祝福
二人の体温が溶け合った頃、玄関のドアから鍵の開く音が響いた。肩にビジネスバックをかけ、片手にレジ袋を持ったスーツ姿の女性が入ってくる。
「ただいま……あれ、澪、お客さん?」
ウェーブした髪をひとつに纏めた女性は、パンプスを脱ぎながら問いかける。
「あ、お母さんおかえり……」
ぼんやりとした声で澪が言い、俺は澪の母の前に歩みでた。
「初めまして。澪さんとお付き合いさせてもらってます。汐屋慶です」
頭を下げた俺に、澪の母は荷物を脇に置き、にこやかに腰を折った。
「まあ、初めまして。澪の母です」
彼女は顔を上げ、台所の方を見る。
「あら、何か作ってくれてるの?」
「完成までそんなに時間かかんないと思うんで、少し待っててもらってもいいですか」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
残りの食材を切り、ルウと牛乳を一緒に煮立てると、白くとろみのついたクリームシチューが完成した。三人分の椀によそい、澪の母が買ってきた総菜を温め、食卓に並べる。湯気の立つ料理を眺め、席についた澪の母が笑った。
「でも、澪にこんなしっかりした彼氏がいるなんて、嬉しい。澪には最近、苦労ばっかりかけちゃってるから」
あたたかな椀を持ち、彼女は野菜の浮かぶ白い海を覗き込む。
「別居して、最初は実家に身を寄せようと思ったんだけどね、この子の祖父母に怒られちゃって」
薄い湯気を浴びて、澪の母の双眸が揺らぐ。
「一人で育てられるわけない、復縁しなさいって責められて。澪、嫌な思いしたでしょ」
澪は総菜の春巻きを頬張り、もごもごした声で「別に」と言った。
「澪はね、何にも心配しなくていいから。まあ不安だろうけどね、何とでもなるから。あなたのお父さんだって塾代も学費も出してくれるし、好きなことをしなさい」
「うん……」
スプーンでクリームシチューをひとくち飲み、澪の母がテーブルに椀を置いた。
「私は結婚失敗しちゃったけどね、楽しいこともいっぱいあったし、澪に会えたし、後悔ないよ。あなたたちも色々あるだろうけど、恋愛なんて馬鹿にならないとやってられないし、気楽に楽しんで」
くしゃりと小皺の寄った目元は、どこか澪に似ていた。
「仲良くね」
澪の母の言葉に、俺と澪は顔を見合わせ、はにかんだ。それは祝福だった。二人のつたない恋愛を、澪の母は受け入れ、優しくことほいだ。それからの食事も決して会話が弾んだとは言えなかったが、あたたかい料理に絡んだ柔らかな雰囲気が、食べ終えてもずっと食卓に漂っていた。
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