始まり
空は曇天、風は吹き荒れ土煙が舞う。たった今討ち倒した大型魔獣の死骸を前に、私は私の中にいるもう一人の女性に話しかける。
「ナノカさん!終わりました!」
『お疲れ様。相変わらず凄い魔術だわ、フリュー。
とはいえ此処からが本命のお仕事だからあんまり無理はしないでね?』
「はい!大丈夫です、なんでもやれます!」
『ふふ、元気いっぱいでよろしい。じゃあ、早速始めましょうか』
「はい!」
そういって私は魔法陣の制作にかかり始める。
これは、臆病で弱虫だった私が、一人の女性に出会って大人になるまでのお話。
【サイド:フリュー・ケルニトス】
魔術が得意で、好きだった。
人とお話するのは、苦手だった。
この国の貴族や有力な平民の子供は、7歳になると王城の魔術訓練場に一同に集められる。そして使える魔術を国王陛下や近衛の魔術師団長などにお見せする催しが開催される。
この国の第一王子殿下は私と同い年で魔術の才に秀でていると噂されていた為、殿下の参加される今回のお披露目は通常よりも多くの人に注目されていた。
お披露目が始まり子供達が使える魔術を次々と披露していく。殿下の魔術の力はその噂に違わず、7歳でありながら並の魔術師と並べても遜色無いほどの強さを見せた。
だがその日最も注目を集めてしまったのは、私だった。その日参列されていた魔術師団長と副団長曰く、「既にうちの魔術師団でも十分通用する強さだ」と。そう笑顔で褒めてくれたので、素直に嬉しかった。
だが、ふと周りを見渡すと、一緒に参加していた子供達や多くの参列者からは恐れの目を向けられていた。特に殿下の怯えは強く、目が合うと体を強張らせてしまっていた。
結局そのままお披露目が終わってしまい、誰かに話しかけることも叶わず家路についた。
家に帰ってからの母の怒りようは凄かった。母は私を王子殿下の后にしようと画策していたらしく、殿下に怖がられてしまった私を鞭で何度も打った。謝っても許してもらうことは出来なかった。
「貴方はこの国の王妃になる為に生まれてきたの!殿下に恐れられるような魔術なんて必要ないのよ!
良い!?10歳になったら貴方は王都の学園に通って殿下の同級生になるの、謝るくらいならそこで挽回して殿下になんとしても取り入りなさい!」
そう言い切って気が済んだのか鞭で打つのをやめ、私は自室に戻らされた。鞭で打たれていたときに父も近くを通りすがったが、一瞥するだけで何も口を出さなかった。
それから3年経ち、私は王都の学園に通っている。殿下は私を見て怯えるようなことは無くなっていたが、お互いに声をかけるような事は無い。他の令嬢とも上手く話せない私は学園で孤立していた。それを母に知られるとまた私を鞭で打った。
生きるのが辛い。
死ぬのは怖い。
でも、何より怖いのは、あんなに好きだった魔術を嫌いになりそうなことだった。
確かに魔術のせいで周りに怖がられて、母からはそんな才能は不要だと言われ鞭を打たれた。
でも、良いことも絶対にあった。そんな魔術が好きな気持ちだけは、何があっても失いたくなかった。
八方塞がりになった私は、この現状から脱却するための方法を考えた。私の母の望みは、私が殿下や他の令嬢達と仲良くなることだ。でも私にはどうしても話しかける勇気が出ない。
ならば。出来る自分を魔術で作り出してしまえば良いのではないか。
誰とでも上手くお話ができて、優しくて、何でも出来るような、そんな理想の人。
そういう人格を作り出して、自分の体を使ってもらえば良いのだ。
それならば私は死ななくて良いし、魔術も嫌いにならなくて良い。それに母の願いも叶えることが出来るかも知れない。もし失敗したとしても、このまま辛い思いをし続けるよりずっとマシだろうと思う。
思い立った私は夜、自分の部屋で一人、新しい人格を生み出すための魔術を発動させた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。序盤は毎日投稿で、その後は週一くらいで投稿出来たら良いなと思っています。