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神様を撃ち堕としたいけれど!  作者: 砂原翠
あなたの偶像を壊したい
12/28

同情

 生ぬるい夜風を浴びると、肌の表面が闇に溶けだしていく感覚がした。

 夜空は薄雲に煙り、月明かりが淡い輪を描いている。街灯が等間隔に照らすアスファルトを、慶と横並びに歩く。

「また、いつでも来てよ。家族、喜ぶから」

 声音に慈愛を探してしまう。言葉以上の意味を求めてしまう。

「慶は? 来て欲しくないの?」

 茶化して彼の顔を覗き込んだ。穏やかな視線が、私の顔面を包む。うわ、眩しいな。私が目を眇めると、慶が微笑んだ。

「俺も、澪が寂しい思いをする時間が、少しでも減ればいいと思うから」

 ん? 私は首をかしげ、足をとめた。

 寂しいって誰のこと? そりゃ、私のことだろう。

 私、寂しいの? 確かに私の家は荒んでいて、一人で過ごすことが多い。だけど今更あの両親に愛されたいかっていうと別にって感じだし、友達は結構多い方だと思うし、現状にさほど不満があるわけじゃない。

 でも、慶にとって私は寂しい人間なんだ。

「慶、今、同情した?」

 私につられて立ちどまった慶を凝視する。暗闇に紛れて、彼の表情のわずかな揺らぎを拾い損ねることのないように、目線で射抜く。

「え、私のこと、可哀想だと思った? 救ってあげようとか思った?」

 口角が薄笑いの形に引き攣っていく感覚がする。嘲りじゃなくて、困惑だった。

「違うよね? 否定してよ」

 声が震える。慶が割れ物を見るような目をこちらに向ける。私は拳を握り締めた。

「違うって言えよ」

 好きなのに。慶のこと、大好きなのに。

「は、何様?」

 どうして好きなはずなのに、許せないの。

「神様気取り?」

 だって慶は、私のこと心配してくれたんでしょ。大切にしてくれたんでしょ。いいじゃん、寂しいって思われたって。可哀想だって見下されたって。

 傲慢にも、救ってやろうと思われたって、別にいいじゃん。

「冷めた」

 嘘。好きだから、信じてたから許せない。今、激烈に虫唾、走ってる。

 慶の瞳の奥で感情が爆ぜたけれど、その正体を見届ける気はなかった。顔を背け、夜道を大股で歩き出す。背後の気配と足音に、冷たく言い放つ。

「ついてこないで。絶対に」

 拒絶したのは私なのに。どうして血の滲むような思いがするんだ。心の柔い部分を刺し殺した気がするんだ。何で何で何で。

 早足で逃げる私を月輪が追いかける。ついてこないでよ。叫び出したかったが、泣きたかったのかもしれない。アスファルトを蹴る爪先から伸びた暗い影が、私の足元をもつれさせた。


「澪、おはよう」

 翌朝の教室で、慶からの挨拶を無視して、脇を通り過ぎる。そのとき沸き上がったのは、倒錯した高揚と達成感だった。

 大事にしていた硝子細工を、床に打ちつけ粉々にしたような爽快感と、一抹の背徳。私は、価値のあるものを壊してやった。愛したものでも壊すことができる。歪んだ万能感が、私の全身に漲っていた。

 慶と関わるようになって、慶が私の人生を構成する不可欠な存在になったと思っていた。でも今は、慶の存在が目に入ったゴミみたいに、痛みや苛立ちとともに違和感を放っている。

 邪魔だ。いらない。私の人生から退場して欲しい。

「澪、どしたん?」

 紫亜が私の肩に腕を回し、尋ねる。

「何が?」

「汐屋だよ、汐屋。最近構ってたじゃん」

「ああ、飽きた」

「だよねー」

 悪い顔で紫亜が笑う。

「やめて正解。澪、悪趣味だなーって思ってたもん」

 うわ、気持ちいい。私は頬を緩める。

 風呂上がりの冷水に似て、紫亜の存在が私に心地よく沁み入ってくる。肌に馴染む、慣れ親しんだ雰囲気。

 軽薄と享楽。ぬるい歓びに浸って、私はやっと息ができた。じゃれ合う私たちに、暁人と侑真が合流する。

「賭けは?」

 乏しい表情と抑揚で暁人が問いかけた。

「んなの、澪の圧勝に決まってんだろ」

 侑真が腕を組んで、大きく笑う。

「あー」私は目を逸らし、唇の片端を吊り上げた。「もう、どうでもいい」

「澪、正解!」

 紫亜の笑い声が弾け、私は瞼を下ろした。どうでもいい。それでいいんだ。これが正しい。

 だけど私は、自分ひとりの選択がこの教室においてどんな意味を持つのか、正確に理解できていなかった。

拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

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