服装検査
放課後、私は人気のない廊下に汐屋の冴えない背中を見つけ、駆け寄った。
「汐屋、汐屋、汐屋!」
苗字を連呼すれば流石に、ぼうっとした汐屋も振り向く。
廊下の大窓からは、白を凝縮した陽光が差し込み、廊下の白を更に際立たせていた。明るい光を受けてもなお、くすんだ表情の汐屋を見て、私は相好を崩した。
「ねー、汐屋。抜き打ちの服装検査なんて、最悪だったねー」
無表情のまま緩く首をかしげる汐屋を覗き込み、私は指先で汐屋の前髪を軽くはたいた。
「前髪。検査、ひっかかったでしょ?」
「ああ……そうだね」
歯切れの悪い、会話を継続する思いやりに欠けた物言いに、舌打ちが漏れそうになって、私は笑顔を取り繕った。
「私もスカート、注意されちゃった」
ほら、と私は汐屋に膝を突きだした。濃紺のプリーツスカートの裾は、膝上約十センチ。
私の白い膝を、汐屋がかすかに強張った表情で見つめる。私は首を倒し、長い髪を垂らした。
「ねえ、直して。汐屋が直してよ」
「は?」
汐屋が瞠目し、まじまじと私の顔を見る。餌を前に「待て」をされている空腹の犬みたいな表情に、私は自分の嗜虐心が思い通りに満たされていくのを感じ、目を細めた。
「スカート丈だよ。どのくらいなら許されるかな?」
「嫌だよ」
焦った声で汐屋が言う。「何で?」私はきょとんと問い返した。あんたにとって、私はドッグフードでしょ? 嫌がる理由なくない? てか、あんたに選ぶ権利なくない?
「何で俺が……理由がない。不自然だろう」
怯えた返答を、私は鼻で笑う。
「理由なんていらないでしょ。私が頼んでるんだから」
汐屋の吸い込まれそうなほどに陰鬱な双眸が、私に縫いとめられる。血色の悪い唇が薄く吐息を漏らし、視線を外した。
勝った、そう思った。
汐屋は屈み、私の腰に両手を伸ばした。私は胸を張り、汐屋の頭頂部を見下す。わざと邪魔になるように、両腕をだらりと吊り下げる。
私の腕をくぐって、汐屋の手が幾重にも折り込まれたスカートのウエスト部分にふれる。厚い布越しの手つきが繊細で、なんだかくすぐったい。
折り目が、ひとつひとつ丁寧に巻き戻されていく。
「どうして……スカートを短くするの」
俯いたまま、掠れた声で汐屋が問う。私は汐屋のつむじに言葉を落とす。
「長いと鬱陶しいじゃん。短い方が、自由なの」
汐屋は何も答えなかった。ついに汐屋はスカートを買ったときの長さまで戻した。膝頭が完全に隠れる長さ。ごわごわした布地が太腿を苛立たせる。
上体を起こそうとした汐屋の頭を、私は右手で押さえつけた。
まだだ。完全に、汐屋の信仰を打ち砕きたい。
「放して欲しい」
「靴下、ずり落ちちゃった。ついでに直してくんない?」
私はひろげた右手に力を込める。やがて汐屋は諦めたようで、手のひらに感じる抵抗がなくなり、私の足元に片膝をつく。
紺のソックスのゴム部分に、汐屋のかさついた指先がかけられる。たわんだ靴下が伸ばされ、ふくらはぎが覆われる。
私は唐突に踵を持ち上げ、内履きの底で汐屋の足を踏みつけた。自然に笑みが零れる。
「汐屋、足おっきいね。何センチ?」
爪先をぐりぐりと押しつける。汐屋の両手が行き場を失い、空で震える。
私は足を上げ、汐屋が立てた膝を踏む。スカートの裾が腿を滑る。
怒れ。失望しろ。欲情してるって認めろ。
薄い肉が押し潰れる感覚。汐屋は表情を歪め、顔を逸らした。
「怒んないの?」
「……やめて欲しい」
「もっと、怒ってよ」
私は膝を胸へと引きつけ、爪先を汐屋の肩口にのせた。足の甲で、汐屋の頬にふれる。
「いい加減にしてくれないか」
私は唇の端を持ち上げた。
「汐屋がそれを言うんだ」
嘲りを込めた声音に、汐屋がきっと私を睨みつけた。射抜く視線を見つめ返すと、汐屋はふっと焦点をぼやけさせ、私の足首を掴んだ。肩にかけられた私の足をどかし、そのまま立ち上がる。
私は体勢を崩しそうになったけれど、汐屋の手にぐっと体重をかけて持ち直した。汐屋が私の片足を支える。
汐屋の感情が昂っている。私はそれだけで満足だった。
敬虔な聖職者の、剥き出しの汚い欲望が見たい。貶めたい。
ざまーみろ! と、叫びたい。お前が信じたものを、お前の手で汚してみせろ。
汐屋は睫毛を伏せ、私の内履きをそうっと脱がせた。
「は?」
私が片眉を跳ね上げると、汐屋は私の足を解放し、内履きを私の背後へと放り投げた。乾いた音を立て、内履きが転がる。
私は靴下のまま晒された足を廊下につけた。汐屋が踵を返し、立ち去っていく。私は姿勢の悪い背中に声をぶつける。
「ねえ!」
両手を握り締め、屈辱的な思いで内履きを拾いに行く。惨めに横たわるそれを拾い上げ、激情のまま汐屋の後ろ姿に向かって投げつける。
でたらめに放り投げたそれは、とても汐屋には届かず、大きく逸れて空き教室のドアにぶつかって落ちた。
私は廊下にしゃがみ込んでしまいたい衝動に襲われ、しかし奥歯を噛み締めなんとか耐えた。悔しい。憤りが胸に満ちる。
怪我人のように片方の内履きと、靴下で廊下を歩く。ひしゃげた内履きに足を通すと、掻き毟られた心が血を流すのを感じた。
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