今日は。 2
お待たせしました、いちゃいちゃ回ですよ!
「初めましてユリア・レーベンシュタイン伯爵令嬢。なんて可愛いらしい人なんだ」
……気がつくと、晴れ渡った空のような青い瞳の男性と向かい合って立っていた。
私と同じ金色の髪は少し長めで肩まで伸ばされていて。その王子様のような見た目で以前絵姿を拝見したコンラート様だと分かった。
私はアルベルトを抱きしめて寝ていたはずなのに。
慌てて辺りを見渡すが、真っ暗でコンラート様以外何も見えない。
「大丈夫。あんな犬居なくたって、今日からはこの僕がユリアを抱きしめて寝てあげるから寂しくないよ。犬は人よりも寿命がどうしても短いからね……もうお役御免だ」
そっと私の肩に触れる手。気絶せずに済んでいるのはアルベルトとの特訓の成果か。……それともこの沸々と湧き上がってきた怒りのせいだろうか。
「お役御免だなんて……アルベルトをそんな扱いしないで!」
――そう叫んだ自らの声で私は飛び起きた。
ゆっくり瞬きしてから首を動かし、窓の外を見る。どうやら今は夜中のようだ。
(――夢?)
熱があるせいだろうか。とても嫌悪感のあるいやな夢だった。アルベルトの事を「あんな犬」扱いされるなんて。
そこではっと気が付いて、自分の隣を見る。
「……アルベルト?」
抱きしめて寝ていたはずのアルベルトがベッドにいない。部屋が暗くて隅まではよく見えないが、アルベルトは私の声が聞こえる範囲にいれば必ずきてくれる。
それが来ない。部屋が暗かったのもあり……これがあの嫌な夢の続きなのか現実なのか、分からなくなった。
「ねぇアルベルト?」
不安が私を包み込んでいく。先程コンラート様がお役御免だって言ったのは……? 犬の方が寿命が短いからって……
「やだ、アルベルトまで私を置いて、逝かな……いで」
寒気がするし、語尾も震える。気が動転してし急いでベッドから降り、アルベルトを探す為に立ち上がろうとするが。熱があるせいか体がフラリと傾いて――
「――ユリアお嬢様!?」
探していた声と温かさが私を包む。私を抱き止めるその腕は、見た目以上に力強い。
「……どこにいたの?」
「申し訳ございません、ユリアお嬢様の現状を旦那様に説明しに行っておりました。どうかなさいましたか?」
ボーっとしてしまっているのか、アルベルトが部屋に入ってくる音にも気がつけなかったようだ。
(よかった……私を置いていってしまったのでは無かった)
「夢を見て……怖くなってしまったの」
「よければお聞きしますよ。 どのような夢ですか?」
……言いたくなくて首を横に振る。だってあんな内容、口にもしたくない。
「……ひとまず、ベッドに戻りましょうか」
「嫌よ。そうしたらアルベルトはまたどこかに行ってしまうのでしょう?」
私を抱き止めてくれているアルベルトに縋るようにしがみ付く。アルベルトの執事服がシワになるのも構わずに指先に力を込めた。
離してはいけない。――私の本能がそう告げているように思えた。
「――分かりました。では一緒に横で寝ますから、犬の姿になりますね」
「嫌よ。このままの姿で、私を抱きしめて寝て。じゃないと、薬飲まないんだから」
我儘を言うとアルベルトは困ったように一つ息を吐いて。そのまま私の膝の裏を抱えるようにして私を抱き上げて、ベッドの上に下ろした。
「全く……ユリアお嬢様は昔から熱を出すと我儘になりますね。この姿でベッドにはあまり上がりたく無かったのですが」
そう言いながら執事服のまま同じくベッドの上に上がり、私の横……犬の姿の時の定位置に寝転がる。薬を質にとることで希望を叶えた私は、犬の時のアルベルトにするのと同じように、その胸に顔を埋めて。顔を擦り付けるようにして甘えた。
「ねぇアルベルト……ギュッてして? ……私を好きって言って?」
「……好きですよ、ユリアお嬢様」
困ったような声と、躊躇いながら私の体に回された腕。……困らせているのは、重々承知の上。でも私は――
「――好き。大好きよ。ずっとアルベルトと二人で一緒にいたい」
そもそも婚約者であるコンラート様との顔合わせの為に始めたこの特訓。
一緒にお茶を飲んだり、散歩したり、デートしたり。……私は、なんだかんだアルベルトとそうやって過ごした時間が楽しかった。
髪に花を差してくれたり、褒めてくれたり、甘い言葉をくれたり。アルベルトにとっては義務感からした行為かもしれないけど、私はその一つ一つが心から嬉しくて。
私は、気がついてしまったの。自分の気持ちに。
「ダメですユリアお嬢様。……これ以上何かされると私が耐えられなくなります。どうか離れて」
「嫌よ。私、お茶会もお散歩もデートも……男性とするのはアルベルトが初めてで、それが嬉しかったの。だからこの先もずっと私の初めてはアルベルトがいい」
「ユリアお嬢様、とにかく薬飲みましょうか。落ち着いてください……いや、落ち着くべきなのは私。落ち着け……ユリアお嬢様は熱があっておかしな事を言っているだけで……」
何やら後半ぶつぶつと早口になってしまったアルベルト。くっついて離れない私をその体にくっつけたまま、なんとかサイドテーブルにあるコップに入った薬をその手に取って。
「ユリアお嬢様、これを先に飲んでください。さぁ早く、私が正気なうちに!」
ずいっと目の前に毒々しい色をした液体の入ったコップを出される。……色が気持ち悪くて、正直飲みたくない。
「やだ……アルベルトが飲ませて」
また我儘を言って、くっついていたアルベルトから離れてプイッと顔を背けた私。でも今回はアルベルトの返事は無くて、二人の間に静寂が流れる。
(我儘……言いすぎちゃったな。ちゃんと抱きしめてもらったのだから、お薬飲まなきゃ)
そう反省して背けていた顔を元に戻すと、まさにアルベルトがぐいっと毒々しい薬をあおった瞬間だった。サイドテーブルにゴンッと大きな音を立てて、空のコップが置かれる。
「――え?」
私の体は押し倒されるようにして後頭部から枕に沈み、逃げられないようにその両手はベッドに縫い付けられる。私の体の上に陣取ったアルベルトの瞳から感じられるのは、いつもの柔らかな優しさでも、清らかな愛情ではなくて。――欲情。
性急で余裕のない口付けから、口移しで入ってくる薬は……苦いけど甘くて、甘くて。何故甘いのかは分からないけど、とろりとした舌触りが甘くって。角度を変えつつ交わるそれは、むせ返りそうな程の幸福感に私を浸す。
「……もっと、頂戴?」
――ずっとこの幸福感に浸かっていたい。
私はおかしな事を言っただろうか?
どうしてアルベルトはそんなに切ない表情をしているの?
「ユリア……本当は、狂おしい程愛しています。ずっと何年も、ユリアをこうやって愛せる日を夢見ていました」
ぽたりと私の頬に、涙が降り注いだ。
「誰にもユリアを渡したくない。永遠に私だけのユリアでいてほしい。願い叶って人間になれたというのに、更にこんな傲慢な願い……きっと女神様はお許しにならない」
そう言って私の胸に縋り付くアルベルトは、それでも私を捉えたままだった。
「女神様が許さなくても、私が許すわ。だから……永遠にアルベルトだけの私でありたいの」
「ユリア……」
あぁ……眩暈がしそう。
熱のせいか、こんな息苦しくなる行為をしているせいかは分からないけど。そんな事も分からなくなるくらいの幸福感の海に、トプンッと音を立てて沈んでいく。そんな感じがした。
婚約者との対面まであと――2日。
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