするか。きっと何か方法があるはずです」
人間になったアルベルトがそう言いながら指先で私の涙を拭うので、自分が涙を流していたのだとそこで初めて気がつく。
……それよりも。
「アルベルト、凄いのね。犬なのにそんな事まで分かるの?」
「……? 全てユリアお嬢様が以前仰っていた……私に教えてくださった事です」
私、そんな事を犬であるアルベルトに教えたっけ? そう思いながら何気なく視線を下げると。
「――――ひッ!?」
もう皆が寝静まった時間にもかかわらず、屋敷中に私の悲鳴が響き渡った。
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