交渉の日 2
【サイド:アスク・ギルシア(ティスの父親)】
「…えっ?」
ポーションを量産出来る可能性があると知って喜んでいたティスの顔が、その一言を聞いて歪に固まった。
私も事前に情報収集していなければ似たような顔をしてしまっていたに違いない。
「…噂には聞いていたが、申し訳無いが簡単には信じ難い話だ。もし不快だったら答えなくても構わないが、虐げられる理由を聞いても構わないか?」
「お答え出来ますがその前に、ティスに聞かせない方がよろしいかと思いますが…」
「…確かにな。どんな理由であっても聞いて欲しくはない話だ。
ティー、悪いが外に出ていてくれ。私が理由を聞いたらまた呼ぶ」
私はティスに退室を促す。だがティスは出ていこうとはせず、苦々しい顔でフリューを見る。
「…それってフリューちゃんが私には聞かれたくないから?それとも、私の為に聞かせない方が良いから?どっち?」
「どちらもあるけど、理由としては後者ね。十歳の女の子に聞かせる話ではないから」
「…じゃあ、聞いても良い?私じゃ力になれるか分かんないけど、聞かなかったら何もしてあげられないから…」
それを聞いてフリューは一瞬だけ驚いた顔をした。その後手袋をつけた手を口に当てしばらく沈黙した後、優しい笑顔で微笑んで質問を返してくる。
「…どうしても聞きたいなら、話しても良いわ。けど、絶対に気に病まないことだけは約束してくれる?」
「うん、分かった…!お願いします!」
「えぇ。アスク子爵もそれでよろしいですか?」
ティスがグッと意気込んで姿勢を正す。親としても聞いて欲しくはないが、こうなったらこの子はテコでも動かない。
「仕方無い、では一緒に聞かせてもらおう。よろしく頼む」
「かしこまりました。説明させて頂きますと、今私に暴力を振るっているのは母親の方です。
父親は自身の領地にいるので直接的な関与はありませんが、私が母に暴力を振るわれている事には気づいた上で放置されています」
「…うむ、暴力がどんな内容か聞いても?」
「えぇ、内容に関しては見て頂いた方が信じて頂けますかね」
そう言って服の袖を引っ張ってめくる。露わになった腕には、赤いミミズ腫れがくっきりと浮き出ている。
「…それが、母親からの仕打ちか。普通に叩いた訳では無いな、鞭か?」
「えぇ、その通りです。背中にも打たれた痕がありますが、ご覧になりますか?」
「いや…あぁそうだな、診せてくれ」
本人は澄ました顔をしているが、腕を見た限りではかなり強めに打たれている筈だ。
私は名目上は貴族ではあるがその自認は希薄だ。我が家は代々国民を助ける事を使命とする医師の家系であり、それが陛下に認められて爵位を得ただけに過ぎない。私はそれに誇りを持っている。
もし目の前にいる年端も行かぬ少女が傷ついているのならば、悠長に話している場合では無い。
フリューは上着を脱いで自分のメイドに預け、シャツを脱ぐ。そして体に巻かれた包帯を取ると、幾つもミミズ腫れや皮膚が切れて出血した跡がある痛ましい背中が露わになる。
それを見たティスの顔が青褪める。この子にはまだ実務経験は積ませていないので、実際にここまで負傷している体を見ることはほぼ無かった。それに加え同い年の子供がこんな仕打ちを受けているのだ。相当な衝撃だろう。
「これは昨日打たれた痕です。お見苦しいですが、見て頂くのが一番信じて貰えるかと思いまして…」
「…あぁ、確かにこれだけの怪我は事故や自演ではつかないだろう。疑うようなことを言ってすまなかった。
話の途中だったが、それより先にその怪我の治療をさせてくれないか。その状態は医者として無視出来ない」
「それは…、ありがとうございます。では、お願いします。お代は必ずお支払いさせていただきます」
「それは結構だ、娘の恩人から金は取らない。
ティー、母さんに治療室まで来てもらうように伝えてくれ。彼女の治療をして貰う」
「…ぁ、うん…。行ってきます」
ティスは覇気の無い返事をして、席を立ち妻のいる研究室に走って向かう。私はフリューを連れて先に治療室まで向かい準備をする。
「治療にはポーションを使おうと思うが、問題無いか?」
「えぇ、大丈夫です。ですが、本当にお代は良いのですか?希少価値の高いお薬でしょう。流石に心苦しいのですが…」
「いや、本当に気にしなくていい。
…農業改革の話に戻すが、私は君の言っていた計画に乗って良いと考えている。妻と協議する必要はあるが、恐らく可決されるだろう。
であれば君は重要な企画発案者だ。万全でいてもらわなければ我々が困るのだ」
そう言うと彼女の表情がパッと明るくなった。
「本当ですか!後ろ盾となってくれる貴族の方を見つけるのが私達にとって最初で最大の難関でした。なって頂けるのであれば今後かなり動きやすくなりますので、非常に助かります」
「それは良かった。こちらこそ我々にとって希望となる提案を貰った。娘共々、今後ともよろしく頼むよ」
そんな話をしていると妻と娘が部屋に入ってくる。細かい話は後にして、まずは治療せなばならない。